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まあ、メイドですので  作者: いけがみいるか
11/25

メイドと教師

 一時間目が終わり、またあの地獄の時間がやってくる。なんて、大袈裟に表現したが実際はただの水泳の授業だ。

 二時間目ということもあって更衣室は慌ただしく着替えをしている人でごった返している。そんな中、海斗にとって聞き捨てならない話が聞こえてきた。


「なぁ知ってるか? なんか昨日メイドさんがこのあたりに出没したらしいぞ」

「は? 何言ってんだお前。馬鹿なの? 中二なの?」

「ちげえって! マジな話なんだって! 見た人がたくさんいるんだよ」


 昨日と同じくローテンションだった海斗だが、その話が聞こえてきた瞬間に体がビクッと震えた。


(メ、メイドって……まず間違いなくセーラのことだよな。まさかセーラ、俺の家に来る道のりの間もずっとメイド服だったのか!?)


 海斗はその話に更に注意深く耳を傾けた。


「何でもすっっっげぇ美少女だったらしい」

「でもメイド服着て町歩くとか、コスプレ趣味全開じゃねえかよ」

「だが美少女なら許されるっ!」

「……確かに、可愛いならアリかもしれん」


 うん。アリだと思う。と心の中で同意する。

 クラスメイト達の話に気を取られ過ぎて、手が止まっていた海斗は軽く頭を叩かれ、やっと我に返る。


「な~にボケッとしてんだよ。さっさと着替えろ。もうチャイム鳴るぞ」


 海斗の頭を叩いたのは既に準備を終えた大樹だった。セーラの話も気になるが、今は目前に迫った試練の方に集中するべきだなと思い、海斗は着替えを再開する。


「それにしても、メイドねぇ……。なんでそんなもんがこんな町にいるんだろうな?」

「さ、さあな……。金持ちでも住んでたんじゃねえか」


 海斗は大樹から目をそらし適当に誤魔化しながら着替えを済ます。わずかに汗をかいている海斗を訝しげに見た大樹だったが、チャイムが鳴ったのと同時にいつもの調子に戻り、海斗の背中を叩きつつプールへと向かった。


~~~


「こ、この辺りのはず……ですよね」


 誰もいない道で一人言を呟くセーラ。何度か道行く人に道を尋ねながら、本来なら三十分もあれば着くはずの学校までの道のりを、既に一時間以上歩いていた。


「あっ、この坂道。この道の先に学校があるんですね」


 ようやく学校の前にある長い坂道にまで辿り着いたセーラは手に持った包みを抱きかかえなおしながら、坂道を登っていった。


~~~


「おぼ、れるかと、思った……」

「ビート板持ってるんだから溺れてくれるなよ」


 大樹のツッコミに言い返すこともできない海斗はプールサイドで息を整えていた。

 大樹は水泳含むほとんどのスポーツをそつなくこなすことが出来るので、今は海斗のコーチ役を沼田から言い渡されていた。

 とは言っても海斗が溺れないかを見張るくらいのことしかしていない。大樹は人に教えるのは苦手なので仕方がない。

 中学の頃に一度、泳ぎを教えてもらおうとしたら「溺れる前に手と足を動かして息継ぎをしろ」とだけしか言われなかった。それが出来たら溺れることなんかない。


 そんな昔のことを思い出しながら再び列の後ろに並びなおす。すると、隣のレーンに並ぶクラスメイト達が先程のセーラの噂話の続きを話していた。


「そのメイドさんはどこに行けば会えるんだ?」

「いや知らねえ。もしかしたらどこかにメイド喫茶でも出来たのかも」

「それは絶対行かねえとな!」


 メイド喫茶じゃなくて俺の家にいるよ。なんて言えるわけもなく、海斗は何故か気まずい感覚に襲われる。もし、セーラのことがバレたらと思うとゾッとする。

 今でこそ日常風景と認められるようになった瑞希とのやり取りも、入学当初は周りの男子からかなりの嫉妬の眼差しを向けられたからだ。しかし、その時はまだそこまで親しくなかったからか、それ以上のことは何もなかった。

 だが、親しくなった今なら恨みや妬みの罵詈雑言を浴びせられるだけでなく、ボコられるくらいのことも充分あり得る。信頼している証。友情があるからこそできること、なんて言えば聞こえはいいが、海斗からすれば堪ったものではない。


 どうかバレませんように。もしバレたとしても穏便に済ませられますように。と天に祈りながら再度ビート板を持ちながら泳ぎと呼べない泳ぎを繰り返した。


~~~


「やっと着きました。ここが海斗様が通っている大洋高校ですね」


 目的地に到着したセーラは校門の前で白い校舎を見上げていた。その時、チャイムが鳴った。時計を確認するとどうやら二時間目が終了したらしい。お昼になる前に辿り着けたことに安堵しつつも、セーラはその場に立ち止まってしまう。


「……海斗様は、どこにいるんでしょうか?」


 セーラは海斗が一年二組に在籍していることまでは把握していたが、学校の構造までは知り得ていなかった。それにそれ以前に校門が閉まっているので、 学校内に入ることすら出来ていなかった。

 キョロキョロと辺りを見渡してからふと気付く。


「あっ、インターホン。これで教諭の方を呼べば万事解決しますね」


 セーラはさっそくインターホンを鳴らす。しばらくしてから男性の人の声が聞こえてきた。


「はい。こちら事務室ですが、どういったご用件でしょうか」

「はい。(わたくし)、一年二組に在籍している潮凪海斗の家族の者なのですが、彼の忘れ物を届けに来たので中に入れてもらえないでしょうか?」


 正確には潮凪家に雇われている。なのだが、今それを言うとややこしくなると判断して家族と名乗った。さらにしばらくしてから「少々お待ちください」という声が返ってきた。セーラはそれに素直に従った。


 一方、事務室の方では一年二組の担任である棗を放送で呼び出していた。つい先ほどまで体育の授業を行っていた棗は、少し遅れて事務室にやって来た。


「何かあったのか?」

「あぁ、宮永先生。それがですね……」


 インターホンの対応をした事務員が棗に事情を説明する。棗は話を聞き終えてからしばらく考え込み、こう言った。


「とりあえず、今は応接室に来てもらおう。それに、少しばかり聞いておきたいこともある」


 棗は三時間目に担当する授業はないので時間的には余裕があり、そして、海斗の家族を名乗る少女のような声をした人物のことが少し気になったのでそのように提案した。

 事務員は棗が言った通りにインターホンの向こうにいる女性に伝え、棗はそのまま校門へ向かった。



「…………ええっと。君が、潮凪の親族なのか?」

「あ、あの……。貴女が海斗様の担任の先生、なのですか?」


 校門まで来た棗は世にも奇妙なモノでも見たかのような表情を。セーラは何故高校にこんな小さな子が?と言わんばかりの不思議そうな表情を浮かべた。

 二人の少女──片方は既に成人しているので少女とは言えないが──はお互い目を丸くしながら、一応確認を取る。

 片や完璧にメイド服を着こなしている高校生くらいの少女。

 片や中学生、下手をすれば小学生のような背丈をしているジャージ姿の少女のような教師。

 この町に住む人達の中でも特に異彩を放つ二人のはじめての邂逅だった。


 二人ともがお互いの容姿を見つめあいながら呆然と立ち尽くしていると、三時間目開始を告げるチャイムが鳴った。


~~~


「すまないな。流石に授業中に潮凪を呼び出すわけにもいかないのでな。茶でも出そうか」


 セーラを応接室にまで案内をした棗はソファーに座るように促してお茶の準備をしようとした。だがセーラはやんわりと首を振った。


「いえ、お構い無く。届け物を持ってきただけですので。もしご迷惑でなければこの荷物を海斗様……いえ、潮凪海斗にお渡ししてもらえませんか? それで私はすぐにおいとましますので」

「ふむ。出来ればそうしてやりたいが、それは無理だ。君がちゃんと潮凪の家族。いや、知り合いかどうかを本人に確認してもらわなければならないからな。だから急ぎでないなら授業が終わるまでこちらで待ってもらうことになるのだが、よろしいか?」


 これでもし、全く無関係の人物であった場合、海斗の身に危険が及ぶ可能性がある。生徒の身を守るためには必要な処置であることを理解したセーラはわかりました。と頷いた。

 棗もセーラの向かいのソファーに座る。するとセーラがいきなり頭を下げた。


「それと、先ほどは申し訳ありませんでした。つい失礼な質問をしてしまい……」

「あぁ…………。いや、気にするな。よくあることだ。次から気を付けてくれさえすればそれでいい」


 棗も自分のことが周りからどう見えるかはよく理解していた。相手が初対面だったならほとんどの場合勘違いされる。もう慣れたものだ。さらにジャージを着ているせいもあってか、見た目は完全にこの学校の生徒だった。

 そういえば入学式の日、一年二組の教室に初めて入った時、潮凪と砂城と山笠の三人に

「どうしたの?迷子? 親御さんと一緒にお兄ちゃんかお姉ちゃんの入学式を見に来たのかな?」と、子供をあやすような口調で失礼なことを言われたのを思い出す。

 ただ、その時の三人に悪気などなく、本当に心配そうにしているのを見て怒るに怒れなかった。今では容赦なく怒るし叩くのだが。

 と、そんな昔のことを思い出している場合ではないと気付いた棗は気になっていたことを口にした。


「ところで、君は一体潮凪のなんだ? 確か彼の家族と呼べる者は親戚の人達だけのはずだと聞き及んでいたが? あと、その服装は……」

「あぁ、はい。私は潮凪海斗様専属のメイドでございます」

「………………は?」


 棗は少しばかり頭が痛くなり、なんだかややこしい話になりそうな予感がした。

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