夕焼けの商店街
美波町には昔ながらの雰囲気が漂う小さな商店街がある。
ここは海斗も昔からよく利用するので顔馴染みの人が多くいる。
最近はご無沙汰だったのですれ違う人からたくさん声をかけられた。
「おうおう久しぶりだな海斗。なんだ? ま~た瑞希ちゃんの尻に敷かれてんのか?」
「違うっての。おっちゃんこそおばちゃんの尻に敷かれてんだろ」
「馬鹿言うな。あんな重てえ尻に敷かれちゃ、俺ぁ死んじまうよ」
「ほぉう。じゃいっちょ試してみるかい?」
「ごめんなさいっ!!」
八百屋のおっちゃんは恥も外聞も無くその場に土下座し、海斗と瑞希は苦笑いするしかなかった。
瑞希の用事というのは喫茶店の買い出しだった。
話によると、瑞希の親が夏に向けての新メニューを開発するため、日夜研究しているそうである。
海斗は両手に既に大量の買い物袋を持ち、額に汗していた。
せめて一度家に帰って鞄を置いてくるべきだったと軽く後悔していると、また別の袋を持たされた。
「瑞希さんや……。さすがに、買いすぎじゃ、ないんですかね?」
「へ? 何言ってんの? まだ半分くらいしか買ってないよ?」
「うへぇ……。マジかよ……」
既に腕の筋肉が悲鳴を上げ始めているのに、これでもまだ半分だと言う瑞希に悪魔の角と尻尾が生えているように思えてならない海斗は、涙目になりながら瑞希の後ろをよろよろしながら着いていった。
その様子を、少し離れた場所で大樹が二重の意味で呆れながらひっそりと観察していた。
一方は非力な海斗に。もう一方はせっかくのチャンスを全く活かせていない瑞希にである。
「はぁぁ~。今さらあの二人に色気のあるデートが出来るわけがなかったか……」
付き合いが長いというのは大きなメリットではあるが、こと恋愛関係となると、デメリットになることが多い。
なので、幼馴染みというポジションは恋愛対象になりにくくラブコメ的にはとても不利である。
それだけでもハンデだというのに当の瑞希自身はあれで充分楽しんでいたりするのである。
熟年夫婦か、とよくからかったりするが、八割方本気で思っている大樹だった。
そんな大樹の後ろでは大きな声で騒ぐ久留美がいた。
「大樹くん大樹くん。このコロッケすっごい美味しいよ! 絶対買いだよ買い!」
「おっ。嬉しいこと言ってくれるねぇ。ちょっとあんた、いい娘見付けたじゃないの。大事にしなよ~」
「ええっ?! いやいやいや。違いますよおばちゃん。私はまだ友達ですよ~」
「ほうほう。まだ、ねぇ~。ははっ。いいねぇ青春だねぇ。おばちゃんももうちっと若ければなぁ~」
大樹の背後では尾行という意味をまるで理解していないと思われる久留美と肉屋のおばちゃんが意気投合していた。
こちらもこちらでデートらしさは無かった。しかし本人達もそのつもりではないのだから別に構わないのかもしれない。
もうこれ以上見ていても意味は無いと思った大樹は、久留美を連れてそのまま海斗達と逆向きに歩き去っていった。
その数分後。
「あれ? か、海斗様っ。今お帰りですか? 何だか随分と大きな荷物を持ってますが、どうかしたんですか?」
偶然セーラが商店街に姿を現した。
「あれ? セーラ。何してんだここで」
「はい。早くこの町のことをよく知るために散歩していたんです」
セーラはやはりというか、いつも通りメイド服を着ていた。小さな商店街である。その姿は目立って仕方なかった。
「そうか。それで、商店街に来たってことは買い物か?」
「あ、いえ……。そういうわけではなく……」
何故かセーラは珍しく口ごもり、恥ずかしそうにしながら訳を話した。
「と、途中で道に迷ってしまいまして、適当に歩いていたら鳥と猫に襲われまして、無我夢中で逃げ惑っていると気付けば山の方まで行ってしまい、山頂から海の見える方向を見定めて真っ直ぐ歩いてきて、ようやく今ここに辿り着いた、んです……」
そう言われてようやくセーラのメイド服が少し汚れていることに気付く。
しかし、まさかあのセーラがここまで方向音痴で迷子属性を有しているとは思っても見なかった。
あと何故鳥や猫に襲われそうになってたのか、その場面を想像すると可笑しくなった。
でもこのまま放っておくとまた迷子になってしまうのではないだろうかと心配になる。
それが顔に出ていたのか、瑞希は少し考えてから頷いた。
「それじゃセーラさんも一緒に行きましょう。そうだ、ついでに料理の極意とかも教えてください」
「え? 私がご一緒してもいいんですか? お邪魔では……」
「いいんですいいんです。どうせカイはそろそろ限界っぽいですし、それにこのままだとセーラさん、また迷子になりそうですし」
「うぅ。すみません。お世話になります……」
「はいっ。てことだから、ほらカイ。さっさと歩く」
「ちょっ、危ないから押すなって!」
「海斗様。私お手伝いします」
「いいのいいの。男なんだからこれくらい平気ですって。ほら行きましょう」
「え? ええっ?」
そう言って瑞希はセーラの手を取り、夕焼けの商店街を駆けていった。
「ま、待てよこらぁ……」
大量の荷物を持った海斗一人だけを残して。
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「や、やっと……、着いた……がくっ!」
「こ~ら~。死ぬな~。ちゃんと中まで運べ~」
瑞希は倒れ込みそうになる海斗を軽く蹴飛ばしながら荷物を床に置く。
あのあと、もう三袋ほど追加したところでようやく買い物を終了した海斗達は今、瑞希の家に辿り着いた。
瑞希の家は喫茶店を経営しており、裏口の玄関から家に入る。
「ただいま~! ちょっとお父さ~ん、食材買ってきたから運んでよ~」
瑞希が玄関先で大きな声を出し、奥の方から返事が返ってきた。
「海斗~! ここまで運んで来~い!」
「人使いが荒い親子ですことっ!」
などと文句を言いながらも、ちゃんと買い物袋を引っ提げて家に上がる。
既に勝手知ったる瑞希の住宅部分から喫茶店部分に大量に買ってきた食材の袋を運び入れる。
「お? やけに大量に買ってきたんだな。そうだ、ついでだ海斗。今日は家で飯食ってけ。奢りだぜ?」
「奢りとか言って、ようは実験台ですよね?」
「まあ、そうとも言うかな」
かっかと豪快に笑う瑞希の父、砂城剛。昔から瑞希を可愛がり、ついでに海斗のこともよく面倒を見てくれる器の大きな海の男といった風格の人である。
しかし、彼の作る料理は美味しいと巷でも有名で、顔に似合わずスイーツが絶品なのである。
そんな剛が今研究しているのも、やはり新たなスイーツなのだが、今日買ってきた食材の種類のばらつきを見ても、かなり迷走しているのであろうことは窺い知れる。
「……ちゃんと、食えるやつですよね」
若干不安になった海斗はおそるおそる尋ねた。
剛はぐっ! と親指を立てた。そして、そのまま下向きに下げた。
「今日は帰りますね~」
「まあ待て待て。冗談だ。ちゃんと普通に食えるのもある」
「その言い方だと爆弾があるみたいじゃないですかっ! 嫌ですよ、自分で食ってください。もしくは瑞希に食わせてやったらどうです?」
「馬鹿言うな。うちの可愛い娘にあんなモン食わせられるかっ! それに俺が食って何かあったら、娘が悲しむだろ?」
「俺なら良いって言うんすか!? 酷すぎるっ! 流石悪魔親子!」
「誰が悪魔じゃ!」
げしっ! と背中を蹴られ、背中を擦りつつ後ろを振り向く。
そこには怖い顔をした瑞希と苦笑いのセーラが立っていた。
「おう、おかえり愛娘よ。……ん? だ、誰だそのウェイトレスさんは?」
「あぁ、こちらセーラさん。あとウェイトレスじゃなくてメイドだから」
「初めまして。海斗様の専属メイドとなりました、セーラと言います。以後お見知りおきを」
セーラの自己紹介を聞いた剛は、何とも間抜けな表情を浮かべた。
海斗はまた面倒な人に知られたものだと思った。




