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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
アイを知りたい神の子

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人類ゲーム

 残る十三人が一斉に首を傾げるような、そんな発言。十秒や二十秒の硬直では終わらない。一分二分と時間だけが過ぎて、それからようやく時が動いた。最初に反応したのは勿論、『火』の力を持つ木冬さんだ。

「ど、どうしてそんな事言うのよ! 私は別に騙そうとかそんなんじゃなくて……貴方は人だって」

「ああ、はい。だからそれが嘘だって思ったんですよ。だってウツシなんですもん」

「タク!」

「じゃあ殺そう! なんか良く分からないけど自白したし、もういいでしょ!? こいつを殺せば全部丸く収まるんだって!」

「待て。待ちたまえ。我が息子よ。何を……言い出すかと思えば。何を言っている? 何故わざわざそんな世迷い事を」

 突然の自首に混乱は免れない。確かにウツセミ様は自首は興冷めだと言っていたが、こんな風に混乱が訪れるならそれはそれでありなのではないだろうか。真実は本人に聞けば分かるものの、尋ねるつもりは一切ない。

 

 この鏡ゑ戯びはゲームとして根本的に成立していない。


 何故成立していないのか最たる理由を挙げよう。まずこのゲームはゲームマスターに対して質問できる人間が俺を除いて存在しないので、ルール自体は口伝で継がれていく。それがまた問題児で、口伝なんてその人の記憶だよりな手段はどう考えてもいい加減な伝わり方になる。二代、三代は正確だったとしてもそれ以降完璧に伝わるかと言われれば、答えはノーだ。多分図書館とかで調べてみれば可能性について考慮するまでもない。数々の歴史が証明してきた、という奴だ。

 いい加減に伝わるルールでも概要が伝われば戯び自体は可能だろう。問題は伝わりきっていない部分に対して恣意的な解釈が可能になる事だ。

「ああ……? 世迷い事って言うか。だってウツシだし」

 俺はこの一点張りでいい。理由も証明も必要ない。暈せば暈すだけ各々が勝手な解釈を始める。こんな博打みたいな真似をしたのは戯び最初の問答を忘れさせる為のインパクトを狙ったのと、もし忘れてくれなくても恣意的な解釈をしてくれる可能性に懸けた。

「ねえちょっと。話が違うわよ! 何でこんなことに……ど、どういう事なの!」

「ひーちゃん。誰かと話したの?」

「そこの……ショウヤさんと。興の戯びの進行について話しました」

「ええ。その通りです。密談のつもりはありませんよ。隣に泰河君も居ましたからね。妻も横に。皆さん、疑い合うのは辛いだろうと思い、ずっと考えていたのです。それで思いついたのですよ。今日を誰も憎みあわずに乗り切る方法を」

 



「操さんに投票する、ですよね」



 泰河の納得していたような物言いに、静観を決め込んでいた操さんからぼんやりした動揺が発せられる。

「へ? 私?」

「皆さん、前回の投票結果を覚えていますか。勇兄とタクミと操さんにそれぞれ票が入りましたね。その時はタクミが人かどうかを見るという条件で投票から外されてたんですけど……ともかく! 今日、タクミの人は確定しました。勇兄は死んで、残る投票先は操さんしか居ません。だから今日はそういう流れで行こうと思った。そうですよね」

 やり玉に挙げられていた女性は、開いた口を手で覆って、露骨な不信を全員に向けた。彼女が選ばれる流れだけは読めなかったがこういう運び方だったか。泰河は如何にも『僕は一枚噛んでない』と言わんばかりだったが、黙認していた時点で同罪だ。母親が死んで精神的に余裕がなかったのかもしれないが、今更中立になろうったってそうはいかない。


 俺がこんな無茶苦茶な事を言いださなかったら、多人数工作につき操さんは殺されていた。


 背中を這う冷や汗に力が籠る。命が懸かっているだけあって、なりふり構っていられないという訳か。

「そっか。私か。泰河君も賛成してたんだ」

「そういう訳じゃないですけど……今はそんな事、どうでもいいです。タクミが自白した以上無意味な話になったんですから」

「だから殺そうよ! 自白したなら今日で終わりじゃん! 鳳さんもお姉ちゃんもどうして何も言わないの!?」



「合理的じゃないからですよ。僕はね」



 立場的に答えられないお姉ちゃんを差し置いて、鳳先生が重い口を開いた。敢えて目を逸らしているが、この突き刺さる強い視線は紛れもなく彼の物だ。敵意ではなく、何かもっと別の……強い感情。

「前回の経験で言わせるならウツシが自白してきたなんて事はありません。詠姫さんはどうでしょう」

「ないよそんなの。自白なんてない。そんな良心があったらウツシは殺人なんてしないでしょ!」

「そう。ウツシとは本人とすり替わったウツセミ様の事を指しています。実際問題が易しいとか極悪とかそういう問題じゃない。ウツセミ様にとってこれは戯び。愉しくなければいけない事。殺人はルール上しなきゃいけないし、面白い試合をしたいなら自白もするべきではない」

「でも自白したじゃないの!」

「そこが問題なんですよ。彼は()()()()()()()()に、自分はウツシだと言っているんですから」

 全体の状況を踏まえて、改めて整理しよう。前提条件は二つ。


・浅見木冬の診断によって、名莚匠与の人が確定した。

・確定してから、名無匠与は自らウツシであると申告した。


 俺の馬鹿げた発言を信じるなら、木冬さんが嘘を吐いているという主張も信じなければ筋が通らない。筋が通らないようなことをするのもまた人間だが、本当に俺がウツシだった場合何の意味もない虚言だ。

 自白でも自首でも何でもいい。このタイミングで言った時点で取り敢えず死にたがりだと思われているだろう。その死にたがりが、まるで保身のように虚言でターゲットをすり替える事に何の意味がある。どんな効力がある。死にたいという意思に筋が通らない以上、それ以外の選択肢も筋が通らない。ウツシは一人しか居ないのだから、わざわざ自首したからにはそいつを狙う以外の選択肢は無い。

 そもそも保身がしたいなら一旦自首する必要もない。何故か『火』の持ち主がボケて嘘の診断をしてくれたのだからそれに乗じれば良かっただけの事。何であれ、嘘を吐く本当の理由なんて俺の夢を覗き見ているでもない限り察する事は不可能。

 前日の俺達のやり取りを知っている人間が居たとしても(苗網家は遠すぎてわざわざ見に来ないと分からないだろうが)、操さんを殺そうという流れはここに移動する時に()()()出た話題だ。分かる訳が無い。

「タクミ。お前本当にウツシなのか?」

「だからそうだって言ってるじゃん」

「違うよ! タクはウツシじゃない!」

「え? え? え? どういう事? お母さん分かる? だってアイツがウツシでしょ? でもウツシだったのにあの人は人間って言ってて……あれ?」

「流未。大人しくしなさい。私達が口を挟んでもややこしくなるだけよ」

「ややこしくなんてないよ! タクはちょっと混乱してるだけで…………ウツシじゃないんだってば!」

 そしてお姉ちゃんの様に俺の発言を嘘だと思う場合。つまり木冬さんの診断が正しいと信じた場合だが、これでもやはり俺が何故嘘を吐いたのかという理由が説明出来ない。単なる死にたがりならそれこそ初日に死ねばいい。丁度そういう流れになっていただろう。或は勇に詰められた時でもいいが、いずれのタイミングでも生きようとした『結果』が矛盾する事になる。

「匠与君。私から一つ聞きたいんだけど、どうして急にそんな事を?」

「ああ。嘘吐かれたからですよ。さっきから何度も言ってますけど」

「そうじゃなくてだねえ、どうしてその嘘に便乗しない。君は二人も殺す様な怪物なんじゃないのかな?」

 俺が嘘を吐いているのか、それとも木冬さんが嘘を吐いているのか。この問いに対して直ぐに答えを出せる人間は居ないだろう。あらゆる選択肢と可能性が浮かんで混乱する筈で、現にしている。それこそ俺の最大の狙いだった訳だが、流石に一人くらいは冷静らしい。英雄さんが目を細めながら俺に身体ごと顔を向けた。

「ウツシはウツシなんで」

「答えになっていないよ。それでは君を信じるかどうかも判断出来ない」

「そんな必要ないでしょ。俺は自分が人間だって言ってる訳じゃないですもん」

 詳しい事は何も言わない。そうでないと、本当に標的にされる可能性がある。バランスが大事だ。どんなに突っ込まれても一点張りをする程度の不審さは許容するしかない。こんな発言をぶつけた時点で、不審さは青天井だ。  



「結局どっちなの! おじいちゃんを殺したのは!」



 三分ばかりの膠着状態を破ったのは、堪えかねた春夏の怒声だった。

「―――そ、そうだ! 全然単純な話じゃねえか! どっちが母ちゃん殺したんだよ!」

「知兄。どっちってのは何だよッ?」

「黒龍、こりゃあ単純な話だ! ウツシが見つからねえ理由は何だ? そこの馬鹿みてえに一々名乗らねえ、自分は人間だって嘘吐いてるからだ。死にたいならともかく、そうじゃねえなら嘘を吐いてる奴がウツシだ。つまりよお―――二人の内のどっちかがウツシってこったよ」

 ボサボサの髪が逆立って見えるのは気のせいか。しかし知信は物分かりが良くて助かった。そう、これはそういう問題なのだ。


 嘘を吐いてる方がウツシなら木冬さんがウツシになる。

 しかし俺がウツシを自称している。

 俺を信じるならウツシは俺になるが、俺の発言を信じるなら木冬さんが嘘を吐いた事についても信じる事になる。

 死にたいならこの前に幾らでもタイミングがあった。

 ここまで生き残っているなら少なくとも死にたがってはいない。

 その割にはウツシを自称する。

 わざわざリスクしか背負わない嘘の理由が見当たらない以上、発言を信じるしかなくなる。

 信じるなら。


 以下無限ループ。

 木冬さんは力を持っていると自称しただけだ。誰も対立候補が名乗り出なかったから多分本物という事になっているだけ。そんな不確かな信用はほんの少しトラブルに巻き込むだけで崩れ去る。誘導するまでもなく、今回の戯びで過激派を許された知信がその方向に舵を切ってくれたのは不幸中の幸いだった。

「わ―――私じゃないわよ。ウツシはあっち!」

「ひーちゃん。それは駄目だよ」

「え―――?」

 今度は木冬さんに視線が集中した。


 浅見木冬もまた、一点張りを強いられていたというのに。


 彼女は気が付かなかった。自分が選ばれるかもという極限状態がそれを誘発させてしまったのだろう。発言の信憑性は己自身が一番信じていないといけないのに、まさか自分から否定するなんて。遅れて彼女も失言に思い当たったが、口は災いの元。一度出た発言はそうそう取り消せない。

 まして命の懸かった、鏡ゑ戯びの場なら。

「ちが。そういうんじゃなくて! 彼は人間よ! あ、あれ? でもそれだと私が……違う違う違う違う! そ、そうよ! ウツセミ様が間違ったんだわ!」

「木冬さん。それは聞き捨てなりませんね」

「ほ、鳳鳳先生……?」

「それでは戯びが成立しない。凡ミスでゲーム崩壊なんて典型的な興冷めです。それなら当のウツセミ様に確認してみましょうか。匠与君。宜しくお願いします」

「ウツセミ様。ウツセミ様が『火』や『水』の結果について間違う事はありますか?」



『あり得ませぬ』



 まあ、そうなる。

 そうでなければ困る。

「ちょっと待って下さい。ウツセミ様で思い出したんですけど、最初にウツセミ様が言ってましたよね。自首は駄目だけど早く終わらせるのは大丈夫って。もしかしてタクミは何か考えがあって嘘を吐いてるんじゃ」

 無能の泰河ここに極まれり。仕方ないのだが良くも余計な事を言ってくれたものだ。一点張りをやめて何とか反論したかったが、それではうまくいかない可能性があるので、誰かにバトンを渡してみる。

「論点がズレてるよ泰河君。ウツセミ様が駄目なのは興冷めって部分だと思うけど」

 操さんが、受け取ってくれた。

「要するにこのゲームつまんねーって思われたら駄目って事でしょ。自首はそりゃ普通にやったらゲーム終わるし駄目だけど、要はやり方でしょ」

「やり方……ですか?」

「そ。要は面白けりゃ何やってもいいんじゃないのって事だよ。ウツセミ様、合ってる?」

「どうですか。ウツセミ様」


『そういう考え方もございますな。我の思う興とは、其方達が戸惑い苦しみ疑り合うその最中を指します故』


 恣意的な解釈。そもそもウツセミ様という個人が決めたルールに厳密な判定を求めるべきではない。勝った負けたのゲームで順当に消化していく様な試合はきっと興冷めだ。命が懸かっているからこそ両陣営が本気で勝ちに行くその姿に、ウツセミ様の求める楽しみがある。

「それによく思い出してみなよ。自首が興冷めかどうか、ウツセミ様は答えてない。答えたのは早く終わらせる行為は興冷め……タブーにあたるかどうかって部分だけ。私は今回の参加が初めてだけど、自首って前例がないんでしょ。だからこれだけ皆困惑してるし、ウツセミ様からすればきっと盛り上がってるように見えてると思う」

 自首か自首じゃないかという点についてもやはり答えは出ない。何処かで人間の求める合理性が邪魔をする。命が懸かっているからこそ、出来れば合理的に運びたいという無意識が結論まで到達しない。

 これ以上の話し合いは無意味。

 

 何処かの誰かが俺達の内のどちらかがウツシなんて言い出したものだから、皆、頭の中から二人以外から選ぶという選択肢が抜けていたのである。否、そうならざるを得なかったと言うべきか。単純明快にこのゲームは命が懸かっている。

 

 二人共怪しいから保留なんて選択肢を、人間の生存本能が許す訳ないのだ。










 





 残る十四人の投票の結果。

 名莚匠与は流未、黒龍、木冬、英雄の四票を獲得。

 浅見木冬は残る十票を全て獲得し。





 その処刑が、決定した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 木冬ちゃん、好きになる要素は特になかったけど嫌いになる理由もなかったからただただ不憫・・・
[良い点] 典型的な「余計なこといった」ですね [気になる点] 一方その頃女子高生たちは… [一言] 誰も処刑しないのは命かかってると難しいなぁ…
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