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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
狂真サークル

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23/173

日常に酔う

 次の日。

 携帯のアラームに起こされる。時刻は六時半。今日も今日とて学校へ行かねばならない。昨日どんな事があっても、学生の本分を忘れてはならないのだ。


 ふと寝息が聞こえたので横を見やると、姉貴が腕を枕にして突っ伏しながら眠っていた。


「…………」

 寝ぼけ眼に寝覚めの頭は心底間抜けなノロマを作り出す。真剣に一分ほど考え込んでようやく状況を把握した。多分、姉貴は俺が心配で夜通し見守っていたのだ。そして太陽が昇ったから寝落ちした。そんな所だろう。就寝前に心姫が部屋に居た痕跡はないので恐らく寝た後に来た。

「布団、貸してやるよ」

 ベッドから布団を引きずり下ろし、被せるように姉貴の上へ。暗い方が落ち着くというのだから、これくらいした方がむしろ熟睡出来ると考えた。


 気を取り直して、流れ作業。


 朝の準備を一通り済ませたら適当に焼いたパンを食べて家を出る。結局朱莉からの返信は最後まで来なかった。彼女に万が一があるとは思えないが、何か事情はありそうだ。それを聞く為にも、少し駆け足で。朝に勧誘があるとは考えづらいが、いずれにせよ目を付けられた手前無用なリスクは避けたい所だ。少し遠回りになるが、駅には絶対近寄らない。

 体感で七時に差し掛かった頃、校門が見えてきた。朝練がない学生達の姿がちらほらと見える。その中で、唯一何かを待つかのように立ち尽くす少女の姿があった。

「……あ、センパイ! おはようございますッ」

 火翠千歳。ひょんな事というよりは気の毒な不幸から知り合う事になった一年の後輩に当たる。こうして接していると先輩同級生問わず人気らしいのが良く分かる。言葉の節々から生来の明るさが滲み出ていて―――『他人事』みたいで申し訳ないが、話していると元気が出てくるのだ。

「お、おはよう。朝練ないのか?」

「今日は無理を言って私だけお休みをいただきました。センパイにどうしてもお礼を言いたくて」

「お礼―――いいよ別に。たまたま通りがかったから助けただけだし」

 これは純然たる事実だ。見かけたのも偶然、あの場に居たのも偶然。見たから助けただけで、それはお礼を言われるに値する善行だろうか。誰だって知ってる人間は助けてやりたいだろう。

「いえ、そういう訳にはいきません。『善き人との縁を大切にせよ』って教わったので!」

「家訓的な事か」

「おばあちゃんが教えてくれたんですッ。それで、以前お話ししたスイーツを是非ご馳走させてほしいなって思って。ご都合の良い日を教えてくれませんか?」

 基本的に予定はないが、今は救世人教の件と潜伏していたゲンガーへの対処で忙しくなる予感がしている。この小さな後輩を要らぬトラブルに巻き込むのはハッキリ言って気が乗らない。彼女は他の生徒と同様に日常を満喫するべきだ。非現実的で狂気の垣間見えるトラブルは俺みたいなひねくれた人間に任せれば良い。

「んー。そういうの事前に決まってなくてね。未来予知でも出来なきゃ無理だ」

「水晶玉が欲しいんですか?」

「俺、占い師じゃないんだ。そうじゃなくてさ、連絡先を交換しようよ。それで予定が空いたら知らせるから」

 不自然なくらい奇妙な間を挟んでから、千歳が大きく目を見開いて驚いた。

「え、ええ! い、いいんですか? 先輩と連絡先交換しても」

「あれ、嫌だった?」

「そういう事じゃないんですけど、なんか申し訳なくて。私、連絡先交換した人に結構話しかけるので、ご迷惑かなと思ってて」

「あーいや全然? 基本的に暇だから幾らでも相手するよ」

「本当ですか? それなら、私からもお願いします。センパイとお友達になりたいですッ」

 校門の前で何をやっているのだろうと独り言がツッコミに入ったが、二人の会話に割り込める人間は現状存在しない。もし千歳を狙っている男子が居たなら何故かスカートを覗いた俺がリードした事になる。真似してどうぞ。絶対嫌われるから。

 交換が終わると、後輩は照れくさそうな笑顔を浮かべた。紅潮した頬からは無邪気な嬉しさが滲んでいる。朱莉でもそこまで喜ばれた覚えはなく、つくづく素直な性根なんだなあと感心してしまった。

「うふふ。嬉しいです! センパイとお友達になれて」

「ん。俺もだ。でも勧誘には気を付けてくれよ。ああいうのはしつこいからな」

 昇降口を通って階段で千歳と別れた。その際に深々としたお辞儀と共に改めてお礼を言われてしまい、俺も感情が行方不明になった。『他人事』とはいえそこまで丁寧に感謝されるとどういう反応を返すべきか正直分からない。

 きっと深く考えるものでもない筈だ。取り敢えず『俺』なら後輩の可愛さにほっこりしておけば十分だろう。高校生にもなってあそこまで無垢でいられるのはある種の才能だ。


「おはよう」


「無垢じゃない奴だ」

「え?」

 しまった、本音が。

「ああ……何でもない。大丈夫だったのか?」

「それどころじゃないよ」

 階段で話すよりも実際に見た方がいいだろうとばかりに手を引かれ辿り着いたのは三年D組。レイナのクラスだ。入るまでもない、というか入ろうという気が起きない。学級混在で集った生徒が教室の中を見てざわついている。


 ―――無事だった筈だが。


 飽くまで傍観者に徹しようとする群衆を掻き分けて教室に入ると、レイナの机を囲むように六人の男女が拍手をしていた。


「おめでとう!」

「おめでとう!」

「貴方はウツシの神に選ばれました」


 仮にそれが『自分事』であっても、状況を理解出来る人は居ないだろう。只々笑顔で拍手を繰り返す彼等に対して何をしようというのか。レイナは机の上で手を組んだまま困惑の表情で彼等を見上げていた。

「…………?」

「器に選ばれたのよ、澪奈は」

「いやあ、同級生から出てくるなんて凄い偶然もあるんだな」

 これは……確かに関与しかねる話題だ。何が何だかさっぱり分からないし恐らく誰も把握出来ていない。

 だから、誰も反応できなかった。



 男子生徒がポケットからアイスピックを取り出すと、それをレイナの手に突き立てた。



「――――――ぁぁぁっぁああああああ!!」

 激痛からか手を持ち上げようとして失敗。レイナの手は机に留められてしまったのだ。

「印を与える! アハハハハハハハハハハハハ!」

「印を与える! 印、印!」

 開幕の一撃を皮切りに他の六人も錐や針や画鋲やら、刺突に優れた物を取り出してレイナの手の甲に突き刺していく。喉が引きちぎれんばかりの苦悶に満ちた彼女の声も無視して、続いて鉛筆やらシャーペンやらボールペンやら。周囲を囲んでいた群衆から叫び声が上がると倍々ゲームに次々と悲鳴が上がっていく。

 それでも誰かが助けようという動きはない。自分にその矛先が向いたらどうしようという危惧が、善意を鈍らせる。


 だから、全てを飽くまで『他人事』と割り切るのは大切なのだ。


 気がついたら、近くに居る女子を力任せに蹴っ飛ばしていた。

「ぎゃっ!」

 他の机を巻き込んで吹っ飛ばされた女子は、信じられないとばかりに俺を見つめていた。

「何すんのよ!」

「匠悟、急にどうしちまったんだ」

「女子を蹴るなんてサイテー!」

「女子の手に悪趣味な生け花を作ろうとする奴等に言われたくないね。お前等こそ何してんだ」

 全員が固まる。互いに顔を見合わせて、ひそひそと内緒話をしている様だが丸聞こえだ。俺の発言に見当がついていないらしい。代表者らしき同級生が穏やかな調子で俺に話しかけてきた。

「つまり、お前は俺達が何かしてるって言いたいんだよな?」

「え、目が見えてないのか?」

「いや見えてるけど。そんな事俺達がする訳ないだろ。なんだ生け花って」

 現行犯で捕まえた筈なのに無罪を主張してくるとは驚いた。だが、飽くまでやっていないと言い張るならそれでもいい。レイナをここから逃がす時間が稼げる。躊躇なく女子を蹴っ飛ばした事には未だドン引きされているようで、近づいたら勝手に離れてくれた。

「レイナ。保健室に行くぞ」

 返事はない。唸るような掠れた喘ぎ声を壊れた機械のように吐き出している。滅多刺しにされた箇所にはあえて触れずに腰のあたりに手を回すと―――あれだけ俺を怖がっていた六人が血走った眼と共に向かってきた。

「おい! 印がまだ刻まれてないんだ! 勝手に動かすな!」

「何で動かすの!」

 


「お前等は動くな。それ以上動いたら、殺すぞ」



 全員の沈黙を確認してから彼女を連れて教室を後にしようとしたが、人生初の脅しも空しくまた襲い掛かって来たので仕方なく全員ぶん殴り、今度は顔を踏み潰そうとした所で朱莉が割って入った。

「先生が来たから、これ以上は無し」

 振り返ると、生徒の悲鳴を聞いて何人かの教師が息も絶え絶えに駆けつけてきていた。泣き出したりひそひそと騒ぐガヤをよそに、教師達は串刺しになったレイナの手を見て只ならぬ様子を察し、奥で倒れ込む六人を一瞥した。その手には各々が用意したであろう凶器がまだ握られており、実行犯が誰かは最早明らかであった。


「せ、先生! 匠悟が! 匠悟が狂ったんだ~!」

「私の事も殴って……殺すって言われた! 先生、アイツおかしい! 気が狂ってる!」

「痛い……痛いよお……どうしてこんな事するの……?」


「取り敢えず、保健室に連れて行ってもいいですか?」

 無実を訴える狂人をよそに、俺はレイナを労わりながら保健室へと降りて行った。
























 その後、レイナは病院に運ばれた。命に別状はないらしいが、念の為だ。

 自分達は何も犯罪をやっていないと声高に主張した六人は駆け付けた警察官によって連れていかれてた。彼等の主張は一貫して『俺』がおかしくなったであり、危うく俺まで連れて行かれそうになったがその場に居合わせた生徒全員の証言により何とか警察行きは免れた。生徒かどうかという事に拘らず暴力は基本的に違法な手段だが、誰一人今回の行いを咎めた人間は居ない。教頭先生からは『暴力は良くなかったと思う』と言われたが、俺は何も間違っていないと思う。刃物相手に和解を求める方がどうかしている。平和ボケとかそういう次元じゃない。ただの馬鹿だ。

 レイナが死んだら、どう責任を取ってくれるつもりだろうか。

 現場を見た生徒は全員が俺の味方であり、あの瞬間に動けた事を称賛する声もあったが、あまり目立ってしまうとゲンガーの一件が捜索しにくくなるので一応広めるなと釘は刺しておいた。無駄だとも思っている。


「してやられたね」


 今日は異常性も考慮して緊急全校集会の後、全生徒が帰宅となった。勿論部活は無し。これから職員会議があるとの事なので、早めに帰る様にとのお達しだ。

 今はその帰り道。人気のない路地裏で朱莉が話しかけてきた。

「何がだ?」

「あの警官、偽物だよ」

「は? でも制服着てたぞ」

「そういう意味じゃない。ゲンガーか、もしくは同じ宗教メンバーの可能性があるって言ってるんだ。そもそもウツシの神なんて最初に気付くべきじゃないか。ウツシは写し、コピー。ゲンガーと深い関わりを持ってる可能性は十分にある」

「メンバーについては?」

「誰も通報してないのに駆けつけるなんて不自然だよね。あの警察官は『通報があって駆け付けた』とか一言も言ってない。まるで用件を知ってるみたいに引き取ったよね」


 ―――言われてみればそんな気もする。


 しかし『言われてみれば』であり。明確な不審かと言われたらそれはない。俺がこういう事件に巻き込まれないからだと思うが、むしろ朱莉が敏感すぎるのではないか。

「印というのが何かは分からないけど、あの怪我は暫く治らないと思う。信者達が狙いを付けた獲物だって他のメンバーからも丸分かりだ。不思議なのは何で今になってこんな露骨な凶行に及んだかって話だけど―――」

「一応聞くんだが、全員ゲンガーの可能性は? 正面から人類を殲滅したがる武闘派という説」

「限りなく低い。そんな事しても本物らしくない筈だ。所で君、騒動の渦中に居たのに随分落ち着いてるじゃない。僕は君のメンタルケアも兼ねて話しかけたつもりだったんだけど」

 

 ―――。









「『他人事』だからな」 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「写し」でしたか。 「現し」だと勝手に思ってました。ゲンガー絶対殺す的な [一言] この六人、メアリー・スーを思い出しますね。 救世人教が広まったらあんなふうになるんですかね?考えたくもな…
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