加納、華麗に闘う
「ガキども、さっさとどけ!」
Tシャツ姿の北村は、喚きながら短い鉄棒をブンブン振り回している。突然の出来事に、佐々木らは目を白黒させ近づけずにいた。
その隙に、北村はふたりに向かい怒鳴った。
「大丈夫か!?」
「北村さん!? どうしてここに!?」
真琴が叫ぶ。
その時、ナタリーも動いた。さっと真琴を担ぎ上げると、一気に路地裏を抜ける。
すると、北村は左方向を指さした。
「そこに車が停まってる! それに乗って、さっさと逃げろ! 俺に構わず行け!」
「何を言ってんの! 一緒に逃げなきゃ!」
真琴が言い返すが、ナタリーは構わず走った。車のドアを開け、彼女を後部席に放り込む。次いで、北村の方を見た。途端に、顔をしかめる。
北村は、地面に倒されていた。その周囲には、若者たちが群がり蹴りを入れている。来たばかりの者たちは、状況が呑み込めておらず北村のみを敵だと判断したらしい。
さらに、こちらに向かい走ってくる若者たちの姿も見えた。全部で十人を超えるだろう。手にキラキラ光る物を持つ男もいる。鉄パイプもしくはチェーンか、ひょっとしたら日本刀かも知れない。いずれにせよ、凶器であることは間違いない。
車で突っ込むか? いや、そうなると集団に囲まれ窓を割られる。最悪、車をひっくり返される……一秒にも満たない時間で考えを巡らせたナタリーだったが、北村の叫びで腹を括る。
「いいから行け! 最後くらい、俺にカッコつけさせろ!」
「バカ野郎! そんなオヤジどうでもいいんだよ! 捕まえんのは、そこの車に乗ってる女たちだ!」
喚いたのは佐々木だ。途端に、若者たちが一斉にこちらを向く。
ナタリーは、すぐに動いた。車のドアを閉め、発進させる──
「ナタリーさん! 行っちゃ駄目だよ!」
真琴が涙目で訴えるが、ナタリーは険しい表情で言い返す。
「このままでは、みんな共倒れになる。我々だけでも逃げるんだ」
「そんな──」
「北村さんの気持ちを無駄にすることになるんだぞ!」
その言葉に、真琴は何も言えずうつむく。
ふたりの乗った車は、あっという間にその場から去っていった──
・・・
加納はドアを開け、中に足を踏み入れる。
そこは、異様な空間であった。長い通路の両サイドは鉄格子が付いており、数メートルごとに壁で仕切られている。
鉄格子の向こう側には人が入れられており、その姿は異様であった。額に角のような瘤をいくつも埋め込まれている者。顔の半分が溶かされている者。顔面全体にケバケバしいデザインのタトゥーを彫られている者などなど……。
異常な光景の中を、加納は眉ひとつ動かさず進んでいく。
その時、通路の先にある扉が開いた。入ってきたのは、白衣を着た者たちだ。全員が白いマスクをしており、髪は短い。いずれも体格は大きく、百八十センチの加納とさほど変わらないサイズである。
彼らは、訝しげな表情で加納の前に立った。
「あなたは誰だ? 剛田さんの許可を得ているのか?」
ひとりの男が聞いてきた。加納の方は、すました表情で答える。
「剛田さんは、今とても忙しいようです。手が離せないので、僕が代わりに来ました」
「お前、何を言っているんだ?」
別の男が、そう言って加納に近づいていく。と、加納はクスリと笑った。
「つまり、こういうことです」
直後、右足が動く。ハイキックが放たれたのだ。稲妻のような速さで、男の側頭部に炸裂する。
男が崩れ落ちるのと、加納の右足が着地するのは、ほぼ同じタイミングであった。ハイキックにより脳震盪を起こされ、一瞬にして意識を失ってしまったのだ。
加納の攻撃は、さらに続く。瞬時に間合いを詰めたかと思うと、今度は左のハイキックだ。これまた、相手のこめかみにクリーンヒットし意識を刈り取ってしまった。
棒で殴り殺すというよりは、日本刀でスパッと斬り捨てる……そんな蹴りであった。しなやかな体が舞い、長い足が瞬時に放たれる。優美さすら感じさせられる技だ。観客がいれば、思わず見とれてしまうほど見事なものである。
もっとも、残りのふたりは見とれてくれるようなタイプではない。今の攻撃で、目の前にいる者が敵であることを理解したのだ。加納めがけ、同時に襲いかかっていく。
しかし、加納に慌てる様子はなかった。すました表情のまま、いきなり跳躍する──
強烈な右の飛び膝蹴りが炸裂し、片方の男の顔面を打ち砕く。無骨さは全く感じられない。バレリーナのような美しい動作だ。
その後の行動もまた、完全に常識外のものであった。加納は飛び膝を当てた直後、相手の肩に左足をかける。
そこから、男を踏み台にし一気に飛び上がったのだ。同時に、右足を思い切り振り上げた。足は真っ直ぐ上がり、太ももから脛にかけての部分は胴体に密着している。体の柔軟さもまた、常人の域を遥かに超えていた。
直後、もうひとりの男めがけ踵を振り下ろす。飛び踵落としは、相手の顔面を打ち砕いた。頭蓋骨を陥没させられ、男はバタリと倒れる──
全ての動作に無駄がなく、それでいて派手で華麗なる技の数々。強さと同時に、観る者を魅了する美しさをも兼ね備えている。加納の闘い方は、木俣や剛田とは完全に真逆であった。しかし、人間離れしているという点は同じであっただろう。
それだけのことをしでかした加納はというと、息も切らさず進んでいく。
やがて、ひとつの檻の前で立ち止まった。
・・・
その隣の部屋では、怪物同士の闘いがまだ続いている──
木俣と剛田は、双方ともにボロボロの状態で立っていた。
クソ、なんだこいつ……。
さすがの木俣も、心が折れそうになっていた。
目の前にいる男に、何発のパンチを叩き込んだだろう。鼻から血を流し前歯はへし折れ、相当のダメージを受けているはずだ。
にもかかわらず、剛田は立っている。これまで何人もの男をぶっ倒してきた木俣のパンチが、剛田には効いていないのか。
しかも、凄まじい腕力で殴り返してくる。こんな強烈なパンチをもらったのも初めてだ。
こいつは、化け物なのか?
俺のパンチじゃ、倒せねえのか?
木俣の闘志に、少しずつ亀裂が入っていく。これまで感じたことのない思い。己に対し抱いていた、圧倒的な自信が揺らぎ始めたのだ。直面した敗北の可能性……後に待つのは、確実な死だ。
しかし、その時──
いや、あいつほどじゃねえ。
あいつに比べりゃ、剛田なんざ……。
木俣の脳裏に浮かんだのは、つい先日に出会った外国人だった。その体は、剛田よりも遥かに小さかった。にもかかわらず、木俣を子供扱いした化け物──
そうだよ。
あいつに比べりゃ、剛田なんざクソ雑魚じゃねえか。
剛田ごときに苦戦してたら、あいつにゃ一生勝てねえ。
あいつから……ペドロから加納さんを守れるのは、俺しかいねえんだ!
その瞬間、木俣の五体を熱いものが駆け巡っていった。同時に、先ほどまで体と心を蝕んでいた感覚が消え去った。
「いい加減くたばれや!」
咆哮と同時に放たれた木俣のパンチは、剛田の顎を捉える。
途端に、剛田のバランスが崩れた。それまでの殴り合いにより、蓄積したダメージは半端なものではない。そのダメージが、彼の五体のコントロール機能を乱していた。
グラリと巨体が揺れ、壁に背中を打ち付ける。同時に、後頭部も打った。
その衝撃が駄目押しとなり、剛田はそのまま崩れ落ちる。意識が飛んでしまったのだ。
「やっと終わったか……」
木俣は呟いた。と同時に、彼もまた崩れ落ちる。床に膝を着き、顔をしかめた。
その時になって、全身に痛みが走る。いや、痛みなどという生易しいものではない。
剛田の強烈なパンチを、何発もらったことだろう。常人ならば、一発で失神させられている威力のものだ。当たりどころによっては、一発で殺すことも出来るパンチだ。ヘビー級のプロボクサーでも、ここまでの強烈なパンチを打てる者は、そうそういないだろう。
鼻血が止まらない。おそらく、鼻が折れているだろう。前歯もほとんどイカれた。オールバックの髪型は、完全に崩れている。顔も、かなり変形しているだろう。
ここまでのダメージを受けたのは、生まれて初めてだ。
「てめえは、本当に強かったよ……この、クソゴリラが」
壁にもたれたまま失神している剛田に向かい、木俣は憎々しげに毒づいた。
そう、剛田は確かに強かった。だが、あいつに比べれば大したことはない。
またしても、木俣の脳裏に浮かび上がってきたもの……それは、あの男だった。ペドロと名乗っていた謎の外国人だ。
ペドロと闘った時間は、ほんの数秒だった。にもかかわらず、圧倒的な差を感じた。こいつには勝てない、という清々しいまでの敗北感。どう足掻いても超えられない存在であり、悪魔の領域にまで達した強さの持ち主だった。
あの化け物に比べれば、剛田など大したことはない。そう、ペドロと比べれば、こんな男などしょせんは人間の範疇なのだ。
「お前は強かった。サンピンと言ったのは謝る。だがな、あいつに比べりゃ弱いよ。とりあえず、お前はここいらじゃあ三番目だ。てなわけで、そこでおねんねしてな。もし生きて再会できたら、またド突き合おうせ。そん時は、きっちりトドメ刺してやるからよ」




