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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
禁じられた名

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120/173

カワリダネ

「…………これでいいのか?」

 思わず独り言が出てしまうくらい、自信が無かった。誰かに確認して欲しかったのかもしれない。俺は間違ってない、正しい行動と正しい処置をしたのだと、手ぶらの状況で応急処置を教えろとかなりの無茶ぶりを要求した自覚はあるが、頼った相手は間違えていない。これが俺の出来る最善だ。まさか普通に生きていて自分の服を破り出血箇所を抑える布に使うとは思わなかったが……助かるかどうか。

 

 ―――まあ無理か。


 彼女を発見して大分時間が経っている。足元の血だまりを見れば既に手遅れなのは明らかだ。死体予備軍に余計な手を加えて、俺は一体何をしているのだろう。こんなの自己満足の行いでしかないというのに。

「ごめんなさい。貴方の仇は絶対に取りますから」

 イヤホンを外す気にはなれなかった。これが久しぶりの『死体』になるなら徹底的に調べられるだろう。治療しようとした時点で何かしら尻尾を掴まれそうなのに、これ以上リスクを負う訳にはいかない。俺だけじゃなくて、残るドッペル達にも迷惑が掛かる。

 踵を返して速やかにその場を退こうとすると、一筋の冷たい水が頬を伝った。涙ではない。雨だ。傘なんて持ってきていないし、そもそも最近はテレビも碌に見なくなってしまった。小雨なら無視したが、運悪くその一筋が降雨の始まりだった。空を見上げれば雨粒が目に入りそうなくらい降り注いでいる。もう後一分も立ち尽くせばずぶ濡れになるのも想像に難くない。

 死体予備軍の方を見遣る。雨で傷口を濡らしてしまうのは、多分よくない事だ。科学的な理屈は説明しようとすると詳しい人間に秒で補足されるだろうが、擦りむいた膝なんかは清潔にする為に洗わなくてはいけないだろう。その時、傷口は必ず痛む。腹部の大量出血と軽傷とではスケールこそ違うが怪我には違いないので当てにする感覚としては間違っていない。


『帰るの送れるかも』


 誤字ったが気にしない。九割九分九厘、この人は死んでいるが、見殺しにするのは……いや、丁度いい理由を思いついた。俺はこの死体に対して無意味な処置をしてしまったので隠さないと足を掴まれるかもしれない。それで行こう。

 見た所、この家は空き家らしい。その割には生活感もあって掃除も行き届いているが、どの角度から覗いても人の姿は見えないし、ピンポンを鳴らしても対応する人間は出て来ないしで、空き家と断定するには都合の良い情報が揃っている。ただし玄関からは入れないので側面の縁側から入った。この少女を移動させるにも距離が最短でいよいよご都合主義染みてくる。体温は血と共に流れて肉の重さだけが手に沈み込んでいる。生存していたとしても数分くらいか。本当に、どうして助けようなんて思ったのやら。

 リビングに設置されていたソファに少女を降ろすと、水にぬれた手で何とかキーボードを弄って腹部出血について色々と調べてみる。

「……二割出血で出血性ショック。三割で命に関わる……」

 やはり手遅れでは?

 いや、死体を隠すだけなので手遅れとかないです。青義先生の指示に従って応急処置したのも実は偽装工作で……この際どんな粗があっても目を瞑ってほしい。人間としての本音とドッペル団としての建前に悩まされているのだ。どちらを優先するべきかという問いに答えはない。どちらも優先するべきで、どちらも蔑ろにしてはいけないものだ。

 俺達が本物であると言うなら、人としての考え方や道徳意識を捨てるのは間違っていて。しかしドッペル団として活動する以上はそれらを捨てて修羅と果てなければいけない。つくづく不幸な立ち位置だと自分でも思う。高校生にこの役目は重すぎる。


『いつ帰るの?』

『帰らないかもしれない』

『危ない事じゃないよね』

『ゲンガー関連だから、姉ちゃんの力は借りないよ』


 帰らないなんて、そんな選択肢があり得るのだろうか。あの時からだ。『隠子』の時から自分の中の何かが一致しない。自業自得とは『自分が取った行動のせいで被害を被る』という意味だが、自分が分からないせいで少なからず己の行動に疑問を抱くようになってしまった。


 ――――――。


 もういいか。

 人間としては正しい行動を取った。それ以外に何の証明が必要だろう。警察や救急なんて、誰がゲンガーか人間かもはっきりしないのに頼れる訳ないだろう。それに『死』が嘘という馬鹿みたいな状態では救急でどんな目に遭わされるか想像もつかない。頼らない判断は正しい筈だ。

 対面のソファーに座り、俺は静かに目を閉じた。




 仮眠のつもりだったが、特別理由も無しに失敗したと気付いたのは目覚めた後の話だ。

 













 

 










「仮眠がああああああああああああ!」

 自分の部屋でもなければ知人の一切が関係ない場所で、俺は叫び声をあげた。時刻は時計が止まっていないなら朝の十時。


 ―――何時間寝てたんだ?


 午後八時以降は覚えていないが、仮眠というか過眠だ。夜食も食べずに学校も寝過ごして救いようがない。取り乱して視野狭窄に陥っていたが、そう言えばソファに寝かせていた少女の姿がない。死体なら冷たくなって残っている筈なので、まさか生きながらえたとでも言うのだろうか。素人分析に信憑性などあってないようなものだが、あれはどう考えても死んでいた様な気がする。庭の血だまりは雨に流されたのか跡形もなく消えており、そこに血痕があった事実すら嘘みたいに思えた。

「うわ」

 最悪な事に気が付いた。手を洗っていない。単純にそれだけならちょっと不衛生で済むが、俺は他人の血液に触ってそのままにしてしまったのだ。これまた他人の水道を勝手に使って何度か丁寧に洗い、念入りにタオルで拭きとった。

 この家の住人には申し訳ないが、戸締りをしっかりしない側にも問題がある……という泥棒理論を振りかざしてみる。やった奴が悪いに決まっている。庭に死体を放置した件については如何ともしがたいが。

 今から学校に行って間に合うだろうか。否、それ以前にドッペル団や山羊さん、千歳やアクア君から心配のメッセージが届いている可能性がある。まさか堂々と住居侵入をかました挙句にそこで一夜を明かしたなどとは思っても無いだろうし、俺も説明したくない。迂闊すぎて信じてくれるかどうか。

 それでも恐る恐る携帯を確認すると。


 ―――え?


 今の俺はパニック状態だ。何とか平常心を保つ為にも思考を口に出して『他人事』っぽくしているだけ。そんな状態でも、流石にこの状態には怪訝なものを覚えてしまう。





 誰もメッセージを出さないのだ。


 



 ドッペル団以外なら、まだ話は分かる。他人に逐一状況を確認したがる奴は少数だ。そういうのは大抵ストーカーと呼ばれる類の人間で、まあ一般人とは言い難い。問題は肝心の団員が全員俺の事など気にも留めていない事だ。俺はもしや好かれていると思い込んでいただけで、嫌われていたのだろうか。

 その方向で思考を進めると傷つきそうなので、何も考えずに帰ってしまおう。家に帰れば姉貴が俺を迎えてくれる筈だ。せめてものお詫びとして勝手に使った箇所を掃除し直し、それから他人の家を後にした。

「ただいま」

 反応がない。姉貴は眠っているようだ。リビングに居ないので私室確定。自分の部屋に戻ると、何故かベッドが荒らされていた。部屋主が戻ってこなかったのだからここに生活感というか、人の居た痕跡があるのは不自然だ。朱莉の仕業かとも思ったが、それなら連絡を寄越さない事に筋が通らなくなる。

 主観では誰も該当しなかったので情報を持っていそうな人の所へ。隣の住人ならよく知っているだろう。


 コン、コン。


「姉ちゃん。起きてる? ていうか起きてほしいんだけど」

「…………弟君? なーにー。私眠いんですけれども~はいー」

「昨日、俺の部屋に誰か入った?」

「うぇえ~? …………んー。んー? 弟君、ちょっと待っててね」

 ベッドから転げ落ちる音から二分。扉が開き、寝ぼけ眼の姉貴が姿を現した。

「……学校、行ったんじゃないの?」

「いや、まあ色々あって。それよりも誰か来たか?」

「誰かって……弟君、女の子二人連れ込んで騒いでたじゃん。それ以外は知らないな。弟君が幸せならお姉ちゃんはそれでいいのだけれどね。うん」

「は? ごめん。もう一回言って」

「えぇ? 寝ぼけてるの……って私が言うのはおかしいかー。弟君と女の子二人だよ。それ以外は誰も来てないんじゃない? 朝っぱらから不法侵入してくる人がいない限りは」

 脳裏に過る、親友の声。




『本物から本物の時間を完全に乗っ取ったら後は何もしなくていい。本物は周囲によって自動的に偽物になる』













 

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