表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
禁じられた名

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

124/173

明日冷たくなっても

 俺が死んだら、どうなるだろう。誰か悲しんでくれるのだろうか。それは勿論、居るだろう。俺の知り合いなら全員が悲しんでくれる筈だ。決して誰かを悲しませたい意図はないが、その反応があるだけで『自分』の価値がどれほどあるのかを理解出来る。

 痛いのも死ぬのも嫌なのはどうしてだっけ。


 今はもう、どうでもいい気がする。


 俺が死んでも、誰も悲しまない。『偽物』が死んでも本物は残る。知り合いが死を厭うのは本物一人で、偽物の死など厭うばかりか歓迎されるべき現象だ。それはドッペル団たる自分たちにとっても、『死』が嘘になり果てた世間的にも。

 そうだ、いい事を思いついた。遺書を書いたらどんな反応をするだろう。俺を信じてくれなかった人間に色々と言いたい事が無い訳ではない。怨みとか怒りとか悲しみとかを思いのままに綴って抱きながら死んでみる?

「…………」

 そんな復讐に、意味なんてない。

 スカっとするならまだしも、俺が死んでしまっては……いや、俺は死んでないのか。『草延匠悟』はあちらだ。ならこれからは『オレ』で行こう。証明が出来ない以上、その名前とその認識は使えない。顔も無ければ名前も無く、ゲンガーを殺すという使命だけを持った存在が『オレ』。それ以上でもそれ以下でもない。

 ベンチから、腰を上げる。

 今なら無関係の存在だ。行きたくても負い目から行けなかった場所に向かえる。あのままでは知りたくもなかった真実が分かるかもしれない。ドッペル団の傍に居たままでは知る機会も無かった情報を得る最後の機会。逃す手はない。

 オレは昔の記憶を頼りにとぼとぼと目的地へ向かって歩き出した。こんな夜に尋ねても大丈夫かはわからないが、今なら問題ないという確信があった。

 オレは二年生の終わり際から三年生の新学期まで彼女と付き合っていた。非常に短い付き合いだったかもしれないが、それでもオレは幸せだった。

「失礼します」



 芳原美子という女子との交際していた間は。



「夜分遅くに申し訳ございません。『芳原美子』とお付き合いしていた者ですが」

 正直に告白するなら、オレは本物の芳原美子に言われた通り気持ち悪い人間だ。彼女と付き合うまでずっとそのお尻を追いかけていた。だから行かなかっただけで、分かるのだ。彼女の住所くらいは。

「…………何の用ですか?」

「ああ、はい。遺言で、頼まれてた物を。どうしても必要なんです」

 美子は退学した。引っ越した可能性は無きにしも非ず、しかしゲンガーであればその必要性もないかと思って一か八か騙ってみた。結果は御覧の通り、彼女の母親と思われる人間はよそよそしさを残しながらもオレを通してくれた。


 ―――こんな形で騙る羽目になるとはな。


 ヒントは青義先生が見せてくれた尋問記録。ゲンガーはオレ達を偽物と呼んでいた。ならばゲンガーもヒトカタもなくそういう役割だったという言い方をすれば、どうにかなるのではないかと考えたのだ。本当はドッペル団全員でやるつもりだったが……今は、何でもいい。

 部屋を上がって、美子の私室へお邪魔する。どちらが使っていたのかは分からないが、彼女らしくも清潔感のある部屋だ。白を基調として全体的に整えられている。一人部屋にも拘らず二段ベッドなのは家具の都合だろうか。ならば同時に使っていた可能性もある。

 本棚を調べると直ぐに見つかった。オレと美子の思い出の記録。ついに一冊も使い切らなかったオレとは違い、彼女はなんと三冊も使っていた。

「…………」

 手に取って開くと、当時の様子が脳裏に浮かぶようだ。例えばこれは、学校の屋上で初めてのツーショット写真だ。



『え~、ツーショット?』

 恋人になって間もなかったからか、美子は恥ずかしがっていた。誰かに見られたくないという理由でかなり渋ったが、その日はどうしても良い天気だったからとオレが頼み込んで、拝み倒して、ようやく折れた。

『もう……しょうがないか。匠悟と初めての思い出になるんだし、笑顔……でいいよねッ?』

『うん。いいよ。その……肩とか組んで、いい?』

『恋人だからいいんじゃない? あ、でもちょっと恥ずかし……や、ちょ、なんか近くて……!』


 

 それで、この写真は不慣れに肩を抱くオレと、恥ずかしそうに身を縮こまらせつつも背中から回った手を握る美子が映ったのだ。彼女が自殺してからは気が動転して記憶が追いやられてしまったが、オレ達は互いに初めての交際相手だった。嘘は無いだろう。美子ゲンガーとして交際したのはオレが初めての筈だ。他ならぬ本物が身代わりとして用意したのだから。

「……」

 オレよりもずっと、彼女は色々な箇所で写真を撮っている。これは家に居づらくなったという謎の理由に付き合った時の写真。二人で隣同士のブランコに座り、鎖越しに肩を寄せ合っている時の様子が映っている。



『ごめんね。変な事で呼び出しちゃって。しー君もこんな寒い時期に呼び出されて……ごめんなさい。本当に』

『気にしないでよ。みー子の為ならどこへだって向かうし、何だってお安い御用さ。オレの家、ちょっと変わってるからさ。警察に補導されない限りは出歩いてても大丈夫なんだよ。理由は聞かないけど……えっと。だから、みー子が元気になるまで一緒に居るから』

『……クスッ。しー君ってば変なの。彼氏なら理由を聞くくらいの権利はあるのに』

『話したくないんでしょ。ならそれでもいいよオレは。みー子が傍に居てくれるならそれで。ずっと居てくれるなら、いつか自分から話してくれる時もあるだろうしね』



 第三者的アングルから察するに学生鞄に隠しカメラが入っているようだ。これは遊園地に行った時の写真。密室の中で恋人繋ぎの練習をしていた時の様子が映し出されている。


『恋人繋ぎって難しいよね。あんまりこういう事しないからかなッ。しー君も慣れてない……あれ、慣れてる?』

『全然慣れてないよ。慣れるつもりもないと思う。こういうのはみー子と以外、したくないし』

『―――それは、同じ気持ちね。恋人っぽくなってきたかな? かなッ!』



 これは二人でアイスクリームを食べさせ合った時の写真。

 これは昼食の購買で取り合いをした時の写真。

 これは自販機で鉢合わせをし、二人で一緒にお金を入れた時の写真。



 『草延匠悟』は切り捨てたかもしれないが、オレの中にはまだ全てが残っている。彼女とのかけがえの無い思い出が。アイの記録が。



 記録の最後には、こう書かれていた。  

 


『なんで、こんな形で生まれちゃったんだろう。私は一緒に居たかった。大好きだったからずっと隣に居たかった。しー君に嘘なんて吐きたくない。嫌われたくもない。殺したくなんて絶対ない。だから私はゲームを降りる。きっと嫌われちゃうか、私の事なんて忘れちゃうかもしれないけど、大切な思い出を大切なまま、何もかも綺麗な内に終わらせたい。ごめんねしー君。偽物の名前まで使って付き合うなんて不誠実だよね。隣に居たいけど、そんな資格は私にないから。だから嫌って。それで新しい人を見つけてほしい。████大好きだよ。     花暖かのん



「………………花暖」

 それがみー子の本当の名前? オレが愛した少女の正体? 

 涙を滴らせながら書いたのだろう、文字のところどころが滲んで読みづらい。一部は完全に読み取りが不可能になっていた。きっと気にするべき情報は色々ある。『人間』視点では判明のしようがなかったものしかない。

 けれども。今はそんなのどうでもいい。





「………………オレも………………………………大好きだよ……………………!」





 アイした人との記録を胸に抱え、すすり泣きながらその場で小さく蹲る。

 今、行くから。

 君を嫌いになんて。なれなかったから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 花暖...かぁ...最後かどうか分からないけど本当の名前。知れて良かったね。 [一言] さて...とうとう来る所まで来て遺言...かぁ...本物になるのも何か若干諦めちゃったっぽいし...…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ