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ラエムシティ 罪と業に染まった街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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北村、不思議なものを見る

 北村は、見るも無惨な姿になっていた。

 大勢の若者たちに殴られ蹴られ、着ているものもビリビリに破かれ血まみれにされ、ボロ雑巾のような姿で地面に転がっている。先ほどまでは、どうにか這い回っていたが……今は、動くことも出来ないらしい。

 そんな北村の周りを取り囲んでいるのは、佐々木とその仲間たちである。


「おい、どうすんだよ? 女に逃げられちまったじゃねえか」


 若者のひとりが言ったが、佐々木は平気な顔をしている。


「でもよ、このクソオヤジは女の知り合いだろ。女の居場所を知ってるかもしれねえぜ」


 言いながら、なおも北村の顔面を殴りつける。

 その時、佐々木らの耳に声が聞こえた


「君たち、そこをどいていただけないかな?」


 佐々木たちは、一斉に声のした方向を向く。

 そこには、ひとりの外国人が立っていた。身長は百七十センチもないが、胸板は分厚い。黒いTシャツを着ているが、裾から覗く二の腕には瘤のような筋肉がうねっている。

 肌は浅黒く、顔の彫りは深い。どこの国の人間かは不明だが、日本人でないのは確かだ。


「はあ? 何言ってんだお前?」


 佐々木は睨みながら聞き返したが、外国人に怯む気配はない。


「聞こえなかったのかな。では、もう一度言うよ。そこをどいてくれ、とお願いしている」


「ざけんなよ。てめえ外人だから知らねえだろうけどな、こいつは剛田さんに逆らったクソ野郎なんだよ。きっちりシメて、剛田さんに差し出さなきゃならねえ。だから、ここは通行止めだ」


 そう言うと、佐々木は顔を近づけていく。チンピラがよくやる威嚇のポーズだ。周囲の若者たちも、敵意を剥き出しにした表情で近づいて来るを

 すると、外国人は溜息を吐いた。


「そうか。つまり、君らは言葉による対話が不可能だということだね。では、力ずくで通らせてもらおう」


 言った直後、外国人はクスリと笑った。



 

 後に北村は、そこで何があったのかの説明を求められた。だが、彼はそれを上手く語れなかった。間近で見ていたはずなのに、何が起きていたのか全くわからなかったのだ。

 北村にわかったことはひとつ。その場にいた少年たちが、次々と倒れていった事実だけである。

 外国人が前進し、その場にいた者に触れていく。そのたびに、若者たちはひとりでに空中に飛ばされていく……そんな風にしか見えなかった。出来の悪い異能アクション映画の格闘シーンのようである。

 しかも、倒された少年たちは、みな意識を失っているようだった。外国人のわけのわからない技をくらい、地面に叩きつけられ気絶した……そうとしか思えなかった。


 やがて、外国人の視線がこちらに向けられた。そこで、北村はハッとなる。何が何だかわからないが、この見知らぬ男に助けられたことは間違いない。


「誰だか知らないが、ありがとう」


 口から出たのは、そんな言葉だった。だが、外国人は軽く会釈しただけだ。無言のままドアを開け、ビルの中に入って行こうとする。

 その時、北村は思わず叫ぶ。


「あ、あんた何者だ? 加納さんの知り合いか?」


「悪いが、君に構っている暇はない。動けるなら、なるべく早くここを離れるんだ。足代は、彼らから拝借したまえ」


 言いながら、外国人は倒れている者たちを指差す。

 直後、ビルの中に入っていった。


 ・・・


 加納は鍵を使い、鉄格子の扉を開け独房へと入って行った。

 中は狭く、四畳ほどだろう。壁は灰色で、洗い場とトイレが奥の壁に設置されている。それ以外は、何もない。

 そんな部屋に、異様な顔の女がいる。額と頬にはタトゥーを入れられていた。漢字の豚という文字が、顔の三箇所に描かれている。しかも、鼻は上を向いていた。まるで豚のようである。

 この女もまた、剛田によって整形されてしまった。挙げ句、ここで奴隷として生活していたのである。

 そんな女に、加納は恭しい態度で頭を下げる。 


「お母さん、お久しぶりです。ずいぶんと哀れな姿になってしまいましたね」


「あ、あなたは……」


 女は、驚愕の表情を浮かべて加納を見上げる。加納は、クスリと笑った。


「忘れたのですか? あなたの息子、春彦ですよ」


「春彦!?」


 叫び、わなわなと震えだす女。加納の方は、冷静な表情のまま話を続ける。


「剛田薫は、僕の友人が倒してくれるはずです。もう、あなたの前に姿を現すことはないでしょう」

  

「あ、ありがとう」


「礼など結構です。しかしまあ、あなたも無様ですね。僕と姉さんを売った代償が、このザマですか」


「えっ?」


「とぼける気ですか? あなたは、僕と姉さんをケダモノどもに売ったんですよね」


「違う、それは誤解よ!」


 必死でかぶりを振る女に、加納は目を細める。


「あなたは、本当に嘘つきですね。情報の通りだ。僕と姉さん、果たして幾らで売れたんですかね?」




 そう、この女……加納(カノウ)(アキラ)は、十代で結婚しふたりの子を産んだ。だが、夫とは十年後に死に別れる。そこまでは、珍しい話ではない。

 しかし、ここからは違っていた。晶は、自分の子供ふたりを売ったのだ。

 当時、まだ十二歳だった春彦は、近所でも美少年として評判であった。姉の夏美(ナツミ)もまた、美しい顔をしていた。

 姉弟は、その美貌ゆえに変態の大富豪に目をつけられる。このふたりを、奴隷として調教したい……という欲望に憑かれてしまったのだ。

 話を持ちかけられた晶は、何のためらいもなく了承する。自分の子供を、性奴隷として売り飛ばしたのだ。見返りに、多額の金と上級国民とのパイプを手に入れた。

 彼女はセレブな未亡人として、上流階級でもその存在を知られていく。だが、晶はあまりにも愚かであった。その美貌を鼻にかけ、あちこちで暴言を吐き次々と敵を増やしていく。

 やがて、その敵によって罠にはめられ財産のほとんどを失った。そして、今では本人が奴隷となる羽目に陥ったのだ。




 晶はかぶりを振った。目に涙を浮かべ訴える。


「あれは仕方なかったんだよ。あたしひとりじゃ、あんたたちを養えない。あんたらを養子に欲しい、自分の子と思って大切に育てる……なんて言ってたんだよ」


「あなたの事情など知りませんよ。養えないなら、国の施設もあったはずです。それに、あの男は言っていましたよ……お前ら姉弟を買うのに、多額の金を払ったとね」


 途端に、晶の表情が歪んだ。加納はというと、すました表情で語り続ける。


「あなたは、相手が変態のクズ野郎と知りなから、僕と姉さんを売り飛ばしました。おかげで、僕は幼くして男を喜ばせるテクニックを学ばされましたよ。このテクニックは、様々な局面で役に立ってくれました。ついでに言うと、僕は童貞より先に処女を失ってしまいましたよ」


 そこで、加納はまたしても笑った。つられたのか、晶も引きつったような顔になる。おそらく愛想笑いのつもりなのだろう。だが、その笑顔はあまりにも醜かった。


「姉さんも同じです。僕と姉さんは、奴らの玩具として扱われてきました。ところが、ある日のことです。姉さんは、屋敷に火をつけました。なぜ、そんなことをしたかわかりますか?」


 そこで、加納の瞳に暗い陰がよぎる。口を閉じ、天井を睨みつけた。その顔に、初めて感情らしきものが浮かんだ。

 ややあって、再び母に視線を戻す。


「僕を逃がすためですよ。僕を外に放り出し、屋敷内に灯油を撒いて火をつけました。大勢の人を道連れにして、僕の目の前で焼死したのですよ。その時、不思議なことが起きました。僕の裡から、恐怖という感覚が消えてしまったのです。以来、僕は何を見ても何を体験しても、怖くなくなってしまったのですよ。あの日、僕の心は死んでしまったのです」


 加納は言葉を止め、フッと笑った。晶はというと、恐怖のあまり何も言えずにいた。息子の目的が何なのか、ようやく理解したのだ──


「僕がなぜ、ここに来たかわかりますか? あなたを、自分の手で殺すためですよ」


 そう言うと、加納は手を伸ばした。晶の喉を片手で掴み、無理やり立ち上がらせる。見た目からは想像もつかない腕力だ。


「お願いよ……命だけは助けて。何でもするから……」


 かすれた声で、晶は哀願する。だが、加納の表情には微塵の変化もなかった。瞬時に、母の身体を壁に押し付ける──


「申し訳ないですが、今のあなたには何の価値もありません。僕はね、恐怖という感情だけでなく、肉親に対する情も失ってしまいました。あなたは、地獄で姉さんに詫びてください」


 言った直後、加納は手に力を込める。

 晶は必死でもがいた。しかし、加納の手は外れない。機械で絞め上げられているかのようだ。その機械は、容赦なく晶の喉を潰していく。

 やがて、晶は息絶えた。途端に、加納は手を離す。彼女の身体は、バタリと床に落ちた。

 加納は、かつて母だった者の遺体を見下ろす。その瞳には、何の感情も浮かんでいなかった。







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