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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
禁じられた名

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本物の証明

 予想など、していなかった。

 見通しが甘かったのは反省している。ドッペル団としての存在が明るみになっていない以上、俺達もまたゲンガーにとってはなり替わり対称だ。真相はともかく朱莉の見立てによれば『隠子』時点で一度はターゲットに選ばれている。

 だから自分達だけが安全地帯に居るという考えは安易も安易。さながらパニック映画で自分だけが安全だと思っている奴だ。本当に迂闊な思い込みだった。今までが大丈夫だったからと言ってそれはこれからを保証するモノではない。

 慌てて朱莉に電話を掛けると、何とか繋がった。まだ昼休みでもないが、そこは本人の気質か。不意打ち気味に仕掛けられたと知った時は焦ったが、この証明勝負に有利なのは間違いなくこちらだ。存在は誤魔化せても所有権は誤魔化せない。携帯を所有しているのは間違いなく俺なので、申し訳ないがゲンガーには炙り出されてもらおう。


『もしもし、朱……朱斗か!?』

『………………ええっと。匠君でいいんだよね?』

『いや、今更本人確認かよ。それよりも聞け。とんでもない事が判明した。俺、ゲンガーに狙われたんだよ。そこに俺、居ないか?』

『……! うん。居るよ。それがゲンガーだって?』

『そうだ。すまないが学校が終わったら上手い事言って何処か人気のない場所に連れ込んでくれないか?』

『―――いいけど、僕も君の言葉を鵜呑みにする訳じゃない。そういうのは危険だからね。だから幾つか質問をするよ』

『何でだよ! こっちは携帯から連絡してるんだ! どう考えても俺が本物だろ!』


 俺の要求は聞き入れられず、流れをぶった切って新たに彼女から質問を投げられる。


『昨日は何処に居たの?』

『家に帰ってない。でも野宿した訳じゃないぞ。色々あって……誰か知らない人の家で寝過ごした』

『おーけー。じゃあ携帯は何処で手に入れたの?』

『は?』

『こっちの匠君は携帯を落としたって言ってるんだ。必需品を落とす事自体あり得ないとは思うけど、昔から財布とか免許証とかあり得ない物が落ちる事もあるからね。一応』


 手に入れたも何も、ずっと俺のポケットにあった。朱莉の言う通り現代社会を生き抜く上で必需品とも言える携帯を手放すなんてあり得ない。特にドッペル団は一度やり取りが広まれば漏れなく全員を吊られる鬼畜仕様だ。


『元々持ってたよ。そっちの意見ベースで考えんな。本物は俺だって!』

『うんうん。分かってるよ。じゃあ最後の質問。色々あってって言ったよね。その詳しい理由を教えてくれない? タイムラインを分かりやすく整えておくと―――私達三人が家でイケナイ遊びをしてた時だね』

 

 説明しづらいから濁したのに、そこを求めるか。

 何度も自分で責めている通り、ほぼ死体だった人間の応急処置をするなんてドッペル団としては考えられないのだ。全く何の意味もない。意図が分からない。助けた相手が真相を全て知っているなら話は別だったが、彼女は翌日に姿を眩ましてしまった。真相は闇の中で骨折り損のくたびれ儲け。俺はメリットの一つも享受しなかった。

 正直に話すのは基本的に素晴らしい行為だが、世の中には建前とか嘘とかが必要な瞬間もある。今は正にその時だ。事実は小説よりも奇なりとは言うが、人々の共通認識には小説よりは陳腐な事実もとい『現実』がある。誰も信じないだろう。


『…………ああ、()()()()()()()()()()()

『見分け方が分からないのに?』

『分かる方法もある。誤報だよ。ネット記事じゃ顔出し誤報もあるんだ。それをたまたま見つけて……ああ、まあ似た顔なんだが。それを追ってたんだ。で、追ってたら変な家に辿り着いて、突入したら何故か居なくなってたと』

『家に帰ればいいのに、それ理由になってないよね』

『……夜だろ。単独行動なんかしてみろよ。それこそゲンガーに目を付けられ、いや実際にもう付けられたけどさ』

 

 流石に苦しかったか。語るに落ちたくはないのでだんまりを決め込むと、朱莉の方が先に折れた。


『ん。分かった。信じるよ』

『本当か!』

『はいはい。でもそっちから待ち合わせ場所を決めると察知される恐れがあるから、こっちから後で指定するよ。それで構わないね?』

『それでいい。ごめんな、こんな事になって』

『ん。気にしないでよ。部長にも伝えとくから。じゃね』


 取り敢えず何とかなったのだろうか。それこそ実感が湧かない。もしも頭領が居るなら俺を狙った事にも理由があるのだろうか。いずにれせよ俺のゲンガーには聞きたい事が山ほどある。青義先生に倣って尋問しなければ。

 もしも故意に狙ったのであれば、絶対に殺す。

 酷い世界にしてしまった責任を、取らせてやるのだ。

 それはそうと、朱莉は気になるワードを言っていた。三人でしたイケナイ遊びとは何なのだろう。自分の部屋に戻ると、紛失物を探すが如く部屋全体を改めて荒らしてみた。特に紛失物も無ければっ美子との思い出が荒らされたという事もない。



 見つかったのは女性物の下着と、ウチの高校のスカート。



 え。

 イケナイ遊びってそっち?

 冗談めかして言うものだからデンジャラスな方だと勝手に思い込んでいた。確かにセクシャルな方もイケナイ遊びだ。姉貴と朱莉の話によると俺達は三人で遊んでいたらしい。一人差し置いてセクシャルな方向に舵を切っているとは考えづらいが、その場合俺達は―――俺のゲンガーと二人は。


 詳しい事はよく分からないが。





 ―――そういう事?

  





















 青義先生ではないが、激しい殺意が湧いた時に備えて刃物を大量に装備してきた。集合場所は学校の坂道を横に逸れて突き当たりにある駐車場になった。殺人現場を見られるリスクはあるが、夕方であれば一台か二台くらいは車があるだろうから、その裏で済ませれば比較的安全に処理出来る。


 ―――ゲンガーの野郎、許さねえからな。


 メッセージで千歳や山羊さんに確認した所、二人にも接触しているらしい。『さっき学校で話したじゃん』という旨のメッセージが返ってきたのを確認済みだ。知ってか知らずか山本君の様に見かけだけを真似する割には、随分と周到な手口である。

 朱莉が信じてくれたのは不幸中の幸いだ。今度ばかりは一方的に疑って申し訳ない気持ちになっている。何もかも前提から間違っていたのではないか。俺の推測は只の揚げ足取りなのではないかと。駐車場に到着すると、一足先にドッペル団の二人が待っていた。

「すまん。待ったか?」

「全然。それよりも。本当なんだ。匠悟が狙われるなんて」

「僕も驚いたよ。よりにもよってって感じだ。まあ不幸中の幸いかな。偽物を殺せるから」

 


「ああ、俺もそう思うぞ」



 背後から聞こえた同じ声に、驚きを隠せず、振り返った。

 そこに立っていたのは鏡で嫌というくらい見た自分の姿。自分の背後に自分が立っているという奇妙な感覚をどう表せばいいだろう。『草延匠悟』は明確な敵意を向けて、俺を睨んでいたが、それよりもこの状況に不穏なものを感じている。


 何で、俺が挟まれてるんだ?


「なあ朱斗。その……俺は…………えっと。どんな計画なんだ?」

「匠君の家は防音設備が整ってないから、盗み聞きする手段は幾らでもある。電話してくれた方の匠君。状況をすり合わせるのが上手いみたいだけど、携帯の所有については昨日から聞いてるんだ。もしゲンガーが盗み聞きしてたなら、幾らでも後出しは可能で、遊んでた方の匠君は家に居た時からその危惧をしてた」

「……………おい。待てよ。俺を疑ってるのか?」

「家に帰らなかったんじゃない。帰れなかったんだ。家に本物が居たんだからそりゃ無理だよね。山本君と同じ理由でさ」

「待てよ! なあ待てって! 話を聞けよ! 俺を信じたんじゃないのか!?」

「家に帰らなかった理由が。不自然だわ」

「レイナ、お前まで…………」

 今度は、ちゃんと言葉に表せる。時間を掛ける必要なんてなかったのだ。腹に一物あって脛に傷のある俺達は、些細な切っ掛け一つで全てが崩壊しうる。ほんの一夜の過ちで全てを奪われる感覚は伽藍洞のように虚しくて、最早信用を勝ち取れない悲しさに満ちている。

 詰んでいるのだ。

 あの少女を助けた瞬間から。全て。人としての良識に基づいた結果として。

「本物だって言うなら、どうして家に帰らなかったのか納得の行く説明を求めるよ」

 どんな言い訳も今は不自然さが残る。仮に真実を話したとしても、たった今疑われたからそれっぽい筋書きを考えたようにしか見えない。

 納得の行く説明なんて無理難題を求めている自覚が彼女にあるのだろうか。人間には先入観があって、例えば最初からボロクソに批評しようとしている人間のレビューは当てにならない。粗さがしをしようと思って何か作品を見る人間は、絶対に肯定意見を漏らさない。

「………………信じてくれよ。頼むからさ」

「信じられる証拠がないと。私達は。信じられないわ」

「家に居た方の匠君を信じないってのも難しいよ。どっちにも本物の可能性があって、現状家に居た方が高いんだから」


「だとよ、ゲンガー」


 俺の顔で、俺の口で、俺の舌で、俺の言葉で、俺の声で。虫唾の走る言葉が紡がれる。

「お前、未熟なんだよな。やるならもっと自然にやれよ。最初から俺に取り入るとかさ」

「……本物面するんじゃねえよ」

「それはこっちの台詞だ。そろそろ認めろよ。一人くらい潔い奴が居てもいいと思うけどな」

「ふざけんな! 本物なのに私は偽物でしたとか認められる訳ないだろ!」

 家から持ち出した包丁を『草延匠悟』に構える。偽物である筈の男は、まるで本物そっくりに動じなかった。

「根こそぎ全部奪う気か……? 俺の、俺の人生全て!」



「レイナ、朱斗。殺るぞ」

  


 背後で、何か得物を構える音がした。逃げ切るだけなら簡単だ。この三人を殺せばいい。いつものようにバラバラにして青義先生にでも渡せば済む話だ。

 しかしそんな事をすれば、俺は…………自分が本物なのか分からなくなってしまう。









「――――――死ねええええええええええええええええええええええええええええええ!」 










 大きく振りかぶって、『草延匠悟』に向かって一閃。大振りの一撃は素人目にも軌道が明らかで、彼は横にステップして回避。


 

 その瞬間に乗じて、俺は駐車場の出口に向かって駆けだした。

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[一言] 擬似的に寝取られみたいできつい。
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