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ラエムシティ 罪と業に染まった街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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33/35

裏で起きていたこと・田淵の凶行

 晴れ渡る空の下、銃声が轟く。

 人々の悲鳴が響き渡り、火薬と硝煙の匂いが立ち込め、地面は水たまりならぬ血だまりが出来ていた。しかも、ちぎれた肉片らしきものまでこびりついている。

 言うまでもなく、ここは戦場ではない。治安の良い国として知られている日本の来夢市だ。海外からの観光客やビジネスマン、買い物客でごった返す繁華街の真ん中であった。

 しかも、明日からラエム教の最大イベントである夏季大会が開催されることなっていた。駅前には大勢の信者たちが集まっており、掃除や片付けなどのボランティアに励んでいた。

 そんな矢先、突然の凶行である。地獄と化した繁華街で、自動小銃を構えた男が残忍な笑みを浮かべ進んでいた。


「オラオラ! どうしたんだよ! お前らの神さまは、苦難からお前らを助けてくれるんじゃなかったのか!?」


 喚きながら、なおも自動小銃を撃ちまくるのは……田淵洸平である。

 弾丸は、その場にいた人々の体を貫いていった。弾丸が切れると、冷静にマガジンを交換した。

 ゆっくりと、周りを見回す。既に、生きた人間はいない。地面には、ほんの少し前まで人間だったものが転がっている。今では、ただの肉塊でしかない。

 肉塊から流れ出る血は、地面を真っ赤に染めている。さながら、レッドカーペットのようであった。

 そんな中を、田淵は悠然と進んでいく。血で作られたレッドカーペットの上を、ハリウッドスターのごとき堂々たる態度で進んでいった。




 手始めに、停めてあったトラックを強奪した田淵。ドライバーは、すぐさま射殺した。

 その後、歩行者天国と化していたスクランブル交差点に突っ込む。二トントラックとはいえ、その殺傷能力は桁外れだ。小型の拳銃などよりは、大勢の人間を殺せる。そう、凶器としては拳銃より車の方が遥かに優れているのだ。

 走るトラックは、行き交う大勢の人を跳ね飛ばし轢き殺した。その後、歩道橋に激突し停止する。

 そんな状況にも、田淵は慌てていなかった。トラックから降りると、用意していたペットボトルの蓋を開ける。中に入っている液体を地面に垂らしながら、すたすた歩いていった。

 車から十メートルほど離れた位置で止まると、田淵はペットボトルを投げ捨てた。ジッポライターに火をつけると、地面に流れている液体めがけ落とした。

 ジッポライターの火は、液体に引火する。まるで導火線のように、液体は燃え上がり、あっと言う間にトラックを覆う。

 田淵は振り向きもせず、悠然と歩いていく。直後、トラックは爆発した──


 これだけの凶行を()の当たりにしながらも、動かない人間がいた。それも、ひとりやふたりではない。百人近い人間が、その場にとどまっていた。

 彼らは、いつも通りの平和な日常生活の最中(さなか)にいたのである。頭にあったものは、これから何をするか……だけだった。

 それが、いきなり非日常の空間に放り込まれたのだ。目の前で、ニトントラックが暴走し何人もの人間を跳ね飛ばした。さらに、そのトラックを運転していた男は、平然とした表情で降りている。まるで、一仕事終えたかのような様子だ。

 その上、トラックは爆発している。その場を動かない人間のうち半分は、あまりにも現実離れした光景に、いったい何が起きているのか把握できていなかった。思考は停止し、体は硬直している。呆けた表情で立ち尽くしているだけだ。


 残りの半分はというと、薄ら笑いを浮かべつつ、スマホを片手に惨劇を録画していた。中には、手の込んだドッキリ番組ではないのか? と考え、スマホを構えつつカメラを探す者までいる始末だ。

 彼らにとって、己の身の安全よりも動画を撮ることの方が大切だった。今、目の前で起きている大事件……これを撮影しネットに流せば、世間の注目を集められる。ひょっとしたら、インフルエンサーの仲間入りが出来るかもしれない。そんな思いから、彼らは逃げることなくスマホで状況を撮影していたのである。

 だが、それはあまりにも愚かな行為であった。


 やがて、その場にスーツ姿の男たちが駆けつける。彼らは普段、町の治安を守るガードマンたちだ。ラエム教の信者であると同時に、自警団のような役割も担っている。

 夏の大会に備え、いつもより多くの人間が町に配置されていた。事件の話を聞くや否や、すぐさま駆けつけたのである。


「お前! その場に止まれ!」


 ガードマンたちは怒鳴り、男を取り押さえるべく走っていく。その数は十人。いずれも防刃ベストを着て、警棒を手にしている。

 しかし、ガードマンたちは事態を甘く見ていた。トラックから降りた田淵の手には、自動小銃があったのである。

 田淵は、その銃口をガードマンたちの方に向ける。

 次の瞬間、銃声が響き渡る。ガードマンたちは、あっという間に蜂の巣と化して倒れた。

 田淵の方は、何事もなかったかのように銃口の向きを変える。

 そこには、スマホをかざした者たちがいた。田淵ほ、ためらうことなくトリガーを引く。

 銃声が轟き、見物人は次々と倒れていった──

 




 田淵は銃を構え、ゆっくりと歩いていく。

 最初は怖かった。怖くて体の震えが止まらなかった。しかし、今はもう大丈夫だ。まるで虫を殺すような感覚で、次々と人を殺している。罪悪感もない、今の田淵にあるのは、使命感だけだった。


(このまま死ねば、君の人生は無意味なものとなる。それでいいのかい?)


(君の人生に、意味を持たせるんだ)


 ペドロの言葉が、脳裏に甦る。そう、自分の人生を無意味なものにしてはいけないのだ。

 ここまで派手なことをやれば、必ずマスコミが動く。結果、ラエム教の裏側を暴いてくれるかもしれない。

 仮に暴いてくれなくても、一向に構わない。大勢の信者たちを道連れに出来るのだ。教団へのダメージは、計り知れないものがあるだろう。

 父と母を死に追いやり、自分の人生を狂わせたラエム教……だが、もう終わりだ。


 俺が、お前らに引導を渡してやる──

 


 その後、声が聞こえてきた。


「と、止まれぇ!」


 妙に甲高い声だった。状況に似合わぬ間抜けさに、田淵は思わずプッと吹き出していた。

 振り返れば、そこには若い警官が立っている。それも、ひとりではない。四人の警官が、こちらに向け拳銃を構えている。

 銃口は、確かに田淵へと向けられていた。だが、構えている手はブルブル震えている。


「動くなぁ! ぶ、武器を捨てろぉ!」 


 ひとりの警官が叫ぶ。緊張と恐怖のせいで、異様に甲高い声となっていた。

 一方の田淵はというと、拳銃を向けられているというのに、顔色ひとつ変えていない。むしろ呆れていた。


「さっさと撃たなかったこと、それがお前らのミスだ」


 冷酷な声で言い放つ。直後、彼の自動小銃が火を吹いた。ほぼ同時に、警官たちも発砲する。

 警官たちの体を、銃弾が貫いていく。一瞬の後、彼らはその場に倒れていた。

 一方、警官から撃たれたはずの田淵は何ともない。確かに、彼らもまた拳銃のトリガーを引いていた。銃声も轟いていた。しかし、弾丸は出なかった。

 それも当然である。基本的に、制服警官の所持する拳銃は、最初の一発が空砲なのだ。まず空砲で威嚇射撃をした後、相手が止まらないようなら次の発砲で実弾を当てる……それが、警官の規則である。日本社会は、銃の発砲について非常にうるさい。このような手順をふまないと、あとあと面倒なことになるのだ。

 警官たちが今、田淵にむけて発砲したのは、全て空砲だった。彼らは、威嚇射撃という手順を踏むこと、さらには一発目が空砲であることも忘れていた。全ては、恐怖のためである。


 警官たちにとっても、これは非日常だった。彼らとて、訓練は積んで来ている。警察学校にて、格闘技の練習や拳銃の撃ち方など、様々なことを体に叩き込まれた上で警察官になった。

 ところが、この状況は訓練でどうこう出来るレベルではない。こんな戦場のごとき場面など、考えたこともなかった。

 目の前にある容疑者は、自動小銃で数十人の人間を殺害している。あちこちに肉片が飛び散り、(しかばね)が転がっており、地面は血に染まっているのだ。これまでの訓練でしてきたことが、全て吹っ飛ばすほどの惨状である。

 結果、自動小銃を構えた相手に空砲を撃つという、最高に間抜けな行動をしてしまった──

  



 自動小銃を構えた田淵は、どんどん進んでいく。途中、弾倉を入れ替えた。

 街を進みながら、人を見れば無差別に乱射する。逃げ遅れた人たちは、次々と死んでいった。窓に人影が映れば、すぐに発砲する。狂っているとしか思えない姿であった。

 しかし、田淵の頭は冷静に働いている。これから行く先は、来夢ドームだ。明日、ラエム教の教祖てある猪狩寛水が、数千人の観衆を前に説法を行うはずだった場所。

 その舞台を、ぶっ壊す。


 そう考えていた田淵だったが、不意に立ち止まった。

 空からは、ヘリコプターの音が聞こえている。おそらく、こちらの動きを撮影しているのだろう。となると、既にスナイパーが狙っているかもしれない。

 訓練されたスナイパーの狙撃テクニックは恐ろしいものだ。数百メートル先、時には一キロ以上離れた位置から、標的を仕留められる。この状況では、自分など撃ちやすい的でしかないのだ。おそらくは、発砲の許可が出ていないため、まだ仕事にかかれないのだろう。

 まだだ。まだ死ぬわけにはいかない。田淵は、すぐに建物の陰に隠れつつ移動する。

 やがて、目指す場所に到着した。道路を隔てた先には、来夢ドームがある。そびえ立つドームは、ラエム教の象徴とも言えた。

 田淵は、背負っていたリュックを降ろす。中から、緑色の筒を取り出した。

 筒の後部を伸ばし、肩にかつぐ。そう、これはロケットランチャーなのだ。一発しか撃てない使い捨てだが、威力はある。

 狙いを定め、発射ボタンを押した。同時に、ロケット弾が発射される──


 ロケット弾は、来夢ドームの入口に炸裂した。一瞬にして、鉄製の扉を吹き飛ばした。

 田淵はロケットランチャーを投げ捨て、自動小銃をチェックする。ついさっきまで、銃身は火傷しそうなくらい熱かった。だが、今は冷えてきている。これなら、まだまだ撃てそうだ。

 マガジンを交換しつつ、ドームへと入っていった。途端に、信者たちに取り囲まれた。彼らは全員、拳銃で武装している。

 次の瞬間、凄まじい音が鳴り響いた──


 体を大量の銃弾に貫かれ、田淵は倒れた。死にゆく数秒の間に、顔つきが変わる。険しい表情が、にこやかなものになっていた。

 同時に、言葉が漏れる。


「ざまぁ……みやがれ」


 意識が闇に沈む零コンマ何秒かの間、田淵の頭にこれまでの人生の映像が流れていく。

 ろくでもない人生であった。だが、最後にやりたいことをやった。トラックで人をはね、自動小銃を乱射し、さらにロケットランチャーをぶっ放した。

 この一時間にも満たない間、田淵ははっきりと感じていた。自分が生きているという感覚と生命の充足感、そして胸の裡に燻っていた思いに決着をつけられた満足感。

 田淵は、幸せな気分で倒れていく。


 生まれ変わったら、傭兵になろうかな……。


 後の時代、日本の歴史に刻まれるテロを敢行した田淵だったが、最期の表情は安らかであった。大量の返り血に染まった顔には、満足した表情が浮かんでいた。


 田淵を撃ったのは、大会に備え警護に当たっていたラエム教の信者たちである。彼らは、田淵を止めるには射殺するしかないと判断し銃器を使用したのだ。

 だが、その行為はラエム教に最悪の事態をもたらした。田淵は、自身の体にカメラを装着していたのだ。そのカメラは、田淵の周囲にあるものを全て録画していた。しかも、録画した映像はすぐさま動画サイトへと投稿される。

 田淵は、己の凶行を最初から最後まで生配信していたのである──




 信者たちが拳銃を発砲した映像は、凄まじい勢いで拡散されていった。もはや、言い逃れはできない。

 田淵の復讐は、達成されたのだ。

 



 

 


 


 

 

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