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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
アイに薪を 火に贄を

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天使に委ねる 

 三階の仕込みが終わってからもレイナは表向きの作業にも付き合ってくれた。本来は別室で作業をしていた様だが、あのカップル専用部屋に放り込まれた俺の苦難を察して同伴してくれたのだ。因みにあの四人の名前はそれぞれ陽兵、奈彩、長太、有紀というらしい。そう言えば名前を呼んでいた気もする。

 初っ端から自意識過剰が炸裂して俺を罵った奈彩という女子もレイナを連れて来れば借りてきた猫……は言い過ぎだが、俺に対する悪口は控えるようになった。彼氏の陽兵に宥められていたとはいえ、また俺が戻ってきたら語彙の限りを尽くして難癖をつけるつもりだったのかもしれないし、それは俺の先行被害妄想かもしれないが絡まれる事はなくなった。

 今は話し相手も居るので俺の気も楽だ。周囲のラブラブカップムードを無視して作業を進められる。

「これ、一体何作ってんだ?」

「寸劇の。小道具」

「それは知ってる。寸劇の題材だよ。レイナさん的な予想で結構だが?」

 予想なので俺に教えている訳ではない。仮に合っていてもそんなのは偶然で、彼女は何も悪くない。カップル組も俺達の会話なんて聞いてないので、これは実質さっきの延長だ。

「…………オリジナルの。時代劇みたいなものかな」

「ほーん。だから刀とか物騒な小道具があるんだな。もういっそ本物買ってこいよ」

「銃刀法」

「言ってみただけだ。模擬刀も……いやあやっぱ費用か。でも段ボールで作るって小学生かよ。時代劇って事ならどうせ主演は剣道部だ。だったらもっとマシな小道具用意したって問題は無いだろ。あいつらはそういうの使い慣れてるんだから」

 危ない、という声は分かる。模擬刀なんて切れないだけで高いモノはちゃんと鉄で出来ている。人を撲殺する事は可能だ。しかし分からないのは、そういう前提をする多くの人間が道具は使用者を選ばないという大前提を把握していない。極端な話、拳銃だって使う気がない人間の懐にあるなら無害だ。危険とするなら使用者をこそ危ぶむべきで、道具じゃない。

 人を殺せるだけで危険なら天井も床も壁も頭を思い切り叩きつければ人を殺せるし、高度という概念は日々自殺者を出してしまうくらい危険だ。では全部消そうか。それで誰かが生きられるなら何も問題は無い。

「具体的には?」

「木刀を銀色に塗る」

「許可出ないわ」

「そうか……リアルを追求したかったんだがな」

「無理だから」

 レイナが呆れるような半目で俺を見た。あわよくば『凶器』の一種として使おうとしているのが見透かされている。しかし段ボールが嫌なのは本当だ。学生クオリティはある程度許容されて然るべきだが、だからと言って手を抜くのはよろしくない。

 少し前にも言った通り、このイベントは男女の親睦を深める事に利用されている。生徒の生徒による生徒の為のイベントだと言っても過言ではない。適当なデートは男性諸君としても嫌だろう。午前中だけ授業があるから実感が湧かない気持ちは分かるが、ここでの手抜きは後々自分に返ってくる。特に生徒会は支持率に関わるから手抜きなど許す筈もなく。

「ただ。そこまで言うなら。私にも案があるわ」

「マジか」

「代わりに。私と一緒に。過ごして」

「あーそれなー。悪い。実はお前よりも前に先約が入ってたんだ。だからそれは出来ない」

「私。ボッチ」

「悪い。何か埋め合わせが出来るならしてやりたいんだがちょっと思いつかないな」

「―――そう思ってくれるなら。いいわ。アレとの戦いが終わったら。たっぷりお願いするから」

 気長な話だ。ゲンガー殲滅にしても正体解明にしても完了の目途が立っていないというのに。出世払いが本当に履行されると思っているならおめでたい話だ。そこまで信用してくれているという事なら……嬉しいが。

「アレと言えば。匠悟。知ってるかしら」

「ん?」

 因みに何も知らない。文脈からアレもといゲンガーの話題なのは分かっているが心当たりがないものを知ったかしても得なんてない。レイナは器用に片方の手でハサミを使いながらもう片方の手で携帯を操作して俺に画面を見せてくる。工作の方は見事なものだ。手先の感覚だけで直線に切るなんて俺には出来ない。



『最近ドッペル団って奴等が人を殺して回ってるらしい……→これ本当?』



 記事の見出しはふざけているが、その内容は俺達にとって看過しがたいものだった。組織を設立した経緯には確かに知名度にて抑止力となりゲンガーを抑え込む目的はあったが、大神君の事件にしても『隠子』にしても大々的に報道されるようなものではなかった。俺達が関与して一番派手に終わってしまった事件は救世人教山火事事件。あれも関与はしたがレイナを助ける為に突っ込んだだけであり、山火事自体は単なる集団自殺だ。

「誰が出した」

「分からないわ」

「アイツか?」

「……本人から。何も聞いてないの」

「聞いてないよ。ただ、連絡くらいしてきそうなもんだけどな……」

 前提条件としてこの記事を作るにはドッペル団の存在を知っている必要があるが、記事を読むと具体的な事件などは指されておらず、ただそういう『噂』があるというだけ。コメントも半信半疑というよりネタ投稿を楽しんでいる雰囲気を感じる。

「…………やっぱこうなるか」

「想像通りには。行かないものね」

 ゲンガーの脅威になる筈が。人間の脅威になってしまう。何度も何度も戒めとして繰り返した通り、俺達にもゲンガーと人間の区別はついていない。ゲンガーだけを殺す集団と宣言されても他の人間からすれば特定の思想に沿って殺人を行うイカれテロリストとなんら変わりない。

「どうにか見分け方が判明すればな……」

「今後の。課題?」

「そうなるな。あ、そうだ。銀造先生の様子に変化とかないか? あの日以降、会うのがなんか、気まずくて」

「…………それは。多分正しいわ。私はともかく」

 




「貴方と朱斗が何か知ってるとは思ってるっぽいから」

















 

 

 


 それから二階と一階の仕込みも終えて、レイナに逃がされるように俺は休日の学校を後にした。彼女はまだやる事があるらしい。時刻は午後五時を回って十三分と二〇秒。俺は大体六時間程無償で働かされたらしい。給料を求めたい所だがかなりの収穫があったので見逃そう。


 ―――せっかくだし、あれも使うか。


 マホさんから貰った謎の紙は残り十九枚。まだ使用を渋るような枚数ではない。就寝前に使えば生活サイクルを乱す事なく使用出来るが、さて誰の未来を視よう。朱莉の動向は気になるが、未来を先読みしてまで気にしているかと言われたら微妙だ。それにこの札は積極的に情報を手に入れる為というより、誰かを守る為に使った方が効果的な力を発揮するのではないか。『隠子』の時は全員死亡の末路が待っていたからクリティカルな情報を得られた。

 未来を『死』で通行止めしないと、何処までの未来をどう見てしまうかが不安だ。それ故に使うべきはこれから災難に遭いそうな人物。

 結構、候補が居た。

「ただいま」


「おかえりなさい。センパイ!」


 休日に第六の平日を味わった俺を歓迎してくれたのは、ポニーテールに髪を纏めた爛漫な後輩。すっかり元気を取り戻した様子の千歳がエプロン姿で後ろ手を組んでふにゃっと笑った。

「な、な、な」

「あ。すみません! 実はセンパイのお姉さんに頼まれて料理を作らせてもらってますッ。センパイも如何ですか?」

「…………姉ちゃんが台所譲ったのってマジか」

「え? ………あ、ちょ、ちょっと待って下さいね。急に吐き気が……」

「……あ、やば。ちょ。すまん!」

 見る見るうちに顔色が青ざめて、間もなく彼女は膝を突いた。文脈で理解すべきだった。姉貴は滅多な事がなければ台所を人に譲ったりはしない。料理の腕前はからっきしだがそれなりにプライドとか誇りとかよく分からないものを持っているのだ。

 それを譲ったという事は、運悪く昼に目覚めた姉貴が生活サイクルを正常に戻すべく昼食に千歳を誘って―――飯テロを食らったのだろう。元来飯テロとは美味しそうな料理で空腹を煽る行為を指しているが、姉貴の場合は単純に食事を使った体内テロだ。

「姉ちゃんマジでどんなの食べさせたんだよ! ちゃんとレシピは見ろってあれほど言ったのに!」

 心姫は基礎が出来ていないのにオリジナリティを求めてしまう殺人的センスの持ち主だ。それが千歳を殺してしまった。いや、死んでないけど。

 後輩を抱きしめて背中を擦る。下着の感触もあったがそれどころじゃない。極力、本人の意識を刺激せず、窘めるように根気強く声を掛け続けて八分。真っ青になっていた後輩の血色が元通りになった。

「す。すみません」

「気にするな。いろいろな意味で疲れたしお腹が減ったから頂くよ。その前にちゃんと手を洗ってくるから先にリビングへ行っててくれ。もう出来てるのか?」

「は、はいッ。センパイのお姉さんが教えてくれたんです」

 エスパー……?

「おーけー。努めて気を付けろ」

 

 耐性の無い人間があの手料理もといテロうりを食べると大変な事になる。この為だけにマホさんが来てはくれまいかと、普段はふとした妄想に留める思いも切実に願うばかりだ。

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