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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
アイを知りたい神の子

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鬼ごっこ

 管神住人。もとい死者達は名莚屋敷の前でたむろしていた。苗網操こと明鬼朱莉もそこに居たが、どうもお姉ちゃんのヤケクソ発言が尾を引いているようだ。母親も締め出されている辺りいよいよ末期か。

「……ごめん」

 気まずい空気など無かったが、自殺気分から落ち着いたお姉ちゃんが全員の前で頭を下げた。死んだ事になっていた鳳先生はどうやらここに来る前に全員へ大方の説明を済ませているらしく、驚くべき事だがこの場に居る全員が己の状況に納得している。

「特にお前は納得しないと思ってたよ」

「死んだなんて言われても実感が湧かないし。俺が死んでるかどうかよりもタクミの方がよっぽど変な状態だろ?」

「俺は信じるとか言ってねえぞ! ただ何回か外に出てみようと思っても出られない理由を考えたらたまたま繋がっただけだ!」

「私達が死んでるって事はさ、おじいちゃんにも会えるの……鳳兄ぃ」

「僕はもう仕事を終えたので、後はナムシリ様に尋ねて下さい」

 他人任せとは困った話だが、発言の責任は取りたい所だ。春夏の視線がこちらに向く。今となっては敵意も感じられない。ナムシリ様を敵視するのは畏れ多いとでも思っているのだろうか。

「今は無理だ。ただ、ゲンガが死者を弄んだ件について俺も責任を感じていない訳じゃない。責任は取ろう。もう少し待ってくれ』

 死人の名前は痕跡に過ぎず、存在証明に有効な名前は前任がお姉ちゃんに与えたっきりだ。まだ俺には、名前を奪ったり与えたりする力は使えない。使い方が分からないと言った方が正しいか。身体の一部分に変化がある訳でも。精神的に変わった事もない。だからおじいちゃんに会いたいなどと言われても、俺にはどうする事も出来ないのだ。

「さて、一先ずはここを済ませようか』

 操さんに用事があるだけなので、流未の事は放っておいても構わない。しかい元を辿れば初めに迷惑を掛けたのはその可愛い妹だ。責任を取るというならまず根本から解消しないといけない。


 ―――深呼吸。


 名前を掴む感覚をどう説明したものか。視覚的な認識ではなく聴覚的に視る。とても難しい概念だ。人間には備わっていない機能を無理に使っているような感覚。それでもやり方は不思議と知っている。覚えている。使える自信がある。

「名莚流未。速やかに家から出なさい』

 大きな声でハッキリと言うと、籠城を続けていた妹が借りてきた猫よりも大人しく、マリオネットの様な足取りで現れた。

「いや、いやあああああああ! なんで、なんでえええ……」

「怖がらなくても大丈夫だ。可愛い妹。お前を呼んだのは俺だから』

「……お兄ちゃん!?」

 普段の敵意と殺意から一転。俺がナムシリ様と気付くや流未は目を輝かせながら俺に近寄ってきた。いや、彼女はナムシリがどうとかそういう事情は一切把握していないか。そうでもないと籠城する理由が思い当たらない。

 では何故、警戒を解いたか。

 それは簡単な話だ。俺自身の名前に干渉して、落ちる前の記憶を参照しているから。

「ほ、本物!?」

「まずはお前に俺を殺させた事を詫びたい。本当にすまないと思っている。しかしこうしてまた会えて嬉しいぞ。たとえ死んでいたとしてもな」

 他人事だからこそ選べる選択肢は、あるのだと思う。


 俺からナムシリ様にはなれないが。

 ナムシリ様は俺になれる。


 とてもややこしい状態が続いているのを、きっと誰も知らない。治そうとも思わない。どうも俺は情に流されやすいものだから、せめてこれくらい他人事になってくれないと、全く意味のない行動をしてしまいそうで怖い。

 流未を抱きしめようものなら直ぐに偽物と言われてしまうだろう。

「私、死んでるの?」

「そういう状態ではあるな。言い分は全て受け付けよう』

「……? 良く分かんないけど、お兄ちゃんが帰ってきてくれたなら特にないや」

「お前の父親は居なくなってしまった訳だが』

「お父さんもお母さんも私をアイしてくれた事なんてないもん。お兄ちゃんしか要らなーい」

 本来、ナムシリ様には自己人格というものがない。名前を奪える特性故に無数の人格を持ち、それぞれが相反する性格であったとしても例外は無い。多岐に渡るが故の窮屈さからいつしか一人の人格に紐づける方法が取られて来た訳だが、流未は明らかに俺の影響を受け過ぎている。これも後で、何とかしよう。

 具体的には、ゲンガーが終わった後にでも。

「匠ちゃん、用事は済ませなくて良いの?」

「今からだ。そう焦るなよ山羊さん。この地に残りし者にも任せるべき仕事があるからな―――操さん」

「ん? 何々? 何処からか湧いて出てきた友達の紹介でもしてくれる?」

「いや。とても大切な話があるんだ。操さんの今後にも関わると思うから、出来れば今すぐにでも始めたいです」

「そっかそっか。私はいいけどちょっと……うん、いいよ。こんな場所で話すのもあれだし、家で話そうか」













  

    





 またご馳走が振舞われる事など期待していなかったが、確かにおにぎりくらいはその場でも出せるか。米は一応食堂の方に置いてある。お出しされる時点で彼女がくすねたのは確定的だがそれを一々気にする俺ではない。

 殺したり捕えたりするのが目的ではないので、面子はアイリスのみだ。山羊さんと千歳は外に待たせてあるが、盗み聞きくらいはしていると思われる。さっきのやり取りが影響しているかは知らないが、珍しくアイリスが俺からぴったりくっついて離れない。胸で腕を挟みながら、何も言わずにおにぎりを食べている。

「私だけ生きてるってのは、何か納得いかないね」

「それは俺もです。いや、生きてるってのは凄く良い事だと思いますけど、貴方が死んでないならウツセミ様も貴方には干渉出来ない。それはおかしいんですよ。お姉ちゃんよりも年下とはいえ、生きているなら鏡ゑ戯びに一度も参加していないなんてのはおかしな話です。どうやって回避してたんですか?」

「かくれたとか」

「…………隠れたってのは語弊があるね。まず言っておくと、私は本当に何にも事情を知らなかった。誘拐されたって話はしたよね? この家の人―――つまり誘拐犯が死ぬまではさ。私もいいなりだった訳。そいつは空が赤くなった日に雨が降ったら、家の裏手―――森の中にある拠点に私を突っ込むんだ。そこから一歩も動くなって言われるんだよ。私は―――うん。誘拐された身で、言いなりにならなきゃ暴力を振るわれるからどうしても身体が従っちゃうんだよね。そうやって、今まで回避してきた。隠してるつもりは無かったんだけど、ごめんね?」

 彼女が嘘を言ってるようには見えない。

 では仮に全て事実だとして、その誘拐犯―――苗網与四吉は何を考えていたのか。自分の子供が欲しかったでは済まされない、何せ相手は鬼灯の家系に連なる女性だ。余程こちらに都合が悪い偶然という奴は、考慮した所で何の意味がある。

「操さん。貴方の本名は明鬼朱莉という名前です。覚えてたらって言っても難しいと思いますけど、何か思い出せませんか?」

「………………………………私の記憶じゃないけど、家主がゲロったのに気になるのがあったな」

「何ですか?」







「私が子持ちだったの覚えてる? うん、まあ早い話が強姦されたんだけど。その理由がね、ウツセミ様に対抗する為なんだよ」

連投します。

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