貪婪な少女
「何で教えなかった?」
「こんな風に疑われるのが嫌だったんだよ」
疑われるのが嫌なら早めに言えばいい。やましい事があるから隠すのだし、隠すから疑われる。精神的ストレスからの自衛という訳でもない以上、その理由は苦しいと言わざるを得ない
「君は暫く事情も分からなかっただろう? 色々教え過ぎて変に私を疑われても嫌だったんだ。友達に嫌われるのってほら、悲しいから。それに、私には君しか居ないんだ」
「……そんな重要エピソードっぽく言われても、印象的な思い出とかあったっけ?」
全くないとは言わない。中学校からの仲で、校外学習では決まってグループも組んでいた。それは間違いなく良い思い出で、俺達が成人になったら酒の席で浸るくらいには懐かしくも大切な記憶。しかし印象的かと言われたら別だ。飽くまで学校行事の延長線を一緒に歩んだだけで、例えば山羊さんがイジメられている所に割って入ったような非日常のきっかけが彼女にはない。
朱莉は不慣れな足払いで無理やりこちらを止めると、真正面に回り込んで頭を下げた。
「初めまして。僕は明木朱斗。君の名前は?」
「…………ああ。草延匠悟だ」
「ちゃんと覚えてるじゃん。印象的だったんじゃないの? だって君校外学習の時に言ってたよね。相手から友達になろうって歩み寄られた事がないって」
………………。
その通りだ。小学校まで俺は自分から絡まないと行けなかった。そうでないと誰も俺の相手もしないし、話題にも出ない。存在が消えてなくなるような恐怖が常にあって、だから俺は中学校以前の記憶を思い出したくない。『他人事』が無意識に出来た頃は何ともなかったのだが、『隠子』以降は意識的に使わないと素面で受け止めてしまうようになった。
「―――そうだな。そう言えばお前が初めてだったよ。俺に話しかけてきたのは」
「実は僕もなんだ」
道の端にあったベンチに座り、彼女はほんの少し距離を開けた。彼我の隙間で手を繋ごうか否かと延々指がもぞもぞ動いている。
「僕も初めて話しかけた。友達が居なかった訳じゃないよ。ただ昔は成り行きで友達を作ってたって言うか、モブAだったというか……なんて言えばいいんだろうね。五人組を作ったとして、その五人組の班には居るが、他四人と個人的に絡む事はないみたいな感じ」
「賑やかしだったって言いたいのか?」
「そうそう! 広く浅く、それは楽しいけれど、辛い時に誰も力にはなってくれないよ。同じ楽しさを共有するだけ。もし君ともそういう関係だったら、私はゲンガーとの戦いに巻き込もうなんて思わなかっただろうね」
「……お前も悲しい奴なんだな」
「性別を隠さなきゃいけないのもあったよ勿論。でも何だろう……友達は選ぶべきって言葉、君はどう思う?」
「どうって?」
「是か非か。賛成してるか否定するかって意味」
モンスターペアレントの常套句にもなりそうな言葉だが、解釈の幅が広いので否一辺倒という訳でもない。極論を言えば犯罪者なんかと友達になって欲しくないだろうし、或は悪戯と称して暴力を振るってくるような人間にもなって欲しくないだろう。その理由は親心であったり友人の気遣いであったり。
「……あまり好きじゃないな」
「否定するって事だよね?」
「そいつがどんな奴でも、俺にとっては大切な友達だ。選ぶべきなんて言い方を他人様にされる謂れは無い。結局自分の人生に責任持ってるのは自分なんだ。その一割も肩代わり出来ないような奴にとやかく言われる筋合いはないと思うよ」
「相手がどんなに悪くても?」
「前提が違うな。その友達を切るかどうかも自分の責任だし、そこは他人に任せるべきじゃない。環境のせいでその判断力すらないと言うなら、友達じゃなくて環境を選ぶしかないな」
それならば、他人を頼った方が良い。何の為に様々な分野の専門家が存在しているのか。友達を作る専門家などいないが、自分の望む環境さえ分かっているならその為に必要な人を呼べばいい。ただそれだけの話。
深い意味はない。聞かれたから答えたまでの話だったが、彼女には何かが伝わったらしい。嬉しそうに微笑んで、何度か俺の顔に向かって瞬きをした。
「私は、君のそういう所が大好きだよ」
「……そ、そうか」
「うん。だから友達になったんだ。私の方から、君のそういう強い部分を貰えたらいいなって」
俺に強さなんてない。
性格には、俺の強さなんて仮初で、それは全部姉貴から受け取ったもので。俺自身は非常に弱い人間だ。尊敬される謂れは無い。自信の無さは結構だが、俺がそれを口にする事は無かった。謙遜は時に嫌味となる。俺への尊敬が自虐で否定されるなら、時には口を閉ざして受け入れるのも大切だ。
友達は傷つけたくないから。
「……ありが、とう?」
「ふっふっふ♪ 褒められるのに慣れてないねえ。そういうのあざといって言うんだよ知ってる?」
「知らん」
「私への疑いは晴れたかな?」
「……証拠も用意されてないのに晴れたとは言えないな。でも……信じる気にはなれたよ。悪かったな」
「誤解が解けたならご飯を買いに行こうか。澪奈に待ちぼうけを喰らわせるのも悪いし」
「―――それもそうだな」
これ以上は疑えない。
というか疑いたくない。
朱莉の疑いは一割か二割。その為に絶交を覚悟で追求なんて出来ない。先に席を立った彼女から手を差し伸べられ、それを掴むと、驚く程簡単に引っ張り込めてしまう。
「え―――」
キスをされた事に気が付いたのは、二秒先の話だ。
脳の理解が追いつかない。正しくそんな感覚。白昼堂々と人前で唇を交わす男同士を、周囲の人間はどう思うだろう。
「……な! な…………」
「疑われたのが悲しいから、私の気持ちを少しだけ」
怯んでいる隙にしがみつかれ、もう一度キス。相変わらず場所は唇で、今度のそれは貪るように激しかった。男子高校生のロールプレイは何処へやら、女性としての好意全開でこちらの抵抗を封じる。
接吻で身体を固められた経験は流石に無い。されるがままに一分間を譲り渡したら、朱莉はようやく唇を離した。
「匠君」
「私は君の傍から離れたくない。だからゲンガーと戦ってるんだ」
短め




