剛田と木俣、ド突き合う
剛田は、愕然となっていた。
あのドアには、鍵がかかっていたはずだ。毎回、自分が必ず閉めている。なのに、加納はあっさりとドアを開け向こうに行ってしまったのだ。
しかし、そこでハッと気づいた。ズボンのポケットに手を入れるが、鍵は入っていない。
先ほど、加納を抱きしめた時。そのドサクサに紛れて、あの男がポケットから盗んでいたのだ──
「クソ、やりやがったな」
思わず毒づいた。あのドアの先には、剛田の「コレクション」を収納した場所がある。加納は、そこに用があるのか。
慌てて後を追おうとした時、木俣が吠える。
「おい待てやハゲ! お前の相手は俺だよ! 加納さんの用事が終わるまで、俺と遊んでくれや!」
言いながら、ドスドスと近づいてきた。
剛田は、凄まじい形相で振り返る。
「あいにくだがな、俺は忙しいんだよ! これでもくれてやるから、そこで寝てろ!」
言うと同時に、拳を振り上げた。
百二十キロというスーパーヘビー級の全体重を拳に乗せ、一気に叩き込む──
剛田のパンチは、木俣の顔面を打ち抜いた。
さすがの木俣も効いたらしい。顔をしかめ、よろよろと後退りする。常人ならば、その一発でケリがついていただろう。
だが、木俣は倒れなかった。後退りはしたものの、ほんの数歩下がっただけで踏みとどまる。
顔を上げ、ニヤリと笑った。
「いいパンチだよ。伊達に大幹部やってねえなあ。けどよ、こっちも引けねえんだよ!」
吠えた直後、今度は木俣のパンチが飛んだ──
岩のような拳が、剛田の顔面に炸裂した。同時に、彼の巨体がぐらりと揺れた。
どうにか踏みとどまると、凄まじい形相で木俣を睨む。
「この野郎……上等じゃねえか!」
喚きながら、拳を振り上げ突進していく。対する木俣は、笑いながら両手を広げる。避ける仕草はもちろんのこと、ガードすらしようとしない。
直後、剛田の拳が炸裂した──
渾身の力を込めた一撃は、木俣の顔面を打ち抜く。だが、木俣も倒れない。どうにか踏みとどまると、渾身の力を込めた一撃を返していく。
双方ともに、相手の攻撃を避ける気配がない。剛田と木俣にしか出来ない、超人的な体力にものを言わせた超弩級のド突き合いが始まったのだ──
・・・
その頃、真琴とナタリーにも異変が起きていた。
突然、彼女らのいる部屋のドアが開く。そこには、ひとりの男が立っていた。紺色のスーツを着た若い男だ。
彼の顔には、ふたりとも見覚えがある。その男の名は──
「こ、小林さん……」
真琴が、唖然とした表情で呟く。そう、ふたりの前にいるのは小林綾人だったのだ。彼女らの仲間だったが、先ほど剛田より死亡したと聞かされていた。
「話は後です。とにかく、今はここを出ましょう」
小林に言われ、真琴はまごつきながろも答える。
「でも、あの、死んだって……」
「その話は後にしよう。今は、小林さんの指示通り逃げるんだ」
ナタリーの言葉に、小林も頷いた。
「そうしてください。今、街はとんでもない騒ぎになっています。早く逃げないと、とんでもないことになりますよ。既に助けも呼んでいますし、今ごろ外で待機していると思います。なので、早く外に出てください。まずは、手錠を外しましょうか」
そう言うと、小林はポケットから鍵を出した。ふたりの手錠を外していく。
その時、真琴が心配そうに尋ねる。
「小林さんは、どうすんの?」
「私は、ここでやらなくてはならないことがあります。とにかく、今は私に構わず逃げてください。外で、車が待っているはずです。このドアを出たら左にまっすぐ進んでください。突き当たりのT字路まで行ったら、左に曲がってください。そこから、地下駐車場に出られますから」
そう言うと、小林は去っていった。
部屋を出た真琴とナタリーは、通路を歩き地下駐車場を抜けていく。車両の出入り口はシャッターが閉まっており、裏口のドアから外に出るしかなかった。
出た先は、狭い路地裏であった。スペースからして、三人並んで歩くのがやっとだ。
目の前にはマンションの壁があり、道は左右に分かれている。右は十メートルほど先に金網の塀があり、行き止まりとなっていた。
左はというと、少し歩けば大きな道路に出られる。そちらには様々な店がならんでいた。
逃げるには、左方向に進むしかなさそうだ。ふたりは歩き出したが、聞こえてきた音に思わず足を止めた。
周囲は、異様な雰囲気なのである。空にはヘリコプターが飛んでおり、バタバタというプロペラ音がはっきり聞こえていた。低空飛行をしているらしい。
さらに、遠くではパトカーのサイレンが鳴っている。一台や二台ではない。その上、拡声器で喚くような声も聞こえていた。
何か大きな事件があったのは間違いない。
「これ、どうなってんの?」
真琴が呟いた時だった。大通りにあるファミリーレストランから、数人の若者が出てきた。
その顔には見覚えがある。先ほど、「身体検査」の場にいたチンピラたちだ。ナタリーと真琴は、すぐさま顔を背ける。だが、遅かった。
「おい、あいつらは……」
ひとりが声を出す。と同時に、チンピラたちの視線が一斉にこちらを向く。
ナタリーは、無言で前に出た。真琴は足をくじいており、走ることが出来ない。ならば、デタラメを言って丸め込む。この状況で、強行突破は避けたい。
一方、チンピラたちはどんどん近づいてくる。相手は、全部で四人。ナタリーひとりなら、全員を倒せないこともない。が、今は真琴がいる。
「やっぱりだ。この女、剛田さんが捕まえた奴だよ。なんで、こんなとこにいるんだ?」
チンピラのひとりが聞いてきた。
ナタリーがごまかそうとした時、顔に包帯を巻いた男が現れる。
包帯の男は、こちらに歩いてきた。剛田に殴られた佐々木だ。さっさと家で治療に専念すればいいものを、まだウロウロしていたらしい。これで、敵の総勢は五人に増えた。
歩いてきた佐々木は、真琴を見るなり顔を歪める。
「クソが……俺は、こいつのせいで殴られたんだ。このふたりには、たっぷり礼をしてやらねえとな」
こんなことを言いながら、肩をいからせ近づいて来たのだ。どうやら、口でごまかす手段は使えないらしい。
事態を把握すると同時に、ナタリーは動いた。手近にいたチンピラの顔面に、素早い目突きをくらわす。漫画やアニメに有りがちな、二本指を目に突き刺すものではない。四本の指で払うように眼球付近を打つものだ。目の付近に何か当たればば、人は反射的に目を閉じる。それが狙いだ。
狙い通り、相手は目をつぶり顔を背ける。直後、ナタリーの拳が鳩尾に炸裂した。目つぶった状態でくらうパンチは、通常の数倍の威力がある。相手は、ウッと呻いて崩れ落ちた。
この間、二秒あるかないかである。あまりの速攻に、他のチンピラたちは何が起きたか把握できていない。
一方、ナタリーは動き続けていた。別のひとりの髪を掴み、思い切り壁に叩きつける。
ほぼ同時に、もうひとりの胸をドンと突く。相手がバランスを崩した瞬間、スパンと足払いをくらわせた。相手はひっくり返り、地面に後頭部をしたたかに打つ。
これで、残りほふたり……と思った時、声が聞こえてきた。
「こっちだ! 早く来い!」
佐々木だ。スマホ片手に、何やら怒鳴り散らしている。
さらに、後方から妙な音がする。振り返れば、金網をよじ登ってくる若者が三人。佐々木の仲間か。
しかも、バタバタという足音まで聞こえてきた。前からも、新手がひとり出現したのだ。佐々木がスマホで呼んだのか。
前に三人、後ろからも三人。もう無理か……と思った時だった。
別の男が乱入してきたのだ。佐々木とその仲間たちより、明らかに歳上である。しかも、ナタリーは彼の顔に見覚えがあった。
「北村さん?」




