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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
ヨミ返る犠牲

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夕闇お化けの迷い家探し

「いッ君、どう? お化け見つかった?」

「しゅうさん! いやあお化けが待っててくれたらよかったんですけどねー。やっぱいないっすよ」

 大神君の探索する本殿へ移動すると、大好きな朱斗先輩を見た彼は誰よりも先に彼女へ抱き着いた。いい加減性別に気付いてほしいものだがゲンガーも本物らしく鈍感だ。どうやっても気付かない。

 無名の神社にこんな立派な本殿があるとは驚きだ。目測計算は下手くそだが三十畳程度か、奥にはご神体と思われる像が設置されており、その両脇を仰々しい祭具が飾っている俺は建築家ではないが、御神体に収束するように柱が立ち並ぶ建築方法は寡聞にして知らない。

 

 ――――というか、広すぎる。


 ここに探しに来たのは大神君と俺達を含めて五人(つまり他人は一人)だが、これは広すぎる。どんな有名神社だ。外から見た時もまあ広いとは思っていたが、夜の暗闇が矮小化させていたようだ。幸いにして設置物は少ないので物漁りの効果は薄い。仮にも都市伝説スポットというか心霊スポットというか、正直混同しているが、そういう場所で物を持ち出そうとする神経は理解したくない。

 そう、したくない。そういう禁忌の場所を踏み荒らしたいという欲求は、意識しないと共感してしまいそうなのだ。

「嘘なんじゃない?」

「いや、マジだって話は聞いてますよ。何でね、もう見かけた時にはバシっと撮影してやりたいですね! しゅうさんだったら捕まえられそう」

「お化けを捕まえる……ふぅん。それは面白い発想だね。虫取り網を持ってくるんだったよ」

「子供の幽霊って網に入るんすかね?」


「遊ぼうよー。遊ぼうよー」


 朱莉は大神君との会話に夢中だ。名前も知らない、恐らくは二年生の男子は遊びたがりの幽霊という情報を元に、何処ともしれぬ場所へ呼びかけている。


 ―――ここには、出ないだろうな。


 お化けの考え方はよく分からないが、俺だったらこんな場所に行きたくない。仮に怖がらせる事が目的なら、もっとおどおどびくびくしているような人間の場所へ行くだろう。それだけなら背後で身震いするレイナが該当する。

「レイナ」

「…………」

「わあああ!」

「きゃあああああ!」

 目の前で大声を上げただけなのに彼女は尻餅をついてしまった。それは大袈裟だ。朱莉の事を馬鹿に出来たものではない。

「怖がりすぎだろ」

「だ。だって。匠悟も見たでしょ? あれ……」

 それ以上を口止めするように、俺は人差し指を彼女の唇に当てた。雰囲気が壊れるので、まだ駄目だ。明らかな異常はそれくらいしかないが、それだけでも周知されれば全体の雰囲気は変わってくる。今はまだドッペル団のみの秘密として、どうか内緒にしていただきたい。

「知ってるか? お化けって怖がりの所に行くんだぜ?」

 再び顔が青ざめる。己の性質程変え難いものはなく、終いには涙目になって俺を睨みつけてきた。

「ほ、本当?」

「これはマジ。ゴキブリも怖がってる人間の所に近づいていくだろ? 同じ理屈。つまりお化けはゴキブリ」

「ひィ……!」

 確かに俺も、只事ではないと理解しているが、結局噂を辿れば笑い声や足音が聞こえる程度のものでしかない。仮にそれ以上、危害を加えられるような事があっても、『他人事』なので恐れるような可能性ではない。確かに恐いかもしれないが、『自分事』のように捉えるから大袈裟になるのであって、全く面識のない何処かの誰かがそういう目に遭うのだと思えば、心はスッと軽くなる。

 レイナを怖がらせて一通り楽しんでから俺はこっそりと移動した。神社の右手、手水舎。その後ろには用途不明の家がある。昔話でおじいさんおばあさんが住んでいるような小さい家だ。こちらには

初対面の人間ばかりおり、家の外から内までパシャパシャと写真を撮っている。

「ちょっと、どいてよ!」

 周囲には気を配っていたつもりだったが、家の中から出てきた女子に肩を突き飛ばされた。

「危ないなあ!」

「そっちが邪魔だからよッ。何、相田の癖に逆らうの?」

「は?」

 ライトが顔に当てられて眩しいが、どうやらこの女子は俺を誰かと勘違いしているようだ。それ自体はどうでも良いが、本物の相田の心中はお察しする。イジメではないだろうが、かなり明確な上下関係が窺える。

「……アンタ誰?」

「……ああ、三年の草延。相田とか知らないけど、謝るつもりとかあるか?」

「うっわアンタってあれでしょ。一年のスカート覗いた奴。マジ死ねばいいのに。呪い殺されろ」

「そういうお化けじゃないんだけどな」

「アンタみたいな犯罪者予備軍に謝るとかあり得ないし。キモいから近寄らないでくんね?」

 犯罪者、か。

 確かにその通りだ。殺人罪と死体遺棄の罪で取り敢えず運が悪ければ死刑の、救いようのない極悪人。パンツ覗きは冤罪だが、それを差し引いても極刑は免れない。人類の為だとか何とか言い出したらいよいよ頭のイかれたテロリスト予備軍の完成だ。

「そういう訳にもいかない。俺はお化けを捕まえるんだ。近寄らないでほしいならそっちが離れてくれ」

「うっざ。後でいやらしい事されたってチクろっと。ってか今チクっちゃおうかな~」

「圏外だぞ」

「死ね」

 事情を知らないという事は二年生か、もしくは千歳とは違うクラス。初対面から酷く嫌われているがどうでもいい。軽く中を覗いて、今後のトラブル防止の為にも内部を探る人達(二年生グループだった)に自己紹介をしておいた。彼等で見つけられないならわざわざ俺が手を広げなくても良さそうだ。

 鳥居の方にもお化け捜索の手は広がっており、鳥居の上を撮影したり、一度潜ってから別の人に撮ってもらったりと、何かしら思考錯誤している。遠目から様子を見ていたがあまり芳しくない。オーブも映らなかったようだ。

 

 最後に、鳥居から入って左側に存在する長方形の小屋を訪ねた。


 ちょろちょろと見知った顔があるので学年分けをするなら一年と三年の混合だ。今までとは違い、俺が入ってきても誰一人注意が流れない。


 

 それもその筈、小屋の中には血痕が散乱していた。


 

 床板も敷かれていない粗末な小屋には大量の藁を除けば至る所に血痕が飛び散っている。ここに来てしまった人間はある意味運が悪い。俺達とは違う形で、この神社の異常を感知してしまった。

「――ーあ、匠ちゃん」

 まわりに倣って俺も周囲の血痕を観察していると、背中を向けている間に菊理がこちらの気配を悟った。彼女の声につられて千歳も俺を認識し、少々嬉しそうに近づいてくる。

 動揺は隠しきれていない。

「センパイ。これ、多分……血……」

「皆まで言うな。みりゃ分かる。流石は燃えても燃えない神社だな。山羊さんはどう思う?」

「あたしぃ!? ケチャップってのは逆に恐いよね。やっぱり血なのかなあ。だったら心霊スポットになるのも分かる気がするよ」

「私、凄く嫌な予感がします。大丈夫でしょうか」

「それは都市伝説がデマかもって心配? それとも―――」

 言うべきか迷ったが、やめておこう。「忘れてくれ」と言って強制的に会話を切り上げて現在の進捗を訪ねると、偽物っぽい動きをした人間はいないようだ。


 ―――困るんだよなあ。


 リスクを許容するなら最大のリターンを取りたい。お化けが出てくれないと選別以前の問題で、どうやっても大神君を自然に処理する事が出来なくなる。ここを逃せば金輪際機会に恵まれないという事はないだろうが、最初に述べた通りこれ以上先手は取らせない。俺は大神君に乗る形で別の作戦を立てただけ。立案者は彼だ。つまり大神君には、俺達含めて人間をここに招いた理由がある。



 もう少し状況を見て、お化けが出そうにないなら仕方ない。



 ドッペル団で怪奇現象をでっちあげて大神君を処分しよう。

 



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