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ラエムシティ 罪と業に染まった街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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剛田、過去を思う(1)

憲剛(ノリタカ)……俺らも、もう三十一になっちまったな。オッサンと呼ばれても、仕方ねえ年齢(とし)だよ。まいったなあ、本当によう。ま、俺にオッサンなんて言った女がいたら、その場で頭の皮を剥いでやるけどな」


 親しげな口調で語りかけているのは、スーツ姿の剛田薫である。タトゥーに覆われた顔にも、優しい表情が浮かんでいた。普段の凶暴な姿が嘘のようだ。

 そんな彼の視線の先にいるのは、ベッドで寝ている男だ。剛田のかけた言葉に、何の反応もしていない。目をつぶり、眠っているように見える。

 体はガリガリに痩せており、あちこちに管が通っている。その管は、ベッドの横に設置されている機器に繋がっていた。さらに、剛田のすぐ後ろには白衣を着た医師と看護師とが控えている。

 そう、ここは病室なのだ。ベッドで寝ている野口憲剛(ノグチ ノリタカ)は、十六年前から昏睡状態なのである。


「お前が寝てる間に、世の中はすっげー面白いことになってるぞ。だから、さっさと起きろ。もし俺の生きているうちに目を覚まさなかったら、あの世でお前をぶん殴ってやるからな」


 何の反応もない野口に声をかけると、剛田は医師の方を向いた。


「先生よう、憲剛のこと頼んだぜ」


 声をかけると、医師は無言で野口に視線を向ける。

 少しの間を起き、口を開いた。


「剛田さん、これをいつまで続けるのですか?」


「どういう意味だ?」


「野口さんが、この先に意識を取り戻す可能性はゼロに近い……今まで、何度も言っていますよね。病状は、その時から何も変わっていません。他の医師に見せても、同じことをいうはずです。それでも、治療を続けるのですか?」


 治療などと言ってはいるが、結局のところはただの延命策だ。この先、目を覚ます見込みは薄い。昏睡状態のまま、一生を終える可能性の方が圧倒的に高い……それが、医師たちの意見である。

 それでも、剛田の考えは変わらないようだった。


「当たり前だ。もし勝手な判断で治療を止めたら、その時はてめえの命が終わる日だと思っておけ」


 低い声で凄む。この言葉が単なる脅しでないことは、彼を知る者なら誰もが理解していた。

 にもかかわらず、医師に引く気配はない。真正面で、彼の圧力を受け止めている。その瞳には、複雑な感情があった。

 これまでの十六年間、剛田は週に一度は必ず病室にやってきた。意識のない野口に、様々な話をして去っていく。その時、タトゥーと傷の多い顔面には温かい表情が浮かんでいる。当然、入院費は全て剛田が払っていた。

 医師は、そんな剛田の姿を十年以上見てきた。その間に、奇妙な感情が生まれていたらしい。


「病院としては、あなたがこのまま延命治療を続けてくれることを望んでいます。そうなれば、儲かりますからね。ただ、私個人の意見は違います。これは、砂浜で一粒の砂金を探すようなものですよ。それ以前に、野口さんは延命を望んでいるのでしょうか? 親友であるあなたに、そこまでの負担をかけさせたいのでしょうか? 逆の立場なら、あなたはどう思われますか?」


 体を震わせながらも、医師ははっきりと言ってのけた。

 剛田は舌打ちする。あまりいい気分ではないが、目の前の医師をこの場で撲殺するわけにもいかない。


「お前の意見なんか、聞いちゃいねえんだよ。決めるのは俺だ。とにかくよ、憲剛のために出来ることは何でもやってくれや。でないと、マジで殺すぞ」


 吐き捨てるような口調で言うと、剛田は病室を出ていった。


 ・・・


 野口憲剛、皆川静香、そして熊田武史(クマダ タケシ)

 この三人には、血の繋がりがない。にもかかわらず、同じ家で育った。全員、両親を失い児童養護施設『人間学園』にて育ったのである。

 生まれつき体が大きく腕力も強い熊田。明るくて口がよく回り、お調子者でもある野口。周囲を圧倒する美貌、そして優秀な頭脳と真面目な性格の持ち主である静香。年齢こそ同じだが、見た目も性格も趣味もバラバラである。

 そんな彼らだが、異様に仲が良かった。ほぼ同じ時期に入所し、年齢も同じである。両親を失い、見知らぬ他人の中で生活することになった時、同じ境遇で同じ年齢の者がそばにいる……それだけで、大きな救いになって居たのだ。

 彼らは、お互い助け合い励まし合って成長していった。




 やがて三人は、地元の公立中学校へと通うようになる。

 静香は、入学当時から人目を惹く存在であった。顔はそこらのアイドルより美しく、成績はトップクラスだ。スポーツも問題なくこなすし、人当たりも良い。何より、自身の美しさや優秀な成績を鼻にかけたりしなかった。両親を失い養護施設育ちという不幸な生い立ちも、彼女にとってプラスに働いた。

 彼女は、あっという間に学校の人気者になる。違う学校からも、静香の噂を聞いて、わざわざ見に来る生徒たちがいたくらいだ。


 野口は、そんな皆川の横に控えている道化役という風情であった。明るくて動きも派手で、クラスでも一番のお調子者である。頭の回転も早くフットワークも軽く、様々な状況に臨機応変に対応できる男だ。

 それに、顔も悪くない。普段はボケたことばかり言っているため見逃されがちだが、よく見ればなかなかのイケメンである。密かに女子たちの間では「黙っていればイイ男」「残念なイケメン」などと噂されていたのだ。いずれは、お笑い芸人になるのでは……などと、クラスの皆から言われていた。


 しかし、熊田は違っていた。クラスでは、彼に話しかける者などいない。クラスどころか、校内でも恐れられている存在だった。

 身長は、中学校に入学した時には既に百七十センチあった。体重も七十五キロあり、背筋力の測定では十三歳の時点で二百キロを叩き出す。一年生にして、既に中学生離れした腕力の持ち主となっていた。

 それに加え、異常なまでの闘争心と根性と凶暴さの持ち主でもあった。入学早々、態度が生意気だと言うので数人の三年生に呼び出されたが、全員を返り討ちにしてしまったのだ。

 歳上である三年生の集団から殴られ蹴られ、血まみれにされ前歯をへし折られながらも暴れ続けた。掴んでは殴り、頭突きをぶちこみ、倒されても起き上がり反撃する……気がつけば、倒れているのは三年生たちの方だった。全員、体のあちこちから血を流しながら倒れていたのである。

 そんな熊田を、静香と野口はコングと呼んでいた。幼い頃、テレビで放送されていたドラマの登場人物のあだ名から取られたものである。体が大きく腕力も強いが、子供には優しい……ドラマに登場するコングは、そんなキャラだった。

 熊田は、体も大きくケンカは負けなしだ。しかし、優しい部分もあることをふたりは知っていた。この男の悪評のほとんどが、降りかかる火の粉を払ったことがきっかけとなっている。自分から、無闇矢鱈と喧嘩を売り歩くタイプではない。

 その上、ふたりは熊田の頭の良さも知っていた。ペーパーテストの点数は低いが、何かあった時は臨機応変に対処できる。口数の多い方ではないが、話し合いの場では的確な意見を述べることも出来た。

 

「なあコング、お前ヤクザになれよ」


 いつだったか、野口の言ったセリフだ。冗談のような言葉だが、本人は至って真面目であった。


「ちょっと待て。何で俺がヤクザになるんだよ」


 熊田が聞き返すと、野口はこう答える。


「お前は腕力だけじゃない。頭もキレるし、日本一のヤクザになれるよ。そしたら、俺はお笑い芸人になる。そして、静香は政治家だ。それも、総理大臣だよ」


「何それ」


 笑いながら突っ込む静香だったが、野口は真面目な顔で話し続ける。


「コングが日本一のヤクザ。静香が日本の総理大臣。そして俺は、日本で……百番目くらいのお笑い芸人だ。三人でさ、この日本を回していくんだよ。面白いだろ」


 そんなことを言いながら、笑っていた野口。静香も熊田も、呆れるばかりだった。




 しかし、そんな三人の関係も長く続かなかった。中学三年生になった時、運命の落とし穴が彼らを待っていたのだ──




 

 

 

 


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