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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
アイを知りたい神の子

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千年を交えた小指

 親しき仲にも礼儀ありということわざがある。親しくないなら当然礼儀は必要で、どんな間柄であっても他人である以上踏み越えてはいけない一線がある。戯びを終わらせなければならないという名目があっても、気まずい瞬間はどうやっても取り除けない。

「…………」

「…………」

「……ごめん」

 沈黙に耐えかねて操さんが謝ってきた。俺も何故言ってしまったのだろう。こんな恥ずかしい記憶を誰かに漏らすなんて、今までなら考えられなかった。或は戯びが終わる事と引き換えにした結果話したのかもしれない。こんな言い方をしている時点でお分かりだろう、後悔している。

「……今日は、解散しましょうか」

 誰もその意見に反対はしなかった。空気に耐えかねた泰河と操さんが振り返りもせず家を後にする。俺達もすぐにそれを追おうとしたが鳳先生に呼び止められてタイミングを逸した。今は誰とも話したくない気分なのだが……自分で蒔いた種に文句を言っても仕方がない。

「何ですか?」

「色々気になる事があるって言ってましたよね。一つ目の用事が思ったより白熱してしまったので触れる機会があるとすれば今しかないかなと」

「明日じゃ駄目ですか?」

「今日、僕が殺されるかもしれませんよ。泰河君はそれなりに思い切った選択をして、それが比較的安全だという理屈をそれなりに筋が通った感じに発言しましたが、相手がそう動くとは限らない。例えば『あの木冬とかいう女は馬鹿っぽいから放置でいいだろ』という考えもあり得る訳です。僕達人間は出来る限り合理的に考えようとする。でも人間は時々合理的に動かないものです。私怨があるなら戯び関係なしに襲う可能性もあって……そんな訳で、間違いなく安全なのは今日だけ。それでも先送りにしますか?」

 そう言われると断りにくい。納得してしまう自分が居る。


 ―――人払いが済んだのは好都合か?


 これは外の話だ。管神との関係は無いばかりか、戯びにも関わりがない。丁度良い機会と言えばその通りである。

「ここの御三家、火翠、水鏡、狛蔵。でしたよね」

「そうですね」

「俺の知り合いに、たまたま偶然同じ苗字の奴が居るんです。偶然だと思いますか?」

「貴方の事はそれなりに調べさせて……いや、名莚家についてですけど。だから運命なんじゃないんでしょうかね。それで、それが運命だとして何か考えでも?」

「別にそういう訳じゃないんですけど…………なんか、鏡ゑ戯びが外の状況と似てるなあって思って」

 外の事は見捨てたのではないか。

 俺もそう思っていたが、帰ってきて早々に如何にもな状況が発生しておいて気にするなは不可能だ。ドッペル団に戻る事はないかもしれないが、もし何か掴めるようならその情報を彼女達に渡しておきたい気持ちもある。ならば今だ。今しかない。

 満を持して、その言葉を使ってみる。

「ヒトカタもしくは現我って知ってますか?」


  ()()()()()()()()()()()()()()()()()


 水鏡幻花はそう言っていた。 

「勿論。外に溢れ返ってますよね」

 鳳先生は驚きもせず、俺の問いに肯定を返す。

「……おー。あー。確かに似ています」

 ウツシと人間の見分け方は『力』での判別を除いて存在しない。躊躇なく人を殺せる。たった二点されど二点。この程度の類似例なら幾らでも見つかると言われるならばこの世界はとっくに終わっているだろう。

 何より、ウツセミ様は自分を『人ならざる人の影法師』と呼んでいる。それが如何にもゲンガーの正体っぽい。

「しかし似ているも何も本人に聞けばいいんじゃないんですか?」

「この戯びが終わるまでは教えてくれないって…………あ!」

 終わるって、そういう事かよ!

 ウツセミ様は『勝て』などと言っていなかった。最初から終わらせろ。自分へのもてなしを終了させろと言っていた。それなのに俺は勝手に勝つものと思い込んであの質問をしたのか。中途半端に聞き流したみたいで内心忸怩たるものを感じている。意地悪な神様だ。

 そして終わらせる為には俺が全てを思い出す必要があると。全部繋がった。繋がってしまった。答えは得られそうにない。

「……隠されたと。しかしそういう言い方はある意味教えてくれたようなものです。無関係という事はないでしょう。もしも全てが運命なら、大変不本意ながら最後までこの戯びには付き合わないといけなさそうだ」

「どういう事ですか?」

「もともと僕も、今回で戯びは終わらせるつもりでした。『千年村』での約束を果たす為にもね。ただその為には貴方に協力する必要があるのかなーって思ったんです」


 …………千年村?


 聞き覚えがある、その言葉。その単語。何がどうと具体的な話は浮かんでこないが確かに聞いた。主にお姉ちゃんから。お姉ちゃんの…………そうだ。初めて死にかけたと言っていた場所。それが確か千年村。

「鳳先生。千年村って何ですか?」

「詳しくないんですね。では説明しましょうか。簡単に言ってしまえばこの管神です」

「は?」

「千年前に滅んだ村の跡地と呼ばれる場所に特定の条件を満たした状態で入ると、惨劇の日にタイムスリップしてしまうと言われている。それが千年村。村の中には当時の被害者含めて十八人が顔を合わせ、中に潜む魔女をつるし上げようっていうものです」

 中々どうして楽しそうに鳳先生は虚空を見つめていた。昔話を思い出すのとは訳が違う。管神に似た場所ならクソみたいな所だ。今回みたいに命まで懸かっているなら猶更。それよりも引っかかったのは―――ツッコんで良いのかは分からないが。

「……千年前に魔女って単語あったんですか? 西洋でもないのに」

「中々鋭い着眼点ですね。その通り。千年村自体は都市伝説です。誰が言い出したかも分からない噂、噂に尾ひれは付き物。そういう惨劇は別にあったし、跡地なんて実際はありません。それらは事実でなくてもいいんです。嘘も百回言えば真実になるって言うでしょう。長らく語り継がれてきた噂は伝わった内容がそのまま真実になります。信じ難いような話と思うかもしれませんが、そういう世界が僕やウラノさんの居る常識です」

 普通の人間が聞けば、フィクション作家にもなるか。ゲンガー蔓延る世の中では一笑に付す事も出来ない。そういう世の中がまたやってくればいいけれども―――とっくに手遅れ。

「ウラノってのはお姉ちゃんの偽名ですよね。もしかして…………知り合い?」

「そうですね。村の中で幾度となく語り合い、騙し合い、殺し合いました。千年村の末路は決まって全滅。そこから逃れる為に死力を尽くして今があります」

「待って下さい。お姉ちゃんが殺した? さっきあんなに病んでた人ですよ?」

「演技……とは言いませんけどね。前々回経験者ならフラッシュバックしても不思議はありません。ただまあ、千年村の時の経験も思い出したって不思議はないですよ。管神と違って魔女は最大五人までいますから。一緒に住人を殺した時もあります」

「そういうんじゃなくて!」

「殺人を気軽に行える人格ではないとでも? それはそうですね。しかし千年村はとうの昔に全滅が確定した噂。僕達は飽くまで惨劇の日に参加出来るだけ。それ以外はとっくに死んだ人間です。ウラノさんはオカルトライター、僕は小説家。話のネタとして使うにはどちらの陣営からも参加しないといけません。じゃないと面白くない」

 正気で務まる職業ではない。お姉ちゃんは少し前にそう言った。鳳先生の発言が真実ならそこに間違いはない。殺し殺され、騙し騙され、わざわざ自分から死ぬリスクを背負ってまでネタの為に倫理を捨てる。正気と呼ぶには過激で、狂気と呼ぶには理性的。それ故に正気ではない。

 想像を絶する世界に、何と文句をつけてやろうか。だから俺はオカルトに疎いし、詳しくなりたいとも思わない。ゲンガーだけで散々頭を悩まされていたのに、『隠子』の様な非日常はもうこりごりだ。

「…………約束って何ですか?」

「千年村で親しくなった人との約束ですよ。『私達がどうしてこんな目に遭わないといけなかったのか、突き止めてほしい』。僕は頭のおかしい人間かもしれません。でもね、心優しい友達に影響されたのか、出来る限りの義理は通したいんです。たとえ嘘の村、とっくに死んだ人間が相手でもね。だからここに来ました」


 ………………。


「え? ちょっと。話が繋がってませんよ」

「はい?」

「千年村でした約束を、どうしてここで果たそうと思ったんですか?」

「あー。すみません。話を飛ばしました。さっきも言った通り、千年村そのものは噂です。跡地なんてものはありません。ただし―――元ネタがあります。千年村の惨劇を構築するシステムの元ネタがね」

「元ネタ………………元ネタ!?」

 たった一言で、全てが繋がった。千年村と管神を繋ぐ接点は一つだ。鳳先生がわざわざここに来た理由はそれしかない。とっくに答えは出ている。



 千年村の元ネタは、ここだ。



















 




 全く意味が分からない。

 元ネタになるという事は、この管神の事情が外に漏れているという事。管神を出た経験のある人間はお姉ちゃんくらいしか居ない筈だ。確か本人がそんな事を言っていた経験がある。出稼ぎはノーカウントだろう。管神住人が面白半分でここの事情を話す訳がない。ウツセミ様への信心は相当なものだ。それは戯び自体に文句を言って、ウツセミ様に対しては何も言及しない所からも明らかだ。

 この地はウツセミ様にのろわれている。

 だから、誰も蔑ろにしない。


 それなのに。


 時刻は昼も過ぎてそろそろ夕方に差し掛かろうかという頃だ。季節も季節、日が暮れるのも早い。おやつの時間などと呼ばれるい時間帯を少し過ぎて、もう日が落ちようとしている。まだまだ気になる事はたくさんあったが、今は頭に入らないと思って、明日に繰り上げた。頭に入らないなら聞いても聞かなくても一緒だ。

「匠与くーん」

 アイリスを背中に背負いながら帰路についていると、畑道の方から操さんが手を振っている事に気が付いた。

『操が呼んでるみたい』

「あんなフランクに呼ばれる覚えはないんだけどな」

『嫌いなの』

「嫌う理由は無いけど。余所者らしいしな。でも……うん」

 鏡ゑ戯びに勝利する為にはどれだけ相手を信じられるかが肝要だ。仲良くする必要はないかもしれないが、信じる為にはその人を知るのも大切……かもしれない。

『判断は任せるよ』

 アイリスはいつでも俺の味方だ。何も否定しないし、あらゆるものを受け入れてくれる。自分を奪われた俺が理性を取り戻せたのは彼女のお陰だ。少々乱暴な所はあるが、それもやはり俺を守る為で。


「呼びましたか?」


 何かあっても、大丈夫。

 土を滑って通路をスキップ。操さんの前に降り立った。

「さっきの今で良く会おうと思いましたね」

「それなんだけど……そろそろ夕食でしょ? 私、ほら投票してきた奴等と一緒に居たくないから。踏み込み過ぎたお詫びにどう? 実はあっちに渡してない肉があるんだけど」

「肉!?」

『どんな味がするのかな』

「お、食いつきいいね。もし来てくれるなら鍋にしようかとも思うんだけど……いい?」

 断る理由は無い。

 お姉ちゃんが傍に居れば一番だが、今誘っても気まずいだけだ。たまには流未にお姉ちゃんを譲っても良い。慰めてくれればそれが何よりだ。俺にはそれが出来ない。実の姉を異性として見てしまう様なゴミには、到底。

「お言葉に甘えて」

「そっ。じゃあおいで。余所者同士仲良くしようよ」

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