誰もが死にたくない
ウツセミ憑きに明日は無い。
それが何かはよく分からない。俺にとっては何処でもウツセミ様と話せるだけの機能でしかないから。多分これについて詳細な説明が出来る人間は居ないし、かくいう両次でさえ自分が何を言っているかは紐解けまい。けれどもそれで充分なのだ。俺が死ぬ理由は。初日に、見せしめの様に犠牲になる理由は。
有無を言わさぬ圧力を誰もが感じていたし、誰もが俺に転嫁している。名莚の両親はもとより、流未は「賛成!」と言いながら俺に罵詈雑言を吐いている。
―――本当。笑えない。
俺の友人に、食材の山羊に類する家系の女の子がいる。草延匠悟だった頃、俺は彼女に死ぬなと言っていた。死んでほしくないから策をめぐらせて、死んでほしくないからわざわざ身の危険を冒した。仮にあらゆる問題を解決出来たとしても、その女の子が居ない事に比べたら些細な問題だと思っていた。
だったのだが、どうも死ぬべきは俺だったようだ。何故死ぬべきかは誰にも分からないが、ハッキリしている事がある。ウツセミ様が外に出るのはきっと―――不味い状況なのだと。
「…………どうすれば、死なないでいい……」
「てめえが何かしらの力を持ってるなら、考えてやる」
そんなもの、ない。かと言って騙そうとも思えない。それはきっと本物を炙り出す事になって、このままいう通り俺が死んだとしても人間側が大変不利な事になる。
「―――私は反対! 断固反対絶対反対とにかく反対~~~~~!」
守ってくれるのはいつも、お姉ちゃんだけだ。
「正直に言うと、これが始まった時からこうなる予感はしてたよ。歓迎会でも言ってたもんね、人手が足りなくなったからタクでも歓迎してこき使わないといけないって。それがあれか。全員の団結力の為に誰か死んでほしいって時に選ぶのか。はーもうふっざけないでよ! タクは私のたいっせつな弟なの! 姉として私は守ってやらないといけない」
「お姉ちゃん! 私も大切な妹でしょっ? だったらそんな奴放っておいて―――私を愛してよ!」
「流未…………なんで片方しか駄目なのか、私には分からない。そもそも貴方はどうしてタクの事が嫌いなの?」
「だってこいつがウツセミ憑きだから! っていうかこれはお姉ちゃんの為にやった事なんだよ!? パパもママもそのつもりだった。あの時こいつが死んでたら幸せになったのに! ねえお姉ちゃん。どうしてあの時―――」
何やら要領を得ない話が続く。流未は感情的になっているかと思いきや俺の反応を窺ってそれ以上は何も言わなかった。代わりに可愛い妹がくれたのは憎悪と敵意に満ちた、家族の何たるかも知らぬ一言。
「―――本当に私の兄なら、死んで。何でアンタみたいなのがお姉ちゃんに愛されるのかぜんっぜん分かんない。何も持ってない癖に。パパとママもうんざりしてたよ。アンタの為だけに一々外に出るのは怠いって」
パパとママ。それはそこでお行儀よく正座している一組の男女の事を言っている筈だ。違うならごめん。彼等は宥めるように流未の頭を撫でてから、険しい顔で俺の方を見た。
「そこまでは思わないが……我が息子よ。死んでくれないか?」
「愛してるから、死んで?」
…………。
軽々しく言ってくれる。
アイしてるなんて。その言葉の重みも理解せずに使うのは愚かだ。
アイしてるなんて。心にもない言葉を使うのは浅はかだ。
アイしてるなら、死んでほしいなんて思わない。
どうにも今日は誰にゲームの進行というよりも俺が死ぬかどうかの一点に懸かっている様だ。部外者陣営を除けば全員が俺に期待を込める様な眼差しを向けている。ここで死んでくれれば、ようやく心からお前を好きになれそうだ。そんな身勝手な好意を押し付けながら。
「……ねえ。両爺ちゃん。これって最初の生贄が欲しいだけなんだよね?」
「……ァア」
「なら、私が死ぬよ」
突然そんな事を言いだしたものだから、集会所は喧騒に巻き込まれた。
「ウタ姉!? なんでそんな事……!」
「よってたかって弱い者イジメなんかする皆に呆れたからです。しゅんかちゃん、私はタクと六年間。二人きりで暮らしてたんだよ。そりゃ何とかしてあげたいって思うのが姉心なんじゃない。とにかくこれ以上タクを追い詰めるなら私が身代わりになる」
「やめてよお姉ちゃん」
俺の声にも彼女は止まらない。
「追い詰めないだけじゃ話にならないよ。事あるごとにタクを殺そうとする展開は目に見えてる。鳳先生だけは聞いてくれるだろうけど、両爺ちゃんが認めないんじゃ話にならない。別にね、私はタクの存在を認めてほしいとは言ってないよ。ただ、この鏡ゑ戯びは全員参加が原則だ。タクにも発言権とか疑う権利とか、そういう諸々の権利がなきゃゲームとして破綻してる。私に死んでほしくないなら、特に理由もなくタクを殺そうとするのはやめて! 発言も無視しないで! もしそれが出来ないなら私は―――!」
「はーい。詠姫さんそこまでにしてください」
緊張感のない浮ついた声。あげられる様な人間は一人しか考えられない。無論、天倉鳳鳳という男である。
「益体のない発言は控える様に。この場では等しく全員の命が預けられています。死にたくないのは皆一緒。責任を押し付けられるなら押し付けたいのが人間です。そこで僕は今日は一日目だが誰も選ばないという選択を推奨します。部外者の僕にこの流れは想定外でしたから考えを改めさせてもらいます。詠姫さん。皆がこの選択肢を選ぶようになって且つ 、弟さんに死なれては困る様な情報はありますか?」
鳳先生による最大限の助け舟。これを無駄にする道理はない。長い長い長い長い沈黙が挟まって、詠姫お姉ちゃんはギリギリと歯を軋ませ、ようやく口を開いた。
「…………両爺ちゃん!」
「あ?」
「タクは水鏡幻花と婚約してる。両爺ちゃんなら―――いいや。お父さんお母さんならこの意味が分かるでしょ。私達は元々浮神に住んでたんだから」
詠姫お姉ちゃんは両親に向けて発言したつもりだったが、その名前―――家は管神住人からしても聞き捨てならないものだったらしい。俺と同年代以下の人間は今いちノり切れていないが、ここに伝わる唄の一説に登場するのだ。何かヤバそう、くらいの感想は持っていると思う。
「タクミ。それは本当なの?」
「え…………ああ。本当。だけど。泰河は知ってるのか?」
「知らない訳が無い、上の学校で習うんだから! 管神がこうなってしまったのは、そもそも水鏡家が離れたからだ。もしタクミがその人と結婚してここに残るなら―――水鏡の血が戻ってくる事になる。詠姉。その幻花って人は直系?」
「直系も直系。君が分かるなら流未とか分かるのか。ていうか今そんな教育してるんだ…………まあいいか。タクが死んだら、水鏡の血が戻ってくる事はないよ。ずっと黙ってる人も良く考えて。ウツセミ様の気まぐれで死ぬならしょうがないで割り切れるけど、そのチャンスをみすみす不意にするの!?」
最後の―――姉弟で紡いだ嘘を最後に意見が募られた。
結果。今回はこれにて話し合いは終わり。俺の死は見送られる事になった。
管神住人は散開した。
集会所に俺達姉弟と部外者ーズを残して。アイリスは最後まで様子見に徹していた様だが、一応俺を気にかけていたらしい。頭を撫でて慰めてくれた。
『あのまま話が進むなら、全員殺してた』
物騒な発言を、イヤホン越しに残しながら。
「お姉ちゃん…………ごめん。何か変な嘘吐かせる事になって」
「んにゃ。気にしてないよ。マホがタクを気に入ってるのは本当だし。まあ婚約は……後で一緒に謝ろっか。タク、来て」
求められ、吸い寄せられるようにお姉ちゃんの胸に抱きついた。さながらパズルのラストピースのように、本来あるべき場所へ還るように。イヤホンを通すと理性でも上がるのか、今度のアイリスは空気を読んでくれた。煌々と輝く紅い瞳をじっと背中に向けている。
「なるほど。なるほど」
英雄さんの声が、しっかりとした重みをもって繰り返される。
「ひーちゃん。もし落ち着いたなら意見を聞かせてほしいな。これ、どう思う?」
「どうって……異常ですよ! 鳳先生、直ぐに引き上げるべきです。別にこんな場所じゃなくても取材は出来ますし」
「それは無理だと思うなあ。今朝、上への道を確認したら土砂崩れが起きてたよ。それに、梯子も外されてた。僕達が入って来た道の方はかなり木が倒れていてとてもじゃないけど奨めない。電波も通らない以上、私達は完全に閉じ込められた。そうでしょう? 鳳先生」
「察しが早くて助かります。では僕達も行きましょうか。姉弟水入らずの時間を邪魔するのは性に合わなくて」
二人を引き連れ先生が集会所を後にする。入り口に差し掛かった所で彼は一瞬だけ足を止めて。
「あまりにも尾ひれの無い魔女狩りでも、やり直すチャンスはない。肝に銘じておきましょうか」
独り言のような、忠告のような。
そんな言葉を零して、今度こそ先生は去っていった。
意地でも二話投稿する




