身内的疎外感
天倉鳳鳳。
携帯が使えればインターネットで検索していた所だ。勿論寡聞にして存じ上げない。俺が本に馴染みがなくて作家に興味がないという理由もある。お姉ちゃんの反応を窺うと、目を見開いて固まっていた。
「アイリス。鳳鳳知ってるか?」
頭を振られた。マイナー作家だろうか。
「鳳鳳って…………あの!?」
「お姉ちゃん。俺全然知らないんだけど。勝手に驚いてないで説明して欲しいかも」
「正体不明のベストセラー作家だよ。個人情報が全然表に出なくて男か女かも分かってない。ノンフィクションという体のフィクションが特徴的で、真に迫った描写が界隈じゃ有名なんだけど……」
「けど?」
お姉ちゃんは珍しくいい淀んでいた。何に躊躇しているかは分からない。内緒話にもなっていない会話を鳳鳳さんは興味深そうに眺めていた。
「……鳳鳳先生の営業妨害するような質問で申し訳ないのですが、もしかして全部実体験……ってことは」
「あ、良く気付きましたね。内緒ですよ」
隠す素振りもなく彼は頷いた。お姉ちゃんが躊躇っていたのは商業上の問題か。オカルトライターとして彼女は中々珍しい立場に居る。もしも自分と同じやり方でエピソードを綴っているならノンフィクションという体のフィクション―――フィクションという体が崩れ去って売り上げに影響が出るのではと思ったのだろう。
こんな僻地で真実が知れ渡った所で影響など微々たるものでは……?
「俺分からないんですけどどうして内緒にしてほしいんですか?」
「ノンフィクションって事で売っていくと建造物侵入罪とかそういうのに引っかかるじゃないですか。体裁は大切ですよ。まあ僕の界隈はノンフィクションって言った所でわざわざ明言しなくたって勝手にフィクションって事にしてくれますけどね」
そういう物なのか。ゲンガーを殺している手前、それを咎める気にはならない。死は嘘になってしまったが、それでも本物の死を届ける俺達はまぎれもなく重罪人で、建造物に侵入するよりも余程悪質だから。
「鳳兄ぃ! ウタ姉と何話してんの?」
その呼ばれ方は聞き覚えが無い。というよりそれが当然だ。外で作家をやっているだけの部外者なら昔住んでいた所で記憶に残る道理はない。何に引っかかったかと言えば排他的なこの村(多分そう呼んでいい)で部外者を兄の様に慕う人間がいる事だ。
狭苦しい部屋の中に足を踏み入れると、六人の男女が不均等に分かれて座っていた。内の四人は俺の顔を見るや難色を示し、内の二人はそんな事など気にも留めず、鳳鳳さんへ向けて話しかけた。
「鳳先生。その人達は?」
「まだ挨拶の住んでいなかったここの人です。階段の音を聞きつけたので挨拶をと」
「……それが挨拶の済んでいない人であった根拠は?」
「足音の大きさです。作家を続けてると嫌でも敏感になるものですよ」
鳳鳳さんが残る四人の隣に座る。一組の男女が俺達に向けて丁寧に頭を下げた。
「初めまして。今回は鳳鳳先生のネタ集めに御同行させていただいてます。浅見木冬です! 普段は全く別のジャンルのライターを務めていて、えー今回は編集長からのご氏名があって精一杯鳳鳳先生の魅力や心構えなどを書かせてもらおうと思っていますので、えーと……」
「―――ひーちゃん緊張しすぎだよ。君もそろそろいい年齢なんだから、もう少し落ち着きを持った方がいいよ」
「女性を年齢で諫めるなんて失礼ですよ、夕波さん!」
「はは。これは失礼。―――私の名前は夕波英雄。英雄って名前は結構気に入っていてね、ここに居る間だけでもヒーローとかえいゆうとか、気軽に呼んで欲しいな。わはははは」
二人の同行者は紛れもなく部外者で、文字通りこの管神には縁も所縁もなさそうだ。にも拘らず残る四人は俺よりも遥かに二人を歓迎しており、それ以上に鳳鳳さんに夢中だった。
彼彼女達からわざわざ自己紹介される事はないだろう。お姉ちゃんはともかく俺に改めて挨拶をする必要はない。必要があってもしなさそうだ。分別のつく大人よりも無邪気な子供の方が排他意識が強いなんてよく聞く話だろう。
この四人を分別の無い子供と呼ぶのはそろそろ無理があるが。
「……おかえり」
目線を逸らしながらそう言ってくれた彼女の名前は彩島春夏。ショートカットの似合う中学三年生で、流未と同級生だ。視界に入れるのも嫌な俺を邪険にしないのはお姉ちゃんからの好感度を考慮している。ここの住人で詠姫お姉ちゃんを好きな人間は全員そうだ。お姉ちゃんとの好感度を天秤にかけて、いつもそちらが優先されている。
「可愛くなったな」
不意打ちでも照れ顔を見せてくれれば可愛げがあったが、睨まれた。レイナや朱莉は十分良い反応をしてくれていたのだなと今更ながら痛感する。あの二人は多分、本当にノリが良い方だった。
「タクミ。お帰り」
「おっす」
「帰って来なくても良かったんだぞ」
殆ど同時に反応をくれた三人は上から泰河、知信、黒龍。静谷家の子供なので苗字は省いた。着られる服で一番お洒落だからという理由で全員制服を着たままだ。
若干一名世界観のおかしい奴が居るが、母親以外の誰にも本名を教えようとはせず、兄弟達にもそう呼ぶように言ってあるのか『黒龍』以外で呼ばれる事がない。だから俺の中ではそれが本名だ。
因みに泰河とは元同級生で、中学に上がるまでは相対的には一番仲が良かった。その下の知信と黒龍はまだ中学生に上がったばかりだが、相変わらずの対応だ。
―――大人の対応は違って、子供の方は相変わらずか。
余計分からない。俺が居ない間に確執でも生まれたならここの空気は更にまずくなる。
「しゅんかちゃん。鳳兄って言ってたけど、そんなに先生のファンなんだっけ?」
「ファンっていうか、ウタ姉が居なくなった後に一回ここに来てくれたんだッ。それで、私を守ってくれたの!」
「俺達の方は全然何言ってるか分からないけど、春が懐いてるなら悪い人じゃないかなって」
「泰兄ちゃんに同意してる。詠お姉ちゃんも聞いたらびっくりすんぜあれ。春んところの頭でっかちボケボケ老人もこいつに気許してんだ。凄くね? 凄くね!」
八割悪口を言われただけの老人は春夏の曽祖父に当たる人物だ。銀造先生に苦手意識を持っていたのは主に彼のせいであり、名莚匠与に対する敵意が最も高い人間でもある。お姉ちゃんが居ればその場は何とかなるかもしれないが、正直に言えばバックレたい。
「……鳳鳳先生。貴方は一体何をしたんですか?」
「汚い手口は別に使っていませんよ。話せば分かる人物というだけです」
鳳鳳さんは楽しそうに指を当てて。
それからアイリスの方を一瞥した。
学生達が登校していない理由だが、どうも詠姫お姉ちゃんが原因のようだ。
名前の影響という訳ではないが、管神という地に置いて彼女はお姫様の様な立場と好感度を手にしている。本来は幽閉されていなければならなかった俺を連れ出せたのも彼女の特権があったからで、噂では浮神の連中からも『お前だけなら上で暮らしても良い』と打診されたそうな。名莚屋敷が浮神に一番近いのは上の人間がお姉ちゃんに粉を掛けやすいようにという噂もあるがこっちは嘘。ずっと前からあの屋敷はそこにあった。
ともかくそんなお姉ちゃんの帰還とあっては村総出で歓迎会をしようと。そういう流れになったらしい。食堂を出てふと時計を見遣ると、お昼時と呼んでも差し支えない時間帯になっていた。歓迎会にはまだ挨拶の済んでいない面々も來るようだが、自分が居れば場の空気が悪くなると思って自ら不参加を告げた。
代わりに残る面々への挨拶をしておいてと頼んで、俺はアイリスと二人でのんびりと散歩するのだ。
「ここが人霊樹って呼ばれてる木が生える場所だ」
「じんれいじゅ」
「墓場みたいな使われ方をされてる。自己像信仰の影響か知らんが形に残るのが大嫌いなんだよ。だから病気とか老衰とかで死んだ人間は全員この木の足元に埋められる。ほら、周りが草むらだらけなのにここだけ生えてないし土もちょっと荒いだろ」
「ここでごはんをたべるの」
「おう。椿さんがおにぎりをくれた。歓迎会の方じゃクソジジイや操さんのとってきた肉が出るとか出ないとか。ここじゃ肉は貴重なんだ。つっても狩猟しに行けば幾らでもあるけどな。外のクオリティの高い料理と違って癖が強いわ臭いはきついわたまにゲロ不味いわで……でもご馳走なんだよ。俺も二回くらいしか食べた事ない。お姉ちゃんがこっそり持ってきてくれた時だけ」
言いつつ彼女に片方を渡して、崖に向かって両脚を放り出す。
俺はここから突き落とされた。
「ずっとたすけられてるんだね」
「まあな」
「わたしもたすける」
「それはお互いにな」
二人で肩を寄せ合って握り飯を頬張っていく。会話もなく、数時間前に食べたコンビニ弁当とは比べるべくもない味だが……単なる塩おにぎりでも、隣に誰かが居るだけでとても美味しいような気がした。
住人
陽久 勇
静谷 椿
泰河
知信
黒龍
彩島 春夏
部外者
天倉 鳳鳳
浅見 木冬
夕波 英雄




