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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
禁じられた名

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人でなし

 ドッペル団の存在が白日の下にさらされたお蔭であの記事を無かった事には出来ない。記事を書いた人間の名前はデタラメで、その記事以外に実績はないばかりかどんな無関係なジャンルにもヒットしない。それでもこの地域に居るのは間違いない。俺達は三手に分かれて住民から直接記者の名前を尋ねてみる事になった。ネットでヒットしないものを誰かが知っているのかどうかという問題はどうしても無視出来ないが、やらないよりはマシだ。

 あれも無理これも無理と思考だけを先行させても事態が好転した試しはない。やらない善より何とやら。


「と、いう訳でレイナ。青義先生の場所へ向かうぞ」


「ええ」

 丁度いい機会だ。予期せぬ流れで生まれた隙間を活かさない手は無い。アクア君は既に向かっているようだし、丁度いいからあの場所で合流しよう。今から向かえば遅れて到着する形にはなるか。ゲンガー死体解析で何か情報が掴めると良いのだが。

「所でお前、さっき何でああなってたの?」

「はぅッ。知ってる癖に。そんな言い方はずるいわ」

「いや、知らないから聞いてるんだって。二人きりなのに何でしらばくれるんだよ」

 それに距離も近い。彼女とは敢えて微妙に距離を置いているから腕を組まれる事などあり得ないとは言わずとも考えにくいのだが……全身を使って体の片側を抑え込まれるのは予想外だ。困惑を極めるあまり、せっかく柔らかい場所が当たっているのに意識が散ってしまう。

「……記憶力。大丈夫? 実は頭を怪我したとか」

 心配したつもりが、逆に心配されてしまった。こちらの顔色を窺う彼女の瞳には純粋な憂いが浮かんでいた。そこまで思われる程の大切な記憶が果たしてこの数時間に存在していたのだろうか。さっきまで孤立させていたのに?

「……えーと。一応な。俺が忘れてる可能性もあるから、何があったか言ってくれないか?」

「はぅ。女の子に。言わせないで」

「いや、言ってくれよ」

「ゲンガーの情報の方が。先でしょ。これは単純に。貴方と二人だけの秘密だから」

 それはそうなのだが、スッキリしない気持ちを引きずるのも不愉快だ。もう一押しもすれば教えてくれそうだが、彼女の言う通り優先順位は間違えない方がいいかもしれない。こんな場所でうだうだと時間を使っていたら朱莉と鉢合わせする可能性もある。三手に分かれるという方針が決まったにも拘らず合流していれば、どんなにアイツが鈍感であっても違和感くらいは覚えるだろう。

「……青義先生の話が終わったら教えろよ」

「―――分かったわ。何で忘れてるのか。私も気になるし」

 話もまとまった所で改めて目的地へ。今更だが青義先生の医院は表向きは病院ですらなかった。個人宅と言うには不自然な外観(待合室が分かりやすく箱型だ)なので分かりやすくはあるのだが、彼はどうやってここを経営しているのだろう。

 表に看板を出していない時点でまともじゃないし、これについては星見祭で一工程経るよりも先に知っておくべきだったか。あらぬ疑いをかけたというかなんというか。正規の医者じゃないのは分かり切っていただろうに(委員程度の規模で全身大火傷を碌な設備もなく治せる訳がないという意味でも)。

 扉を開けると、受付に居た助手の女の子が裏に引っ込んでしまった。


 おい、受付しろよ。


 助手が助手をしていない気がするが、暫くすると診察室の方からアクア君と一緒に先生が出てきた。垣間見えた奥の部屋は診察室の真横にベッドが置かれている構造で、普通にとち狂っている。ここからまず気付くべきだったのかもしれない。

「草延さんも来たんですか?」

「都合がついたからな。君は一足先に聞いてた感じか?」

「いや、ゲンガーの解体を見学させてもらってました。今は奥入らない方がいいと思いますよ。血の臭いとかやばいので。あ、でも先輩方は大丈夫か」

「大丈夫……とまで言うかは分からないけどな。まあ話はしにくそうだし行かない事にするよ。それで青義先生、星見祭で貴方に融通した死体についてなんですけど―――」

 






















 立ち話も何だから、とお決まりの文句で誘導され、俺達は待合室の椅子に座って彼の話を聞く事になった。コーヒーを振舞ってくれるとの厚意はアクア君以外断った。単純にあまり好きではないのだ。

 業務外の行動という意味があるらしく、青義先生は自らの背もたれに白衣を掛けた。

「何が聞きたい?」

「具体的なのは無いんです。分かった事とかありますか」

「そうか。その前に一つだけ。君の学校に居たあの……君を追い回してた」

「銀造先生?」

「そうそう、その人だ。彼は人間だった。仮に取り締まるなら僕の殺人になるからさして気にしないで欲しいけれど、一応ね」

 銀造先生が、人だった。

 ゲンガーという確信は無かったので人だろうとは思っていたが、ゲンガーであればどれだけ良かっただろう。なり替わられた本物は概ね碌な結末を辿っていないが、それでもまだ彼という人間に対して敬意を払う事が出来たかもしれない。

 娘を生き返らせるという名目は建前ではなく本音で、そこを付け込まれた形になるか。当初からの見立て通り。

「他の人達はゲンガーなんすよね」

「それは勿論ね。解体してみた結果、興味深い……と言ってはいけないのだろうね。現在の科学に反する現象は歓迎するべきじゃない。医者として対処が出来ないという意味でもあるから」

「……どういう事ですか?」

 書類で説明した方が早いだろうと先生は一時的に席を立って受付越しに助手の人へ指示を出した。アクア君と互いに首でも傾げながら待っていると先生が紐で閉じられた紙束を片手に自分の席へ。机の中心にドサっと置いた。

「んーと。先生。俺達医療従事者でもないし看護学校の人でも」

「専門用語だらけだったらどうしようって言いたいのかい? それなら心配ご無用。これは僕の患者から採取した人体の構成表の様なものだ。血液量だとか臓器の状態だとか。そういうデータが乗ってる。三人分かな。適当に持ってきたよ」

「こういうのって。医者の守秘義務とか無いんですか? お母さんが。商売は信頼だって」

()()()()()()だ。それに肉体についてはどう扱っても構わないという誓約書も貰っている。本人は望みを叶えられたんだから、これをどう取り扱おうが僕の勝手だよ」

 得体のしれぬ圧力から目を逸らすように俺達三人は書類の束を覗き込んだ。専門用語だらけという事はないが、かといって素人目に理解出来る代物ではない。三人で同時に見るのは効率が悪いと思い、書類を三等分。各一人が一人の情報を見る運びとなった。


 ―――ん?


 一番上にあったデータはレイナに渡したので、この違和感に間違いはない。俺の見ているデータはあらゆる情報が不足している。血中成分であったり、胃液の量であったり、体内に残存していた食物の種類と重さであったり。あれだけ事細かに数値化されていた部分が全て『検出不可』で統一されている。

 身体を傾けて二人のデータを覗くも、逆にその様な記述は一切存在しない。俺の見るデータだけがおかしいようだ。

「匠悟のデータ。おかしいわ」

 アクア君のと比較している内に自分のを覗き込まれた。隠す必要もないので机の上に広げて共有する。

「検出不可だらけですね。手抜きですか?」

「手抜きなら。空欄だと思うけれど」

「まず検出不可ってのがおかしいんですよ。流石に分かるじゃないですか……あ。科学に反するってもしかしてこういう事ですか?」

「ご明察だね。そう。彼等の身体は人間に移植すれば万能細胞の様な働きをする一方でありとあらゆる計測が不可能だ。成分だけなら話は分かるよ。この世にはまだまだ未知の物体があるという結論で一旦おしまい。だが血液量が不明なんて正直今も信じたくないね。医者以前に液体の重さなんてビーカーに入れて計量器に置くだけでも判明する筈なのにそれが出来ない―――不思議を通り越して不気味だ。まるでこの世に存在していないみたいじゃないか」

 しかし確実に、存在している。

 ドッペル団はその事を知っていた。解体する時に見える骨や臓器、噎せ返る程の血の臭い。時に混じる糞尿の香り。実際に人間を殺した事が無いので全て真実とまではいわないが、存在するかしないかだけならば、する方に俺達も証人だ。

「先回りしておくが、これは飽くまで死体から採取した情報だ。くれぐれもこのデータがあるからと言ってじゃあこれで判別しよう、とは思わないでくれ」

「先生。そりゃおかしいでしょ。死んでても生きてても体の構成は大体変わらない筈ですよ」

「既存の科学に当てはめればだろ? 生きてる間は全く同じ……なんてオチだったらどうするつもりかな? 解体した結果を纏めるならこれくらいだ。これからも死体を送ってくれるなら何か進展があるかもね」

 さて、と言い切って。青義先生は一人、話題を仕切り直した。






「せっかく来てくれたんだ、尋問記録でも見ていくかい?」

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