PAPER 5ー2
夜の街だ。
自分は、ずっと、終わらない夜の中を生きているみたいだ。
たとえば、この町の人間は日々、窒息していく。
多分、自分の人生も、そのようなものなのかもしれない。
この下らない世界の下で、いつまで生き続けるのだろう?
愛したいけれども、愛せない世界。
この人生が創り物に感じる。たとえ、自分が存在しなくたって、別の誰かが、自分の代わりを果たしてくれるだろう。たとえ、自分が生まれなかったとしても、別の誰かが、自分の役割を担っていただろう。
こうやって、夢想している時に、浮遊するような自由を感じられる。何者でも無い自分を感じられる。誰かから、愛されたいと思う時、
もし、エンプティから必要とされなくなった時、自分の世界は終わる。
もっと有能な存在が、自分の代わりを果たしてくれるような気がする。
このまま、空の星屑の中に溶けて消えてしまいたい。
早く、世界が壊滅しますように……。
そんな風に、何もかもを、投げ捨てて、壊したくなるのだ……。
…………。
…………、ふと、アビューズは、自身の思考を戻す。
……解離感。自分のネガティブな思考と、自分の迷う思考から抜け出さなければならない。
彼は頭を押さえた。
「そうだ。空の星屑に溶けてしまいたいな、俺は……」
迷っている。だから、前に進む事を決められない。
けれども、身体だけは、あるいは精神の底の方は、自分にある行動を取らせていた。それは。この国に対する強い敵意だった。
彼の手の中にはポスターが握られていた。
ジョージ・バークス議員。
この国の元都知事である男だ。今も、重要なポストに付いている。彼の事を調べ上げている。エンプティやウキヨから聞かされている。彼こそが、この国の最重要人物の一人であるのだと。……おそらくは、首相よりも、この国を強く支配しているのだ、と。
……俺は、殺し屋だが。この国の殺し屋に狙われる危険性があるな。
そんな事を思いながら、ネガティブな感情を心の中にしまい込む。
闇の空が、とてつもなく綺麗だ。
星屑だ。
彼は、湿地へと向かった。
街の外れにあった。
どうやら、此処は今後、ビルが建つらしい。夜気の中に、不純物が混ざる。何かが、此処にはいた。今はドラム缶などが無造作に投げ捨てられている。
途中で尾行されているのは分かった。放置していた。
何者か知らないが、自身に危害を加えようとするならば、返り討ちにするしかない。
「さっき、ボブのおじさんを脅していたよね?」
そいつは訊ねる。
「…………、あの国家反逆者か? 別に脅してねぇよ。たまたま会っただけだ」
「そう、ならいいけど」
アビューズは包丁の柄を握り締める。
一秒後には、彼は死体へと変わっているのが、理想だったのだろう。
突如、出現した、無数の杭が、次々と彼を襲ってきた。まるで、殉教者を張り付けにするかのような、杭だ。あるいは吸血鬼の心臓に突き立てるかのような。
アビューズは、包丁の一振りだけで、次々と、向かってくる杭を叩き落とし、切り落としていた。そして、跳躍し、全身を回転させながら、力を発動させた少年の喉へと、刃を一閃させる。首が落ちる筈だった。
手応えが、浅い。……。
「俺の身体は『地獄狼』の鉤爪と繋がっている……」
少年の背後まで飛んだ赤ずきんは、相手を見る事なく、互いに背中を向けていた。
「もう一度来てみろよ。お前の攻撃は、音で分かる」
「俺はやらないよ」
「何……?」
アビューズは振り返る。
少年の足元から、影が這い上がってくる。それは大きなカマキリの腕のような形をしていた。何本も、何本も、立体化した影は、アビューズを向いていた。
やがて、影は次々と、アビューズを飲み込もうと襲い掛かる。実際、周辺を飛んでいたハエや、鳥、地面に生えていた植物などが、次々と、影に飲み込まれていく。この影は食べているのか。あるいは別の世界へと放り込んでいるのか。
ただ、影に飲み込まれれば、死ぬのだろう、と、アビューズは理解した。
何本も、ナイフを投げ付ける。
少年の身体に、次々と突き刺さっていく。
「俺は人じゃなくなったみたいだよ…………」
負傷した肉体から、次々と、影が生まれる。
それらは、牙を持った口へと変わっていく。
「お前、どうなっているんだ?」
「地獄狼ジュダスの部下に殺されて、ジュダスに身体を治して貰った。今の俺は人間なのかな? 人間じゃないのかな?」
試しに、影が切れないか、ナイフを投げてみる。
影は、切れない。
少年の首は完全に切断されていたが、なおも、死ぬ事は無かった。
「分かったんだ、俺、俺はジュダスの、マリオネットになってしまったんだって。ごめんよ、アイーシャさま……。ずっと、ずっと……、隠していた。俺の身体には、異変があったんだよ……。化け物だよ、俺は……。アンデッドなんだ……。もしかして、俺もゾンビなのかな……? じゃあ、俺も地下世界の闘技場に立てたんじゃないかな……?」
アビューズは、プレハブのビルの中にいた。
敵は自分を追跡してこない。
もし、自分の臭いなどを覚えていたら、やっかいだったが、そんな事は無さそうだ。だが……。
……こいつ、今、始末した方がいいのか?
だが。
だが、ボブといったか。
彼と自分は、そもそも敵なのか?
アビューズは、首を傾げていた……。




