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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
アイに薪を 火に贄を

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別れと悲しみを生む不幸にすばらしき救済を さすれば我らは真の幸福を知る すなわちそこは人の世の到達点

 体操服に着替えて体育館に戻ると、担任が俺達を呼んでいた。クラスの違う山羊さんやレイナとはこここで一旦お別れ。少し心配だったが、見た感じ殺し損ねたから殺そうと言った物騒な動きをする人間はおらず、良くも悪くも殺意に操られている訳ではないと分かる。彼女から見れば確実に偽物と言えるような人間も居るらしいが、その人でさえ今は仲の良い友達と駄弁るだけの模範的且つ平和的な行動で楽しんでいるらしい。やはり遊びのどさくさに紛れていただけで、無暗に風紀を乱す真似はしないか。

「朱斗。油断するなよ」

「そりゃあ、ね」

 この場で明確にゲンガーではない人間は生徒会と俺達と千歳及びアクア君だけ。シャワーを浴び終わった後に携帯を見たら、千歳の方から返信が来ていた。どうやらアクア君の指示でわざと生徒会に捕まってじっとしていたようだ。『隠子』の時から彼はやたらと千歳を気にしている。好きな人が変わってしまっただけで殺しにかかるような男から好かれているとも思えないが―――それはまだいいか。何にせよ二人を疑わなくて済むのは精神的にも負担が少なくて結構だ。

 これを信じるのか? という疑問は当然かもしれないが、そこまで疑心暗鬼になるならレイナも朱莉も疑わないといけなくなって、最終的にはプールでずっと抱き合っていた山羊さんしか信じられなくなる。そういう傾向は良くない。


「おう、匠悟。お前まだ殺されてないのか?」


 いつものクラスメイトが。

 いつも通りの声音で。

 そんな不穏めいた質問を投げかけてきた。

「え…………」

「……」

 横目に映る朱斗は、俯いていた。 

 

『殺される時ってちょっと怖いけど、なんかすげえ良い気分だよな!』

『殺されるって言うけど、死んでないって変な気分だよ。俺達も誤報されんのかな?』

『そこまで有名じゃねーわ!』


 あはははははッ!


「……僕達だけは。晒されてる」

 アクア君が自首した理由が分かった。生徒会に捕まればゲームルール上死ぬ心配もなければ殺される必要性もない。こうして明確に『本物である』証明を受ける事もない。証明とはどの立場からも明確な事実でなければいけない。ゲンガー側から見ればアクア君達がゲンガーか否かは分からないが、最後まで見つけられなかった俺達は『本物』と判明している。

 針の莚という言葉を知っているだろうか。一時も心や体が休まないような立場や境遇のたとえだが、今の俺達にピッタリではないだろうか。甚だしい非難や批判にさらされている訳ではないが、居心地が過去最悪に悪いという意味でぴったり。


 

 一部の人間を除き、全員にゲンガーの可能性がある。



 生徒会の働きもあって、全員が殺された訳ではない。だが、その可能性は誰もが等しく持っている。四月にゲンガーの存在を知ったばかりとはいえ、その凶暴性は良く知る所にある。ゲンガーは躊躇なく人を殺せるし、欺けるし、その上で本物を騙れる。救世人教が良い例だ。宗教としての性質を変化させる程に、彼等は人類を憎んでいる。

 正直、気味が悪い。

 俺達を見るや殺しにかかってきてくれる方がまだ良かった。それなら単なる敵視で済む。だがあろう事か偽物共はまるで本物のクラスメイトみたいに気安く俺に話しかけ、長い付き合いがあるかのように盛り上がって、さも善人であるかのように振舞っている。


『えーマジ? ゆーみん殺されてないのー?』

『死神占いによると好きな人に殺されたら恋が成就するらしいよ?』

『マジ!? え、じゃあ翼君殺してくれるかな!? 殺してほしいなー♪』


 おかしい。

 おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい。死ぬな、殺すな。生きろ。死ぬな。殺すな。生きろ。

 本物は死を恐れない。死を嘘だと思っているので殺される事に忌避が無い。

 ゲンガーは本物を殺したい。本物を殺してその立場につきたい。

 少し考えれば分かるだろう。『誤報』が起こりうる時点で当該人物は確かに一度死んでいる。『死』が嘘なんて語弊も甚だしい、厳密には死んでから全員生き返っている。だから『死』は嘘じゃないし、そもそも殺されたら恋が成就なんて異常な考えは一体誰が広めたのだ。

 調べたら少し前に誤報があった有名配信者の動画だ。その登録者ミリオンを優に超える配信者にしたって、動画の低評価率は脅威の三パーセント以下。腹が立ったので低評価を押しといた。

「……山本ッ」

「ん?」

 君付けをしてふざけている場合でもない。荒い声で呼びかけると、腑抜けた声が返ってきた。

「お前……殺されたのか?」

「おう。なんてことなかったぞ」

 携帯にメッセージが入った。


『その話をしないでくれ。マジで。頼むわ』


 少しだけ安心したが楽観視は出来ない。山本君が無事なのは当然と言えば当然なのだ。彼は唯一自力でゲンガーの存在に勘付いている。『死』が嘘という状況は美子の一件からおかしい事と感じている筈だから、影響されていないのは道理。むしろ彼までもが手遅れになっていたら他のクラスメイトに期待はしない方がいい。どうせ裏切られる。

 朱莉が、それとなく俺の腕を掴んだ。

「たい……体育館で夕食なんだね。去年は各教室だった記憶があるよ」

「いや、そうは思えないな。確かに体育館は広いが、こんな場所で広がって食べようとしたら流石に狭い。なんか生徒会の方で発表したい事でもあるんだろ。まあもしくはここで夕食を取って、学校の何処でも好きに食べてくれっていうバイキング方式か」

「銀造先生は……流石に居るね」

 体育館の端っこに先生と並んで問題の狂人は立っていた。保護者が立ち入れるのは昼の部までの筈だが、『隠子』の犠牲になった保護者はまだ残っているようだ。何気に、今日、初めて目撃した。彼等があの怪異によって殺された生徒達の保護者もといゲンガー。大神家には死体と比較してそれとなく面影を感じるので間違いない。銀造先生と話し込んでいる。




「はいはいはい! みなさーん。こちらへご注目くださーい!」




 生徒会長がマイクを片手にステージの上へ躍り出ると、好きに騒いでいた生徒達の視線が機械的に集まった。いつになく素直に、全員が指示に応じたのである。

「えー。大変悲しいお知らせがあります。かくれんぼは見つけた人を殺すなんてルールではないのですが、どうやら殺された人が居るようです。ゲーム進行には支障なかったので看過しましたが、皆さん! 全校でやるゲームですから、勝手な行動は慎むようにして下さい。それで―――」

 問題はそこじゃないし、失念していた。

 生徒会は間違いなく『本物』だが、度重なる誤報によってその考え方は一般人と大差ないものになっている。誰かが殺されたとしても、軽く流されるに決まっているのだ。何故俺は一瞬でも、彼等に対して失望したのだろうか。

「―――夜の部にもレクリエーションを用意してますが、そこに誰かの殺害は含まれておりません。勝手な行動を慎んでいただく為にも、取り敢えずここで消化していただきたいなって事で」

 生徒会長―――狛蔵蓮は、マイクを副会長に預けた。それから彼の指示によって集まった生徒全員に吹き矢が配られた。










「それで俺を殺してもらえたらなって思ってます。最初に俺を殺せた人には夜の部でスペシャルなプレゼントを用意してあるので―――さあさあ、景気よく吹いちゃって下さいな!」

 


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― 新着の感想 ―
[一言] 狂気が伝染するのは気味がわるいですね。メアリの時も思ったんですが、この違和感がとても好きです。
[良い点] 信じられるのは山本君だけだ! [一言] 銀造先生も生徒会も完全にオチたな…
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