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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
アイを知りたい神の子

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実感がない

「おじいちゃん……!」


 俺が起きた頃には、もうとっくに全員が集まっていた。彩島家の一室、両ジジイの部屋には残る十六人が集い、布団に包まったままの死体を見て沈痛な面持ちを浮かべていた。血の繋がっていた春夏に至っては大粒の涙を零して鳳先生にしがみついており、この場では彼だけが平然とその死体を見つめていた。


 ―――死んだのか。


 死体が死体たるその凄惨さを見ていないから冷静なのかもしれない。それともゲンガーをその都度バラバラに殺していた経験が活きたのか、寝起きにも拘らず俺は冷静だった。この場に居る人間の誰の想像よりも遥かに心は凪いでいる。

 囲枕―――包まって眠る理由はこういう事か。ウツシの殺害方法は単純で、布団の上から滅多刺しにしただけだ。わざわざ引っぺがした痕跡もない。或は人を殺す抵抗を下げるための措置なのかもしれないが、内の一つがこんな風に使われるなら残り二つにも意味がありそうだ。

「………………匠与」

 勇が背中越しに、珍しく俺を指名した。「お前がやったのか」なんて言うまいよ。理不尽な物言いはそれだけ詠姫お姉ちゃんの反感を買う。しかし何故だろう。彼には最早その辺りを気にする余裕もない気がした。

 素人目にも分かるくらい上半身をわなわなと震えさせ、砕けてしまうのではと思うくらい歯を軋ませ、誰かが物一つ立てようものならその方向に殴りかかってしまいそうな狂気に憑りつかれている。妙な空気を一早く察知したお姉ちゃんが鳳先生に向かって叫んだ。

「先生! 片づけた方が……いいよね」

「ん? そうですね。これを放置しておくのは不衛生だ。問題は誰が片づけるかって事ですけど」

「俺が行きますよ」

 真っ先に手を挙げたのは泰河だ。戯び未経験者で尚且つ消極的な側だったが、その瞳は凛として輝き、何かを決意したみたいに動かない。彼は布団に触ったかと思うとその端っこを少しだけめくってから、またすぐに戻した。

「―――タクミ。手伝ってくれ」

「……えぁ?」

 意外過ぎる誘いに、素っ頓狂な返事を返してしまう。相対的に仲が良いとは言ったが、もう六年間も会っていない仲だ。俺なんぞよりも誘える人間は幾らでもいる。わざわざ俺を誘う理由が何処にもない。

「…………分かった。手伝おう。何処に向かえばいいかはお前が案内してくれ」

 しかしこの場で正当な理由とやらを盾に逃げるのは、後々に影響を及ぼす。両ジジイが死んだ事でこの後の展開は透けた。どう転べば正解なのかは分からないが、取り敢えず今日も命懸けになるのは間違いない。

 死体を直に触っても良かったが、泰河の方が嫌がったので彼の指示に従い、一度和室に運んでからそこの畳を外して担架代わりのそれで持ち運ぶ事となった。俺達を見送るお姉ちゃんの全身がどんどん小さくなっていく。鳳先生が何か全員に言い聞かせて、食堂に向かおうとする姿まで見えた。

「これ、マジで何処に運ぶんだ?」

「両次さんが言うには、ウツツセ沼に沈めるらしいよ」

「不衛生なことで」

()()()()()()()()()()

「外に居た俺にも納得出来る説明は無いのか?」

 沈黙によって否定される。気まずい空気が流れる中で俺達はようやく沼に到着。畳もろとも死体を沈めると、どちらかが浮き上がる事もなくクソジジイの死体は水底へと消えていった。もう二度と会う事はないし、もう二度とそのむかつく顔を見る機会にも恵まれない。

 全く清々してしている自分に、ほんの少しの嫌悪感。

 ゲンガーのせいで歪んだ価値観はそうそう治るものじゃないようだ。

「タクミ。今回の事、どう思う?」

「どう思うって。この時点じゃウツシなんて分からないだろ」

「質問が悪かった。誰がウツシじゃないと思う?」

「…………」

 言い切れる材料は何処にもない。お姉ちゃんと答えたい所だが、それは本人に怒られそうだ。「タクは警戒心が足りない」なんて言われても今度はそっちの言い訳が通用しない。

「俺は、お前じゃないと思ってる」

「お前、そこまで俺の事好きだったか? むしろこの後の展開はどう考えても―――」

「だからだよ」

「ん?」


「お前はウタ姉以外から敵意を集め続けてる。俺がウツセミ様ならお前なんかに代わらない」


 そういう信用方法だったか。

 泰河の言いたい事は分かる。俺に『力』が宿っていようといまいと、或はウツシだったとしても、名莚匠与は煙たがられて然るべき存在だ。誰も死ななかったのならこうはならなかった。しかし今日死んだのはよりにもよって俺を一番敵視していた人物。

 今日を逃れたとしても次の日、次の日、次の日。人数が減っていけば自ずとヘイトを買う。『力』が無いなら『こいつが最後まで残る筈がない』と思われ、『力』があるなら『嘘かもしれない』と思われる。何にせよ、何処かで多人数工作が発生して間違いなく俺は死ぬだろう。

「……俺を信用出来るなら、協力して欲しい。ウツセミ様は一人だ。今日で終わらせる事だって出来る筈」








 














 二人で食堂に向かったが誰も居なかった。遅れて集会所に向かうとお姉ちゃんが出迎えてくれて、どうやら誰も朝食を摂ろうという気にはならなかったようだ。ウツシとはいえ人殺しが居るかもしれない空間で飯なんて食えないという心理なのかもしれない。鳳先生は珍しく不服そうに腕を組んでいた。

 食欲が無いからと言って飯を抜き続けたら餓死するのは目に見えている。何処かで嫌が応でも全員が食事を摂るだろうが、今はその時ではない。泰河と引き離され、お姉ちゃんの隣に座った。

「……俺達、水汲んでないけど」

「朝、私がやったのさ。両爺さんが死んでもどうせこれは続いたかんね」

 操さんが不機嫌そうにに言った。どうせこれは続いた。その言葉が何よりも全員の胸に重くのしかかる。


 死人が出てしまえば、それは証明になる。


 俺達はどんな事情があっても、この戯びをしなきゃいけない。

「両次さんに代わって、僕が仕切りたい……そう言いたい所ですが、前回参加者とはいえ余所者は余所者。ここは詠姫さんにお願いしたいのですが、皆さんよろしいですか?」



「そんなの必要ねえ!」



 勇は座りっぱなしも限界とばかりに跳び上がって、俺の胸ぐらを掴んだ。予兆も流れも透けていたが、開幕早々に行うと誰が思っただろう。全員が意表を突かれ、全員が唖然としていた。

「てめえだろこの人殺しが! 爺ちゃんが死んだ理由なんてそれくらいしか考えられねえ!」

「…………違う」

「いーやこいつで決定だ! 話し合いは終わり、皆に代わってこいつが俺を殺してくる!」

「勇さん! タクがやったって証拠はないじゃん!」

「その通り。証拠主義で楽に終わるなら僕達は前回苦労をしなかった。彼を離してください勇さん」

「絶対に断る! 殺したのはこいつだ間違いなくこいつだどうせこいつが死んでも悲しむ奴なんて居ない詠姫も洗脳されてるだけだどうせいつかこいつは殺すんだから今殺しても問題ないはずだ仮にウツシじゃなくても死んでくれれば俺達の為にも―――」

「……やめろ」

「やめねえ!」



「……やめろ、アイリス」



 命の危険なんて、嫌という程覚えてきた。

 身に余る暴力なんて、想像以上に受けてきた。

 だから胸ぐらを掴まれるくらいどうでもいい。アイリスさえ動かなければ。

「…………」

 俺の発言によって、勇も含めた全員の視線が寡黙な少女に流れた。凶器も無ければ筋骨隆々の体躯でもない。警戒する要素の一つとして見当たらない女性に大男の分厚い敵意が立ちはだかる。


 そして忽ち瓦解した。


「そのひとをはなして」

 彼女の紅い瞳がじっと勇を見つめ続ける。魅入られたように視線を返す彼に先程までの勢いは無かった。胸ぐらから手が離れると、掴まれていた部分をアイリスが優しく払ってくれた。

「だいじょうぶ」

「ありがとう……でもあんまり乱暴な真似はやめてくれ。住みづらくなる」

「らんぼうなのはどっち」

 返す言葉もない。真に乱暴なのは勇なのだ。言葉に詰まっていると、流未だけが不満を露わに口を尖らせた。

「私も絶対こいつだと思う! 昨日はなあなあで終わったんだし、今日もこいつに決めて終わらせようよ!」

「却下」

「お姉ちゃん!」

「証拠があるなら、私だって何も言わない。タクがウツシになったってだけの話だもん。でも勇さんも流未も感情的になりすぎて、文字通りお話にならないよ。そこでずっと様子見してるお父さんお母さんの方がまだマシってくらい。今日話すべきなのは、誰が『力』を持ってるかでしょ」

 流石に経験者の発言は説得力が違う。あのジジイが居なくなった今、場の主導権を握るのは経験者の二人。ウツシに狙われるのは仕方ないとして、ここで生き残りたいと思うなら二人に敵対的な態度を取るのは悪手だ。媚を売るとは言い方が悪いが、死にたくないならそうするしかない。

「『力』を持ってる人について順番に聞いていきましょうか。自分が持ってるかどうかは説明した通りですが改めて。『火』は水が赤く染まる、『水』は凍る、『狛』は水が消える。ではこの戯びを回す上で最も重要な『火』について。心当たりがあるなら出て下さい」

 そう言ってお姉ちゃんと二人で全員の顔を見回す。

「……成程。貴女ですか」

「―――すごい納得はいってないんですけど! 鳳先生を信じるならそうなりますよね。わ、私が『火』の力の持ち主です!」

 そう高らかに宣言したのは部外者―ズの木冬さんだ。今朝の惨事に最もダメージを受けている様に見える。何故って、まだ顔が青いから。

「……他に、名乗る人は居ないと」

 期待が外れたように溜息をつく先生。その理由は俺でも分かる。


 まずこのゲームは、ウツシが圧倒的に不利だ。


 単純に一人しか居ないので戦略の幅が狭い。ウツシが己の身の安全を図る為に『力』について偽ったとしても、その場合どちらかが偽物なのは確定するので両方を殺せばそれで戯びはおしまいだ。一日一人しか駄目なら今日もしくは明日殺せばいい。

 ウツシが複数いるなら一人が時間を稼ぐ間にもう一人が潜伏するという戦略もあった。というか一人居ると居ないとではまるっきり難易度が違ってくる。これは本来、俺達にとってはイージーな闘い。

 だのにどうして、前回はほぼ全滅という結果にまでもつれ込んだのだろう。

「ひーちゃん。本当だねえ?」

「嘘なんて吐きませんよ英雄さん! 私だってこんな事になるなら……生き残りたいですし」

「分かりました。では浅見木冬さんを暫定的に本物として。誰を調べましたか?

「…………今日死んだ人。もしこんな目に遭うなら、何となく主導権を握ってるあの人がウツシだった時が危ないかなって。結果は勿論、言うまでもでしたけど」

 ウツシが人を殺すなら翻って死んだ人間はウツシではない。死だけが人間である事の証明に繋がる極限状態でも、一体誰が自害を選べようか。

「っていうか暫定的にって何ですか? 他の人が名乗り出なかったなら本物でしょ!?」

「ウツシが嘘を吐く可能性もあるので。例えばたまたま両爺ちゃんが『火』を持ってたら、本物は名乗り出る事がないので堂々と騙りを行えます。次、『水』は居ますか?」

 水は自分以外しか守れない。案の定、名乗り出ようとする本物も居なければわざわざリスクだけを取るウツシも居なかった。

「『狛』は」

 椿さん、黒龍、名莚父。共通点もなくてんでバラバラの三人が手を挙げた。三人は三人がそれぞれの本物を証明出来るので、被りがないなら確実にウツシではない。

 こんがらがってもいけないので、整理しよう。


 未確定

 お姉ちゃん、鳳鳳、英雄、泰河、知信、名莚母、流未、勇、春夏 アイリス 操


 人確定

 椿、黒龍、名莚父 両次(死亡)、俺(主観)


 火の力

 木冬


 未確定の中にウツシが居るなら、必然的に俺は狙われる。勇の言う通り、時間の問題だった。

「発言していい? お姉ちゃん」

「流未。何か気付いた?」

「そこの兄面する不審者以外、人を殺しそうもないんだけど」

「流未さん。感情で責めるのを僕は否定しませんが、そういう敵対的な態度と先入観は感心しませんね。例えばですが、貴方の決めつけに全部従ってそれが全部違った場合、残る全員はいずれの日に全ての票を貴方へ入れるでしょう」

「うッ……ど、どうしてよ! 私が人殺す訳ないじゃん! こ、こいつが死んだら全然疑ってもらって構いませんけどええ!?」

 話はやや平行線を辿っている。前述された通り、『火』の力を参考にゆっくり回していくしかないようだ。アイツだこいつだという擦り付け合いに勝てる気はしない。泰河とお姉ちゃんとアイリスは俺を庇ってくれるだろうが、それだけで人数差は覆らない。いっそ『力』を騙っておくのも……いや、駄目だ。本物に秒でバレてしまう。 

「そろそろ本題に入りませんか?」

「兄ちゃん。本題つってもよお、誰が誰なんだかわかんねえよ。それともなんか気付いたのか?」

「気付いたというか…………どうせ今日は何も分からないんだ。話し合いで死ぬ人間を選ぶんだろ?  信。お前も覚悟はしてた筈だ。こうなるって」

「……そりゃ、そうだけど」



「だったら話す内容は決まってる。木冬さんに今日誰を占ってもらうか。そして誰に死んでもらうかだ」



 誰に死んでもらうか。

 飽くまで自主性に任せた様な言葉が全員の肩にのしかかる。そこに意思なんてものはない。誰かが死ななくては終わらないし、誰も死ななければ全員死ぬ。生存本能の我儘は刹那的な結果を生みかねない。泰河の決意を受けて、父親が重い口を開いた。

「では。木冬さんには我が息子を見てもらうのはどうだろう。私達は詠姫と確執を残したくはない。この子は本当に可愛くて自慢の娘だからだ。今日アイツを殺さぬという流れならばまず見てもらって、クロなら殺せば良し、シロならばそれで良し。どうだろうか」

 俺を殺したい派と殺したくない派。どちらにとっても利があって、戯びそのものにも利点がある。父親にしては随分と利益のある発言だった。

「分かりました。じゃあ、彼の名前を言えばいいんですね?」

「結果が判明する前に殺すんじゃ意味が分からない。今日はタクを抜いた十五人で投票しよっか。みんな、ここで出た結果に不満は決して言わないで欲しい―――私も、選ばれる事があるなら、大人しく死ぬから」

「全員一致でやった方が、言い争いとかもねえんじゃねえのか?」

「それは無理ですよ黒龍君。皆、死にたくないに決まってる。それとも言い出しっぺの貴方がやってくれますか?」

「そりゃヤダ」

「ですよね」

 ここまで来て、結局は個人の好き嫌いが左右するらしい。

 投票に文句を言うなと釘を刺されたものの、誰もがお姉ちゃんみたいに諦めるなんて出来ない。考えなしの人間は短絡的に俺の名前も書いたりするのだろうか。結果が絶対なら殺してしまおうなんて。

 だがそれをすれば、以降の日に何かの間違いで矛先を向けられた際、自分が同じ目に遭うだろう。流未くらいはそれすら覚悟の上で書いてくる可能性はあるが、たかが一票に効力はない。



 指名するのは、いらない子。

 死んでもらうのは、邪魔な人。

 


 お姉ちゃんの合図に沿って、俺達はそれぞれの投票先を言った。





















「おかしいだろ! 何で俺が、俺が…………クソ! 離せ! 離せよ鳳鳳!」

 投票結果、勇が十票、俺が二票、操さんが三票。

 何がどうしてこうなったのかは俺も分からないが、暴力で全てを解決しようとする感情的な姿勢が他の人に不評だったのかもしれない。もし俺が死ねば、次の矛先は誰になる事やら……名莚匠与というサンドバッグが全て引き受けているだけで、住人同士の軋轢は少なからず存在する。俺が死んだ後、それが深刻化する可能性も踏まえてこうなったのだろう。

 処刑は、基本的に全員が見ている中で行われる。

 勇はその逞しい身体を鎖で縛られ、足には鉄球を付けられていた。場を主導する者としての責務か、お姉ちゃんと鳳先生が大男を引っ張っている。


 そうして辿り着いたのがウツツセ沼。


「……おい、どうすんだよ。俺を」

「沼に突き落とします。這い上がれないように両手を縛って足に重りをつけて沈める。古くからの習わしを、管神住人が知らないとは言いませんよね」

「そういうんじゃねえ! 待て、分かった。俺を殺しても良い。だがアイツが先だ。匠与! アイツが先に死んでからじゃないと死にたくねえ!」

「投票の結果に文句は言わないで。私も―――慣れ親しんだ人を殺したくなんてないし」

「詠姫! お前何でそんなに肩入れするんだ!」

「大切な弟だから。それ以外に理由はないよ」

 見送るような優しい手つきで、ゆっくり背中が押される。





「嫌だアアアアアアアアアアアアアアガッ――――――――――」





 助けを求めるような水泡が暫く騒ぎ立てていたが。それもやがて小さくなり。少なくなり。







 文字通り、息絶えた。

「…………思い出したくなかったなあ。人を殺す感覚」

 お姉ちゃんの泣きそうな声が、いつまでも俺の耳に木霊していた。

 一話でまとめたかった。


 それと操さんを数に入れ忘れていたので、正しくは最初の人数は十七人でした(修正済)

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[一言] 本格的☆人狼
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