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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
アイに薪を 火に贄を

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深海は全てを知りたい

 言いがかりだったらどれだけ良かっただろう。彼が激しい思い込みをしがちな性質で、俺が真っ当な善人ならそれだけでこの話は終わったのに、俺の心はどうしようもなく腐っていて、彼の感覚は一々正しい。

「……ゲンガーが何か知ったら、君はもう休めなくなるんじゃないか?」

「解決しようとするって意味ですかね。俺はそこまでお人好しじゃないですよ」

「俺がお人好しに見えるなら君の目はおかしいな。そうじゃない。ゲンガーを放置すれば困るのは俺達人間だ」

 ここまで踏み込まれたら話さない訳にもいかない。頑固な沈黙は何も利益をもたらさない。それならばいっそ博打感覚で話すのも手だ。取り敢えず朱莉の事は伏せて、知り得る限りの情報を明亜君に渡した。

 ゲンガーは人類を侵略しようとしており、その為に一度は親身に取り入ってからその人になり替わって人生を丸ごと奪ってしまう。

 ゲンガーと人間を見て識別するのは困難。ゲンガー同士でも見分ける事は出来ないが、何らかの方法で連絡を取る事は可能。

 昨今の誤報は全てゲンガーの仕業。

 人づてに聞いた事にしてあるので事の真偽について問いただされたりはしない。もしこれら全てを真実だと証明出来るなら、そいつは確実にゲンガーだからだ。しかしこの仮定の問題点は自動的に朱莉をゲンガーにしてしまう所にある。何かしら嘘を吐いているのは確定としても、彼女がゲンガーというのは考えにくい。

 何せゲンガー殺害に一番乗り気なのだ。それが同じゲンガーなどと突飛な話は無い。可能性まで否定はしないが証明したいなら是非とも証拠を持ってきてほしいという話になる。それが出来ないならこの一般論を変えるつもりはない。

「……警察に通報するか?」

「妄言を真に受けてくれる程警察は暇じゃないすよ。まあ、あんな事があった直後なんで、俺は信じますけど」

「それはそれで複雑な気分だな」

「草延さん。ゲンガーを殺しきるなんて無茶な話だと思ったりしないんですか?」

「……それ以外に方法がない。俺だって君みたいな事を考えたさ。元々『隠子』はその為に利用させてもらう予定だった。結果はあれだが。所でそろそろこっちからも質問いいよな? これ以上は手短とは言えないぞ」

「あ、すみません。どうぞどうぞ」




「何でナイフを持ってた?」




 カウンター気味の一撃。彼はとっくに質問の内容を分かっていたかのように肩をすくめた。当時の流れを通して彼が一番不自然だったのがあの瞬間だ。お蔭で俺達は生存する事が出来たが、安全になったなら尋ねなければいけない。

 俺は法律とか詳しくないが、理由もなく刃物を持ち歩くのは人間的にもアウトだ。護身用と呼ぶには殺意が高い。肝試しの何処で刃物が必要になるかを考えると―――やはりそれは必需品ではないと分かる。

「あーやっぱり聞かれますよね。それ。誰にも言うつもりとか無かったんすけど、草延さんが珍しく誠意を見せてくれたし、俺も話します。単刀直入に言って、慧を殺すつもりでした」

「…………は?」

 思わず聞き返した。理解出来ていない訳じゃない。ちゃんと言葉は認識しているし要約しようとすると、今、彼が言った言葉をそのまま繰り返す羽目になる。話が繋がっているようで繋がっていない。当たり前なのだが、ゲンガーについて尋ねてきた上で語られる理由ならゲンガ―絡みだと思うだろう。

 でも、それはおかしい。

 もしゲンガー絡みなら、俺に質問されるより前に紐づけている筈で。それがない。

「えっと。あれかな? 君と慧ちゃんは昔から知り合いだったようだし、ある時から普通じゃなくなったから偽物なんじゃないか……って無理があるな」

「そうすね。俺はそんなの知りませんでしたから。そのままの意味で結構すよ。付け足すなら人間の慧を殺すつもりだったって事で」

 俺は、理解したくないのかもしれない。その感情を。単純明快な意味を。とことん愚かに怪訝な表情を見せると、彼は仕方なしにと理由を語ってくれた。

「俺、これでも慧の事が好きだったんすよ。草延さんから見ればイメージ最悪でしょうけど、昔はもっと良い奴で。そんな慧が好きだったんすけど、急にあんな感じになっちゃったんすよねー。相田君を虐めてたあれです。あんなガサツで我儘でヒステリックな慧は、もう俺の知ってる子じゃなくなりました」

「……だから殺そうとしてたって言うのか? そんな理由で」

「俺にとっては大問題ですよ。暫く我慢してましたけど、流石に我慢の限界でした。段々嫌いになってく自分が居て、これ以上嫌いになりたくなかったんであの夜殺そうとしました。何事も無ければね」



 つまり彼が冷静だったのは先天的な性質などによるものではなく。怪奇現象など端からどうでも良くて彼女を殺せるなら何でも良かったから落ち着いていたのだ。



 全てを聞いても尚、理解したくない。

 狂気はもっとあからさまでなければならない。だのにこの後輩と来たらいつもと変わらぬ声音、変わらぬ表情のまま何でもない事のように話している。自分の殺人計画を誇らしげに語るでも嘲るでもなく、淡々と告白だけを行って。この話は終わりと言わんばかりに見つめてくるのだ。

「……質問は以上すか?」

「今の所はな」

「良かった。じゃあ改めてこっちからお話があります。お互い腹を割って話した仲ですし、良い返事がもらえると思って尋ねます」

「もったいつけるじゃないか」

「慧は無事に死んでくれましたが、慧を変えた原因は残ってますよね。ゲンガーの事ですよ。俺は草延さんと違って頭のおかしい人じゃないんで殺そうとは思いませんが、どうせなら全部解明したくないすか?」

「……ゲンガーという存在の全てを解き明かそうって? 当てがないぞ」

 結局、そこに帰結する。

 『隠子』に参加した経緯はそのきっかけを作りたかったからだ。ものの見事に失敗してしまったのは言うまでもない。命と引き換えなら安いかもしれないが。

「そうすね」

「は? え、もしかして馬鹿にされてるのか俺は」

「してませんよそんな真似。当てがないとかあるとかどうだっていいじゃないすか。同時に進めればいいんです。当てが見つかったら俺と一緒にゲンガーの解明に取り掛かって、暇な時はそっちの方針通りに殺してればいいんです。それが一番効率が良いと思うんすけど何か間違ってますかね」

「……君がそこまでする理由は何だ?」




「好きな人を盗られたら、腹立ちません?』




 好きな人。好きだった人。芳原美子。俺の恋人だったゲンガー。彼女は本人と違ってとても穏やかな気質だった。自殺せざるを得なかったのは、偏にゲンガーだったからと言うしかない。先程俺は彼が理解出来なくて困っていたが―――そう言われてしまうと、何となく親近感がわいてくる。

「……そうだな」

「でしょっ。そういう訳なんで草延さん。仲良くしましょうよ」

 変わらぬ表情で、明亜もといアクア君は握手を求めるように手を出した。














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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公そっちのけでラブコメやってるアクア君。
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