真琴とナタリー、静香と話す
真琴とナタリーは、小さな部屋に入れられた。
広さは六畳ほどだろうか。奥の壁には鉄製の二段ベッドが設置されており、入り口の横には洗面所がある。その横には、トイレらしき小部屋があった。
奥は二段ベッド、入って右側の壁には洗面所とトイレ……それ以外には、何もない。最低限の生活に必要な設備のみで構成されている。
もっとも、生活にとって明らかに必要でないものも設置されている。入って左側の壁は、一面ガラスであった。ガラス越しに見える向こう側も、部屋になっているらしい。
向こう側の部屋は、こちらよりも殺風景であった。灰色の壁に囲まれており、中心にパイプ椅子が置かれている。
そのパイプ椅子以外には、何ひとつ置かれていない。
「これから、どうするの?」
口を開いたのは、真琴だった。
「さあな。とりあえず、相手の出方を見るだけだよ」
「だよね。それにしてもさ、あたしがもう少しエロい演技してたら、剛田が来る前に何とか逃げられたかもね……」
「あれは仕方ない。君にミスはなかったよ」
ナタリーが言った時だった。向こう側の部屋に、異変が生じる。突然ドアが開き、何者かが入ってきたのだ。
「な、何あれ……」
真琴の口から、こんな言葉が飛び出る。だが、それも仕方ないだろう。
入ってきた者の頭には、髪の毛が一本も生えていなかった。頭部の大半は、火傷のような傷痕に覆われている。
顔面もまた同様であった。額、鼻、頬、口……ほとんどの部分が、焼けただれた皮膚で覆われているのだ。近くで目を凝らして見なければ、男女の判別すら難しいだろう。
着ているものは黒いジャージの上下だが、胸の部分には膨らみがある。体のラインにも、女性のそれであるのは間違いない。
その女は、部屋に入るとパイプ椅子に座った。ふたりを見つめ、口を開く。
「はじめまして。私の名は皆川静香。一応、剛田薫の仲間よ」
「つまり、あんたは見張り役ということか?」
「そんな大層な者じゃないから」
ナタリーの問いに対し、微笑みながら否定する。その姿に、敵意は感じられない。
いったい何者なのだろう……と訝しむふたりに向かい、静香は話し続ける。
「あなたたち、剛田に気に入られたようね」
「どういうことですか?」
聞き返す真琴の顔を、静香はまじまじと見つめた。次いで、ナタリーの顔に視線を移す。
ややあって、再び口を開く。
「ふたりとも、本当に綺麗な顔だね。私も、昔はそこそこ見れる顔だったんだよ」
「えっ? いや、あの……」
言葉の真意がわからず困惑する真琴だったが、そこで口を開いたのはナタリーだった。
「あなたは、剛田氏とはどういった関係なのですか?」
「幼なじみだよ。あたしとコン……いや剛田はね、小さい時に両親を亡くして施設で育ったんだ」
そこで、真琴が目を丸くした。
「えぅ、そうなの? あたしもね、両親がいないんだよ」
「私もだ」
言ったのはナタリーである。すると、静香はクスリと笑った。
「なるほどね。剛田は、あなたたちと私が同じ境遇だから話し相手に選んだんだね。さっきの続きだけど、私は中学生の時にヤクザの娘と揉めた。挙げ句、拉致されてこんな顔にされたんだよ」
「ひどい話だね……そいつは今、どうしてんの?」
顔をしかめつつ尋ねたのは真琴だ。すると、静香は静かな口調で答える。
「顔に硫酸ぶっかけられて、両腕と両足をへし折られて、クラッシュとかいうドラッグ打たれた。もう、まともに会話することも出来ないってさ」
「クラッシュだと?」
ナタリーが言った時、またしても向こう側のドアが開く。
入って来たのは剛田だった。ナタリーと真琴の方を向き、ニヤリと笑う。
「お前ら、よく聞け。加納と木俣は逃げたらしい。小林とかいう奴は死んだ。これで、お前らの味方はひとりもいなくなったわけだ。さあ、どうする?」
「ちょっと待ってよ。小林さん、何で死んだの? あんたらが殺したの?」
言ったのは真琴だぅた。剛田は、さして興味もなさそうな表情で答える。
「いや、俺たちが殺したんじゃない。自ら命を断ったんだ」
「何それ……」
呆然となる真琴に向かい、剛田は語り続ける。
「俺の手下が、あいつを押さえるために隠れ家に向かってたんだよ。そしたら、あいつは加納に電話かけた後で爆弾を爆発させたんだ。危うく、手下を死なせるところだったぜ」
「なるほど。あなた方は、加納さんたちの会話を盗聴していたのか」
ナタリーが呟くように言った。彼女は、あくまで冷静である。小林の死にも、さして動揺していないらしい。
対する剛田もまた、冷めた態度で答える。
「当たり前だろうが。奴らの会話は、全て筒抜けだったんだよ。ついでに、小林の素性もだいたいはわかっている。なかなかのモンだったらしいが、バカなことをしたもんだよ」
「バカなこと?」
言いながら、真琴はジロリと睨む。
剛田は、彼女を挑発するように薄笑いを浮かべた。
「ああ。捕まるくらいなら死ぬって、昔の日本軍じゃねえんだよ。死んだ奴は負け、生きてる方が勝ち。こんなの考えるまでもねえだろ」
「ふざけるな! 小林さんはバカじゃねえ!」
喚いた真琴は、凄まじい形相で、剛田を睨みつけている。
彼女の怒りは、それだけに留まらなかった。次の瞬間、思い切りガラス板を蹴飛ばしたのだ。
「知りもしねえくせに、ざけんじゃねえぞ!」
怒鳴ると同時に、もう一発蹴りを入れる。だが、直後に座り込んだ。足を押さえ、顔をしかめる。
「クソ、いってえ……」
うめき声をあげながら、足首をさする。蹴った時に足を痛めたらしい。ナタリーは、そっとしゃがみ込んだ。
「大丈夫か?」
「いたたた……」
答えた真琴を、ナタリーはどうにか立たせた。
次の瞬間、ひょいと担ぎ上げる。手錠をかけられているにもかかわらず、真琴を肩に担いだのだ。一見するとスレンダーな体つきからは、想像もつかない力である。
そのままベッドまで運び、そっと寝かせた。
「仕方ない。しばらくベッドで寝ていろ」
真琴に言ったナタリーは、続いて剛田の方を向く。
「すまないが、医者に診てもらうわけにはいかないだろうか?」
聞かれた剛田は、楽しそうな表情で答える。
「まあ、あんた次第だな。最初は、あんたらに加納を呼び出させるつもりだった。だがな、気が変わったんだよ」
「どういう意味だ?」
「女とガチで殴り合ったのは初めてだ。俺に本気を出させた、それだけでも大したもんだよ。しかも、その先があった。あん時の俺は、マジで負けるかも知れねえと思ったんだよ。喧嘩で女と本気で殺り合い、挙げ句に敗北を意識させられるとはな……あんたは、本当に凄いよ」
淡々とした口調で語っているが、嘘や御世辞ではなさそうだ。これは、剛田の本音なのだろう。
何も答えずにいるナタリーに向かい、剛田はなおも問いかける。
「ナタリーさんよう、俺はあんたが欲しい。あんたみたいな有能な手駒が、ずっと欲しかったんだ。なあ、俺の部下になる気はないか? 給料は弾むぜ。何より、俺は加納みたいにあんたを見捨てたりしない」
しかし、ナタリーは無言のままだ。その態度に苛立ったのか、剛田の表情が僅かに変化する。
「はっきり言うぞ。加納と木俣は、あんたらふたりを見捨てて逃げた。もう、あんたは俺の下につくしかねえんだよ」
そこで、ようやくナタリーは口を開いた。
「だったら、ここにいる真琴を自由にしてやってくれ。そうすれば、あなたの言うことを何でも聞くよ。あなたが殺せと言うのなら、誰でも殺して見せる。たとえ総理大臣でも、な」
「頼もしい言葉だがな、その条件は呑めない。無理だな」
「なぜだ? 彼女は必要ないだろう?」
「いいや、そいつにもそれなりに使い途がある。顔も体も、なかなかのモンだ。何より、そのお姉ちゃんを逃がしたら……あんたは、言うことを聞いてくれなくなるだろう」
「そんなことはない」
「嘘つくな。俺にはわかるんだよ。あんたは、自分以外の人間のために動く時に、持てる力以上のものを発揮できる。違うか?」




