誰もが認めた結末
天倉鳳鳳の雰囲気は他の誰にも似通っていない。不思議な人間だった。こうして盗み聞きしていて思うが、前回経験者というだけでは割り切れないくらい鏡ゑ戯びを信じていて、それだけでは分からないくらい真剣に生き残ろうとしている。お姉ちゃんもそんな彼に対して思うところがあるのか、二人して外で鏡ゑ戯びの話をしないというルールを破り(これ自体言い出したのは先生なのだが)、今後の身の振り方について話し合っていた。
「正直、かなり苦しい状況なのは否定出来ませんね。僕の参加した前回とは条件が違います。詠姫さんはどうですか? 狛の力を持ってた前々回と比べると今回は……楽に終わると思いますか?」
―――条件が違う?
参加経験の有無はあるだろうが、それだけで苦しい状況になるのだろうか。お姉ちゃんが気付いているかはさておき、ルール説明の時彼はとても重要な発言をした。それは『前回前々回の力は引き継がれないみたい』というものだ。
あの場に居る経験者は先生を除けばお姉ちゃん、両ジジイ、春夏の三人。『力』を開示したのはお姉ちゃんだけだ。たったそれだけで力が継続するかどうか判断する事は出来ない。自分がそうでもなければ。つまり鳳先生もまた前回の力は引き継いでいないという事であり、それは翻って前回は『力』を所有していた事が分かる。
何か、までは分からないにしてもそれくらいではないだろうか。やはり苦しい状況とは思わない。
「終わらないと思います。私がやった頃より全然人数も少ないし。何よりタクはこれからも難癖を付けられる可能性が高いですから」
「そうでしょうねえ。彼が居る限りは安全と言いたい所ですがそうもいかない。僕が前回『力』を持っていた事に気付いた人間がウツシだった場合、狙ってくる可能性が高い。前回は右も左も分からぬ余所者って事で甘く見られてた節はあるので……死ぬかもしれませんね」
「随分、楽に構えるんですね鳳先生は」
「死ぬリスクを受け入れなきゃ作家なんて出来ませんよ。それでもやり直しは効きそうもないので今回はあまり無謀な行動は避けたい所です」
「先生は今日、誰が襲われると思いますか?」
「ウラノさんの弟は無いですね。今の様子じゃ隠れ蓑に持ってこいなので、もし死ぬとしたら……あの場で発信が控えめだった内の誰かでしょうか」
場の主導権は鳳先生が。全体の決定権はクソジジイが。泰河は未経験者にしてはかなりの頻度で発言をしていた様に思う。その場の流れ以外で発言しなかった人間はかなりの数に上る。知信、操さん、椿さん、勇、名莚両親―――否、発言をして少なからず目立った人は誰かを考えた方が早い。戯
びの参加に積極的であっても話し合いとはまた別の話だ。
死ぬ事を打診された俺を除けば目立っていたのは前回経験者と泰河くらいだ。特にアイリスは沈黙が酷く、先生の考えならターゲットの一人に入る。
―――分からないな。
沈黙する人間がどうして狙われなければいけないのか。ウツシになれば考えが違うのかもしれないが、今は団結力もなければこの戯びの実在すら疑われている時。前回経験者ないしは両ジジイから殺せば結束もクソもなくグズグズになって楽勝だと思うのだが、違うのだろうか。
「さて、僕は調べたい事があるので今日はこれくらいで。以降はこういった密談は控えるようにしてください。誰が聞いていてもおかしくない。それがウツシだったなら片割れが殺されてしまいますから」
「もし、貴方が殺されたらどうしますか?」
「さあ。死んだ後を託せる人間が居ないので死にたくはないですね。初日を生き残ってから考えましょう。そうすれば僕が死んでも何とかなるでしょう。では―――」
「ええー――」
「『千年先でまた逢おう』」
それが何かの合言葉だと悟った俺は道もない坂を降りて畑道に落下。身体は土塗れになったがアイリスが無事ならそれで良い。畑道に来いとは言われたがこちらの方ではないようだ。しかしこの狭い村ではどこが何処に繋がるかは一目瞭然。畑道なんて特に見通しが良すぎて迂闊に動こうものなら直前に居た場所を悟られかねない。何なら背後の墓には滑りこんだ痕跡も残っている。
少し待ってからもう一方の道へ向かうと、見覚えのある車が停まっていた。
管神に入るには二つのルートがあり、一つは俺達が使ったルート。浮神を経由して下る。そしてもう一つは部外者たちが使ったルートで浮神に向かうよりずっと前の分岐路で山道に入り、途中で未舗装の獣道みたいな所から入村するルート。部外者達は車を入れたくてわざわざ許可を取ったのだろうが、そこはそもそも車で通る道ではないので、実は無許可でも管神に入る事は出来る。浮神に確認を取るような住人は存在しない。ここの上下関係には決定的な亀裂が生じている。
ならここから村を脱出すれば良いのでは。それも無理だ。昨夜の雨で道の条件は更に悪化。ここからでも分かるくらいあからさまに倒木している。車を捨てれば或いは、というくらいか。
「…………」
お姉ちゃんの車自体には、驚かない。元々荷物は運びこむ予定だったのだ。では何が問題かというと雨が降ってからどうやってここに車を持ってきたのかという事だ。
「あ、タク。こっちこっち」
直前の密談など無かったかのような態度でお姉ちゃんが手を振っていた。彼女がウツシだなんて考えたくないのだが、隠し事など何一つないと言わんばかりの清純な笑顔を見ていると、この鏡ゑ戯びがどんなにか趣味の悪いもてなしだと思えてしまう。ゲンガーみたいに平然と本人を演じて、何食わぬ顔で殺人を犯すのだ。
許せる訳がない。
「お姉ちゃん。この車、いつ運んできたの?」
「雨に打たれながら頑張りましたー」
「それ大丈夫なのッ? だって雨が降ってる間はウツセミ様が―――!」
「だいじょぶだいじょーぶ。雨に当たっちゃいかんなんて決まりもないし、大体無理っしょそれ。どんなにか酷い因習もそもそも不可能な要項は作らないんだぞ?」
因習って言っちゃったよこの人。
確かにふざけたルールだとは思うが、仮にも名莚の人間がそんな事を言ってしまっていいものか。記憶が正しければ両親はこの地に誇りを持っていた筈。眉を八の字に下げて心配そうに彼女を見つめると、お姉ちゃんは茶化すように軽率な笑みを浮かべた。
「あは。なーに辛気臭い顔してやがってんすかこの弟は。余計な心配しなくてよろしい。ほらほら、運び込むの手伝ってあげるから早くしよう。ウツセミ様に盗まれても知らないよ?」
あっちの家から持ち込んだ物は最低限とは言わずとも有用そうな私物ばかりだ。例えば携帯ゲームなんかは充電が使えないので持ってきていない。テスト用紙や制服なんかも無用の長物だ。テレビ・リモコン、ラジカセ、以ての外。お金も大して持ってきていない。こんな場所では使う機会も滅多に訪れないからだ。
正味、修学旅行のバッグに近い。着替えとか洗顔用具とか日用品を入れるだろう。
「…………あ」
「どうしたの?」
「……いや」
懐かしい人から貰った紙切れを即座に袖の中へしまい込む。
幾度となく俺を救ってくれた現代のオーバーテクノロジー。今の今まで存在を忘れていた。人知れず手に入れた枚数は五枚。水鏡幻花の贈り物だ。
―――五枚!?
あの美人家庭教師の苗字がここの御三家に一致している事よりも、どんなに探したって五枚しか見つからない事に驚いている。山羊さんに複数枚使ったとはいえ、ここまで浪費した覚えはない。どんなに俺の記憶力が劣化していても二桁は残っている確信がある。
しかしこんな物。実際の力を知らなければ単なる紙切れだ。五枚もあるだけ幸運だったと言うべきか、五枚しか残らなかったのが不幸というべきか。そんな突然の事故はさておき、この紙切れが手に入ったのは幸運だ。
これがあれば『火』の力が無くても、誰がウツシか分かるかもしれない。




