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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
アイを知りたい神の子

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150/173

管神同盟

 鳳先生が住む部屋は彩島家の一室。両次が見つかった場所とほぼ隣り合わせと言っても過言ではない。何せ同じ家の中だ。孫娘の春夏は食堂で落ち込んでいたものの、彼は至って普通に過ごしている様子。部屋全体に本を広げて、その中で俺達が囲われている感じだ。

 本の種類はまばらだが決して無差別という訳ではない。世界の怪異やら日本の歴史やら神話云々やら、微妙に胡散臭い方向へと絞られている。いや、歴史自体はうさん臭くないのだが、周りの本のせいで目線が偏った。それだけなら俺も高校で習う。興味は微塵もないが。

「操さん。これご飯。おにぎり」

「あ、ありがと。具材は何?」

「好みとか知らないから塩」

「じゅーぶん。お腹は減ってたんだ、届けてくれて助かったよ」

 記憶に残っている限り、彼女と会話した経験は殆どない。もしかしたらお互い忘れているだけで一言二言あるのかもしれないが、それほどどうでもいい会話だったのだろう。わざわざ思い出す意味もなさそうだ。こんなごちゃごちゃした部屋に礼儀なんてものはないだろう。部屋に入ってから一番手前の空間に俺達は二人で腰を下ろした。スペースを有効活用したかったので、アイリスは俺の股の内側へ。

 部外者先生はともかく、操さんに俺を嫌う様子は無い。そういう視線は一目で分かる。確かに大人たちの態度は変わっていたが、そこには隠し切れない敵意もあった。だが彼女からそれは見えない。かと言って好意もないが、知らない人から好意を抱かれればそれは恐怖だ。

 どうも昔の記憶から断定していたが、名莚の長男だからと言って俺を嫌う人間には種類が居るらしい。朱莉とレイナがノイズだ。彼女達のせいで俺は思い込みを強くした節がある。



「あれ、何で操さんもここに居るんだ?」



 今度はノックもなく泰河が入ってきた。季節も季節で、相変わらず詰め襟の暑苦しい制服を着用している。第二ボタンが無いのは俺に対する当てつけか何かだろうか。

「泰河君…………ちょっと事情があってね。誰にも尾けられてない?」

「それどころじゃないよ……母さんは泣いてるし、詠……じゃない詠姉は不安定だし。先生についてた人は脱出して何とか警察に連絡しようとか色々話してるし。呑気に尾行なんてする奴はそこのタクミって奴くらいじゃないかな」

「俺かよ。多分お前も人の事言えないぞ。ここに居る奴等は目の前で人が死んでも何とも思わない集まりなんだから」


「それは…………あは。否定出来ないな~」

「お前と一緒にするな!」

「…………取り敢えずそれぞれの用件を伝えてほしいですね」


 否定一人、肯定一人、沈黙一人。

 スタンスはどうあれ、ここに来た人間の目的も理由も一つしかない。鳳先生の異常性に気が付いているのだ。

 分かりやすく言えば、戯び経験者の中で彼だけが平然としている。春夏もお姉ちゃんもあれだけ動揺しているのに、彼だけはそのままだ。両次もあの性格なら恐らく動じなかったと思うが死人に対してどうこう言っても益体がない。

「俺は、この戯びを終わらせたいです」

「私も同じく。息が詰まりそう」

「俺は…………同じ理由ではあるんですけど、色々と気になる事があるのでそれも聞きたいなって思って」

 鳳先生は俺達の顔を一人ずつ丁寧に眺めて、何か納得したように頷いた。

「用件は分かりました。頼ってくれたのは嬉しいですが、この場の全員は『力』の所有者ではない。ウツシの可能性もあります。戯び以外の質問なら仮にウツシでも答えてあげられるのですが、完全に信用しきれない人にはどうにも……」

「俺です」

 手を挙げる泰河。


「俺が『水』の力を持ってます」


 戯び外でのカミングアウト。特に驚く声は無かった。予想出来ていたという意味ではなく、あの場で隠していた理由については全員が分かっているからだ。『水』は名乗り出る意味がない。自分を守れないという特性はウツシにとって狙い目とも言えるデメリットだ。人が確定する一方で生き延びる事が出来るのはその日のみ。ウツシには語る必要性も薄い。

「ウツシは一人で、『水』は邪魔な存在だ。この中にウツシが居るなら明日俺は死ぬでしょう。しかしウツシじゃない内の二人は人確定だ。一人しか偽物が居ないなら内緒話も通じ合わせもありません。俺が死んだら戯びの中で今回の出来事を公開すればいい。そうすれば容疑者はこの三人に絞られて、最悪二日後には終わります」

「それは……リスクが高いんじゃないか?」

「たまたま俺が狙われる可能性だろ? それは薄いと思う。浅見木冬さんが『火』を名乗った。ウツシにとって都合が悪い度合いはどちらも同じだけど、確定しているのを放置するってのは考えにくい。今夜狙われるとすればあの人だよ」

「君がウツシという可能性もありますよ。結局『水』は誰も名乗らなかったんです。証明する手段は……貴方にありますか?」

「確定情報だけ詰めて進めようとすれば、どんどん犠牲者が増えると思ってます。俺はこのふざけた戯びの本質は、どれだけ信じられるかだと考えてて、今回はこの場に居る全員を信じて明かしたんです」

 勇の死に余程悔いが残っているのか、泰河の決意は固かった。操さんは笑顔で拍手しているし、鳳先生は感心した様子で顎に手を当てている。俺だけはアイリスのお腹をフニフニ押していたが、真面目に聞いていない訳じゃない。むしろハイリスクの道を取ってまで素早く終わらせようとしていることに驚いている所だ。

 たかが死に大真面目な光景は、久しぶりに見た。

 山羊さんの死にあれだけ必死になっていた癖に、そんな薄情が浮き出てしまった。ろくでもない奴だ俺は。

「……分かりました。その決心に敬意を表して一つ質問をしましょう。三人……いや四人はこのゲーム。どちら側が有利だと思いますか?」

「人間側でしょ? 私は経験者じゃないからあれだけど、一人だけってのがやっぱりきついんじゃないかな」

「俺も同意見です。ウツシは『力』の所有者に成りすますのも難しい。狛は特性上不可能で、『水』は集会の中じゃ出なかったけど、こんな風にこっそり開示されてたらただの自爆『火』は確定済み。あきらかにこっち側が有利で、きっとウツシは死ぬまでにどれだけ犠牲者を出せるかって事に重きを置いてるんだと思う」

「俺も……上二人に倣います。そもそも人が確定してる『狛』が主導でそこを『水』が守り続けてれば遅かれ早かれ捕まります。ウツシの心当たりがないって事なら確定してない人物を順に選んでいけば、取り敢えずあっちが勝つのはあり得ないです」


「うつしがゆうり」


 取り敢えずついて来ただけと思っていたアイリスの声が室内に響く。鳳先生が唯一頷いた。

「その通り。有利なのはウツシの方です」

「それはどうしてですか?」

「ゲームとは言ってますが、もう一度確認しておきましょうか。これは自分の命が懸かった戯びです。誰だって死にたいと思わない。そうですね。分かりやすい例えを出しましょう。『火』の力があると三人名乗り出ました。出来る限り犠牲者を少なくしたい。そして一日で終わらせたい。こういう場合はどうしますか? ウラノさんの弟君」

「…………同時に殺す」

 だからそれは分かり切っている。ウツシが一人しかいない事の欠点だ。だから騙りが出来なくて不利だという―――



「それ、本人達が納得すると思いますか?」



 経験者の『経験』が、誇張も誤認もなく全員に突き刺さった。

「ウツシだって生き残りたい。残る人間もそりゃ生き残りたい。せっかく名乗ったのに全員死ねで納得する人が居るんでしょうか。そりゃ『外』は別ですよ。でもここは旧い場所だ。誰だって死にたくない。この手のゲームで一人も犠牲者を出さないなんて特殊能力でもない限り不可能なんですよ。出来るだけ犠牲者を少なくするのが最善? 犠牲にされる個人からすれば最悪です。勇さんだって暴れたのを全員で抑え込んだじゃないですか。確かに、只のゲームとして見るならこのゲームはウツシ側が不利すぎて調整必至です。陣営だけの勝利として考えるなら確定者で票を固めて未確定を潰していけばいいだけなんですから。でもここには命が懸かってます。その意味を全員分かってない。そこのウ……女の子以外はね」

「でも! 誰かが死ななきゃ終わらないじゃないですか!」

「そこを割り切れるほど人間は合理的じゃないんですよ泰河君。誰かが死ななきゃ終わらない、じゃあ誰かが死んでくれ。俺は死にたくない。それでおしまい。前回の戯びはそこが拗れたせいで毎度毎度話し合いの機会が潰されて。十人くらいになるまで戯びにすらならなかった。両次さんも苦労してましたよ。取っ組み合いになろうが何だろうが参加しなきゃ全員死ぬってのを何度も何度も言い聞かせてね」

 そういう過去もあったなあと言わんばかり、酒の肴にでもしようかと言いだしそうなくらいその思い出話は軽率に語られたが、先生の表現力に反して想像を絶する経験だ。率直に言って全員が引いていた。自分達の捉え方の見直しを余儀なくされるくらいには。

「ウツシは躊躇なく人を殺せます。感情に左右されない部分がある限りこのゲームは絶対的にウツシが有利です。それを知ってもらった上で改めて。ゲームを終わらせる為に前回経験者の僕に色々聞きたいって感じでしたよね。そうですね……」







「このゲーム、ただ勝つだけじゃその場凌ぎにしかならないので終わらせるのは不可能です」

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