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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
狂真サークル

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24/173

現幻ゲンガー

 不測の事態で学生の本分から解放された俺達は早速救世人教について調査を……とならないのが俺達だ。かと言って家でごろごろする選択肢もない。たった二人だけでゲンガーの侵略を食い止めようとする気概がどんなに馬鹿らしいかは言うまでもないが、それでもやらないよりは遥かにマシだ。俺達は疑惑のゲンガー、齊藤享明について調査しなければならない。

 彼とはクラスも違えば学年も違う。接触と観察の機会がない事は大きな弊害だったが今日の所は解決した。勿論レイナの件を許した訳ではない。幾ら『他人事』でも許す許さないは別だ。ラッキーなんてとんでもない、どちらかと言えばそう思っているのは朱莉だ。口には出さないものの、さっきの今でゲンガーに対する方針を嬉々として固めようとしてくる。良い口実と切っ掛けが生まれて幸運だったと喜ぶ人間が居るとするなら彼女しか居ない。


 ―――まあ、気のせいならいいんだけどな。


 俺みたいにひねくれている可能性はある。割り切り方がしっかりし過ぎているならそう見えても不思議ではない。

「あの発言は本気だったの?」

「あの発言って?」

「動いたら殺すって。結果的には殺してないけど真意はどうかなって」

 個人的な思惑としてはあそこで穏便に済ませたかった。俺についてどう思おうと勝手だが、とにかくレイナを安全な場所へ避難させたい目的があった。結果は知っての通り、思想を与えられた人間はその程度で止まらなかったが。

「ギャグだよ」

「あの状況じゃ私でも笑えないね。壊滅的なセンスだ」

猿轡ギャグってのは黙らせる事が出来たら上等な方だ。暴走は止められなかったが静かにはなっただろ」

 近くのトイレで着替えを済ませた朱莉は何処からどう見ても女性にしか見えなくなった。元々女性なので変な表現だが、まあ朱斗から朱莉になったとでも言おうか。もしくはソシャゲの主人公みたいなものだと言うべきか。

 朱莉は白のシャツに薄茶のスカートを合わせて清楚感を演出。ちびっこい男子が一転して今時の女子高生に生まれ変わった。相変わらずの絶壁で背も小さいが、彼女を見て誰が朱斗を想像するだろう。人の主観は確かに服に引っ張られている所はある。朱莉の制服偽装の効果は間接的にも証明される事になった。

「……あれ、お洒落する必要あるか?」

「形から入るタイプなんだよ私は」

「形から入るってそういう意味じゃないだろ」

 現場を目撃しなかった生徒は此度の下校を幸運に思い、早速駅前でたむろしたり、何処かへ遊びに行こうと計画を立てているのが見て取れた。素直に帰宅しようとする人間は極僅かだ。千歳は相変わらずの素直さでコナを掛けようとする男達を丁寧に捌いて電車に乗ってしまった。試しに携帯で『好みの男子は居なかったか?』と尋ねると、間もなく『見てたんですか! そういうのじゃないです!』と多分怒られた。

 うーん、素直だ。

「何してるの? 齊藤を見つけたよ」

「ん?」

 ゲンガーを初見で見分けるのは不可能だ。そこで重要になってくるのは本物と偽物の違い。幾ら本人と通じ合っていても、二人は全く別の存在であり、深く観察すればそこには必ず違いが生じてくる。駅前を友達と通り過ぎた齊藤享明は……どちらだろう。

「山本君の時はまがりなりにも同級生だったが、今回はどうするんだ?」

「……まだ、方針は決まらないな。だから尾行してるんだけど」

 彼の隣にはエアガン仲間と思わしき男も居た。

 

 ―――エアガンの件は有耶無耶になったんだな。

 

 或いは職員会議自体は開かれたが、それどころじゃないのかもしれない。エアガンはまだ未遂だが、レイナのあれは傷害事件だ。ここで前者を優先させる教師なんぞに教わる物事はない。発見者としては煮え切らない思いがあるが、それは後だ。

 もしゲンガーならどうせ殺すのだし、ストレスはその時にでも発散すればいい。

「……ん?」

「どうしたの?」

「もう一人居る」

 彼を見つけたのは生徒の流れから大きく切り離された反対側の道。完全に偏見だが、あそこはクラスに馴染めなかった者が気まずさから選ぶ道である。事実としてそちらの道を行く人達はてんでバラバラ、グループという感じは全くなかった。

「こうやって見ると違和感が凄いな」

 一方の享明は気の合う仲間と悪ふざけでもしながらご機嫌な帰路に着いている。カラオケとか何処かの飯屋とか、或は少し遠いがゲームセンターとかにでも行くのだろうか。もう一方の享明は俯きこそなかれ元気があるとは言い難い。時々頭を抱えるなどの思いつめた仕草も見える。

「どうも今回は本人と知り合っているらしい。まあそれが普通なんだけど。君はどっちが本物だと思う?」

「一つ思うんだが、ゲンガーは飽くまで本物を騙すつもりなんだよな。美子のは特殊なケースだとして、時間が経てば自分の時間を奪われてる事に気付いた本物が揉めるんじゃないか」

「掛ける時間に決まりはないけど、長丁場は覚悟してほしいな。一か月二か月ならまだ早い方だよ。いや、遅いか。一人にそこまで時間を掛けてたらその間に侵略が進んじゃう。ゲンガーを追ってたら実は周囲全員ゲンガーで、むしろ生き残りの本物として炙り出されたなんて笑えないでしょ」

 そこまで長いのか。いや、長くなければならないのかもしれない。信用と信頼は時間によってのみ積み上げられる。ごく短時間で全面的な信用を受けられる人間が居るならそれは異能の類だ。条件と状況が揃えば例外は生まれる。例えば朱莉が俺にゲンガーの事を話したのは襲撃の真っ最中で本物だと確信出来る状況にあったからだ。


 ―――ん?


 言ってて・・・・よく分からなく・・・・なりそうだったが・・・・・・・・、それは一瞬の疑問だった。言葉にも出来ない、本能的な何か。

「ここは二手に別れよう。相手の行動を撮影して後日突き合わせるんだ。何日か繰り返せば違いが分かる。そこで判断出来る筈だ」

「尾行が楽そうだから賑やかな方で」

 人混みが多ければずぶの素人でもある程度は尾行出来る。それにエアガンの前科がある以上、学校から解放された彼らが火遊びをしないとも限らない。今度こそ有耶無耶にしてなるものか。


「つーても早く終わり過ぎて予定とかねーわ。氷室んちで遊ぶ?」

「ねーわ。なんかやべー三年の方で事件があったって説明がだりー。俺らはちゃんと学校行ってたことにして遊んだ方が良くね?」

「どうせ連絡網で家に来ると思うけどな」


 撮影だが、かなりの無茶ぶりを要求された事に今更ながら気が付いた。携帯を正面に据えながら撮影というのは人混みの中であっても不自然だ。善意の妨害に遭う可能性も考慮される。かと言って腰の辺りで撮影しようとすると痴漢を疑われ、ものの見事に性犯罪者の出来上がり。

 一度撮影を止めよう。紛れやすければ良いというものではなかった。まずは距離を取って遠くから撮影をしよう。俺は学生だから、ポジションにさえ気を付ければ自撮りをしているという勘違いをしてくれる筈。


「面白い場所知ってるんだけど、行かねえ?」


 齊藤享明の誘いに誰よりも反応を示したのは、他でもない俺だ。そんな事を言われたら距離を取るに取れない。撮影方法には悩まされたがこれしかない。片袖から腕を抜くと、ワイシャツの第二ボタンを外してそこから携帯を覗き込ませるのだ。マジシャンが使う手口にも似ている。偽造の腕が無いので不自然に胸が膨らんでいる事だけが欠点だ。


「何処よ」

「ゲーセン遠いからめんどいぜ」

「大丈夫直ぐそこだよ。こういう突発的な下校のしわ寄せって後で夏休みとかに来るらしいからな。そう考えたらストレスたまるだろ? 発散には持ってこいだよ」


 ここの情報に関しては彼等の方が先輩か。いやしかし、俺も美子とのデートを成功させる為に色々な場所を調べた。この辺りにそんなぴったりの場所は……バッティングセンターかボウリングくらいか。しかしその程度の施設なら取り巻きが知らないのもおかしい。得てして娯楽施設は学生の間で共有されるものだ。

  



















 後を追っていく内に人通りが少なくなっていく状況に俺は手応えを感じていた。やはり、何か危ない事をするつもりだ。こうも露骨に人目を避けると自ずと尾行している俺までもが目立ってくるが、単なるかくれんぼなら得意だ。

 それに幾ら尾行が下手でも自分が尾行されているという自覚がない限り後ろなんて振り返らない筈だ。正に俺がそうだった。朱莉に言われなければ相手も簡単に家まで特定出来ただろう。


「ここだよここ」


 和やかな雰囲気のまま彼等が入っていったのは廃墟だ。廃墟にしてはかなり形が残っており、きちんと清掃をしてやれば居抜き物件ではないが他の事にまだまだ使えそうでもある。外観だけの感想なので或いは中が酷いのかもしれない。

 全員が中に入ったのを見届けてから俺も中へ。ただし入り口を使うのは阿呆らしいので隣の壊れた窓から入った。壊れた扉の蝶番から一行を見守っていると、建物は通過地点に過ぎなかったようだ。真っ直ぐ通り抜けていなくなった。後を追うには馬鹿正直に後ろに付かなければならないが、建物の外観からして二階がある筈だ。

 万が一にも反響音を察知されないように飽くまで焦らず、近くの階段を上って二階へ移動。観察に手頃な窓を物色していると、硝子の割れる音が聞こえた。


「うぇえええええええええい!」


 柔らかいものを何度も何度も刺す音。

 硬い物質が壁にぶつかる音。

 機械か何かが破砕する音。

 木製の大きな物体が裂ける音。

  

「ふぅぅぅぅぅう!」

「あーそーれーめーん!」

 

 火遊び大好きな学生達のご機嫌な騒ぎ声と騒音が全く結びつかなくて混乱している。こんな寂れた場所で騒げる場所があるとは思えない。漫画みたいにカジノとかがあるのなら、もっと人通りがあっても良いだろう。知る人ぞ知る違法賭博の店みたいな。

 これだけ賑やかなら多少迂闊でも気付かないだろうと適当な窓から覗き込むと、そこには大量のビンや家電やら机やら。ゴミ捨て場の一種かと思われても仕方ない量のゴミで遊ぶ高校生達の姿があった。


 ―――あー。パクリかあ。


 テレビで見た事がある。一回何千円だかで部屋の中の物を自由に出来るというものだ。破壊しても良し何か作るもよし。とにかく何をしてもいい。普段はインモラルとされる行為の一部が容認される。それだけで人は変わる。

 だがあれは再利用可能なゴミを更に再利用しようというだけで、ゴミを更に破壊するだけではなかった筈だ。しかも多分、無許可。人の事は言えないが不法侵入しているし。何だか、急に尾行が馬鹿らしくなってきた。核心に迫ったと思えばこれだ。何をしてもバレる気がしないので携帯を確認すると、四件メッセージが届いている。


『ケーキ作っちゃいました! 美味しく見えますか?』


 勿論千歳だ。彼女だけは呑気というかいつも通りというか……何にも関与していないので当然か。『そう聞くからには、食べさせてくれるの?』と返したら『今日は一人分しか作ってないのであげません!』と返ってきた。うーん残念だ。スイーツを自前で作れる程の腕前ならさぞ美味しいだろうに。


『でも今度、簡単なの持っていきますね』

『本当に? ありがとう!』


 後輩は聖人であったか。

 付き合いのそれほどない先輩の為にスイーツを作ってきてくれるなんて。尾行の馬鹿らしさは疲労感に伴っているが、今のやり取りで吹き飛んだ気がする。


『家に帰っちゃった。勉強してる最中だね』


 これは朱莉。添付された画像は齊藤享明の家の中と思われる。彼の背中を捉えるような構図だ。気になるのはガラス越しでもなければ距離が非常に近いという事。


『しれっと不法侵入してないか?』

『ゲンガーを消すのは本人の為でもある。手段は選んでられないね』

『変わった事は?』

『一言も喋らない。暇だね。いつ気付かれるか怖いかも』


 俺はお前が怖い。

 そう返したかったが文章には躊躇する余地がある。ぐっと堪えて、次のメッセージを確認。レイナからだ。


『あの後どうなったの』

『緊急全校集会して帰宅。部活なんかない』

『ごめんなさい。私のせいで』

『気にするなよ。でも危ないから暫く学校休めよ』


 返事は来なかった。これでメッセージは終わりだ。

 

 思い出したように窓を覗き込むと、無差別破壊に飽いた男子達が携帯を弄りながら固まっていた。そんな光景を眺めていても得もなければ収穫も無い。まだ東京スクランブル交差点の定点カメラを見ていた方が面白みがある。固い場所に座り続けていたせいかお尻も痛いし、戻れなくなる内に引き返すのも視野か。

「ぐぁぁあああああああああ!」

 窓から視線を外した瞬間、一人の男子生徒が大声をあげた。慌てて窓から様子を窺うと、あれだけ中の良かった四人の内三人が反旗を翻し、一人を襲撃したのだ。叫び声の原因は享明君が隠し持っていたスタンガン。激痛で動けなくなったのを見てから三人は機械的な声でやり取りしながらもう一人をゴミ置き場の端に置いてあった大きなケースの中に詰め込んだ。

 そして三人で神輿を担ぐように外へ出て行ってしまった。

 









 

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― 新着の感想 ―
[一言] レイジルーム的なの一回やってみたいです。それはそうと 千歳はかわいいですね。
[一言] サブタイトルから何となく、ゲンガー=幻我って思い浮かんだ。
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