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ラエムシティ 罪と業に染まった街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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26/35

加納、華麗に闘う

「ガキども、さっさとどけ!」


 Tシャツ姿の北村は、喚きながら短い鉄棒をブンブン振り回している。突然の出来事に、佐々木らは目を白黒させ近づけずにいた。

 その隙に、北村はふたりに向かい怒鳴った。

  

「大丈夫か!?」


「北村さん!? どうしてここに!?」


 真琴が叫ぶ。

 その時、ナタリーも動いた。さっと真琴を担ぎ上げると、一気に路地裏を抜ける。

 すると、北村は左方向を指さした。


「そこに車が停まってる! それに乗って、さっさと逃げろ! 俺に構わず行け!」


「何を言ってんの! 一緒に逃げなきゃ!」


 真琴が言い返すが、ナタリーは構わず走った。車のドアを開け、彼女を後部席に放り込む。次いで、北村の方を見た。途端に、顔をしかめる。

 北村は、地面に倒されていた。その周囲には、若者たちが群がり蹴りを入れている。来たばかりの者たちは、状況が呑み込めておらず北村のみを敵だと判断したらしい。

 さらに、こちらに向かい走ってくる若者たちの姿も見えた。全部で十人を超えるだろう。手にキラキラ光る物を持つ男もいる。鉄パイプもしくはチェーンか、ひょっとしたら日本刀かも知れない。いずれにせよ、凶器であることは間違いない。

 車で突っ込むか? いや、そうなると集団に囲まれ窓を割られる。最悪、車をひっくり返される……一秒にも満たない時間で考えを巡らせたナタリーだったが、北村の叫びで腹を括る。 


「いいから行け! 最後くらい、俺にカッコつけさせろ!」


「バカ野郎! そんなオヤジどうでもいいんだよ! 捕まえんのは、そこの車に乗ってる女たちだ!」


 喚いたのは佐々木だ。途端に、若者たちが一斉にこちらを向く。

 ナタリーは、すぐに動いた。車のドアを閉め、発進させる──


「ナタリーさん! 行っちゃ駄目だよ!」


 真琴が涙目で訴えるが、ナタリーは険しい表情で言い返す。


「このままでは、みんな共倒れになる。我々だけでも逃げるんだ」


「そんな──」


「北村さんの気持ちを無駄にすることになるんだぞ!」


 その言葉に、真琴は何も言えずうつむく。

 ふたりの乗った車は、あっという間にその場から去っていった──


 ・・・


 加納はドアを開け、中に足を踏み入れる。

 そこは、異様な空間であった。長い通路の両サイドは鉄格子が付いており、数メートルごとに壁で仕切られている。

 鉄格子の向こう側には人が入れられており、その姿は異様であった。額に角のような瘤をいくつも埋め込まれている者。顔の半分が溶かされている者。顔面全体にケバケバしいデザインのタトゥーを彫られている者などなど……。

 

 異常な光景の中を、加納は眉ひとつ動かさず進んでいく。

 その時、通路の先にある扉が開いた。入ってきたのは、白衣を着た者たちだ。全員が白いマスクをしており、髪は短い。いずれも体格は大きく、百八十センチの加納とさほど変わらないサイズである。

 彼らは、訝しげな表情で加納の前に立った。


「あなたは誰だ? 剛田さんの許可を得ているのか?」


 ひとりの男が聞いてきた。加納の方は、すました表情で答える。


「剛田さんは、今とても忙しいようです。手が離せないので、僕が代わりに来ました」


「お前、何を言っているんだ?」


 別の男が、そう言って加納に近づいていく。と、加納はクスリと笑った。


「つまり、こういうことです」


 直後、右足が動く。ハイキックが放たれたのだ。稲妻のような速さで、男の側頭部に炸裂する。

 男が崩れ落ちるのと、加納の右足が着地するのは、ほぼ同じタイミングであった。ハイキックにより脳震盪を起こされ、一瞬にして意識を失ってしまったのだ。

 加納の攻撃は、さらに続く。瞬時に間合いを詰めたかと思うと、今度は左のハイキックだ。これまた、相手のこめかみにクリーンヒットし意識を刈り取ってしまった。

 棒で殴り殺すというよりは、日本刀でスパッと斬り捨てる……そんな蹴りであった。しなやかな体が舞い、長い足が瞬時に放たれる。優美さすら感じさせられる技だ。観客がいれば、思わず見とれてしまうほど見事なものである。

 もっとも、残りのふたりは見とれてくれるようなタイプではない。今の攻撃で、目の前にいる者が敵であることを理解したのだ。加納めがけ、同時に襲いかかっていく。

 しかし、加納に慌てる様子はなかった。すました表情のまま、いきなり跳躍する──


 強烈な右の飛び膝蹴りが炸裂し、片方の男の顔面を打ち砕く。無骨さは全く感じられない。バレリーナのような美しい動作だ。

 その後の行動もまた、完全に常識外のものであった。加納は飛び膝を当てた直後、相手の肩に左足をかける。

 そこから、男を踏み台にし一気に飛び上がったのだ。同時に、右足を思い切り振り上げた。足は真っ直ぐ上がり、太ももから脛にかけての部分は胴体に密着している。体の柔軟さもまた、常人の域を遥かに超えていた。

 直後、もうひとりの男めがけ踵を振り下ろす。飛び踵落としは、相手の顔面を打ち砕いた。頭蓋骨を陥没させられ、男はバタリと倒れる──


 全ての動作に無駄がなく、それでいて派手で華麗なる技の数々。強さと同時に、観る者を魅了する美しさをも兼ね備えている。加納の闘い方は、木俣や剛田とは完全に真逆であった。しかし、人間離れしているという点は同じであっただろう。

 それだけのことをしでかした加納はというと、息も切らさず進んでいく。

 やがて、ひとつの檻の前で立ち止まった。

 

 ・・・


 その隣の部屋では、怪物同士の闘いがまだ続いている──




 木俣と剛田は、双方ともにボロボロの状態で立っていた。

 

 クソ、なんだこいつ……。


 さすがの木俣も、心が折れそうになっていた。

 目の前にいる男に、何発のパンチを叩き込んだだろう。鼻から血を流し前歯はへし折れ、相当のダメージを受けているはずだ。

 にもかかわらず、剛田は立っている。これまで何人もの男をぶっ倒してきた木俣のパンチが、剛田には効いていないのか。

 しかも、凄まじい腕力で殴り返してくる。こんな強烈なパンチをもらったのも初めてだ。


 こいつは、化け物なのか?

 俺のパンチじゃ、倒せねえのか?


 木俣の闘志に、少しずつ亀裂が入っていく。これまで感じたことのない思い。己に対し抱いていた、圧倒的な自信が揺らぎ始めたのだ。直面した敗北の可能性……後に待つのは、確実な死だ。

 しかし、その時──


 いや、あいつほどじゃねえ。

 あいつに比べりゃ、剛田なんざ……。


 木俣の脳裏に浮かんだのは、つい先日に出会った外国人だった。その体は、剛田よりも遥かに小さかった。にもかかわらず、木俣を子供扱いした化け物──


 そうだよ。

 あいつに比べりゃ、剛田なんざクソ雑魚じゃねえか。

 剛田ごときに苦戦してたら、あいつにゃ一生勝てねえ。

 あいつから……ペドロから加納さんを守れるのは、俺しかいねえんだ!


 その瞬間、木俣の五体を熱いものが駆け巡っていった。同時に、先ほどまで体と心を蝕んでいた感覚が消え去った。


「いい加減くたばれや!」


 咆哮と同時に放たれた木俣のパンチは、剛田の顎を捉える。

 途端に、剛田のバランスが崩れた。それまでの殴り合いにより、蓄積したダメージは半端なものではない。そのダメージが、彼の五体のコントロール機能を乱していた。

 グラリと巨体が揺れ、壁に背中を打ち付ける。同時に、後頭部も打った。

 その衝撃が駄目押しとなり、剛田はそのまま崩れ落ちる。意識が飛んでしまったのだ。


「やっと終わったか……」


 木俣は呟いた。と同時に、彼もまた崩れ落ちる。床に膝を着き、顔をしかめた。

 その時になって、全身に痛みが走る。いや、痛みなどという生易しいものではない。

 剛田の強烈なパンチを、何発もらったことだろう。常人ならば、一発で失神させられている威力のものだ。当たりどころによっては、一発で殺すことも出来るパンチだ。ヘビー級のプロボクサーでも、ここまでの強烈なパンチを打てる者は、そうそういないだろう。

 鼻血が止まらない。おそらく、鼻が折れているだろう。前歯もほとんどイカれた。オールバックの髪型は、完全に崩れている。顔も、かなり変形しているだろう。

 ここまでのダメージを受けたのは、生まれて初めてだ。


「てめえは、本当に強かったよ……この、クソゴリラが」


 壁にもたれたまま失神している剛田に向かい、木俣は憎々しげに毒づいた。

 そう、剛田は確かに強かった。だが、あいつに比べれば大したことはない。


 またしても、木俣の脳裏に浮かび上がってきたもの……それは、あの男だった。ペドロと名乗っていた謎の外国人だ。

 ペドロと闘った時間は、ほんの数秒だった。にもかかわらず、圧倒的な差を感じた。こいつには勝てない、という清々しいまでの敗北感。どう足掻いても超えられない存在であり、悪魔の領域にまで達した強さの持ち主だった。

 あの化け物に比べれば、剛田など大したことはない。そう、ペドロと比べれば、こんな男などしょせんは人間の範疇なのだ。


「お前は強かった。サンピンと言ったのは謝る。だがな、あいつに比べりゃ弱いよ。とりあえず、お前はここいらじゃあ三番目だ。てなわけで、そこでおねんねしてな。もし生きて再会できたら、またド突き合おうせ。そん時は、きっちりトドメ刺してやるからよ」








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