夏にも濡れ衣は
星見祭のいざこざから少し時が経って、今は夏休み。月別の死亡者数が加速度的に減少する中でも、世界はやはり何事もなく回っていく。人類が着々とゲンガー共に侵略されている中、真実に気付きもしない人間は愚かにも無意味に日々を―――
陰謀論なんだが?
これで俺も立派な陰謀論者。世界は宇宙より飛来せし亜人に取って代わられるのじゃ。そんな簡単な話で済んでくれるのなら良かったのだが、事態は思った以上に複雑だ。高校生の夏休みは夏休みではないと言われているが、俺達はまた別の理由で休みを奪われている。
「第一回ドキドキドッペル団会議を始める」
「いえーい! ぱちぱちぱちぱち!」
「……何。この。何」
「仕方ないだろ。ドッペル団の存在が明るみに出たんだ、攻勢に出なきゃその意味がない。それとゲンガー共はまた一つ俺の恨みを買った」
「それじ?」
「こいつらが居る限り俺が休める日は来ないって事だ。まあこれは半分くらいお前が悪いんだが、友達って事で贔屓目に見てる。昨日今日会ったばかりの他人だったらヤバかった」
「いやあ照れるなあ恋人なんて」
「言ってねえよ」
俺達―――否、あの学校の生徒には学校も斯くやと思われる文字通りの休暇が与えられた。その理由は言うまでもなく星見祭の一件だ。俺が謎の芝居を打っていた裏でデモンとゴーストはゲンガーと思わしき動きをした生徒を殺していた。その結果、被害者数は百名を超え、学校全体が大幅な人員不足に至ってしまった。これは教師も含めての被害者数だ。
『死』を嘘と思う生徒にとってみれば星見祭の夜が明けた翌日に見知った人間がごっそり減った感じになる。これを体調不良と呼ぶには言い訳が苦しく、かと言って今更のように『死』を信じる事も出来ない。
何処に、何を、どう連絡すればいいのか判断しかねた学校側は夏休みの間は一時休校とし、生徒の立ち入りを禁止した。だから俺達に部活動をする義務はないどころか、学生として過ごす必要もない。元々サボるつもりだったので丁度良い口実が出来たともいえる。
―――なんか、俺だけ裏切ったみたいだよな。
一足先に二人を殺人鬼にしておいて、自分はその場の機転で難を逃れその後はのうのうとデートをしていた。後悔はしていないが罪悪感がないと言われれば嘘だ。勝ち目のない戦いはしない。特にあの場は山羊さんを助ける為にも自ら死地に飛び込む真似は控えて正解だったのだが……二人合わせて百人殺しの業を背負わせてしまった事については釈明のしようもない。特にレイナには、背負ってほしくなかった。
「夏休み、本当は遊び尽くすつもりだったが事情が変わった。いい加減にこいつらとの戦いにも決着をつけたいと思わないか?」
会議場所は俺の自宅。姉貴は下で眠っているので万が一にもこの会話を聞かれる事は……あるのだが、漏らしたりはしないだろう。
「匠悟。そうは言っても。手がかりとか。あるの?」
実は、ある。
俺達がゲンガー解明の手を進められなかったのは、専門知識やそこに対応する技術を持っていないからだ。しかし今は違う。何の因果かゲンガーの死体を解析してくれる青義先生という心強い味方がいる。
彼は後処理の見返りとして焼殺されたゲンガーの死体を持ち帰った。そろそろ収穫があっても不思議はない。
―――問題は朱斗。
一割とか二割くらいの疑いが掛かり続けている彼女を連れたまま行きたいかと言われたら首を振りたい。だがこの期に及んだ単独行動は顰蹙を買うか裏切りと勘違いされかねない。色々と収穫があるなら尋ねたい事が山のようにあるが、果たしてその願いは叶わない。
「ああ、それなんだが……それなんだよなあ」
「歯切れが悪いね」
「手がかりないんだよ。完全に勢いだけで言った。お前等も薄々勘付いてると思うがこの町内はもう駄目だな。通り魔的に誰か殺してもそいつがゲンガーの可能性が十分あり得るくらいには浸透してる。一日一善三日で百善の感覚じゃないけど、こんな事しても根本的な解決にはならないだろ」
「ねえ。計算がおかしくて。頭に入ってこないんだけど」
「一日一善だけど三日目で残りの九八善こなすみたいだね。殺しのノルマに沿うなら作業になりそうだよ。百万人殺せば統計、じゃないけど」
「それも危惧してる。俺達だけは『死』を軽く見ちゃ駄目だ。単純作業の一時しのぎなんて救いようがない作戦を夏休みにやるか? もっとちゃんとした作戦を立てて行うべきだ。幸い、星見祭の如くトラブルが起きる環境じゃない」
朱斗はお盆の上に乗った麦茶を呷ると、詰まった息を一つ吐いた。
「うん、確かにトラブル続きだったね」
「ゲンガーが。攻勢に出るなんて。思わなかったわ」
「銀造先生がかくれんぼに乗じて皆殺し始めるとは思ってもみなかった。後ろに居たゲンガーが誑かしたんだろうが……」
「先生がゲンガーって可能性はないのかい? 人とゲンガーが結託というよりは、どっちもゲンガーだって方が僕は自然だと思うけど」
「銀造先生は娘を生き返らせたいのが動機だ。嘘だとするなら俺達に絡まなくてももっと目立たない方法があった筈。それに本物確定の俺と山羊さんを殺すのに躊躇う必要はない。俺達がギャーギャー喚いてる間にでも殺せばいいだけの話だ。その辺を纏めるなら先生は人間だったよ。浸透しつつある価値観とゲンガーに誑かされた結果、狂人になってしまっただけでな」
物は言い様。俺は『朱莉に誑かされた結果人殺しになった男』だし、レイナは『カルト宗教に両親を殺された人生を狂わされた女の子』。口調こそ故郷のじいちゃんみたいで嫌いだったが、彼の事はそこまで悪い人だとは思っていなかった。
何となく追悼の意味も込めてレイナとコップをぶつけ合う。彼女はコップの底を掌で支えて音も立てずに飲むようだ。上品だが、たかが麦茶にそこまで回りくどくなくても。
「作戦、ゆる募」
そう言い切って仕切るのをやめつつ携帯を覗く。青義先生の連絡先をアクア君とレイナに送ってやる事はおしまいだ。二人に行かせれば一先ず顰蹙は買わない。ピクンとゴーストの身体が跳ねたので恐らくメッセージに気付いたか。
「……朱斗。ドッペル団の記事なんだけど」
「ん? あの訳わかんない記事だよね。どうかしたの? 星見祭の一件でコメントがついてたとか?」
大した事でもないだろうと朱斗も軽い感じに尋ねたのだろう。しかしレイナからの返答はなく、ただ記事を食い入るように見つめていた。横目で二人のやり取りを見ていた俺も少し気になって記事を開いてみる。こういう情報はブックマークしておくといつでも取り出せて実に便利だ。
「…………」
「え、匠君まで? ちょ、え? 待って待って言わないで。僕も今見るか………………ぁ?」
そのリアクションは俺達三人の心の声を代弁しているに等しい。
コメント数五万。
「「「はああああああああああああああああああん!?」」」
全員の声が一致した。
誰も望まなかった大幅な知名度獲得に各団員は驚きを通り越して慄いている。
「なななななな何が起こったの? は!? あ、あ、あり得ね……ええどうし……ええ……」
「…………匠悟。テレビつけて」
「分かった」
誤報ばかりで最近のテレビは好きじゃない。長らく使われていなかったリモコンの居場所など頭の片隅からも消えかけていたが何とか探し出して電源を入れた。チャンネルの指定は特になかったのでこのままだ。
『いやーまさかね。本当に殺人が起きるなんて。殺人は嘘だった筈ではとのコメントも多数寄せられておりますが、どうでしょうねえ高木さん』
『いやーこれは単純な話ですね。元々彼等は暗躍してたんです。フリーメイソンとかイルミナティとか。そうしてまことしやかにささやかれてた秘密結社の様なもので、しかも彼等の場合より悪質だったというだけの話です』
『はあ。というと?』
『これはね、私の見解であって本人達に聞いてみなきゃ仕方ない事なんですが、『死』が嘘でドッペル団だけが殺人出来るなら、歴史上起きた全ての事件や戦争は彼等の手で行われていたって事になるんですね』




