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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
アイに薪を 火に贄を

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生徒死の祭り

 

 ゲンガーはその擬態能力の高さ故に、ゲンガー同士でも互いがゲンガーだとは思わない。

 

 それが俺達の間に共有されていた大原則。今となっては情報源に疑いがかかっているので盲目的な信用は寄せられないが、それでも全くの嘘だとは思っていない。それは当初から信憑性の高い情報と見なしていた理由でもあるのだが、組めるなら組むに決まっている。

 だって、これは彼等にとって侵略なのだろう。そういう行為は一人でやるよりも多人数でやった方が効率的。複雑な事情は必要ない。戦いの多くは数で決まるというだけ。だからこれ自体は本当だろうと思っている。


 原則として。


 何事にも例外は付き物だ。ゲンガー同士は互いを見破れないが、それは絶対ではない。カンニング禁止と言われる定期考査にもカンニング者が時たま現れるように、人はルールの穴を突く事が出来るし、その影法師たるゲンガーに同じ事が出来ない道理はない。

 俺達とゲンガーの戦いが理不尽な数的有利によって傾いているのは昨日今日からの話ではないが、それにしても秘密主義が過ぎて報連相が出来ないのはどうかと思う。俺達はゲンガーとして一括りにしているが、ゲンガーからすれば組織的なモノなんて無さそうで。ゲンガーの頭領が居るなら話は早いのだが、そんな奴が居るなら俺達はとっくに敗北している。

 ゲンガーをまとめる者がいないなら、これは侵略という名の個人戦だ。一人二人殺されても全体に影響はない。正体を見破られたくないとはいえ、それで得られるリターンを考えれば明かそうとする奴が居てもおかしくないだろう。バレたくないと思うからがんじがらめになって孤立する。逆に考えればいい。バレてしまってもいい。『本物』を殺す為ならそれでも構わないと。

 

 ―――そう考えると辻褄も合うんだよな。


 何故大神君に銀造先生が固執しているのかが分からないが、彼はゲンガーがどうだとかそういう事情を全く知らない。理由次第だが、ゲンガーに正体を明かされてもじゃあ殺そうという発想にはならない気が……俺達があまりにも簡単に殺すからおかしいだけで、大体の人間は殺害が選択肢に出る事はない。

 ゲンガーの何たるかを知らない人間に正体を明かしてもそれは場合によってはデメリットにならない。手を組んだとしてもそれを人類への叛逆と罵る事は出来ないし、そもそも法を犯し続けている俺達にそんな権利は無い。

 どうやら銀造先生に対して調査が必要なようだ。幸いにしてここは学校。職員室に行けば少しは情報も得られるだろう。

「……匠ちゃん」

「ん」

「そろそろ体の感覚が消えてきたよ」

「それは俺もだ。あと一時間経った頃には死んでるんじゃないか」

 でもこの場所から動けない。

 万が一にもバレたら逃げ場がない以上、俺達が殺される事なく生き延びるにはこのまま気付かれずにゲームを終了させるしかない。レイナと真逆の状況にあると思えば少しは気が楽かもしれないが、暑いのと寒いのとではその限度も大きく変わってくる。人間の身体はプログラムの様に正確な反応をしてくれるが、下限と上限が共有されているとは限らない。俺は暑い方がまだ何とかなる。

 アイツは何処に居るんだ。


『朱斗。そっちは大丈夫か?』

『隠れ場所は教えないよ』

『暑いとか寒いとかないのか?』

『夏は暑いに決まってる。まあ密室だから時々水分補給しないと余裕で死ねるね』


 水分補給は自由だが、その音で気付かれたら本末転倒だ。単なる遊びと言われたらそこまでだが、特に事情を知る俺達にとってこれは文字通り命がけ。失敗すれば無事に『偽物』の仲間入りだ。本気で遊ぶとは別にこういう意味ではなかった筈。真面目にやるのと命を懸けるはまた別の話だ。ベクトルは同じでも深度が違う。

「ストーブって、何処か出してるかな」

「この夏に出したら拷問器具の一種だぞ。まあこれが終わったら適当にシャワー浴びて体操服に着替えるのがベターだな。どうせ服持ってこない奴は寝る時に大体体操服だから大丈夫だろ。不思議には思われない」

「なんであたし達こんな場所入ったんだろーね」

「山羊さんが連れてきたから。隠れ場所としては良いと思うぞ俺も。こんな状況になったなら猶更」

「他の場所なら……殺されてたのかな」

「それは……どうだろう。場所にもよるな」

 俺の身代わりになってしまう様な人間に『俺が守る』とは口が裂けても言えない。それだと結局、守ろうとして守られるだけ。彼女には別のアプローチを切り開いていかないといつ危ない思想に目覚めるか分かったものではない。

「疑問。誰も殺されるのに抵抗とかしないのかなッ」

「死ぬのが嘘って思ってるならしないだろ。隠れてるなら大体不可避だと思うが」

 隠れていて気付いたが、プール内に潜む俺達を発見する方法が一つだけある。学校の屋上からプールを直下で眺める事だ。屋上まで上るのは視野を広げたいからで、わざわざ心当たりでもない限り真下を見る人間は居ないだろうが、万が一にも見られた場合、普通に飛び降りてくる可能性が十分にある。

 既にゲンガーなら偽物が死ぬだけで済むが、山羊さんにバラバラ死体を見せる訳にもいくまい。水打ち音がすれば怪しさ以前に様子を見に来る奴も居るだろう、それで見つかったら最悪だ。この日一日をやり直したいくらい。


 ―――水、ねえ。


 アクア君は生き残っているだろうか。勿論、『本物かどうか』という意味で。












 

 

 








 鬼ごっこは無事に終了。

 全員を捕まえられなかった(残っていたのは四人だけ)ので逃走者側の敗北が確定。間もなく自発的に姿を現した事で俺達が何処に居たのかは明らかとなった。来年からはしっかりと捜索されるだろう。その頃には卒業しているので三年生には関係ないか。

 因みに発見されなかったのは俺達を除けば朱莉とレイナ。前者は更衣室の一点張りについて首を傾げられたが、後者はというと校長先生の乗用車という盲点中の盲点に隠れていた。エアコンも付けず閉じ籠っていたせいで彼女は茹蛸の様に出来上がっており、一時解散した後は真っ先にシャワーへ向かっていった。

 俺が。

「…………匠悟…………一緒に。入りたいわ。シャワー。身体。洗いっこ」

「その状況で冗談言ってる場合か変態。俺達より死にかけてどうするんだよ。しかし、良く車の中なんて隠れられたな。最近の車はピッキング出来るもんじゃないだろ」

「借りたの。壁の先生からの……協力禁止なんてルール。ないから」

「そりゃそうだ。誰も『車の鍵』を貸せなんて図々しい事言わないだろう。まあよくやった……でもなあ。そんな密室に居たら、誰かが殺されたとかってのは一体何処から仕入れたんだ?」

「同級生とか。同級生の友達とか。皆から聞いてたの。殺される瞬間とか。電話で繋いできて。辛かったわ」

「―――それだけ聞ければ充分だ。ほら、行け」

 シャワー室までレイナの背中を押し、入り口で分かれる。その説明で合点がいった。人から聞いた情報を垂れ流していただけならヒトカタの話など出せそうもない。どうやら俺は隠れ切る事を重視するあまり、レイナに辛い役目を押し付けてしまったようだ。

 

 美子の自殺がフラッシュバックされる。


 彼女への思いは捨てたが、その記憶は今も鮮明に残っている。『他人事』と考えていた時でさえしんどい気持ちになっていたのに、殺害される瞬間をよりにもよって被害者側から実況されていた彼女の気持ちは察するにあまりある。

 ずぶ濡れの制服を脱ぎ捨ててシャワーの蛇口を捻る。プールから解放された瞬間に感じるこの涼しさはサウナに近いものがある。状況は全く逆だが、先程まで感じていた冷たさの癖にその刺激は衰えてくれない。気を抜くと今にも「冷たッ」と言ってしまいそうになる。

「温水に変わるの遅いよね」

「うむ。そこが毎年不満点だっ…………」

 

 振り返ると、一糸纏わぬ姿の朱莉が扉越しにちょこんと佇んでいた。


「どわっち!? 何でお前が居るんだよ!」

「さっぱりしたかったから……かな」

「女性用行け!」

「僕が女性ってバレちゃうだろ!」

 低身長のお陰で見てはいけない部分は隠れているが、どうしよう。また閉じ込められてしまった。シャワーを終わらせても彼女が動いてくれない事には俺もここを出る訳にはいかない。今だけは男性用にも仕切りを用意してくれた学校に感謝しよう(全裸を見られるのが嫌という男子が割と居たらしい)。

「ねえ、洗いっこしようよ」

「帰れ。もしくは隣にいけ」

「けちー」

 ようやく温水に切り替わって湯気が出てきた。朱莉は文句を言わんばかりに口を尖らせてから、仕切りの先に入って水を出した。

「で、マジで何の用なんだ? こんなリスクある真似するんだから、理由くらいあるだろ」

「…………」

「おい」

「……出れば分かるよ。もうすぐ夕食で、そこから夜の部だ。君が誰と過ごすつもりかは知らないけど、流石に次は嫌でも分かる筈さ。今の内にまともな僕と会話しておくべきだね」

「要領を得ない。俺達はまともじゃないし」






「まともな悪党さ。狂った善人と比べたらね」


 いろいろお騒がせしました。もう一話出します。

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