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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
アイを知りたい神の子

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136/173

名莚の誹り

 坂道を下り切った先に、吹き溜まりは広がっていた。

 

 管神。


 市でもなければ町でもない。強いて言えば村なのだろうが、ここにその様な区別や区分は不要だ。浮神の遥か下に位置する何でもない一区域。もしくは前世からの罪を、特に意味もなく償い続けている場所。

 上の連中を擁護するつもりはないが、確かにここは観光資源に乏しい。絶無と言っても過言ではない。見渡す限りとは言わずとも中心を構成するのはここに住む人の生命線でもある田園地帯だ。基本的には自給自足と言ったがあれには少々語弊がある。確かに大方は自分の力で何とかしないといけないが、それでも学生や子供の様に一人ではどうしようもない人間も居る。

 だから助け合うのだ。悪く言えば田舎特有の閉鎖感覚を生み出す要因だ。なので自給自足という言葉の正確な意味は今回に限っては『管神住人』という意味にさせてもらいたい。

「くうきがおいしい」

「まあ森が傍にあるもんな。傍にあるって言うかほぼ囲んでるようなもんだけど。色々案内してやりたいけど、お姉ちゃんがこっちに来るまで大人しくしてたほうがいいな」

「どうして」

「お前は余所者で俺は名莚。お姉ちゃんも名莚だけど、特別嫌われてるのは俺だけだ。むしろここで一番好かれてるのはお姉ちゃんか知り合いかの二択になるくらい。居なきゃ話にならない。無視されるかぶん殴られるのがオチだな」

 アイリスにわざわざ伝える様な事はしないが、既に何人かの住人は俺の存在に気が付いたようだ。限界集落の名の通り全体として居住者が少ないので一人に伝われば二人に、二人に伝われば四人に伝わって。その内全員に伝わるだろう。そう時間はかからない。お姉ちゃんとどちらが早いか。

「…………ん?」

「どうしたの」

「いや、見慣れない車がある」

 俺は六年間ここを離れている。変化があっても不思議はなく、例えば誰かが車を買ったとしてもそこに何か文句を言う資格は無い。無いのだが、問題は車の止めてある位置だ。坂を降りてすぐのここは管神の中で一番高い場所である。よってここからなら管神の全体をかなりの精度で把握する事が可能なのだが……車がどうして、食堂に止まっているのだろう。


 ―――もう一つのルートから誰か来たのか?




「げ」




 懐かしい声を聴いた。

 目元がとてもよく似ているので、昔は目を潰されかけた事もある。お姉ちゃんの真似をして一時期は髪を伸ばしていたがやめてしまったのだろうか。年相応とも言えるボブカットに小さく纏まった女の子は、どう考えても外から手に入れた余所行きの高級そうな着物を着ている。

 そして、俺を睨んでいた。

「似合ってるよ、流未」

「いやああああああああああああ!」

 名莚流未なむしろるみ

 中学三年生くらいだったか。長い間会っていないと年齢を忘れてしまう。その名の示す通り彼女は俺の妹で、名莚家では一番下の人間でもある。

「だれなの」

「俺の妹。いやあ本人が気分を害すからお姉ちゃんの妹って言おうか。つまりそこの屋敷が俺の家だ。管神人の中じゃ一番上に近い人間だよ」

 例によって俺は除かれる。

 流未は久方ぶりの会話に感傷を見いだせず、一目散に屋敷へと退散してしまった。抱きついてほしいとは言わないが、その年齢で挨拶の一つも出来ないのは心配だ。挨拶をしたら返してくれるだけでも俺は満足なのに。

「ここがあなたのいえ」

「そう。俺の家だ。屋敷は立派だが別にお金持ちって訳でもないぞ」

 両親が言うには元々この屋敷は浮神の人間から与えられた物らしい。俺は料金の発生しない賃貸だと思っているが実際はどうなのだろうか。

「きょうからここでくらすの」

「いや……」

 歯切れの悪い言葉に、アイリスの双眸が揺れ動いた。


 お姉ちゃんを待った方がいい理由の二つ目がこれだ。


 確かにここは俺の家だが、一度家を出た俺に跨ぐ敷居は無い。何をするにしても管神の全住人にある程度好かれていて上とのパイプもある彼女が居ないと、ここは見た目以上に過ごしにくい。車に困惑したのは、単純にこんな場所へ来る奴の気が知れないからだ。

「だ~れだ♪」

「お姉ちゃん」

 不意に両目を隠されても不便はない。俺に悪戯を仕掛ける様な女性で、手より先に胸を押し付けてしまう人と言えば彼女を置いて他にいない。秒で当てられてにお姉ちゃんはやや不満そうに口を尖らせていたが、気を取り直して俺達の前に躍り出た。

「何してんのこんな所で」

「なにもしてない」

「お姉ちゃんが来ないと何も出来ないと思うから待ってた。俺って賢明でしょ? あ、流未には会ったけどね」

「…………そっか。タクはこの家で暮らしたい?」

「全然」

「じぶんのいえなのに」

 自分の家だろうと居心地が悪ければ使いたくないのも当然だ。アイリスは知る由もないが、ここを出るまで俺は座敷牢で生活していた。そんな家に戻りたいと思えるならそもそも外の中学校へ進学したりはしない。

「愛莉栖ちゃんは?」

 俺の袖を掴んで意思表示。お姉ちゃんは嬉しそうな顔でうんうんと頷いた。

「分かったよ。じゃあ借りられる場所がないか話してくる。その後は挨拶回りでもしようかね。勿論同行するよ。ただ、タク。ここのルールだけはちゃんと説明してね? 馴染む必要はないけど命に関わるから」













  










「という訳で借りてきました」

 お姉ちゃんを先頭に連れてこられたのは二軒の粗末な小屋だ。窓が一つ、シャワーもなければ湯船も無い。これを家と呼んでいいかは疑問符が残るが、ルールを満たしているので家は家だ。名莚屋敷から正反対の位置に立てられたその場所には、俺の記憶が確かなら住んでいた人間が居た。

「前、人居たよね?」

「……引っ越したんじゃない?」

「そんな事あるか?」

「私がタク引っ張って出てった前例があるし、昔よりは全然ハードル低いっしょ。私も本当は二人で一つ屋根の下一緒に居てほしかったんだけど。何なら私もつきっきりでいたかったけど。これもルールだから守らなきゃね。ちょっと距離があるのは気にしないで。中にはベッドと机とランタンと……あ、それくらいか。夜になったら荷物持ってくるから荷ほどきはそこでやってね」

 テキパキと淀みない動きで小屋の鍵を差しっぱなしにしていく。小屋全体を見回して異常がないのを確認してから、彼女は覆いかぶさるように俺を抱きしめた。何処とは言わないが滅茶苦茶柔らかい。

「タク。今までよく頑張ったね」

「…………」

「お姉ちゃん、これからもライターの仕事は続けるけど出来るだけタクの傍に居るから。辛い時は今度こそ私を頼って。何があっても、今度は命に代えても守るから」

「あ、有難う……お姉ちゃん」


「愛してるよ、たった一人の可愛い弟」

「……大好きです。唯一無二のお姉ちゃん」


「あいしてる」

 空気を読まないのではなく読めないのかもしれない。アイリスが背中から挟むようにだきついてきた。せっかくの雰囲気が台無しだと文句の一つも言ってやりたかったが。





 


 身体は正直だったので、控えよう。つくづく俺は最低な奴だ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 例の妹さんじゃないですか! 大抵不遇な目にあってる妹キャラ… [一言] 真相解明パートが楽しみです
[良い点] いやー...とてもラブコメしてるじゃないか...姉とヒロイン何て...(目逸らし) [気になる点] 妹...それに一度家を出たから帰れない...か。それと両親の話も出てきたから名莚に関する…
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