第二十四話 本気と書いてマジと読む
阿修羅VSクベーラ王!
白龍が阿修羅を乗せて二つ分の屋根を越える。『黄金の天車』の周りは上から下まで修羅王軍とクベーラ王軍が戦闘中。飛べるものは空で、飛べない者は修羅王邸の敷地で、天車の中でそれぞれ激しい戦いを繰り広げていた。
いくつもの大砲が外に向かって黒光りする砲口を向けていたが、全てカルマンが抑えていたため作動ができず、今は所在なさげである。
「クベーラ王! シュリーは既に捕らえた! 無益な戦いを捨て投降しろ!」
最上階には既に屋根がなく、屋上さながらになっていた。爆風で飛ばされたのか、カルマンが外したのかは不明だが、戦場と化したその場にはクベーラ王と側近どもに、カルラ達修羅王軍精鋭が迫っていた。
「阿修羅王! お待ちしておりました!」
迫っていたが結構押されていたカルラがあからさまに喜びの表情で歓喜の声をあげる。それに呼応するように、最上階にいた修羅王軍から安堵の声が上がった。
「なにぃ! シュリーに何かあったら貴様許さんぞ! 何が投降だ! 貴様こそ私に勝てると思うな!」
クベーラはそう叫ぶと、手にした三叉槍を風切る音ならして豪快に振りまわした。その槍で引き起こされた風圧に修羅王軍は一瞬怯む。一斉にクベーラの親衛隊が眼前の修羅王軍に襲い掛かる。最上階は瞬く間に乱戦状態となった。
「阿修羅王! 覚悟しろ!」
太い指笛が鳴ると、クベーラ王の元に見事な栗毛の天馬が現れた。それに飛び乗ると、白龍の背に乗る阿修羅の眼前へと走らせた。
「上等だ! 騎馬戦でおまえに勝機があると思うな!」
修羅王邸上空の真っ青な空に、高らかな音とともに激しい火花が散った。その音にこの戦場で刃を振るものは、最終決戦が始まったことを知り、なお一層自らの獲物に力を込めた。
クベーラと阿修羅はこの戦を決めるべく、全力の刃を重ね合わせる。両天馬もさすが王の騎乗する騎馬だ。抜けるような青空を縦横無尽に飛び回る。何度も甲高い金属の打ち合う音が空を突き抜け、汗が吹き飛び、光を放った。
クベーラの刃が阿修羅のそれをがっしりと捉えた。彼の三叉槍は2メートル近くある持ち主の身長よりも長い。しかも王の威信をかけたそれは重かった。三つ又に分かれた刃に剣を挟まれ捩じり上げられる。
阿修羅は唇を噛んでそれに耐えるが、何を思ったか、剣から手を放す。刹那、白龍が下へと飛ぶ。勢い余ったクベーラがバランスを崩すのと、落ちた剣を阿修羅が再び手にするのが同時。阿修羅は白龍の背を蹴ると、一瞬にしてクベーラ王の懐に入った。
「むう!」
クベーラ王は咄嗟に体を逸らすが間に合わない。阿修羅の剣がクベーラの喉元に食らいついた!
「あぅ!」
しかし、クベーラもそう簡単にはやられない。阿修羅は左足で腹を蹴られて剣は届かなかった。落ちた先に白龍が飛び、阿修羅を受け取った。
「ちっ!」
再び空を音と火花が散り舞った。阿修羅の真っ赤なオーラとクベーラ王の黄金色のそれがあちこちでぶつかり合う。高速で繰り広げられるその様は、動体視力の優れたものでも追っていくのが精一杯だ。時折、空中で爆発したような光がすると、そこには二人が刃を押しあっている姿があった。
「カルマン、どうにか出来ないのか!?」
機関室に戻った仏陀は、モニターを見ながら落ち着かない。加勢はしたいが、この戦いはレベルが違い過ぎる。気になるのは先ほどから、時折鮮血が空に舞う事だ。
「速すぎますわ。最上階には大砲しかないんで。とても狙えまへん!」
大小様々なボタンで埋まる操作盤も眺めながら、カルマンは悔しそうに吐いた。確かに砲身が大きくて重い大砲では、どう考えても激しく動く対象物には不向きだろう。「むう」、と仏陀は画面を睨みつける。どう考えても自分が付け入る隙などどこにもない。忘れがちだが、ここでは彼だけ非力な人間なのだ。
「兄者! なんか凄い大軍が近づいてくる! もの凄い数じゃ!」
「なんやて!」「まさか!?」
カルマンは慌ててレーダーに目を移す。
「仏陀はん、これは帝釈天の軍や! どないする? 阿修羅はんにはまだ伝えてないんやろ?」
さすがのカルマンも狼狽えているのか、声が裏返っている。
「いや、今伝えたところで動揺するだけだ。それより、帝釈天の軍をここに近づけさせないことはできないのか?」
「兄者、今バリアを張ったぞ! これで少しは時間が稼げるはず!」
カルマンの隣でキーボードを叩いていたトバシュが叫ぶ。修羅王邸の周りを薄い乳白色のバリアが囲んでいる。最初に天車に張られていたバリアを応用して、広範囲に巡らしたのだ。
「ようやった、トバシュ!」
弟の咄嗟の判断にカルマンは喜びの声を上げる。だが、すぐに冷静なトーンに戻った。
「せやけど、恐らくそんなにはもたん。帝釈天は恐ろしいお人やさかいな。しかも、あの、『金剛杵』は作った俺が言うのもなんやけど、最悪最強や」
仏陀はそのカルマンの呟くような言葉にしばし黙り込む。
「数分? 数分で阿修羅王はあの大男を倒せる?」
今までみんなの様子をオロオロしながら見守っていたクルルが声を出した。怯えたようにふるふる震えている。
「クルル、大丈夫だ。阿修羅はあんな奴に負けはしない。それに、今帝釈天の軍に向けて梵天率いる天界軍が向かった。そうすればもう少し足止めできるはずだ」
ようやく発した仏陀の言葉にクルルは胸を撫でおろす。双子は目で何かを合図すると、またキーボードに向かって操作を始めた。
そしてそれから数分後、修羅王邸から離れること数キロメートルの位置、もう一つの戦いの火ぶたが切られていた。帝釈天軍VS梵天率いる天界軍だ。
旧知の仲であり、両輪で天界を動かしてきた二人が、刃を突き合わせることとなった。だが、二人ともそれは意にも介さぬ。青天の霹靂ではなく、いずれ来るだろうと予想していたことだった。
「さすが戦神だな! 俺の攻撃をここまで躱すとは。それともそれは白い馬のおかげかな?」
「黄金の天車」を真下に臨む空で、阿修羅とクベーラ、二人の王の戦いは未だ雌雄を決するに至らない。クベーラ王は激しく肩を上下させながら、そう阿修羅に向かって毒ついた。逞しい筋肉ではあるが、そのあちこちに阿修羅の刃による傷から鮮血がにじみ出ている。
クベーラ王の馬も同じように息が上がっている。要するに少しでも一息つきたいのだ。
「白龍に勝てる騎馬などこの世に存在しない。だが、それも私と一心同体だからこそだ。さて、悪いが休ませてやるわけにはいかない」
対する阿修羅も頬や腕、美しく長い脚に朱い線が滲む。だが、トバシュの道具のお陰で全ての傷が既に塞がっていた。そして二人とも(一人と一頭だが)、敵ほど息はあがっていなかった。
「さあ、そろそろ本気だすか!」
今までも十分本気だったでしょ。と白龍は思ったが、あえてそこには突っ込まず、クベーラ王に突っ込んで行った。
つづく
黄金の天車をサンスクリット語で、ヴィマーナ。金剛杵をヴァジュラと言います。




