瑞希の不安
ようやく落ち着いたのか瑞希が海斗の元に戻ってきた。大樹は芝生の上で倒れていたが、あれで結構頑丈に出来ているので大丈夫だろうと思い放置した。
瑞希は海斗の持っている自分が作った弁当が空になっているのに気付き、嬉しい反面、なんだか複雑な気持ちになった。
瑞希は意を決して海斗に尋ねてみた。
「ねえ、カイ。これから、どうするの?」
海斗は一瞬、瑞希が何を言っているのかわからなかったが、言われるまで気付かないほど海斗も鈍感ではなかった。
これから、というのは、今まで瑞希が作ってきてくれていた弁当をこれからどうするか、ということだろう。
名目上は料理の味見役というものだが、これは瑞希の好意、善意であることに他ならない。それをいきなり、メイドが来たからいらない。なんて言うのはあまりにも失礼過ぎる。
だが、だからといってこれからも頼り続けるというのも図々しいのではないかとも感じていた。
弁当を作る手間もかけるし、食料費だってかかる。何度か弁当代を払うと言ったのだが、瑞希曰く「試作品なんだからお金出されてもねぇ」と言って受け取ろうとしない。その代わりに色々と雑用なんかを手伝ったりはしているのだが、それでもやはり足りないように思う。
どうすればいいのかを考えに考え、ようやく一つ案を絞り出した。
「そ、それじゃあ……順番、とか交互に作ってもらう、とかじゃ駄目ですかね……? 一週間交代とか、一週間中二~三日だけ、みたいな」
「なんか、すごい都合の良いこと言ってない?」
「自覚はしてます。ごめんなさい」
本当に何様のつもりなのか、と思うが、これ以外にこの話を丸く収められる良い方法が何も浮かばなかった。
「はぁ……やれやれ。カイの優柔不断っぷりにも困ったもんだね。まあ、私は別にそれでいいけど。どうせ試作品の味見代わりなんだし」
「あ、あぁ。ありがとな瑞希」
「その代わり、私が三日担当させてもらうからね。どうせ土日はそのメイドさんが作るんだろうし」
「わかった。それじゃこれからもよろしく頼みます瑞希様」
海斗は平伏し、瑞希も機嫌が治ったようだったのでひと安心だ。
「そんじゃ次はこのめちゃうま弁当を作ったあの美少女メイドのことについて教えてもらおうじゃねえか」
「あれ? 大樹。もう復活したのか」
気付くと、先程まで向こうで倒れていた大樹がセーラの作った弁当を食べていた。
「しっかしマジで旨いな。瑞希の弁当とは比べ物にならねえ」
その発言にカチンときたのか、瑞希は大樹を絶対零度の眼差しで見つめた。
「あっそ。じゃこれからダイちゃんの分の弁当はいらないね。はい決定~」
「待ってくれ瑞希様! 最近小遣い少なくて困ってんだよ。食費分の金が浮くからこれからも俺の分もお願いします!」
「メイドさんでも雇えば?」
「そんなこと言わずに頼むって! 悪かったって!」
「じゃ土下座して謝って」
「すんませんっした~!」
普段は格好良い部類に入る大樹なのだが、この三人でいるときは割と情けないところをよく見せる。この一切躊躇のない綺麗な土下座がいい証拠だ。
しかし、こういうところも大樹の魅力、なのかもしれない。勘違いかもしれないが。
そんな二人のやりとり、漫才を見ていた海斗だったが、このままだと話が一行に進みそうになかったので、二人に落ち着くように言ってから、今までのことをかいつまんで説明した。
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「──と、まあ、そんな感じだ」
「……なんだか漫画みたいな話になっちゃったもんだね」
「全くだ。プールの時にメイドって言葉に反応してたから何か隠してることはわかってたが、まさかそのメイドを知ってるだけでなく、そのご主人様になってるとはな」
海斗は今知りうる全てを二人に説明をし終えた。それを聞いた二人はそれぞれ似たような感想を抱き、数奇な運命に翻弄されそうになっている海斗の心配をした。
が、当の本人はそんな二人とは違い、平然としていた。
話を聞いて一日経ったからかもしれないが、まだ自分自身どういう状況なのか理解しきれていない可能性もある。
こういうのは案外、当事者よりも、他人から見た方がより事態をよく理解できるのかもしれない。
「っていうかさ。二人、同じ部屋で寝てるわけだよね……?」
そんな中、瑞希は先程とは別種の不安、焦りといってもいい感情を抱いた。
瑞希が言っている本当の意味を瞬時に理解したのは大樹だけで、海斗は平気な顔で爆弾を落とす。
「俺の家、一部屋だけなの知ってるだろ」
「こ、このスケベ大魔神がぁぁあ!!」
「えっ、それは理不尽──ッ!!?」
海斗の抗議の声は最後まで紡がれることなく、その顎を瑞希の拳が打ち上げる。
その衝撃でわずかに宙を浮き、そのまま芝生に仰向けに倒れこんだ。
「おお~っと決まったああ~! 瑞希選手の必殺デビルアッパー!! これは海斗選手立てない! ここで試合終了だぁ~! 勝者、チャンピオン。デビル瑞希~!」
「誰がデビルだ!!」
「ぶべうっ!?」
薄れゆく意識の中で海斗はもう一度静かに愚痴をこぼした。
「……理不尽、すぎだろ…………」
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ようやく気が付くともう昼休みが終わる時間だったので、海斗達はすぐさま教室へと戻り、そのあとは何事もなく五、六時間目の授業を受けた。
そしてホームルームも終了し、海斗は棗と共にプールへと向かった。
そんな様子をぼ~っと眺めていた瑞希に、後ろから大樹が声をかける。
「なにしてんだ?」
「うわっ!? びっくりした! 何急に?」
「いや、急にってわけでもないけど。それよりどうしたんだ、ぼんやりして」
「……べつに」
「突然幼馴染みの海斗に超絶可愛いメイドさんが出来て、しかも同棲までし始めちゃって、これからどうしたらいいのかわからない、みたいな顔してんぞ?」
心を読む力でもあるのかというくらい、どんぴしゃに言い当てられた。せめてもの反撃とばかりに言い返す。
「何よその限定的な顔は。一体どんな顔よ」
「ほれ」
大樹は携帯で鏡のアプリを起動し、瑞希に見せる。準備の良さが逆にムカついた。
思わず、そのまま鏡を覗くとそこにはふてくされたような、悔しさと不安さを織り混ぜたような複雑な顔をする自分の顔が写っていた。
「なんかむしゃくしゃするからこの携帯壊していい?」
「いいわけあるか。突然キレる若者かお前は。そんなことより、どうするんだ、これから」
「どう、って言われても……」
海斗の置かれた現在の状況。聞いた話ではそこまで強制力のある話ではないようだったが、どこまで本当なのかはわからない。もちろん、海斗が嘘を言っていないことくらい、長年の付き合いである瑞希にはわかっていた。
つまり、海斗が聞いた話自体が真実なのかということだ。例え真実だったとして、話が変わっていきなり転校させられたりなんかしないだろうか。おそらくそんなことになったら海斗自身が拒否するだろうが、しかしながら海斗もまだ子供だ。強制されれば為す術もない。大財閥の潮凪家なら尚更だ。
それにあのメイドとのこれからの生活によって心変わりする可能性だって充分に考えられる。悪い想像ばかりが膨らんでいく。
そんな瑞希を見かねた大樹が瑞希の肩を叩いて提案する。
「瑞希。このあと暇か?」
「えっ? う、うん。今日は家の手伝いも特にないし」
「なら、ちょっとここで待っててくれ。用事済ませた後、一緒に海斗の練習風景でも見に行こうぜ。ついでにもう一人のライバル候補も見られるかもしれねえしな」
「もう一人のライバル候補? なにそれ?」
「…………えっ? ま、まあ。いいや。じゃ、ちゃんと待っとけよ」
「ちょっ、ちょっと! さっきのどういう意味なの!? ねえって!」
大樹の意味深な発言に一抹の不安を覚えた瑞希だったが、大樹は既に教室から出ていってしまったので、伸ばした手を静かに下ろし、椅子に座りなおることしか出来なかった。




