剛田、突然の来訪者に戸惑う
黙り込むナタリーに向かい、剛田はさらに語り続ける。
「それにな、真琴ちゃんの仕事は既に決まっているんだよ」
「どんな仕事だ?」
「言うまでもないだろ。この顔と体なら、あっちこっちの変態から引っ張りだこだぜ」
途端に、ナタリーの表情が変わる。
「それだけは許さん」
低い声で凄むが、剛田は鼻で笑った。
「許さん? どの立場で言ってるんだよ。とにかくだ、あんたに選択肢はねえんだよ──」
「大変です!」
話の途中、根川が部屋に入ってきた。冷静な彼には珍しく、今にも転びそうな勢いだ。よほどのことが起きたらしい。
「何事だ?」
訝しむ剛田の耳元に、根川は口を寄せた。他の者に聞こえないよう、そっと囁く。
「加納です。加納春彦が、外に来ているんですよ」
「本当か!?」
「はい。それも、ひとりで来てるんです。あなたに会わせろと言っています」
聞いた瞬間、剛田は静香の方を向き手招きする。
三人は、すぐに部屋を出ていった。
剛田と根川は、とある部屋の前で立ち止まっていた。先日、松本一成を招き入れた場所だ。静香は、既に自室へと戻っている。
根川は、少し緊張した面持ちで口を開く。
「加納は、ここに待たせています」
「そうか。どんな様子だ?」
「完全にリラックスした態度でしたよ。不気味なくらい落ち着いてます。念のため身体検査をしましたが、武器は持っていません。スマホすら持っていないようです。通信機器の類いも、いっさい身に付けていません。あいつ、何しに来たんでしょうねえ……」
訝しげな表情の根川に、剛田は事もなげな様子で頷いた。
「わかった。俺はひとりで入るから、お前は外でしばらく休んでろ」
「えっ? ひとりで大丈夫ですか?」
「大丈夫に決まってるだろう。俺が、あんなガキ相手に殺られるとでも思ってるのか?」
「わかりました」
そう言うと、根川は一礼し去っていく。彼の姿が完全に見えなくなったことを確認してから、剛田はドアを開け室内へと入っていった。
部屋の中は、以前と全く変わっていなかった。飾り気の全くない事務用の机と椅子、そしてパイプ椅子以外には何も置かれていない。
そんな殺風景な部屋で、加納春彦はパイプ椅子に座っていた。剛田の顔をみるなり、にっこりと微笑む。
加納の服装は、普段と同じものだった。黒いTシャツとデニムパンツという、飾り気のない格好である。Tシャツの真ん中にはデカデカと『五里霧中』という文字が描かれている。漢字好きな外国人が、意味もわからぬまま着ていそうなシャツだ。
服装は間抜けだが、彼の顔はそんなマイナス点すら吹き飛ばしてしまうインパクトを見る者に与える。漫画やアニメに登場する美青年が、そのままの姿で三次元に降臨したかのような風貌なのだ。ヨーロッパにいる本物の王侯貴族ですら、彼の前ではインチキ臭く見えてしまうだろう。
対する剛田は、いつもと同じ紺色のスーツ姿だ。百九十センチで百二十キロ、プロレスラーも顔負けという巨体を誇り、顔にはタトゥーが入っている剛田。その姿は、ホラー映画のクリーチャーたちが可愛く見えるだろう。
あまりにも対照的な両者だが、ただひとつ共通点がある。両方とも、完全に現実離れしている存在であった。
先に口を開いたのは、剛田であった。
「初めて実物を見たが、あんたイイ男だな。それにしてもよう、噂の強えボディガードはどうしたんだ?」
「僕はね、話し合うために来たのですよ。他に誰も必要ないと判断しました」
落ち着いた声だ。剛田のことなど、全く恐れていないらしい。
「なるほどな。面だけでなく、度胸も桁外れのようだな。武器も持たず、俺の前にたったひとりで乗り込んで来るとは……大したモンだ」
「評価していただき光栄です。あなたの噂も聞いていますよ。ずいぶんと、ユニークな武勇伝を幾つもお持ちのようですね」
「この状況で、俺にそんな口を利けるとはな。恐れ入ったよ。さすが、その若さで流九市を仕切っていただけのことはあるな」
言った時だった。突然、サイレンが鳴り響く。ほぼ同時に、またしても根川が飛び込んで来た。
「どうした? 今度は何が起きた?」
不快そうな顔で尋ねる剛田に、根川は青い顔で答える。
「大変です! 先ほど、来夢市の中央通りに通り魔が出たそうです!」
「通り魔だぁ? んなもん、警察に任せとけばいいだろうが」
「それが……とんでもない奴なんですよ! いきなりトラックで突っ込んで来て、大勢の人を跳ね飛ばしたんですよ。しかも、その後はマシンガンを乱射したそうです。死者は、三十人を超えました! この先、さらに増えそうです!」
これには、さすがの剛田も表情が変わった。夏の大会を翌日に控えたこの時期に、マシンガンを乱射する通り魔が出現するとは。完全に想定外てある。
「んだと……だったら、お前たちが行って片付けてこい。ここから、全員を連れて行って構わねえ。場合によっては、撃ち殺せ」
「えっ? ここを空にするんですか?」
「ああ。世話係も四人残っていることだし、問題ねえだろう」
「わかりました!」
答えると、根川はスマホを操作しつつ出ていった。
その後ろ姿を見送った後、剛田は加納の方を向く。
「おい、通り魔ってのはお前の手下か?」
「いいえ、違いますよ。さすがに、そんなバカなことを仕出かす者は僕の部下にはいませんね」
「じゃあ、何者なんだよ?」
「僕が知るわけないでしょう。とにかく、僕の計画でないのは確かです」
そう言うと、加納はすっと立ち上がった。
「さて、そろそろ本題といきましょうか。ウチの人間ふたりを返してください。代わりに、僕がここに残ります。これなら、交換条件としては問題ないでしょう」
「悪いがな、それは無理だよ」
「なぜです? あなたが欲しいのは僕でしょう。違いますか?」
「言ってくれるねえ。だがな、俺はあの姉ちゃんが気に入った。あいつも、俺の手駒にする」
「お姉ちゃんとは、どちらのことです?」
「あのナタリーとかいう外国人だよ」
「そうですが。あいにくですが、僕も彼女を気に入っています。返してもらいますよ」
「お前、俺をナメてんのか?」
「ほう、ナメるだけで満足できるのですか? そうではないでしょう。あなたが求めているのは、その程度のものじゃない」
そう言うと、加納はゆっくりと近づいていく。彼の瞳は、妖しい光を放っていた。その光に魅入られ、剛田は身動き出来ずにいた。
加納の手が伸びた。剛田の頬を、すっと撫でる。その瞬間、剛田の理性は吹っ飛んだ。
獣のような勢いで、剛田は加納を抱き寄せる。荒々しく唇を吸い、彫刻のごとき見事な肉体を抱きしめる。
その時、ドアが開かれた。
「加納さんから離れろ!」
凄まじい咆哮が、室内に響き渡った。極限までの怒りと憎しみのこもった声だ。
そこで、ようやく剛田も理性を取り戻したらしい。ハッとなり、声の源に視線を向ける。
百九十センチで百二十キロの堂々たる体格。オールバックの髪型に、岩石を擬人化させたような厳つい顔立ち。紺色のスーツに身を包み、剛田をじっと睨みつけている。その目線だけでも、気の弱い人間をショック死させられそうだ。
そう、現れたのは加納の片腕・木俣源治である。
「お前、木俣か……どうやって、ここまで来た?」
唖然となりながらも、どうにか尋ねた剛田。しかし、その答えは返って来なかった。
「加納さんから離れろって言ったのが聞こえなかったのか! このサンピン野郎が!」
「サンピンだぁ? 誰が誰にものを言ってるのか、わかってねえらしいなあ」
剛田は低い声で言うと、木俣を睨みつける。
その時、加納は動いた。瞬時に移動し、奥のドアを開ける。
そのまま、中へと入っていった──




