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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
狂真サークル

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20/173

穏やかなひと時

 夜にレストランを訪れるなんていつ以来か。一人で来たり姉貴と一緒に来た事はあるが、同級生と来たのは初めてだ。朱莉とはそういう関係ではなかった。悪友とはそれくらいの薄い繋がりなのである。毎度毎度お会計済みになるのが怖かったが、この面子で固まってまた会計が済んでいるようなら、それはもうラッキーだ。割り切ろう。

 同じ考えの学生を何グループか見掛けたがどれもこれも面識はない。あちらだってそうだろう。一番多いのは家族連れ……いや、一概には言えないか。二人で来た男女は恋人の可能性だってある。一つ言えるなら、一人で来た人間は少なかった。

「窓際で。いいわよね?」

「おう」

「異議なーし」

 奥に詰めて座ると、隣に朱莉。対面にレイナが座る。先程の一件など一旦は忘れて、まずは空腹を満たそう。腹が減っては何とやらだ。メニューを取って机を広げると、朱莉が肩に寄りかかりながら覗き込んできた。

「色々あるねー。匠君は決まった?」

「そこまで即断即決じゃない。お前の方は」

「同じだよ。ていうか、ちょっとトイレ行きたいよね。という訳で少し席を外すから、それまでに決めておいてくれると助かるな」

「……それはいいんだけどお前……いや、何でもない。行ってこい」

 こいつ、どっちのトイレに入るつもりだ?

 喉までその言葉が出かかって、何とか止めた。本来の性別を考慮するなら女子トイレだが、傍から見ても男子の制服を着る彼女は男子だ。周囲のイメージに合わせるなら男子トイレに入る必要がある。どちらにも個室トイレはあるだろうから用を足す事自体は可能かもしれないが、不幸な事故が万に一つ起きないとも限らない。

「匠悟。今の内に。聞きたい事が。あるの」

「ん?」



「朱斗って。女の子でしょ」



 血の気が失せた。ここが学校なら今すぐ体調不良を申し出たい所だが、そうもいかない。俺には共犯者として彼女を守る義務がある。

「ああ……違うけど。何でだ?」

「喉仏が見えない」

「そういう人も居ると思うぞ」

「スキンシップが過剰」

「そういう奴もいるよ。うんうん」

「ロッカーに女子用の制服があった」


 ……痕跡残し過ぎだぞアイツ。


 だから俺は悩んでいたのだ。性別を隠す気があるのかないのか分からない。ゲンガーの事が嫌いなのはよく分かるが、それ以外が曖昧で、いまいち誠意を感じないというか。

「―――ええ。と。内緒で頼む。一応、秘密って事になってるから」

「別に。いいけど。貴方からの。誠意が。欲しい」

「具体的には?」

「今度から緊急の用事以外。絶対に部活を休まない。守ってくれたら。知らないフリをしてあげるわ」

 その程度で良いならと俺は二つ返事で了承した。レイナがメニューに再び目線を落としてから少しして朱莉が帰ってきた。机の下で携帯のメモ機能を開いて、疑似筆談で強気に咎めた。


『ロッカーの中に女子用の服入れるとか何考えてんだ!』


 朱莉は首を傾げてから、俺の携帯に直接文字を打ち込む。


『何の話か知らないけど。僕はゲンガーを殺す時でもないと服は持ってこないよ。死体処理の時に着替えないのはリスクが高すぎるからね』




 嵌められた……!




 改めてレイナの表情を見ると、薄ら笑いを浮かべながら時々俺の様子を窺っているではないか。視線が交差してしまい慌てて下げたがもう遅い。まさか鎌をかけられていたなんて。語るに落ちるとは正にこの事。すっかりやられた。

 ついでに弱みまで作られたのも痛い。レイナが本当に漏らさないかという危険性を考慮したら部活の際は一緒に居るべきで、それ自体は何でもないのだが……あまり俺と一緒に居ると、巻き込んでしまう可能性があるのだ。

 彼女の事は苦手だが、どちらかと言えば好きな人間でもある。あまりまともな人間を巻き込みたくないのが本音だ。俺は少しひねくれているから良かったが、『ゲンガーという怪物』なんて割り切り方を誰もが出来るとは考えられない。レイナは風紀管理部の部長とだけあってその辺りの良識はずば抜けているだろう。

「決まった。このビーフハンバーグステーキで」

「僕もそれで。面倒だしね」

「じゃあ。呼ぶね。私が全部頼むから」

「因みにレイナは?」

「魚介類のスープスパゲッティ。最近。麺類にハマってるの」

 それから間もなく呼び出された店員が注文をうかがい、そそくさと厨房の方へ。外食店における唯一の不満点はこのインターバルだ。今は話し相手が居るからマシな方だが、それでも何となく暇な時間という認識は拭えない。

「―――さっきの話に戻るね。虞美人草……じゃなくて。救世人教の」

「すまん。俺が変な事言ったからうつったんだな」

「気にしないで。それよりも。聞いてみてどうだったの?」

「僕は胡散臭いと感じたね。それっぽい言葉を並べ立ている。日々を穏やかに生きる僕達を偽物だと言って、自分が特別と信じたい人を引き込もうとしてるのかな、と感じた」

「控えめに言ってゴミだな。終わり」

 飽くまで、この場では。気になる発言があったのは確かで、それは朱莉と二人きりになった際に改めて伝えるつもりだ。

「宗教について。それそのものを私は否定しない。でも。生徒に悪影響なのは駄目よね」

「そう言えば他にも勧誘受けてる生徒は居たのに、どうしてあの子だけ助けたの?」

「…………たまたま。じゃないの?」

「僕もそう思いたいんだけど中学からの付き合いだ。匠君の変化くらい気付けるよ。一目惚れでもした? それとも知ってる後輩だから? それともああいう女の子が好きだったりするの? 美子とは随分タイプが違う様に思えるけど」

 どれも正確ではないし、網目を潜り抜ける程複雑な理由を用意している訳でもない。単純な話だ。見ず知らずの先輩にスカートを覗かれた不幸以上の物はあっちゃいけないと思っているから。そりゃ実際は冤罪どころか事件すら起きていないが、それを知るのは俺と千歳だけだ。この関係には大切にする価値なんてないが、それでも目が届く限りは世話をやいてやりたいだろう。

 それが今回、たまたま危ない宗教の勧誘だったというだけ。

 もし本当に好きなら今すぐにでも連絡先を交換して毎日でも家に通っている所だ。これは自信を持って言える。ただしあの後輩が可愛いのは事実なので、保護本能的な何かを擽られて守った可能性もある。

 『他人事』なのでこれ以上は分からない。

「あー…可愛い後輩が好きだからって事で、一つ」

「素直ね」

「そりゃ、恋愛に生きる男だからな。そういう理屈なもんで、大神君だって俺は可愛がるぞ。何となく先輩の威厳ってものを持ってみたいじゃないか。だからバックレてさえいなきゃここにも集まって欲しかったよ」 

 性別比もつり合いが取れて完璧だ。どうも俺は……女子に囲まれると落ち着かないらしい。しかも一人は自分を男という体で接してくるので理性は常にパニック状態だ。


 ピロン。


 携帯に一通のメッセージが入った。通知だけで確認すると、山本君からだ。クラスのグループから個人のアカウントを探し当てたのだろう。『美子が居なくなってあれだけど、どうしてもお前に教えておきたいからこっちで送る』と書かれている。

「…………」

 速やかに電源を切ってポケットの中へ。

 これからもゲンガーと戦い続けなければいけないなら、せめて今は学生らしくこの状況を楽しんでみよう。両手に華の状況を、『俺』はもっと楽しくしているべきだ。そうだろう?

「ちなみにレイナ。お前バイトは―――」

 恋の神髄は相手を深く知る事にある。今後俺に縁があるのならその相手が誰であってもいいように準備しておくべきだ。




 共犯者はさておき、余裕があるなら一番身近な異性と言えるレイナの事をもっと知ってみてもいいかもしれない。どうせ最後の高校生活だ。ゲンガーの事とは無関係に、心残りのないようにやろう。


 

 

 

 


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[良い点] 汚ねぇ...こんなやり口
[一言] そういえば確定不幸キャラの妹は?(いないのか)
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