真琴とナタリー、小林と会話する
来夢市の中心部から、少し離れた位置にある民宿『武蔵屋』は、古い平屋の家を改築し宿にしたものだ。
真琴とナタリーは、そんな民宿に泊まっていた。キッチンにトイレ、さらに風呂付きだ。あとは、さほど広くもない部屋が三つ。
今日の真琴とナタリーは、宿にて待機していた。真琴はスマホであちこち連絡し情報を集めている。ナタリーは室内にいながらも、窓から周囲の様子に気を配っていた。
スマホをいじっていた真琴だったが、いきなり顔を上げる。
「なんかさぁ、剛田と会わしてもらえるみたいだよ」
素頓狂な声で、とんでもないことを言ったのだ。ナタリーの表情が変わった。
「その話は本当なのか? チンピラが、デタラメ言ってるだけなんじゃないのか?」
「わかんないけどぉ、今回は信用できるかもしれない」
「私も同行できるのか?」
「うーん、どうだろうねぇ。ま、ひとりでも大丈夫だよ!」
元気よく答えた時、扉が開く。
入ってきたのは小林綾人だった。作業服を着て頭にヘルメットを被り、口にはマスクをしている。
そのマスクを外し、ずかずかと入っていく。一応は、三人でこの部屋を借りているのだ。
途端に、嫌な匂いが室内に広がる。真琴は思わず顔をしかめるが、ナタリーは意に介した様子はない。
「いやあ、大変でしたよ。ホームレスに混じって情報収集してきましたがね、これがまたキツいのなんのって」
「小林さん、マジ臭いよぉ」
たまりかねたらしく、真琴がしかめっ面で言った。
小林は申し訳なさそうに、ペコペコ頭を下げる。
「すみませんね。でも、しょうがないんですよ。なんたって、ホームレスの中に入り込むにはそれなりの演技が必要なんですから。それに、連中の匂いが移ってしまった可能性もありますね。とりあえず、シャワー使わせてもらいますよ」
言うと同時に、バスルームへと飛び込んでいく。やがて、水の音が聞こえてきた。
そんなバスルームに向かい、真琴が声をかける。
「あのさぁ、シャワーくらいならいいけど、あたしたちに変なことしないでよぅ」
「しませんよ。だいたいね、変な気を起こしても、実行に移す前にナタリーさんに殺されちゃいますから」
「それもそうだね」
そう言って、真琴は笑った。その時、ナタリーが口を開く。
「実はな、真琴が剛田と会えそうなんだ」
「えっ、本当に? さすがは真琴さん、大したもんだ」
「へへへーん、見直した?」
言いながら、得意げに胸を張る真琴。
「いやいや、見直してなんかいませんよ。最初から、あなたは凄いと思ってましたから。ただね、問題がひとつあります。剛田は、本当にヤバい男なんですよ。噂じゃ……あっ、やめときましょう」
言葉を濁す小林に、真琴は口を尖らせた。
「ちょっとぉ、やめとくって何? そういうの、鼻が痒くなりそうじゃん。教えてよぉ」
「いや、違うんですよ。あいつに関しては、いい加減な噂が多くて……中には、剛田は本物の超能力者で未来を予知できる、なんて言ってた奴までいたんです。そんな噂をひとつひとつ挙げてちゃ、キリがないですからね」
「ふーん、そうなんだぁ。ヤバい奴なんだね」
呑気な様子で答えると、真琴はキッチンへと向かう。夕飯の支度をするためだ。
その時、ナタリーのスマホにメッセージが届いた。見れば、送り主は小林だ。どうやら、真琴に聞かせたくない話のようである。
メッセージの内容は、こんなものだった。
(剛田は、きれいな顔の男女を捕らえて顔面をめちゃくちゃにした挙げ句、奴隷として飼う趣味があるそうです。これまで、十人ほどがやられたとか。注意してください)
ナタリーは表情ひとつ変えず、素早くメッセージを打ち込む。
(了解した。真琴には指一本触れさせない)
返信した直後、小林がバスルームから出てくる。呑気に鼻歌など唄いながら、ジャージ姿でリビングの床に座り込んだ。
「やはり、風呂はいいもんですな。しばらく入っていないと、皮膚が二重になったような気がしてきますよ」
「昔、私も似たようなことをやったよ。森の中に、三週間ほど潜んでいたことがあった。最初はキツかったが、慣れればどうということはない。人間、大抵のことには耐えられるものだよ」
「そうでしたか。さすがはナタリーさんだ。私なんぞ、まだまだですな」
小林が答えた時、真琴がひょっこり顔を出す。
「ご飯できたよ。今持ってくから、早く食べよう」
「ああ、わかった」
ナタリーは答えた。夕飯などと言ってはいるが、全て冷凍食品である。ちゃんと小林の分も作ってくれたらしい。
三人は、さっそく食べ始めた。食べながら、お互いの情報交換も怠らない。
「小林さんさぁ、今まで何やってたの?」
真琴の問いに、小林は苦笑しつつ答える。
「てすから、ホームレスに紛れて情報収集ですよ。いやあ、本当にキツかった。彼らは彼らで、人間関係が厳しくてね。さっそく、ボスみたいなのに睨まれちゃいましたよ。ご機嫌とるのに苦労しました」
「へえ、大変だったんだねぇ」
「まあ大変でしたけどね、お陰で色々わかったこともあります。剛田ですけど、会うなら気をつけてください。あいつ、ゴリラみたいなガタイしてるそうです。たとえるなら、木俣さんみたいなタイプでしょうね」
途端に、真琴は顔をしかめる。
「木俣さん? うわー、ああいうタイプ苦手なんだよねぇ。デカくてムキムキで脳まで筋肉で出来てそうじゃん。ああいうオヤジは、本当なら話すのも無理なんだけどねぇ」
「あの、木俣さんて顔が怖いから老けて見えるかもしれないんですけど、実はまだ三十一なんですよ。三十一歳でもオヤジなんですか?」
困った表情で尋ねた小林だったが、真琴は全く容赦しない。
「オヤジだよぉ! 男は三十過ぎたら、みんなオヤジ!」
「そうてしたか。手厳しい話ですな。私も、四捨五入すれば三十ですからね。もうすぐオヤジですよ」
「小林さんも気をつけなよ。いつまでも若いつもりで女の子と話してたら、すっごくみっともないから」
「いやあ、耳が痛いですね」
小林は、頭を掻きながら答えた。その時、ナタリーが口を開く。
「となると、私もオバサンの仲間入りか。ならば、若い男には近づかないようにしておこう」
「何言ってんの! ナタリーさんは別格だから。若い男の方から、鼻の下伸ばして近づいてくるよ。そん時は、バンバン蹴散らしちゃってよ!」
「別に、好き好んで蹴散らしたいとは思わんがな。ところで剛田の件だが、私も同席すると言っておいてくれ」
「えっ、何で?」
「私も、剛田に会ってみたいからな」
「まあ、ナタリーさんなら大丈夫だろうね。ひょっとしたら、ナタリーさんの方が気に入られちゃうかもよ」
「念のため、私も外で見張りますよ。何かあったら、すぐに行きますから」
急に真剣な表情になる小林を見て、真琴は不思議そうな表情になる。
「それにしてもさぁ、小林さんてこの件に凄い気合い入れてるよね。なんかぁ、ラエム教が絡むと人が変わる気がする。奴らと何かあったの?」
「昔、私の友人が奴らのせいで死んだんです。それも、ふたりね」
「殺されたのか?」
ナタリーが尋ねると、小林はかぶりを振った。
「いいえ、厳密には違います。ただ、奴らのせいで友人が人生をボロボロにされたのは間違いありません。ですから、私はラエム教が許せないのですよ」
語る声は冷えていた。普段の明るさが、完全に消えている。真琴とナタリーは、ただならぬものを感じ聞き入っていた。
「私はね、ラエム教を潰さなけりゃならないんですよ。死んだ友に誓ったんです」




