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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
禁じられた名

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131/173

嘘は吐かないで

 あれから三日が経過したが、ドッペル団の襲撃に遭う事も無ければ無粋なゲンガーがオレ達の邪魔をする事もなかった。本当に平和な日々が続いて、偽物だとか本物だとか、そういうややこしい話は全て空想上の物ではないかとまで思い始めた。

「おはよう」

「ん。おはよう」

 アイリスは相変わらず無表情だが、決してオレを邪険にしている訳ではない。腕によりをかけて作った朝食ことサバの味噌煮を提供すると、彼女は小さく掌を合わせてから箸を持った。特筆する事もない日常に嫌気が差す事はない。彼女と接して、たまにお出かけして、同じベッドで寝る。ただそれだけでもオレは幸せだった。

 テレビはつけない。日常が壊れるから。

 新聞も見ない。二人で紙工作する時に使うかもというくらい。完全に素材扱いだ。よく何かが欠落すると生きていけないという人間がいるが、無くなっても存外何とかなるものである。

「きょうはなにするの」

「折り紙とか?」

「おりかたしらない」

「オレが教える。実は一回千羽鶴作ってみたかったんだ」

 昔、姉貴に倣った事がこんな時に役立つとは思いもしない。朝食を済ませたオレ達は一緒に洗いものを済ませると、早速二日前くらいに意味もなく勝ってしまった折り紙束を開封。適当な枚数をアイリスに渡して折り方を教える。

「むずかしい」

「最初はそうだよな。オレも全然出来なかったよ」

「できた」

「うわ。オレの努力って一体」

 オレンジ色の鶴が瞬く間に一羽生まれてしまった。器用過ぎてそこはかとない劣等感を覚えたが些細な話だ。これより前にオレは『本物の否定』という最大限の劣等感を味わわされた。それに比べたらアイリスの笑顔(無表情)も相まって何となくお得な感じがしている。

「あげる」

「お、おお。有難う。千羽鶴に使うわ」

「ひらいて」

 鶴を開く。

 もったいないとは思わなかった。彼女は器用なので一羽辺りに使う時間が非常に少ない。国宝級の職人が作った訳でもなし、残り九九九羽(実際に千作る必要はない)も作ろうという二人がこの程度で面倒くさがるなどあってはならない事だ。


 

 逆の手順で開いてみると、相々傘の中にオレと愛莉栖の名前が書かれていた。



「………………」

「かわいい」

「やめろっ。いつの間に書き込んだんだこんなもん! うわもうマジでしょーもな……ああああああ!」

「だいせいこう」

 失敗失敗失敗失敗失敗!

 照れてなんかない。絶対に照れてない。こんな幼稚なトラップに引っかかって赤面する人間が居るらしい。あり得ないあり得ない。本当にあり得ない。引っかかる奴は馬鹿だ愚かだ情けない。

「…………えっと。真面目にやろうな? 後九九九も残ってるんだし」

「ぜんぶにかきたい」

「オレが恥ずかしさで倒れます」

 冗談はさておき、千羽鶴の続きだ。この手の単純作業には得意な人間と不得意な人間が存在する。多分アイリスは前者でオレが後者だ。オレの方はそもそも頑張った理由が姉貴に褒めてもらいたかったからで、そこには俗な理由しかなかった。

 それにしても今は穏やかな気持ちだ。単純作業が苦痛な理由の多くは退屈の毒に蝕まれるからだが、今は絶賛解毒中なのか。十羽、二十羽とトントン拍子に増えていく。言葉を交わさない時間も気まずくない。互いの背中を壁にしてオレ達は無心で手を動かした。

「…………アイリス」

「なに」

「……ああ、その。記憶は戻ってないんだが」

 本当はゲンガーじゃなくて人間でしたと言ったらどんな顔をされるか。嫌われたくないし殺されたくないし怖かった。情けないと罵ってくれて構わない。アイリスに捨てられるのが怖かった。

 言い出せなかったので、話題を変える。

「戻ったとしても、ここに居ていいか?」

「いいよ」

 振り返ると、頭の上に黒い鶴を置かれた。呆気に取られているオレの両耳にイヤホンが挿し込まれ、彼女の両耳が遂にがら空きに。そう思ったのも束の間、いつまでも首に掛けていたヘッドフォンをようやく頭に掛けた。

 ホワイトノイズが全ての音を塗り潰し、聴覚領域を支配する。ささやかな音でしかなかったノイズも両耳から聞くとここまで騒がしくなるものなのか。しかし不快感は無い。

『大 切 な 人 だ よ』

 ノイズ自体が音を作り、脳内にザラついた声を伝える。果たしてその言葉は文字数以上にあらゆる真実を教えてくれた。

 彼女の喋り方が良く分からないと言っただろう。今も良く分からないし、多分これからも分かる事はない。確かなのは、その目的だ。円滑にコミュニケーションを取りたいなら常時イヤホンの片割れをオレに渡していればいい。




 それをしないのは、この為だ。  




 普段のアイリスはオレの声以外の全てをシャットアウトしている。元より彼女は周囲の状況に興味も関心も無かったのだ。だから自分の身体を誰かに見られても気にしていなかった。見ようとしなければ、聞こうとしなければ。そこには何もないから。

『ネ イ ム は』

「あ……あーそうか」

『も う 孤 独 に 戻 り た く な い』

「……それはオレもだ」

『貴 方 し か い   な  い』

「おう」

『だ か ら 私 は』


 トゥルルルルッ!


 初めて電話が掛かって来たような気がする。音が聞こえないのに何故分かったかと言われるとアイリスが電話の方を見たからだ。イヤホンを外したら電話の音が聞こえただけ。彼女もいつの間にかヘッドフォンを外していた。

「あなたあて」

「へ? オレ?」

「でていいよ」

 この距離から確かめられる様な物なのだろうか。訝しげな表情を隠そうともしないまま渋々受話器を取ると、懐かしい声が聞こえてきた。

「ハロー匠君。君は随分新しい恋を探すのが早いんだね。割り切りがいいというか何というか』

「…………誰ですか?」

『んーそう来るか。まあいいや。用件は手短に。僕達の方でゲンガーは処理した。これから直接謝罪したいんだけど、復帰も兼ねてまた解体作業手伝ってよ』

「…………何でこの番号が分かった?」

()()()()()()()()()()

 電話が切れる。アイリスはオレが外したイヤホンを自分の耳に付け直していた。

「………………アイリス。ちょっと出かけてくる」

























「やあ、待ってたよ」

「……謝罪の意味を辞書で調べてこい」

 指定された場所に向かったら、澪奈に拘束された。泣きながら「ごめんなさい」「ごめんなさい」と連呼しながら容赦なくこちらを縛り上げる彼女を見ていたら、痛ましい気持ちが生まれてしまった。ストックホルム症候群はこのような感情から生まれるのだろうか。

「―――どういうつもりだよ! 朱斗!」

 オレの発言ではない。声は同じだが『草延匠悟』の発した言葉だ。状況が全く呑み込めないのはここが一番の原因である。『草延匠悟』と『草延匠悟』だった存在が二人して捕らえられているのだ。まさかとは思うが、遂に見分け方を見つけてしまったのか。


 そう、両方殺してしまえばいい。


 存在総数が一人減る事になっても、これなら確実にゲンガーを殺せる。それはずっと前から全員が分かっていた事だ。ただ、大義名分の為に誰もやらなかっただけ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「両方殺すのか?」

「……それをしたら、ドッペル団の大義に反するだろ。ゲンガーの見分け方を見つけたんだ。その為に二人をこんな形で連れてきた。白黒つけようじゃないか」

「おい、聞いてないぞそんな話! 俺だってドッペル団の一員だ……ていうかこれ、俺を捕まえる必要あるのか? 言われるがままだったけど……」

「君が匠君なら……いや、そこの匠君みたいに偽物として扱われたら逃げるでしょ? わざわざ死にたがる人間なんて居ないからね。そういう事でごめんよ。ちゃんとハッキリさせたら解放するから」

 ハッキリなんて、する訳ない。

 オレが居なくなってそんな簡単に見つかる様な方法なら、もっと早く発見されても良かっただろう。それともオレは邪魔な存在で、ゲンガーを相手にする時は足手まといでしかないとでも……?


 じゃあもし本物と証明されても、オレに居場所なんてあるのか……?


 朱莉は壊れかけの机にお尻を乗せるとその場で足を組み肘を突いた。

「では、これから質問をしたいんだけど、その前に約束。本当の事を正直に答えて。僕からはそれだけ」

 レイナはこの尋問には参加しない様だ。遠くの方で彼女の啜り泣きが聞こえる。

「……分かった」

「ああ、約束する」

「よろしい。では一つ目。二人の名前は?」


「「草延匠悟」」


 溜息を吐かれた。

「―――この期に及んでマジかよ。匠悟、いい加減にしろよ!」

 明木朱斗の本名は明木朱莉。紛れもない女の子だ。その筈なのだが、彼女の恫喝は真に迫ったものがあり、とてもとても十八になろうかという女子には思えなかった。それこそ男の様に低い声で、女性にはない特有の濁りがあった。

「それはどっちの事を言ってるんだ?」

「……怒られる謂れがない。オレもそいつも」

「あ、そう。じゃあ殺すよ? 本当に殺すよ? いいの!? ねえ、何で嘘吐くの! ずっとさ! おかしいじゃんおかしいじゃんおかしいじゃん! 私達仲間でしょ? いいや、もうドッペル団とか関係ないね! 君はずっと昔から、出会った時から嘘ばああああああああああっかり吐いてる!」

「―――何の根拠があってそんな事を」

「上に同じ」




「尊重してあげようかと思ったけどそこまでシラを切るならいいや。全部バラすわ。うん、私も気付いたのは『隠子』の時だったけどさ。限度ってものがあるよね。無自覚なら性質が悪いよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 



 ………………。

 二人の『草延匠悟』が黙った。一人は信じられない様な表情でオレを見て、こちらはアイリスの様に無機質で機械的な双眸を朱莉に向けた。

「隠すつもりがないんだったら、そろそろ教えてよ! ゲンガーは知られてない情報を知る事は出来ない。中学から高校まで私は君の名前を草延匠悟だと思ってきた! それが違うって言うならそろそろ教えてよ! 名無しの権兵衛君!」
















()()()()()()()()?」


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