表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
禁じられた名

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

125/173

誰でもないから誰でもいい

 リスクを承知で携帯電話の電源を入れて、オレはとある人物を呼びだした。飽くまで一人で来てほしいとは言ったが、実際はどうか分からない。たとえここで騙されたとしても恨まないし、割り切るつもりだ。そういう目に遭っても仕方がない状態ではある。

 何でもいいのだ。もう。彼女が大切な思い出を遺して消えたなら、同じ様に散るだけだ。ここで知る事が出来て良かった。オレはようやくアイを知って、安心して死ねる。

「…………澪奈さん。来てくれてありがとう」

「……!」

 彼女を呼びだした理由は一つで、個人的に協力していた関係があったから。ドッペル団のメンバーなのは分かっていて、自分が狙われる立場にあると承知の上で公園に呼んだ。一度逃げた身でなんと言い訳をして見せようか……なんて。そう思われているかもしれない。

 もう抵抗なんてしないのに。

「星見祭の時、計画の一環でオレを殺して欲しいって言ったでしょ? 今度は本気で殺してほしくて、ここに呼びました」

「匠悟。私は……」

「匠悟って誰ですか?」

「………………」

 懐中電灯は互いに持ち合わせていない。両者の顔を映しているのは街燈や建物から漏れた光のお陰である。それも辛うじて見えている程度で、どんな表情をしているかは分からない。オレの顔? そんなものないけど。

「『草延匠悟』はそっちに居る筈です。オレは偽物。死ぬべき存在です。かつて友達だった名残と言うのもアレですが、貴方の手で殺してくれませんか?」

「……殺したくない。って言ったら?」

「それならそれで構いません。殺してくれるアテがありますから」

 オレは胸に抱きしめたアルバムに視線を落とし、優しい気持ちになった。昔だったら笑顔を浮かべていたのだろう、自分の顔が分からないので、こう表現するしかない。


 五分が経過した。


 まだオレは、生きている。

「殺してくれませんか?」

「……その胸の物は何?」

「これは大切な思い出です。きっともう失わないし失えない大事な大事なアイの記録。オレを殺した後だったら、幾らでも見てください。今は絶対に見せません」

「…………どっちが本物。なの」

 その質問には答えられない。信じてもらえる材料など用意していないばかりか、その気もなくなってしまったから。しかしそれはちょっとした勘違いであり、実際の意図は独り言に近かった。

「……私には。分からないわ。貴方を信じればいいのか。こっちの匠悟を信じればいいのか。私。私は……」

 気持ちはよく分かる。

 オレも、姉貴がゲンガーになってしまったら同じループに陥っているだろう。どちらが本物か分からない状況で確実にどちらかが偽物。偽物には敵意があって、万が一にも生き残らせれば自分が死んでしまう。それらを判別する手段はなく、正真正銘の二択を運ないしは直感だけで切り抜けなくてはいけない。

 そんな状況で選択が出来るだろうか。答えは否。外してしまったらという予感が消える事は手遅れになるまでないだろう。リスクを承知するには重すぎて、折衷案はこちらにダメージを残すだけ。両方を殺してしまえばゲンガーは消えてなくなるが、それで満足か?

 その手段を選べる人間なら悩む必要はないだろうし、この葛藤も良く分からない。不幸にもドッペル団の誰も、この手段だけは選べないが。

「何で。殺されたいの?」

「疲れたんです。生きている事に。オレにはもう自分の表情も分からない。オレだった人間はとっくに元の位置に居て、居場所がない。座る席がない。なら去るしかないでしょ」

「―――匠悟」

「匠悟って誰ですか?」

 澪奈はまだ悩んでいる様子だったが、これ以上待っても胸が痛くなるだけだ。指一本、努めて触れないまま、オレは新たに目的地を設定して歩き出した。引き留める声はない。オレも振り返らなかった。


 目的地は、青義先生の医院。


 手っ取り早く全てを終わらせよう。あの人なら仕事として滞りなく殺してくれる筈だ。アフターケアも活用させてもらおうか。死体を埋める時にこのアルバムを一緒に入れてもらいたい。それでオレの生は終わり。これがオレの望んだ永遠の形だ。

「おい、待てよゲンガー」

 ようやく決心をしてくれたかと喜んだのも束の間、その声は低く濁っていた。正体を確認するまでもなく走り出すと、遅れて声がついてくる。不意を突けたのは幸いだ。このままもう一度引き離して医院に駆け込もう。

 

 ―――お前だけには、殺されたくない。


 この国ではあらゆる自由が保障されている。『死』が嘘となった今となっては、死に方の自由さえ選べるのではないか。角を曲がって突き当たって。曲がって曲がって曲がって曲がって。信号を無視してわざと車を止めて不法侵入して。

 雨が降り出してきても、気にしない。滑って転んだならそれまでだ。とにかく全力で撒く事だけを考えて走り続ける―――!

「チェック」

 ゴミ捨て場に入った瞬間、死角から飛び出してきた朱莉によって背中を抑え込まれた。制御を失った足が宙を舞って地を滑る。背中で組まれた腕を解けばどうにか脱出出来るかもしれないが、彼女の容赦のなさを知らぬオレではない。そんな抵抗、認められる筈もない……

 アルバムは?

 あった。どうやら組み敷かれた際に飛んで行ってしまったようだ。青色の装丁が無防備に濡れている。



「離せええええええええええええええええ!」

 


 それがオレに無理を強いた。左右に身体を揺らして上に乗った少女を振り落とそうとした。それでも無理だった。ゲンガーを殺すのに慣れている人間がこの程度の抵抗で優勢を崩されるなんてあり得ない。

「暴れるなんてらしくないよ。匠君」

「そんな人知らない! 離せよ! 離せ! そこにあるんだ! オレの、オレの―――!!」

「離して欲しいなら本物を証明してよ」

「本物ならここに居るだろうが」

 二人目のドッペル団。『草延匠悟』。流石に息を切らしている様子だが、それでも先回りはしていた。反対側の入り口から現れた理由はそれくらいしか考えられない。携帯はこちらが抑えてあるのでどうにかして連絡を取り合ったのだろう。

 澪奈の姿だけが見えないのは、何処かに隠れているからだろうか。

「そいつが偽物なのは明らかだ。証明が必要か?」

「……一応ね。命乞いの時間っていうか、どんな言い訳をするか見たかったんだ。でもまあ匠君も来てくれたし、ちゃっちゃと終わらせようか。雨に晒され続けたら間違いなく風邪を引くし。雨宿りは勿論君の家ね?」

「マジか……まあ、いいか。ここでこいつを殺せるなら成果はあったし。ん?」

 アルバムの存在に気付いた『草延匠悟』がそれを拾い上げる。堪らずオレは叫び声をあげた。

「それを返せ! 返してくれよ!」

「匠君。それは?」

「良く分からんが大事な物らしい。バラした後に家で見るか。何か情報があるかもだしな」

「返せええええええ! それは! オレの大切な宝物なんだ! お前なんかが気安く触るなああああああああああああああああああ!」

 悲痛な訴えも空しく、『草延匠悟』が包丁を取り出し、ゆっくりとこちらににじり寄って来た。



 ――――――。



 雨粒が目に入ろうとも、オレは天を見上げる。


「花暖。アイしてるよ――――――――――――――」




















「こっち」

 その紅い瞳を初めて見たのも、こんな雨の日の事だった。

 首に掛けたヘッドフォンで後ろ髪を固定し、がら空きの両耳にイヤホンを嵌めた不思議な少女がいつの間にか三人の傍に立っていた。誰一人として気配も足音も感じなかったらしく、刹那の間、金縛られたように周辺が静止する。

 誰にも正体は分からなかった。とても綺麗な目をしている事以外はきっと。しかし彼女はそんなオレに手を差し伸べている。置かれた状況も理解せず、呑気に目の前で掌を上にして。

「お―――おま」

 遅れて迎撃しようとした『草延匠悟』は手首を反対側に返され、持っていた包丁で自身の腹部を貫いてしまった。

「匠君!」

 応戦よりも心配が勝ったらしい。朱莉はオレの背中から離れると、『草延匠悟』を連れて全速力で後退。少女は追撃の素振りもなく邪魔者との距離が開いたのを見て、また手を伸ばした。

「はやく」

「…………なんで」




「しんじゃだめ」




 心を見透かした様に少女が言う。力なく伸ばした手を重ねると、その矮躯から想像もつかぬ剛力によって無理やり立たされた。理解が追いつかない内に『草延匠悟』が手放したアルバムを無造作に押し付けられる。

「ついてきて」

「…………分かった」

 選択権は無さそうだ。

 不本意な死から逃げるように、降りしきる雨の中を走り出した。頼りない光源は悪天候もあって全くその機能を果たしていない。少女の温もりだけが、今のオレを導いてくれる標だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ほう。ほうほうほうほう この言葉少なな感じ、いいですね非常にいいですね救いです [一言] また面白いことになってきましたね 朱莉敵に回ると厄介だなぁ〜〜
[良い点] 救いだ...! [一言] 何だかんだ死ななくて良かったけど...あの子は一体...とりあえず敵じゃなかったら良いけど...心の支えになったら良いな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ