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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
アイを知りたい神の子

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ヒトは騙る

 夢を見た日で数えるならば、今日は三日目の朝。

「…………うッ」

 猛烈に気分が悪い。吐きそうだ。二日酔いとは無縁の年齢だが、辛党の人間は毎度毎度このような不調に見舞われているのかと思うと気の毒でならない。

『やめろ……思い出したくないんだ」

「思い出せよ。俺は元々こうだった筈だ』

 頭蓋骨の後ろ。ドリルで穴を開けられて、そこからゆっくり脳みそを啜られているような局所的な痛みは我慢という二文字を許さない。正気が揺らぎ、意識は犇めき、自我に罅が入っていく。背骨を引き抜かれたに等しい脱力感が俺をベッドから離さない。誰かの手が欲しい。正気を連れ戻してもらわないと気がおかしくなってしまいそうだ!

「あの女が恋しいか?』

『あんなの俺じゃない」

「ではどうする。また忘れるのか』

『お前なんか……俺じゃない」

「然り。他人事だろう、俺にとってのお前とその逆は』

 花暖とのアルバムを胸に抱きしめる。痛みが和らぐ事はないが、それでもこの思い出だけはまだ失われていない。覚えている。忘れない。忘れない。忘れない。忘れない。


 ()()()()としての、初恋。


 何故彼女を好きになったのか、今なら理解出来る。アイを喪った俺に、アイを知りたかった俺に、花暖という女性の優しさは身に沁み過ぎた。たとえそれがクラスメイトに対する最低限の親切だったとしても、お姉ちゃんを想起させる優しさが、俺の心を鷲掴みにしたのだ。人間でもゲンガーでもそんな事は一切関係なくて。ただアイが欲しかっただけ。アイを教えてくれる人が、どうしようもなく狂おしかった。

『助けて…………花暖。助けてくれ…………ぇ」

「飽くまで拒絶するか。それも良いだろう』

 ベッドから落下する。したたかに身体を打ち付け、激痛に喘いだ。その負傷と引き換えに寝覚めから俺を悩ませ続けた『歪み』は姿を消した。


 最悪の寝覚めは言うまでもない。


 二つ同時に夢を見るなんて滅茶苦茶だ。早めに就寝したつもりが全く眠った気がしない。夢は記憶の整理らしいが、それがまさか心労の前借りになると誰が想定したのだろう。肝心の夢も中身が褒められたものではない。

「…………はあ」

 マホさんのくれた紙切れは役立つが、役立ちすぎて困る。この光景を目の当たりにした以上、どうにかして対処しないといけない。俺の記憶とやらは置いといて、今日の戯びだ。



 何かテコ入れをしてやらないと、どういう訳か操さんが選ばれてしまう。



 彼女がウツシならそれでも構わないのだが―――三人で鍋を囲んだ時に見せたあの笑顔が嘘とは思いたくない。なるほど、感情的とはこういう事か。これが単なる勝った負けたのゲームなら割り切っても良かった。けれどもここには命が懸かっている。ならばせめて信じたい人を信じる。

 誰を信じるか。これは本当にそういうゲームだ。人確定と言える人間しか信じないという理屈なら狛以外の存在はコミュニケーションすら憚られる。それは楽しい戯びと言えないだろう。

「…………信じる」

 信じる。

 信じれば。それが正しければ。




 戯びは今日でお終いだ。
















 










 今朝は椿さんの死体が発見された。


「母さん…………!!」

「っふざけんなあああああああああああああああああああああああああ!」

「……………………誰が、殺したし」


 特に彼女の息子達の動揺は激しく、三兄弟はそれぞれの形で怒りを露わにしていた。中でも知信と黒龍の反応は過激で、朝食を何とかして摂ろうという全員の意見を無視してまで戯びを始めようと言い出した。

「二人共。落ち着いてほしいな。私達は―――」

「黙れえええええええええええええええ! 余所モンにオレ達の気持ちが分かってたまるかよ! 母ちゃんが死んでそれでもまだ食堂で呑気にメシ食ってろってのか!? なーにが英雄だこの馬鹿! 英雄なら守れよ! 何で守らなかったんだよ!」

「知兄に賛成。マジでしんどい。お母さん殺した奴がこの中に居るってんなら早く殺したい」

「…………鳳先生。私達、アウェーなんですね」

「貴方は『火』の力があるのでそんな事はないですよ」

 部外者ーズと静谷家の間でそれなりに諍いがありつつも。このままでは何をするか分からないという理由で俺達は全員集会所に向かった。母親の死体は泰河と協力して兄弟が片づけたようだ。

「水は汲んでおいたよ」

 どうやら元々出席率自体が低い操さんが、一足先に集会所で戯びの支度を整えていた。大きな桶にウツツセ沼の水がたっぷりと満たされ俺達全員の顔を反射している。例によって家系別にウツセミ様を囲み、挨拶もなく戯びは始まった。

「おい、正直に答えろよ。誰が殺したんだ?」

「知君。そんな言い方はあんまりだよ……皆、動揺してるんだし」

「でもこん中に居るんだろ!? 母ちゃん殺した奴が! 詠姉ちゃんは違うって信じたいけど、その可能性もあるんだよな?」

「…………それはそうだけど」

「お爺ちゃんを殺したってのも追加。私、一晩じっくり考えたんだけど……やっぱり許せない! だって鳳兄ぃが言ってたもん。お爺ちゃんは全員の結束力を高める為に高圧的に振舞って自分以外で親密になれるようにしてたって! 共通で嫌いな人間がいる限り戯びで殺し合う事になっても関係が破綻する事はないって! そんな人を……殺すなんて…………」

 始まって早々、理性的な進行とは言い難い。主導権を握れそうなお姉ちゃんは昨日のショックから立ち直ってはいるようだがあまり強気ではなく、鳳先生は様子を見ている。その他の人物―――例えば直前で矛先の向いてしまった記者二人は肩身が狭そうで、名莚の両親は便乗して「こいつが犯人!」と俺を責め立てる流未を宥めていて、アイリスはいつも通り。強いて言えば微妙に顔色が悪いくらい。

「ウツセミ様。いらっしゃいますか」


『戯びの最中に呼びつけるとは、随分な真似をなさるなあ』


 水桶に向かって呼びかけると、水面に映る俺の顔がやや苛立った表情を向けてきた。それと同時に周囲が静まり返り、聞き入る様な沈黙が訪れる。

『して、名莚の子よ。訳もなく我を呼ばれる其方ではあるまい』

「ウツセミ様に確認したい事があります。この戯びのルールというか裁定というか。なんで、正直に答えてほしいんですけど」

『謹んで回答いたしましょう』

「興冷めはいけない事だと俺は教わりました。例えばウツシが自首するのは興冷めですよねきっと。じゃあ戯びを早く終わらせるのは、興冷めするような行いですか?」

『否。それが可能であるならば、是非もなし。名莚の子はそのような神業を我にお見せしてくれるとの意気込みか?』

「や、そういう訳じゃないんです。有難うございました」

 確認はこれで大丈夫。それと仕切り直しとしてもばっちりだ。妙な行動に出た俺に注目が集まったのは当然だが、お蔭で俺の父親が昨日の話を思い出してくれた。

「木冬さん。診断の結果は如何でしょうか」

「え……あ。はい。も、勿論診断しました! 今からその結果を言いますね……えーと、鳳先生。大丈夫ですよね?」

「構いませんが、三日目で随分と慣れましたね」

「終わらなきゃ帰れないんでしょう!? 私だってこんな事したくないですよ! でも死にたくないし……」

 それは誰だって同じだし、今回の結果次第で俺の生死は決まると言っても過言ではない。万が一にも俺がウツシなどと言われた日には偽物確定だが、それが判明するのは明日以降。直後は完全に言ったもの勝ちなので俺は可及的速やかに処刑されるだろう。恐らく、鎮谷兄弟からの暴行も受けて。



「えっと……名莚匠与君。彼は人でした」



 その結末に、舌打ちが一つと安堵が一つ。お姉ちゃんがそっと俺の方を見て、微笑んだ。口には出さずとも「良かったね」と言っているようだ。その心遣いが今は苦しい。

「…………あの。発言していいですか?」

 人が保障された以上、俺には『狛』と同等の発言権がある。鳳先生の許可を待たずとも発言は容認する流れだ。力など持たぬ俺に発言出来る事はたかが知れている。何を言うも自由、何を尋ねるも自由。操さんの方を一瞥すると、丁度視線が合ってしまった。


 ―――俺は。信じたいと思います。


 貴方が感じた、寂しさを。

「木冬さん。本当に『火』の力を持ってるんですよね」

「え、どうしたの突然? 対立候補も居ないし、確定した訳じゃないけど、そもそも私を疑う流れなんかあったかしら?」

「いやあ、その……ああ、何で嘘吐くのかなって思っちゃって」

 最後に、ウツセミ様を覗き込む。

  

 だからルールを確認したのだと、言い聞かせるように。







「俺、ウツシですけど」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ええぇ メチャクチャ強引なテコ入れですねこれ [一言] さてどうやって収拾つけるのか
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