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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
狂真サークル

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36/173

人の子を巻き上げ、天まで焦がせ

 お疲れさまでした。章終わりです。

 もう少し、常識から逸脱するべきだった。晴れの日だろうと何だろうと、盛大に焚くつもりなら燃えにくい建造物の周辺なんかではなく、植物だらけの山の中で行えばいいだけの話だった。


 だからっておかしいだろうが!


 山のふもとに辿り着くと、白くて薄い生地を着た人間がグループで油をかけあっては火をつけ山に特攻を仕掛ける様子が既に多くの野次馬の目に晒されている。初動が大分遅れてしまった。結果がどうであれこの事件は大きく取り上げられるだろう。消防が到着する前に来られたのは不幸中の幸いだった。

「弟君ッ!」

「姉ちゃん!」

 野次馬の中で一際不審な動きをしていた姉貴が駆け寄ってきた。現況は言わずもがな、決して時間は解決してくれないだろう。むしろこんな所でモタモタしていたら猶更手遅れになる。


「俺、助けに行くよ」


 それっぽい理屈も交渉も無く、端的にそう告げると、姉貴はあまり良い顔をしなかった。

「消防には私を含めて多数の通報が入ってると思う。消火活動が始まったら助けに行けない。本当に行く?」

「行かなきゃレイナが死ぬ。『他人事』でも見過ごせない」

「…………本当は引き留めるべきなんだけど」

 姉貴は俺の頭をポンと叩いて、まだ火の上がりが甘い方向を指さした。どうせ止めても無駄だと思っているのだろう。俺達は血の繋がった姉弟だ。行った人間が必ず死ぬと言われた場所に行くと言い出した時、俺は本気で止めようとした。殴ってでも止めたかった。

 でも止まらなかった。

 どうして姉貴が止まらなかったのかは分からない。

 だが俺は、俺には『自分事』という『実感』が湧かない。


 自分が死ぬかもしれない状況でさえ『他人事』な気がしてくる。


 痛いのは嫌だが、痛みを恐れて大切なモノを失うのはもっと嫌だ。  

「………………後悔しないように、生きて」




 振り返らず、山の中に飛び込んだ。




 初動を遅らせたのが本当に痛い。山なんて燃えやすいスポットでは瞬く間に火の手が上がる。この国では消防車による消火活動の他、水嚢を使った人海戦術等も駆使される。この山の火がこれ以上の被害を招く事は無いと信じたいが、問題は山の中に居るであろう救世人教の信者共とレイナだ。


 山が焼けきれば、当然中に居る人間は全員死ぬ。


 ここはそう大きい山ではない。まだ全方位が火に覆われた訳ではないが、それでもこの状態の山に入るのは自殺行為だ。何故か自分の身体をくべている信者共にとってはデメリット以前の話だが、俺達はそうじゃない。普通の、本物の人間だ。

 トチ狂った宗教とゲンガーに振り回されるなんて馬鹿らしいと思わないか。

「レイナあああああああああああああああああ!」

 叫ぶ。寿命を縮める行為だ。

 火災の死亡原因のほとんどは一酸化炭素中毒による窒息死だったかなんだったか。酸素を多く消費する行為は身体に火を付けるのと同じくらい無謀で愚かで、命知らずな行為。

「レイナああああああああああああああああああ!」

 もっと叫ぶ。『他人事』だからここまで頑張れるのかもしれない。

 ゲームの主人公が悲劇に囚われたヒロインを助ける様に。俺はプレイヤーで、本当の『自分』は別に居るのかもしれない。本当に他人事なのか自分事なのか。架空なのか現実なのか。どうでもいい。助けたいという想いに偽りはない。



『匠君!』



 横から広がる声に身体の進路を斜めに変えると、少し離れた場所で朱莉もまた俺の声を頼りに合流せんとしている所だった。がむしゃらに走る俺とは違ってちゃんと姿勢を低くしている。よく転ばないものだ。手には金属バットが握られており、その先端には血痕が付着している。

「……何で来たッ」

「私達は共犯者だッ。それ以上の理由、要る?」

「要る!」

「さっき澪奈のゲンガーを殺してきた所だ。拷問したら吐いたよ。本物を攫ったのは澪奈の父親ゲンガー。救世人教のメンバーも全員、ゲンガーだって」

「何ッ?」

 全員ゲンガー!?

 自分達でもお互いに気付けないなら徒党を組む事は不可能だと思っていた。どうやって……いや、あり得ない話ではない。教義の変わった教祖についていく信者の理由、それは信者もまたゲンガーに乗っ取られたと考えるなら筋は通る。

 例えば教祖ゲンガーが敢えて気付かれやすい振る舞いをする事で仲間が接触を取りやすくなって、共謀して信者に一人ずつなり替わっていったとか。

「放っておいても死ぬなら手は出さないつもりだったけど。君が入るなら話は別だ! 私達は共犯者、君の為なら私は死ねる」

 火が背後の草を燃やした。

 いよいよもって退路は断たれ、俺達は目標に向かって突き進むしかない。



「レイナあああああああああああああああああああああ!」



「しょうごおおおおおおお!」

 三度目の正直か、反応があった。左の方だ。山と火のせいで方角は不明。焼け落ちる葉っぱや枝を振り払いながら強引に歩を進めると、そこでは儀式の真っ最中だった。

 油で引かれた導火線が繋ぐのは白い服を着た信者達と澪奈。ボロボロに切り裂かれた制服は油を纏い、彼女は今まさに教祖の手で誘拐の際に使用されたケースの中に閉じ込められようとしていた。

 何人かの信者達がこちらに気付き、こちらの行く手を阻まんと松明を構えた。木の棒に油がしみ込んだ布を撒いただけの代物だが、山火事の真っただ中では十分すぎる殺傷能力。その顔ぶれには学校を訪れた警察も含まれていた。

 たまたま足元に転がっていた木の棒を手に取る。焼け落ちるより前に折れていたのだろう。この森の中では唯一熱くない。

「…………どけよ、ゲンガー」

 酸素が薄いのはあちらも同じ。俺が目の前の女性を力任せに殴りつけたと同時に儀式を見守っていた信者達が一斉に襲い掛かって来た。

「謌代???驍ェ鬲斐r縺吶k縺ェ?」

「縺薙?蛛ス迚ゥ縺鯉シ」

 俺一人では捌けない物量だったが、朱莉がフルスイングと共に参加中だった齊藤享明の頭部を破壊。骨の砕ける音と共に身体が吹っ飛び、絶命する。多数が気を取られている間に俺は教祖へ向かって突進。

「死ぬなら迷惑掛けずに死ねよ、ゲンガー」

 前方にあった木に追い詰めて、首を棒で制圧。力任せな蹴りを何度浴びようとお構いなくその顔めがけて頭突きを繰り返す。

 鼻が折れようとも、涙が出ようとも、歯が折れようとも、硬い感覚が次第にじっとりとして何となく柔らかくなっても、何度も何度も何度も。





 全員ゲンガーなら、容赦する必要はない。





 不意打ちを狙っていた一人に振り返って横腹を打つ。残りの信者は朱莉に気を回していてこちらを危険視していない。駆け寄ろうと思ったその時、彼女と揉み合っていた信者の一人が松明を落とし、あろうことかそれは油の導火線に触れてしまった。

「レイナ!」

 間一髪助け出せた。しかし何度か油を踏んだせいだろう。靴に引火してしまったので否が応でもそれを脱がなければいけなくなってしまった。


「逃げるぞ!」


 その声を皮切りに大勢と相対していた朱莉も離脱を決意。二度目のフルスイングで今度はバットを投げつけて俺と同じ方向に走り出した。

「騾?′縺励◆繧画焔驕?l縺?」

 救世人教の怒号を背中に受けて走る。走り続ける。酸欠になる瞬間は近い。いつ一酸化炭素中毒を引き起こし倒れるかもわからない。こちらに出口があると信じて走らなければいけなかった。

「…………匠悟」

「…………」

「ごめん。なさい。私の。せいで……!」

 気にしなくていい、と慰めてやりたい。

 彼女が狙われたのは不幸な事故だ。他の誰でもそうなる可能性がある。それを責めるのは酷だ。このやけつくような痛みの中、俺とレイナはまだ生きている。それだけで十分だ。仮に落ち度があったとしても、こんな仕打ちはあんまりだと思わないか。

 段々と、身体の力が抜けていく。

 火は直接触らなくても熱いなんて当たり前の事を、忘れていた。レイナを助けたい一心で感覚がマヒしていたのかもしれない。

 足が止まった。

 止まった足が崩れ落ちた。

 

 苦しい。


 熱い。


 呼吸が出来ない。

 俺達を追いかけんとしていた救世人教の奴等もそろそろ同じ結末を辿る頃か。レイナだけでも逃がせれば良いが……森はまだまだ続いている。燃え盛るこの山が、どうやら墓場になってしまうらしい。

 朱莉。

 

 お前は来なくて良かったんだ。

 共犯者だからって、こんな死に方はあんまりだろう。今まで一人でやってきたなら、これからもそうすれば良い。俺はお前を裏切ってなんかない。ここで俺が死んでもやり直せる。


 ―――ああ。


 喋りたくても、心に漏れる。目も耳も喉も、溶けて一つになってしまいそうだ。抱きかかえていたレイナを地面に下ろし、余力を振り絞って覆いかぶさった。

「…………」

 見殺しにすれば、俺達は助かった。









 でも、悔いはない。

 『他人事』だからこそ、やれるべき事はやっておきたかった。


 




















 ごめんなさい、お姉ちゃん。

 ごめんなさい、お父さんお母さん。

 喜べばいい、可愛い妹 よ。


 お  れ   に    し  ん で ほし     か   

  った    ん      だ        ろ     う?

もえろよもえろよ ほのおよもーえーろー


 ひーのこをまきあーげー てーんまでこがせー

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