第四十九話 四天王
「ここまで来れば大丈夫だろう。あそこに天車がいる。寄り道すんな」
善見城から無事救出したリュージュは自分の背後にいるクルルに声をかける。技術兵の中を飛び回りながら逃げていたクルルは、追い詰められたところではたと『隠れ蓑』のことを思い出した。慌てて人型になって装着し、その後は難なく城の外へ出る。だが、どうやって天車に戻ろうかと思案していたところにリュージュの乗るナーガが現れた。
「うん、ありがとう! リュージュさん、ご武運を!」
再び鳥に変化すると、砲弾が飛び交う中を器用に飛んでいく。それを見送ったリュージュは龍王の背中を軽く手でたたいた。
「よし、行くぜ! ナーガ、ひと暴れしてやろうぜ!」
その檄が龍王ナーガに届いたどうかわからないが、ナーガはぐいっと頭を上にあげて上空高く舞うと、空を裂くような声を上げた。体全体に響く声は、修羅王軍には力を、帝釈天軍には怯えを与える。リュージュを乗せた龍は、そのまま激戦区へと突き進んで行った。
敵味方入り乱れるど真ん中では、阿修羅達が四天王と戦っていた。リュージュはそこに突っ込む。攻撃には参加しないはずの龍王ナーガだが、リュージュの華麗な手綱さばき(?)で大きな龍の体をぶつけ、何人かの騎馬兵が吹き飛んだ。
「よし! 絶好調!」
空飛ぶ宮殿とはいえ、一週間以上閉鎖された場所にいたのだ、久々に空を泳ぐには気持ちが良かった。クルルも無事に返したし、リュージュは大戦の最中というのについはしゃいでしまった。
「いいから、さっさと配置に付け、ドアホ!」
カルマンの方言が移ったのか、阿修羅に怒鳴られた。思わず肩をすぼめる。だがそうは言っても、リュージュと龍王が参戦すると、俄然修羅王軍に勢いが増した。
「使えますね。あの龍王」
阿修羅の下で、白龍が言う。言いながら、あれ? と思った。振り返り主のデコルテを見る。何やら見慣れないものが目に入った。阿修羅は常に数本の瓔珞を胸元に揺らしている。その中の一つが阿修羅琴の変化したものだったのだが、それらは全て円形だ。だが、今目にしているのは、細い鎖の下に三角形のオブジェがぶら下がったペンダントだ。
――――あんなもの、いつの間に?
「ふふん。あれでもれっきとした龍の王様だからな。よし、こちらも三人の王を仕留めるとするか」
だが、阿修羅の言葉に白龍は再び前を見る。差し迫った戦いに、頭にもたげた疑問は雨に打たれた落書きのように掻き消えてしまった。
阿修羅の眼前に迫るのは、本来は天界の南門を守るヴィルーダカ、炎のような赤い髪が天を突き、戟を振り回して威嚇している。何度か刃を付き合わせたが、その都度檄からは火柱が迸る。オーラの防御で何とかしのいでいるが、そのため攻撃にエネルギーを十分に乗せることができない。
――――こんなところで時間をかけていては埒が明かない。そろそろ帝釈天も出張ってきそうだし。リュージュも戻って来た。ここはノーガードで行くか。
阿修羅は右脚で軽く白龍の腹を蹴る。それを知った白龍は、何もない空だが、ヨーイドンをするようにやや前傾姿勢になる。阿修羅が防御をせずに突っ込むのは時間の問題と思っていた。白龍自身も若干の防御はできるが、ほとんど阿修羅の力に頼らなければならない。だからノーガードは願ってもないことだった。自分にとって最大の防御はスピードだ。スピードで彼女を守ってみせる。白龍は大きく息を吸うと一気に飛び出し、ヴィルーダカに突っ込んで行った。
阿修羅と白龍がヴィルーダカと戦っているのが中央とすると、その右方ではリュージュが四天王の一人、ドリタラストラと一戦を交えていた。東の門を守る彼は、刀剣の使い手であると同時に、配下に物騒な人食い鬼を従えている。リュージュと修羅王軍の面々は、鬼達の強欲な牙に翻弄され、なかなかドリタラストラに辿り付けなかった。
「くそ、ナーガ! おまえの固い鱗なら鬼どもの牙も通さないだろう。思い切っていってくれ!」
リュージュはナーガにそう発破をかけると、心外なと言った風情で長い首を(と言っても、どこからが首でどこからが胴なのかよくわからないが)捻じ曲げてリュージュの顔を見た。
「大丈夫だ! 俺がやっつけてやる! そもそもおまえの治癒力なら問題ないだろう?」
ナーガは歯ぎしりなのか喉奥の音なのか、くぐもった音を出している。彼の想いを代弁すれば、おそらく『大丈夫だけど、痛いのは痛いんだよ』、だろう。
リュージュは阿修羅の過去に出番はなかったが、彼も全くこちらの世界と関係がなかったわけではない。そもそも何故龍王ナーガが彼の守護神となったのか。そこにもちゃんと必然があるのだ。そしてそれは、いずれ人間界に偉い僧となって転生することにも繋がっている。今のところ、リュ―ジュは何も知らないが、そう遠くない時、彼にも理解する日がくるだろう。
首を捩じり、じっと自分の目を見つめるナーガにリュージュは今一度語りかける。
「頼むよ、ナーガ。俺達はここを抜いて帝釈天を倒さないといけないんだ。俺の大切な人を守りたい。手を貸してくれ! おまえも帝釈天は嫌いだろ!?」
最後のはカマを掛けた。前回帝釈天と相対した時、ナーガはいくら雷撃に強いとはいえ、躊躇なく飛び込んでいった。今とは大違いだ。キーワードは一つ。阿修羅と帝釈天。ナーガは昔、阿修羅が帝釈天と長い戦をしていたとき、阿修羅側についていたんじゃないか。そうリュージュは予想したのだ。
「わ! うわあ!」
すると、龍王ナーガは首を真っすぐに戻すと、ものすごい勢いで上方へと昇った。そして今度は反転し、天馬を操る修羅王軍の仲間が鮮血をまき散らしながら鬼と戦う場所へと突っ込んで行った。
「よし! 行くぞー!」
リュージュは左手で龍の角を握りしめ、右手で片刃の剣を振りかざした。猛スピードでナーガは人食い鬼達の周りを縫うように飛び、リュージュは瞬殺で鬼達を薙ぎ払っていく。腕を食べられそうだった味方もなんとか危機を脱出する。そしてその勢いのまま、ドリタラストラに迫った。
「気持ちの悪い人食い鬼は殲滅したぞ! 覚悟しろ、四天王!」
中央で阿修羅と白龍がヴィルーダカに突っ込むのと、リュージュがドリタラストラに迫るのがほぼ同時だった。そのうしろを各々修羅王軍が追う。中央と右方で、刃が打ち付け合う甲高い音が鳴り響く。双方の大きな力が弾け合い、お互いの体がやや後方に弾き飛ばされる。それでもさらに前へと走り、再び凄まじい音と共に火花が散った。
阿修羅は炎が長い髪を焼くのも気にせず、ヴィルーダカに挑み続けると、南門の守護神は徐々に下がって行く。力負けしているのである。それを阿修羅が見逃すはずもない。ここが勝負とばかりに長い檄の攻撃をかいくぐると一挙に懐に入る。刹那ヴィルーダカの体が鈍い音と共に揺れた。
「勝負あったな」
阿修羅は血の気の引いたヴィルーダカの顔を見上げる。その手にある剣は、既に彼の鎧を突き破り、心臓を一突きにしていた。
「お、おのれ……」
苦し気に顔を歪めながら、自らの檄を阿修羅に向けて突き刺そうと持ちかえる。が、既に遅い、間に合わなかった。阿修羅は剣を抜き自らの体も反転させると、一瞬でヴィルーダカの胴を切断する。ヴィルーダカの上半身は、檄を握りしめたまま、地上へ落下していった。
時同じくして、リュージュもドリタラストラを討ち取った。中央と右方で修羅王軍の勝利の歓声が上がった。
つづく




