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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
アイを知りたい神の子

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162/173

卑しき姫に贖罪を

 弾ける臓腑、飛沫いた血液。美の観点から言っても完璧に等しいそれが、一瞬で吹き飛ばされた光景を、誰が即座に理解出来ようか。

「………………え」

 腹部を見る。膝を突く。それよりも早く絶命している。



 アイリスが撃たれたと気付いた時には、全てが手遅れだった。



「は?」

「え?」

「あ…………」

 誰もが呆気に取られて、その先を見ていた。何処に隠し持っていたのか猟銃を、アイリスだった肉塊に向けて構え続ける黒龍を。

「それ、おじいちゃんの……」

 違う。

 確かに猟銃は両次の物だろう。見覚えは無いが何となく理解出来る。違うというのは根本的な勘違いに気付いたという意味だ。

「お、お前何を……!」

「な、何して……!?」

 俺はその末路を知っているではないか。

 水鏡にも火翠にもゲンガーの可能性はある。狛蔵だけが例外という事はない。黒龍は生まれが上というだけでほぼ管神で過ごしてきたのは知っているが、それでも外に出られる一族なら警戒して然るべきだった。

 アイリスが分かっていたのかは定かではない。俺は面倒なので適当に誰かを生贄にするつもりだった。まさかそれが的中していたなんて。

「きゃあああああああああああああああ!」

 流未が何処かへと逃げたのを皮切りに、全員がその場を離れようとした。しかし実際に黒龍が流未含め他の者を追う事はなく、その銃口はただ俺だけに向けられていた。お姉ちゃんが間に割り込んでいるのでこのまま発砲すると彼女も巻き添えになるが、その程度では最早躊躇いもなさそうだ。

「……どけよ、ウタヒメ」

「どかない。大切な弟が殺されるのを黙ってろって言うの?」

「分かってんだろウタヒメ。そいつはもうお前の大好きな名莚匠与じゃない。ナムシリ様だ」

「……なんで君が、それを知ってるの?」

「んなの鳳鳳に聞けばすぐ分かるし。ナムシリ様は殺さないと駄目だ。だってナムシリ様が完全に復活したら名莚家が何するかなんて決まってる。違わないよな?」

「……鳳先生も、君が殺したの?」

「いや? でもまあその内殺すつもりだったよ。面倒そうだし。そこの女もなんか面倒そうな感じだったから殺した。ウタヒメの事は別に殺すつもりねえよ。そこに居たら死ぬけど」

「―――人の努力も知らない癖に、分かった口利かないでよ」

「お姉ちゃん、俺……」

「タクは動かないで。絶対に、何があっても私が守るから」

 お姉ちゃんが珍しく苛立っている。

 少しでも逆らえば死ぬかもしれないという状況で、感情的になるなんてそんな悪手を踏むとは思わなかった。文字通り一触即発の状況に逃げ損ねた人々は足を捕まえられている。今度発砲が無い限り、彼等の足が動く事はないだろう。

「…………タク」

「へ?」

「ナムシリ様、出せる?」

「…………意図的に出せる訳じゃないけど―――まあ、要望があるなら出てこよう』

 俺じゃない誰か。

 あらゆる状況が他人事の様に軽くなる。

 あまねく結末が嘘の様に思えてくる。

 俺じゃない誰か。誰かじゃない俺。俺という名前の誰か。誰かみたいな俺。

「タクはどのくらいまで思い出してる?」

「喪った記憶の全てを思い出した。その先へ至ろうとしているな。それはきっと、この管神という地で起きた全ての出来事を否定するだろう〗

「………………そっか。うーん。本当はもう一度封じるつもりだったんだけど。仕方ないかなあ」

 お姉ちゃんはゆっくり銃口へ近づいていくと、自身の胸元へ押し付けて微笑んだ。



「撃っていいよ」



「……何?」

「撃っていいって言ってるの。どうせ意味なんてないしね」

「詠姉! 何してるの! た、タクミが死ぬ前に殺されちゃうよ!」

「ひとえにしの戯びを終わらせるには、こうするしか方法が無くなっちゃったんだもの。後はうん、二人に任せて私は退場するよ」

 ……二人?

「待ってよお姉ちゃん! 全然何を言ってるのか分からないって!」

「その意味は、私が死んだ後にでも分かると思うよ。ほら黒龍君。さっさと殺してよ。どうせタク以外死ぬんだから」

 

 ズドンッ!


 お姉ちゃんに促されるがまま、黒龍は次弾を発砲した。ただしその銃口が向けられたのは、俺の母親。彼女もまた足を取られていたせいで躱す事もままならず頭部に直撃。衝撃で身体が吹っ飛び、爆散した脳漿の海に死体が浮かんだ。

「訳わかんねえ! 全員死ぬってどういう事だよ」

「こういう事だよ」

 至近距離に持ち込まれた銃は役に立たないとでも証明するかのように、決着は一瞬だった。浴衣の袖から包丁を取り出し、殺人鬼と化していた彼の首筋へと突き立てる。渾身の力を込めた逆手の突きは首という部位を斜めに貫通。遅れて黒龍も引き金を引いたが弾は出なかった。猟銃の知識は無かったらしい。

「……………………はッ」

 包丁の柄からお姉ちゃんの手が離れる。制動力を喪った黒龍の身体はゆっくりと崩れ落ち、完全に落ちる前にお姉ちゃんの蹴りでウツツセ沼へと沈んでいった。

「―――は」

 お姉ちゃんが、振り返る。




「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! あはあはあはあはあはあはあはあはあはあは! もう隠すのやめだやめ! 無理もーう無理もう無理無理無理無理無理! 全部全部全部全部全部全部しーっぱいしましたあああああああああああああ」




 そんな悲しい高笑いを、俺は知らない。そもそも表情を変えぬまま一文字ずつハッキリと笑い声を口にしている人間は笑っていると言うべきなのか。俺には分からないし、きっとナムシリ様も分からない。それくらい歪んでいた。お姉ちゃんは笑っていたし泣いていたし、笑っていなかったり泣いていなかったり。複雑な道理を単純化するならば、彼女はきっと『諦めた』。

「後もう少しだったのになあ! もう少しで何もかも上手くいく所だったのになあ……何でだろ。マホの力借りてまで色々頑張ったのになあ。あ、タク以外の人は流未探して勝手に過ごしててよ。タクは私と一緒に人霊樹に来て。答え合わせしてあげる。本当はもう、全部分かってるんじゃないの?」



 

 





















 ここは俺が生まれた場所。

 俺が望んで落ちた場所。

 ここから名莚匠与は始まって。

 ここからナムシリ様は終わった。

「偏死の戯び。それが管神全体に広がる本当の呪い」

「…………お姉ちゃんは、知ってたの? 最初から全員、()()()()()()

 両次でさえも二回しか経験のない鏡ゑ戯び。にも拘らず明らかにそれ以上の回数行われている鏡ゑ戯び。誰も外に行けないというナムシリ様の言葉。その全てを両立させる結論は一つしかない。


 この村はとっくに、全滅していたのだ。


 時期は分からない。分かるのは御三家が離れてから―――狛蔵が浮神に住み始めてから何処かのタイミング。開催毎の力の割り振りや日数経過の死者について書かれていた記録を深く読めば絞り込めるだろう。あそこに直近の鏡ゑ戯びは一切記されていない。歴史は勝者が築くとは良く言ったものだ。きっと記録が続いている限りは人間側が勝っていたのだろう。しかしある時、それが覆ってしまった。

「そうだよ。私以外は皆知らないと思うけどね。いや、当たり前かな。私はナムシリ様に名前を貰ったんだもの」

「……全然要領を得ない。一から説明して欲しいな」

「じゃあ鏡ゑ戯びから始めようか。それは一体、何のために開催してた?」

「ウツセミ様へのもてなし。もとい災害の収束を願う行事みたいなものだろ。水鏡家が犠牲を出して、それで平和を維持してきたって」

「その水鏡家が消えて、管神という地に鏡ゑ戯びが広まりました。じゃあそれでもし、一回でもウツシが勝った場合は全滅します。ウツセミ様をもてなす人間はどうしますか?」

「―――上の方から補充する?」

「消耗するだけだよそんなの。幸い、ここは自己像信仰の蔓延する場所だから。かつて住んでた人のコピーを作るなんて容易かった。ウツセミ様にはその力があった。だからタクを除いて、ここに居る住人は過去の死亡者からランダムにウツされた偽物なの。分かる? 誰か一人がウツシなんじゃなくて全員がウツシで、指定された人はそれを知らないままウツセミ様に他の人は全員ウツシなんだと知らされる。だから皆、躊躇なく殺すんだよ。殺されたくないからね」

 その言い方では、お姉ちゃんもウツシをやった事があるかのような言い方だ、すると人を殺す感覚というのは千年村の事ではなくて―――ここの開催回の何処か。同じ状況、同じ場所で同じ殺し方をすればフラッシュバックだって起きるか。俺も鳳先生もそこは勘違いしてしまっていた。

「待ってよ。それは理屈がおかしい。大体それが出来るなら毎年死人から適当に選んで遊べばいいじゃないか。もてなしなんだから……」

「そんなの建前だよ。ウツセミ様の効力は永遠じゃないの。だから定期的に誰かを犠牲にしなきゃいけなかった。生きた人間をね。加護がなくなったら狛蔵も困るし名莚は一番困る。だから全滅する前に君が作られたんだよ。ナムシリ様」

「何処に俺が入る余地があったんだよ!」



「君は名莚の狂気の結集なの。君は名前を奪える。でも名前を与える事も出来る。名前は存在証明。確かに存在しているという確実な証拠。死人にだって名前はあるけどそれは痕跡に過ぎない。貴方が与えられる名前は生きた名前。例えるなら出生届みたいなものだよ。貴方が名前を与えた人は死人の枠から外れる。お腹だって減るし年も取る。管神の外にだって出られるし、大学に進む事だって出来る」



 それこそ、俺達しか外に出られない理由か。もしも全員が死んでいるなら、出稼ぎというのも全ては思い込み。この地の住人が全て死人なら、あらゆる状況は単なる再現に過ぎない。お金を稼いできたという再現さえしてしまえば、ここに住む誰もそれを疑わない。

「……そんなの、記憶にないよ。お姉ちゃん」

「ナムシリ様は素質のある子にしか継承されないからね。私に名前をくれたのは、タクの前の人。それは気まぐれだったのかもしれない。お蔭で私は生き返ったけど寂しかったよ。周りはもう死んでるって分かってる。人が死んだら人数リセット、また誰かがランダムに生き返ってランダムな人数で戯ぶ。私だけがずっと続投する。狛蔵は鏡ゑ戯びに巻き込まれたくないからかこっちに一切干渉してこないし、しんどかった。お母さん役の人とお父さん役の人と妹役の人が何回も何回も入れ替わって気がおかしくなりそうだった! ―――だからね、君が生まれた時は凄く嬉しかったの。死人から生まれた子供が、ナムシリ様の資質を持つなんて知らなかった」

 死人の子供。一見して矛盾した単語に、しかし俺は答えを持っている。大切なのは形式だと『隠子』が教えてくれた。とっくに人間が全滅して自己像だけが残ったこの場所では、見た目だけでも取り繕えればそれが真実だ。だから科学的に子供は出来ないとかどうでも良くて、大切なのは見た目だけでも性交渉をしたかどうか。

「―――俺を閉じ込めたのは、何で?」

「大好きな弟だからだよ」

「今まで話してきた内容が全部本当なら、今更信じられると思う?」

「本当だってば。私って酷い奴だからさ。この場所で唯一の生者である弟をね、本気でね。好きになっちゃったの。だからナムシリの力とかそういう余計なものは全部排除して、外に出て二人で幸せに暮らそうかなって考えたんだ。だからその為に閉じ込めた。さも両親が閉じ込めた様にして、救世主になって…………そ。全部演技なの。もう殺し合うのに飽きてたの。正当化する理由もなくなってたの。タクだけが私のよりどころで、タクだけが私の生きる理由で…………欲を言えば、私に依存して欲しかった。私抜きじゃ生きられないような身体にしたかった。でもそんなの土台無理な話だったんだよね。確かに私は生きてるけど、死人は死人。それとも無理やり君の力を封じ込めた代償かな、味覚が……なくてさ。男の人を夢中にさせるには胃袋からって言うでしょ。そこからもう出来なかった」

「全部。演技だったの? 自分の料理を食べた時とか。千歳の料理を食べた時とか」

 そんなの聞きたくなかった。単純に料理が下手であって欲しかった。箱を開いてみれば当たり前の結果だ。味見が出来ないなら味の調整だって出来ない。周りの反応とかを見て何とかするしかない。レシピを見ても見なくても味が分からないなら、それが正しいのかもやはり分からない。料理の常識がないのだから、レシピ通りに作るという行為にさえ不安を抱いていただろう。

 その結果が、アレンジか。

「色々頑張った。暫く順調だったのに、ゲンガーなんておかしなのが出てきてからタクの封印が緩んだ。私がオカルトの道に進んだのはさ、そういう非科学的なトラブルで万が一にもタクが元に戻らないようにする為だったんだけど、何か無駄になっちゃった。六年ちょっとで管神も変わったかと思ったら鳳先生が奇蹟的に全滅回避してたせいで彩島家だけ続投で、直ぐに始まっちゃった。お蔭でプランが最初から破綻してたよ。本気でどうしようか悩んだ。タクに何も気づかせないで終わらせる方法を探したかった」

 でも、徒労に終わった。

 言葉がなくともそれは伝わる。他ならぬこの状況はお姉ちゃんにとって最悪のものな訳で。まさかウツセミ様が積極的に記憶を呼び戻そうとしたなんて夢にも思っていないのだろう。

「失敗続きで訳が分からなくてさ、でもさっき吹っ切れたの。前みたいに戻れないならいっそ全部終わらせちゃおうかなって」

「―――どういう、事?」

 お姉ちゃんが崖の方へ振り返った。俺には背中だけしか見えないが、その声が震えている事だけは分かる。

「私は貴方に全て(アイ)を捧げた。大切で大好きな弟になって欲しくて。でもひとえにしの戯びを終わらせるにはナムシリ様としての力を取り戻すしかない。そういう訳で―――」

 お姉ちゃんが、背中越しに小刀を投げてきた。







「もうたくさんなの。だからその力で私の名前を奪って。君の手で名莚詠姫を殺して。その力があれば、金輪際こんな戯びは開かれないだろうから」

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[良い点] おいおい… [一言] そして誰もいなくなった状態になるのか…?
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