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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
アイに薪を 火に贄を

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……な人

 凶器の仕込みを一人でしろという命令は仰せつかっていない。レイナを巻き込んで作業すれば仕事も早い。三階だけでも終わらせればいい訳が立つので是非とも早く仕事を終わらせたい所だ。二人で話したい事もあるが、それは込み入った話でもない。

「学校に。凶器を隠すなんて。正気じゃないわ」

「それはそう。でも星見祭にゲンガーが雁首揃えてやってくるかもって話だからな。まあ、よく考えるとおかしな話なんだけど」

「待って。それは。どうしてッ?」

 つい共有されているものと思って話を進めてしまった。改めて朱莉の危惧とこうなるに至った経緯を説明すると、まともな感性の持ち主故、目を大きく見開いて驚くというお手本のような反応を見せてくれた。ちょっと可愛いと思ってしまったが、それよりも気にするべきはその後の反応。

「……匠悟。それって。変じゃない? 星見祭は。学校宿泊のイベント。昼は確かに。関係者なら立ち入れるけれど。ゲンガーとして居なくなった生徒の親が来るなんて。おかしいわ」

「お前も気付いたか。そうだ、おかしいんだよ。学生の本分は勉強で来るべきは学生。保護者じゃない。自分の子供が泊まってないなら来る意味なんてない。やっぱりアイツ怪しいんだよな。ゲンガーを憎んでるのは本当だと思うが、少なくとも一々信用に値しない。お前と二人っきりになろうと思ったのはそういう意味もある」

「さもありなん。匠悟は。誤解されるのが。嫌なのよね」

 レイナと誤解されるなら……嫌なのだろうか。良く分からないが、その『嫌』という言葉には語弊が多分に含まれている。正確な注釈を入れるなら面倒事が起きそうだから駄目というだけで、本人の事はどちらかと言えば好きだ。負い目やらゲンガーやらやんごとなき理由ばかり積み重なっているだけで、こんな美人と友達になれた事自体が一種の激運であるとも思っている。それだけだが。

「……そういう意味も?」

「ん。単純に怠い仕事を分担したかったって言うのと、単純にサシで話したかったからだが? 変な意味は無いぞ」

「はぅ。ふ。二人っきりで。何を」

「あの時は聞き忘れたんだが、『隠子』の時にゲンガー関連で分かった事があるとか言ってたよな。それを聞きたくて」

 彼女は本当に部活動以外ではクール系で通っているのか時々疑わしくなる。主に落胆した時と何かを期待している時とで表情が露骨で察しやすい。誰にも気づかれていないだろうが―――俺もこの疑問は忘れていた。それを思い出させてくれたのは朱莉の強引さとレイナの存在だ。彼女の顔をじっと見ていたらなんとなくまたあの疑問がわき上がって来た。

 どうせ休ませてくれないのなら、いっそ徹底的に追及してしまおう。

「……何処までも続いてるって言った。道の先。たくさんの影が死んでたの」

「影?」

「人の形をしてたわ。それが何十体も倒れてて。平面とかじゃないの。ちゃんと立体的で。でも向こう側は透けてて。全員。噛み潰されたの」

「…………ヒトカタの可能性があるな」

「ヒトカタ?」

 万が一にも話を盗み聞きされるのは困るし、現場に突入されるのも困る。教室の鍵を閉めると、奥の壁にレイナを押しつけながら耳元で囁いた。

「はぅぅッ!? な。何を」

「盗み聞き対策だ。今は誤解されるならそっちの方が傷が浅い。良く聞け、ヒトカタっていうのはゲンガーがなり替わる前の姿だ。正式な呼び方かは分からないが、そういう言い方をすれば大体は通じるらしい」

 彼女は上目遣いに俺を見つめ、頬を上気させながら口を尖らせた。

「…………他の誰かには。言ったの?」

「言ってどうなる。誰かが攻略法を教えてくれるのか? まあこれから他の人間に言う事もあるかもしれないが、まずはお前からかなと思って伝えた」

「そう。なら許すわ」

 許すとは。俺は一体どんな罪を犯していたのやら。だがまあ絶妙なタイミングでその情報を得られたのは大きい。アクア君にはああ言ったがゲンガーの正体解明の足掛かりを一足先に得てしまったようだ。勿論独占する気はなく、次に会った時にでも教えるつもりだが、思わぬ収穫を得た。

 ヒトカタは影のような存在。

 人ならざる人の影法師とは表現の上の話だと思ったが、あながち間違いではなかったか。なり替わる前が無個性なシルエットとは、いよいよゲンガーとは何なのか分からなくなってきた。怪異じゃないのは『隠子』に狙われた点からも明らかなので、尚の事良く分からない。これの絶妙なのは『隠子』前に知ってしまったら十中八九姉の協力を仰いでしまっただろうという事だ。

 だって影が動くとかそれっぽいし。

「匠悟が望むなら。朱斗も。殺すけど」

「やめろ。少なくともアイツは本物だ。殺すにしてもお前だけにはやらせない。筋違いだ」

「―――何で。本物って分かるの?」

「は?」


「ゲンガーと人間は。見て区別できないんでしょ。なら。本物かどうかなんて。見分けがついてないと分からないわ」


 不意にレイナが俺の背中に手を回して抱きしめるように倒れた。体格差があろうと不意は不意。俺は見事にマウントポジションを取られ、彼女の敷布団みたいになっている。

「匠悟は。状況証拠だけで。本物だと思ってない? それは。危険だと思うわ。私は。二人がいつからゲンガーと戦っているのか。知らないけど。今なら。疑える事もあるんじゃない?」

 あると言えばあるのだが、それを追求してどうにかなるとも思っていない。俺達は十割ゲンガーだと確信出来る状況になければ動かない。そんなのレイナだってよく分かっている筈だ。それとも単に信用し過ぎるのは危険だと言っているのだろうか。

「―――レイナ。そういう言い方はお前にも偽物の可能性を生むぞ。救世人教には少なくとも何人かゲンガーが居たが、その上で自殺したからな。お前も結果的に生き残ってしまっただけという可能性がある」

「それで、いいの」

「いい?」

「貴方に。殺されるなら。それでもいいわ」 

 お前が良くても、俺が良くない。

 駄目だ。レイナには早急に何かしらの手を打たないと戻れなくなる。俺は出来るだけ冷たく当たっているというのに、今にも自爆テロだってしそうな勢いだ。何故こんなにも尽くされているのかが理解出来ない。俺はただ、命を救っただけだろう。そのお返しに自らの命を散らそうとするのは嫌味でしかない。

 

 俺が彼女の首に手を伸ばしたのはそう思った瞬間からだった。


「ぐ―――ッ!」

「なあ、滅多な事言うんじゃない。俺はお前を信用した上で話してるんだ。お前がゲンガーでも俺はお前の味方だ。一緒に地獄へ落ちようとか言い出す奴が勝手に死のうとするな。どうしても、そんなに死にたいなら今この場で殺してやる」

「あ。ぐ。ぇ…………!」

 こちらから殺意を見せれば留まってくれるだろう。そんな風に考えた俺は甘くて、他人の事なんて何一つ理解出来ていないのかもしれない。レイナは首を絞められて涙を流しながらも顔を降ろし、超至近距離で笑顔を作ってみせた。その表情の何と痛々しく、もの悲しいことか。

「………匠悟には。私を殺す権利があるわ。何をしても。どんなことをされても。受け入れる準備がある」



「ふざけんな!」


 

 俺は『自分たにん』の事なんて何一つ分からないが、今なら少し理解出来る。ハッキリと、この上なく腹が立った。今の笑顔にだけは価値を見出したくなかった。

「確かに俺は命を救った! お前を助けたいと思ったから救ったんだ。それをどういうつもりだ、何が殺す権利だ。ふざけるのも大概にしろよ、いい加減に分かれよ殺したくねえんだよ! 俺はお前がゲンガーじゃないって確信してるから助けたんだ! 何でお前はそれをずっと否定する!?」

 今度は俺が背中を抱きしめて体勢を入れ替えた。傍からみれば密室を良い事にレイナを押し倒し、どうにかしようというその刹那にしか見えない。仮に目撃された場合、その傷は決して浅いものではないだろうが、今はどうでもいい。 

 彼女の自殺願望にも近い愛情表現を否定する為なら、この身がどうなったって構わない。何故なら俺はそういうのが大嫌いだからだ。何故かは分からないが。

「頼むから、もう少し生きようとしてくれ。俺はお前と一緒に居たいんだ。お前には味方で居てほしいんだ。傍に居てほしいんだ」

「しょ。匠悟。それって…………」


 すこしはかんがえなさい。


 視界が原因不明に揺さぶられる。


 すこしはかんがえなさい。


 ブラックアウト。目の奥が熱くなって。心拍が徐々に高まっていく。


 すこしはかんがえなさい。すこしはかんがえなさい。すこしはかんがえなさい。すこしは考えさない。すこシはかんがえなさい。すこしは。


「…………ううん。何でもない。分かったわ。貴方は。優しいのね」

 彼女の言葉を聞いた身体から異常が取り除かれていく。平静を装うので手一杯だった不調は何処へやら、嘘であったかのように快癒してしまった。

「じゃあ。仲直りのキス」

「―――調子に乗るな、エロ部長」

「はぅッ。エロくなんて。ないわ」

 この状況でキスを求めておいてエロくないは苦しい言い訳だ。現状のハグでどうか妥協してもらいたい。今の俺には。それをする権利なんてないから。

「…………今の。本気にするから」

「え? 何を」

「何でもないわ。ただ。全身を縛られた状態で貴方に襲われるのも。いいかなと。思っただけよ」 

 語弊があったので訂正しよう。苦しい言い訳ではなく、これは無理な言い訳だ。    





「また。手伝うけど。もう少しだけ。このままで居させて。朱斗の前じゃ。出来そうにないから」

 今日はラブコメデー

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[良い点] 命を散らそうとするヒロインを止める主人公 これは純度100%のラブコメ
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