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ラエムシティ 罪と業に染まった街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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13/35

加納は情報を聞き、木俣は自分の力を確かめる

 ペドロとの衝撃的な邂逅から、一日が経った。

 加納と木俣は、今日も外を出歩いている。いつもなら、目的もなく繁華街を出歩くだけだ。

 しかし、今日は違う。広い公園の中を、ふたりでのんびりと歩いている。昨日と同じく尾行が付いているが、今回は遠くから見ているだけのようだ。ちなみに、木俣は相変わらずのスーツ姿だ。加納は胸にデカデカと「朝三暮四」などと書かれたTシャツを着ている。

 やがて、ふたりはベンチに座る。すぐ近くでは、ホームレスの住むダンボールハウスが大量に置かれていた。

 ややあって、ダンボールハウスのひとつから声が聞こえてきた。


「剛田という男、あちこちに根城があるようです。それをひとつひとつ調べていくのは、かなり時間がかかりますね」


 小林綾人の声である。彼は、ここでホームレスに扮して情報収集をしていたのだ。加納は、スマホを手にした。会話しているような素振りで答える。


「わかった」


「もうひとつ。剛田について調べていてわかったことなんですが、どうも妙なんです。あの男の過去に関する情報が、全くないんですよ」


「どういうことだい?」


「あいつは、十年くらい前にラエム教の信者になったそうです。そこから、豊臣秀吉みたいな勢いで出世していったのは間違いありません。しかし、その前の情報がねえ……何をやっていたのか、今ひとつはっきりとしないんですよ」


「子供の頃は、どこにいたんだい?」


「生まれも育ちもはっきりとしませんし、そもそも剛田薫っていう名前自体、本名じゃないみたいですよ。稼業名かもしれないです」


 稼業名とは、裏社会の人間が用いるものである。罪を犯す以上、本名を名乗るわけにはいかない。そこで、偽名を用いて商売をする。それが稼業名だ。本名より稼業名の方が有名になってしまうケースも珍しくない。


「外国にいたとかいう噂も耳にしましたが、信憑性ほ怪しいです。確かなのは、顔にタトゥーを入れてるゴリラみたいなガタイした男が、いきなりラエム教に入信したってことだけですよ。そんなのが、あれよあれよという間に出世し大幹部になっちまったんです」


「それは不思議だね」


「そうなんですよ。真琴とナタリーも動いてはくれてますが、上手く進んでいないようです」


「わかった。話は変わるがね、昨日ペドロと名乗る男と会ったよ」


「ペドロ? どんな奴でした?」


「んー、何とも表現の難しい人物だったね」


「実のところ、私はペドロという男の存在を信じていなかったんですよ」


 そこで、何を思ったか不意に言葉が止まった。加納は無言のまま、小林の次の言葉を待つ。

 少しの間を置き、再び声が聞こえてきた。


「昔『ユーフォリア・サスペンス』っていうタイトルのミステリー映画がありましてね、それにカイザー・グロウってキャラがいました。裏社会の大物っていう設定なんですけど、誰もグロウを見たことがない。本当にいるのかどうかもわからない。そんな中、グロウが人を集めて強盗事件を計画するってストーリーてす」


「そのグロウってのは、どんな奴なんだい?」


「映画の中では、凄い武勇伝が語られてます。ひとりで二百人の兵士を皆殺しにしたとか、素手で麻薬組織のアジトに乗り込みボスと部下を全員殺したとか、そんな話が出てくるんですよ。ただ、ラストで全てが嘘だったと明かされます」


「嘘?」


「はい。カイザー・グロウなんて男は存在しなかったんです。発端は、チンピラが仲間にしたデタラメな話です。そのデタラメが広まっていき、伝言ゲームの要領で話が大きくなっていきました。結果、巨大な怪物の幻影が出来上がってしまったんですよ。その幻影を、ひとりの詐欺師が利用した……こんなオチだったんです」


「なるほど。個人的には、あまり好きではないタイプのオチだね」


「ハハハ、そうでしたか。失礼しました。話を戻しますが、私はペドロって奴もカイザー・グロウと同類だと思っていたんです。実在しない男の幻影を、誰かが作り出して利用してるんじゃないかと」


「そうじゃねえんだよ。あいつは本当にいた。とんでもねえ化け物だったよ」


 不意に口を挟んできたのは、それまで黙り込んでいた木俣だった。小林は、戸惑いながらも答える。


「そ、そうですか。木俣さんが、そんなこと言うなんて珍しいですね」


「木俣の言う通りさ。ペドロなる人物は実在する。噂に違わぬ怪物ぶりだったよ。そんな男が、この来夢市にいる。何をしに来たのかは不明だが、面白くなってきたよ」


「俺は面白くないですね」


 木俣は、いかにも不快そうな様子で答える。その時、ダンボールハウスからもぞもぞ音がした。


「わかりました。では、そちらの方も調査してみます」


 声の後、小林はダンボールハウスから姿を現した。ボロボロの服を着ており、顔の半分は付け髭で隠れている。加納たちとは目を合わせようともせず、静かに去っていく。

 スマホに向かい適当な会話をした後、加納も立ち上がった。ふたりは、その場を離れていく。

 しばらく公園内を歩いていたふたりだったが、途中で足を止めた。

 向こうから、外国人の四人組が歩いてくる。酒瓶を片手に、派手に騒ぎたてながら進んでいる。我が物顔、という言葉そのまんまの状態だ。

 しかし、誰も注意できない。彼らは皆、百八十センチ超えで百キロオーバーと思われる体格の持ち主だ。四人とも白人の金髪であり、フットボールか何かをやっていたような体つきである。その上、うちひとりは恐ろしい巨体だ。他の三人より、頭ひとつ分大きい。二メートルはあるのではないだろうか。木俣よりも大きいのは確かだ。

 木俣は、そんな四人を睨みつつ口を開いた。


「加納さん、ちょっと用事が出来ました。申し訳ないですが、ここで黙って見ていてください」


 言った直後、ひとりでずんずん進んでいく。このまま歩けば、あの四人組にぶつかる。そうなれば、確実にトラブルになる。

 それこそが、木俣の目的だった──


「おい、お前ら何やってんだ! 公園ではおとなしくしろや!」


 先に怒鳴ったのは木俣だ。彼と四人組の距縮は縮まっていき、あと数秒で殴り合いの間合いに入る。

 四人組の方は、木俣を睨みつけた。母国語で罵声を浴びせながら、こちらに近づいて来る。引き下がる気はないらしい。

 両者の距離は詰まっていく。なおも罵声を浴びせてくる四人組だが、木俣は構わず突き進む。

 先に仕掛けたのは。四人組の方だった── 


 もっとも威勢のいい男が、喚きながら拳を振り上げ突進してきた。

 対する木俣は、男に前蹴りを叩き込んだ。強烈な蹴りが、カウンターで相手の腹に打ち込まれる。

 ぷぐぅ、という声か漏れた。直後、男は崩れ落ちる。地面で腹を押さえ、ピクピク痙攣していた。

 だが、木俣にそれを見ている余裕はなかった。ほぼ同時に、別の男が動き出す。凄まじい勢いで、木俣にタックルを仕掛けてきた。

 蹴りを放ち、片足になっていたタイミングでタックルをくらったのだ。さすがの木俣も耐えられなかった。巨体が吹っ飛び、地面に倒れる。

 途端に歓声があがった。外国人たちのものだ。彼らは、嵩にかかって一気に攻め込む。倒れた木俣を、皆で蹴りまくった。

 一般人のケンカなら、そこで勝敗はついていただろう。プロの格闘家でも、ここから立て直すのは不可能なはずだった。

 しかし、木俣は違っていた。外国人三人の攻撃をくらいながらも、地面を転がり続けて間合いを離す。そこから、すくっと立ち上がったのだ。

 直後、木俣は血まみれの顔でニイと笑う。


「てめえら、確かに強いな。だがな、その程度じゃ加納さんのボディーガードは務まらねえんだよ」


 不敵な表情で言い放つと、凄まじい勢いで襲いかかる──


 突進した木俣は、腕をブンと振るった。腕力と体重にものを言わせたパンチだ。その拳が当たり、男が吹っ飛んでいった。

 残るはふたりだ。木俣は、片方の腹に蹴りをぶちこむ。これまた、力まかせのケンカキックだ。しかし、木俣の体力は獣と同レベルである。たった一発の蹴りで、相手は崩れ落ちてしまった。腹を押さえ、地面にうずくまる。

 その時、木俣は強烈なパンチをくらった。とんでもない威力だ。さすがの木俣も大きくぐらつき、どうにか踏みとどまる。

 控えていた巨漢が、ついに攻撃を仕掛けてきたのだ。四人の中でもっとも大きく、体重百二十キロの木俣をも超えているだろう。そのパンチは速く、威力がある。おそらく、ボクシングか何かの心得があるのだろう。

 しかも、攻撃は一発では終わらない。立て続けに、三発のパンチを顔面にもらう──

 だが、木俣は素早くガードを上げる。その全てを、腕で受けきった。スーパーへピー級のパンチをもらいながらも、倒れることなく立っている。それどころか、ニイと笑って見せたのだ。

 相手の顔には、驚愕の表情が浮かんでいた。己のパンチには、絶大の自信があった。ガードの上からでも、叩き潰す自信がある。

 にもかかわらず、木俣は何事もなかったかのように立っているのだ──


 次の瞬間、木俣が動いた。拳を固め、思い切りぶん殴る。全体重をかけた、ケンカ屋のパンチだ。その岩のごとき拳が顔面にめり込み、相手は吹っ飛んでいく。地面に倒れ、苦痛のあまり呻き声をあげた。

 木俣は、そこで動きを止めた。息を荒げつつ、倒れている四人を見回す。

 全員、意識はある。だが、戦意は失っていた。怯えた表情で、木俣を見上げる。

 その時、加納が近づいてきた。木俣の肩を、ポンと叩く。

 

「木俣、らしくもないな。どうかしたのかい?」


 飄々とした態度で聞いてきた。そんな加納に、木俣はそっと答える。


「ちょっと、ね。それより加納さん、俺は昔より弱くなってますかね?」


「僕の目には、そうは映らなかったよ」


「そうでしたか……」


 そう言うと、木俣は己の拳を見つめる。実のところ、ずっと不安を感じていたのだ。

 あのペドロという男と闘い、殺されかけた。しかも、奴に一撃も入れることが出来なかった。あのまま続けていたら、確実に敗れていただろう。それも、手も足も出ない完全な敗北だ。

 そこで、ある疑念が浮かぶ──


 俺は、弱くなったのではないか?


 若い頃は、ひたすら体を張って生きていた。頼れるものは、己の力のみ。血みどろの修羅場をくぐり、死体を踏みつけ歩いてきた。

 ところが、ここ数年は加納お付きのボディーガードとして生きている。自ら暴力を振るうこともあるが、生きるか死ぬかの場に立った覚えはない。

 その生活が、木俣源治という男を鈍らせ、ナマクラに変えていたのではないか。

 だからこそ、あのペドロという怪物に手も足も出なかったのかも知れない……そんな疑念を抱いてしまったのだ。


 戦いにおいて、自信は大事だ。自分を信じ、己の力を信じる。それが出来なければ、命を張った戦いなど出来ない。

 なればこそ、自分の力を試す必要があったのだ。それなりにガタイもよく、腕力もありそうな連中。何より、こちらが本気を出しても死にそうにない奴ら相手に、自分の全力を試す。

 そして今、奴ら全員を簡単に叩きのめした。そこで、はっきりとわかったことがある。

 自分の力は落ちていない。あのペドロが化け物だっただけだ。

 となると、次に奴が現れたら……。


「木俣、そろそろ帰ろうじゃないか」


 加納の言葉に、木俣はハッと我に返った。


「すみません。では、行きましょう」


「待て待て。唇が切れてる」


 そんな言葉が聞こえたかと思うと、いきなり木俣の唇が塞がれた。柔らかいものが触れている──


「ひゃあ!」


 全く似合っていない叫び声とともに、木俣は飛び退いた。赤鬼と化した顔で、加納を睨む。


「いい加減にしないと、本当に怒りますよ!」 







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