ろくな言葉もかけてやることができなくて
ゼフィロスの森の一角。
森の中にそこだけ開けた、広場のようになっている場所に俺たちはいた。
ここは安全地帯と冒険者の間で呼ばれているところである。
一口に魔物といっても、それぞれの種類では分布エリアの異なることがある。
そしてこの広場は、エリアとエリアのちょうど境目――極端に魔物の出没しにくい場所に存在しているのであった。
今日の安全地帯には俺たち三人だけしかいないようだった。
俺は遠慮無く、広場の真ん中を陣取って座ることにした。
こういう時に真ん中を占領すると貸切感があっていいよな!
座った俺の左隣にメイファンが腰を下ろす。そこから少し離れた位置にはミィルが座った。
と、ちょうどそこでメイファンの腹がぐうとなる。
彼女は恥ずかしそうに頬を染めながら、鳴った腹を両手で抑えた。
「お腹がすいてしまいました」
「俺もだよ。とりあえず昼飯にしようぜ」
「はい!」
メイファンとミィルは前衛だから、直接魔物と剣や拳を交わす。
俺にしたところで、森の中を動きまわるわけだから体力も使うし、身体を動かせばそれだけエネルギーを消費する。
空腹を覚えて当然だった。
ベルトポーチから取り出した包みを広げる。
今日の昼飯は、朝食を作る片手間に俺が作ったサンドイッチだ。パンの間にはベーコンとレタス、チーズ、トマトを挟んである。あとは適当にパンの裏にバターを塗り、黒胡椒なんかも振ってみた。
これだけでも普通にうまい。サンドイッチなら携帯性も抜群だし、挟むもの変えられるだけで味を簡単に変えられるのも楽でいい。
「これ、おいしいですね」
一口かじると、メイファンが嬉しそうに破顔する。
「気に入ったか?」
「はい! パンはジャムや蜂蜜を塗って食べるものだと思ってましたから。こういう使い方を思いつくことができるなんて、やっぱりジェラルドさんは凄いです!」
サンドイッチ程度で絶賛されると正直なところ困ってしまう。
前世の世界じゃ、珍しくもなんともない食べ物だしなあ……。
ま、メイファンも喜んでくれてるし、別にいいんだけど。
「ごちそうさまでした」
夢中になってサンドイッチにかぶりついていたメイファンは、すぐにそれを平らげた。
「凄い食欲だな」
「と、とってもおいしかったので、つい」
食べっぷりに対する感想をもらすと、メイファンが恥ずかしそうに頬を染めた。
そんな彼女の視線が俺のサンドイッチにまで注がれていることに、俺は目ざとく気づいていた。
ポーチから、カリウスさんにもらった携帯食料を取り出してメイファンへと差し出す。
「カリウスさんがくれたやつだけど、もしよかったらこれも食うか?」
「え、いいんですか」
「ああ。空腹で倒れられたりしたらそっちのほうが困るしな」
「ありがとうございます!」
メイファンが嬉しそうに包みを開く。
中身はクッキーだった。カリウスさんのお手製だろうか。
めちゃくちゃうまそうな、香ばしい香りが広がった。
……クオリティたけぇ。
「すごいです。おいしいです!」
嬉しそうな声を上げてメイファンが口にクッキーを放り込んでいく。
俺も一枚つまんでみたが、一口かじった瞬間、香ばしさに混じってレモンの酸味が口中に広がってめちゃくちゃおいしかった。
……マジでクオリティたっけぇ。
こんな彼女いたら最高だろうな。カリウスさん、男だけど。
メイファンの食欲旺盛っぷりとは裏腹に、ミィルのほうはあまり食が進んでいないようだった。
メイファンが今もクッキーを平らげようとしているのに、ミィルはサンドイッチをまだ半分も食べていない。
それどころか、難しい顔つきで地面に目を落としていた。
どうしてやるべきかと俺は考える。
悩んでいることがあるなら話を聞いてやったほうがいいかもしれない。
とはいえ、人に悩みや相談を打ち明けることを苦手とする人間もいる。
ミィルとは長い付き合いで、ある程度のことは理解しあっているつもりだったけど、こうやって思い悩んでいるのを見たことはあまりない。
だからどうしてやるのが正解なのかわからないけど……どちらにせよ、困っていることがあるなら放っておくわけにもいかないだろう。
声をかけることにした。
「おい、ミィル」
「……え? あ、うん。なに?」
「全然食ってないけど、もしかして腹減ってないのか?」
まずはそうやって声をかける。とにかく、こういう時は会話することのほうが重要だと思う。
仮に自分なら、困ったり悩んだりしてる時に、いきなり「なにか困ってるのか?」なんて聞かれたりしたらとっさに否定してしまいそうな気がする。
人間、図星を差されると反射的に否定してしまったりすることもあるのだ。
「あ……」
ミィルは、言われて気づいたでもいったような様子で自分が手にしているサンドイッチへ目を落とす。
「ご、ごめん心配かけて。……ボーッとしてた」
「飯を前にしてボーっとするなんて、あんまりミィルらしくねえな。風邪でも引いたか?」
「ちがっ……風邪とか、そういうのとは違うんだけど」
「じゃあ、どういうの? 俺が作った飯まずかったりしたか?」
「まずくない! まずくないけど、おいしいけど……」
「けど?」
「……ごめん、ちょっと、なんか自分でも分かんなくて。なんなんだろうね、あたし」
悩んでいるというよりは、戸惑っているといった様子だった。
こういうはっきりしない態度を取るミィルは珍しい。
だが、はっきりしないからこそ、本人もどうしていいのか分からずに戸惑っているのだろう。
「困ったことがあったら、遠慮無く言って下さいね、ミィルさん。ボクにできることがあるなら、なんだってしますから」
俯いてしまったミィルを元気づけようとしたのか、メイファンがそう声をかける。
そのまっすぐな優しさに、ミィルは少しだけ表情を緩ませる。
「うん。ありがとね、メイちゃん。それにジェラルドも……足引っ張って、ごめん」
「足引っ張るってお前な。困った時はお互い様だろうが」
「でも……さっき、あたし凄い危なかったから」
沈んだ声でミィルが言う。
さっき
猪熊との戦闘で危うかったことを言っているのだろう。
「ごめん、ほんとあたし……猪熊ぐらい、ちゃんと倒せて多はずなのにね。なんで、あの程度の魔物に遅れ取ってたのか、自分でもよく分かんないんだけど……次は、きっと大丈夫だから」
ミィルはきっと自分では気づいていない。
分からないけど大丈夫、という言葉が矛盾しているということに。
彼女はきっと、大丈夫でなければならないと思いこまなければ不安なのだろう。
でもそれは、俺からしてみれば泥沼に片足を突っ込んでいるような状態にしか思えなかった。
「らしくないな。ミィルなら、『ジェラルドが助けてくれるって信じてたよ! 愛してる!』なんてアホなことを言い出しそうなところだけどな」
「あ……そう、かも?」
「かも、じゃねえよ。ほんとどうしたんだよお前」
「それは……ちょっと自分でも分からないっていうか。けど、足手まといだよね、あたし」
「誰もそんなこと言ってねえだろ」
「でも頑張るから。強くなるし……次はちゃんと、もっと上手くしないと、あたし邪魔だよね……?」
ミィルは思い詰めている。
でも、自分では思い詰めていることに気づいていない。
なぜ戸惑っているのか、焦っているのか、自分でも理解していない。まるでそんな様子だった。
思えば、この間もミィルは朝早くから起きだして剣の稽古をやっていた。
見上げた向上心だとその時は思ったが、本人はあの時に強い焦燥感を覚えていたのかもしれなかった。
俺としては……無理をするな、思い詰めるな、と言ってやりたいところだ。
だが、今のミィルにはそんな言葉さえ逆効果になるような気がした。
「まあ、無理に一人で頑張るなよ。仲間には頼ったっていいんだからな」
「そうですよミィルさん! ボクたち、仲間なんですから、一人で戦わなくたっていいんですよ!」
「仲間……うん、あたしたちは仲間なんだよね」
なぜだろう。
膝を抱えてそう呟いたミィルは、なにやら寂しそうな目をしていたのだった。




