第十七話 天車内部へ
クベーラ王が阿修羅の前に現れてから既に十時間が経っている。約束の時間まであと十四時間だ。奴が指定した『阿修羅琴』なるものは、未だに何のことかもわからず、物を見つけるなど雲を掴むような話だ。
逐次、修羅王邸にいるカルラと連絡を取っていたが、捕らえた天夜叉からも有効な情報を得ることができず、今は『黄金の天車』を目指すことしかできなかった。
「阿修羅王、そろそろ見えてくるころですわ。これ、渡しておきますから」
リュージュの後ろに乗る、カルマンは背負ったリュックの中から『隠れ蓑』を取り出した。
「全部付けると気配も声も消えてしまうんで、考えて付けてもらえますか。会話はお使いの通信装置で構わんですが、中で使うと電波をキャッチされる恐れもあるんで、俺が機関室を乗っ取るまでは控えてて欲しいんですわ」
阿修羅は手渡された三つのリングを見つめる。リュージュであれば、インカムに頼らなくても意思の疎通ができる。尤も逼迫した状態では無理だが……。
それに……。天車の中に入ってしまえば、シッダールタとは通じることが出来るはず。阿修羅はそう考えていた。だが実際は、仏陀のいる牢そのものが外部との接触を遮断していた。
「あ! あれか!?」
先を進むリュージュが声を上げた。阿修羅が彼の指さす方向を見ると、遠目にもキラキラと輝く山のようなものが見える。
「黄金の天車か……。よくもまあ、あんなものを造ったな」
造った本人の前で阿修羅は感嘆の声を出す。褒めたつもりではなかったが。
「天車であり、戦車であり、城でんな。俺の最高傑作や。あの頃は資金も人手も潤沢にあったさかいな。まあ、金塗りはやりすぎかと思うけど」
なんてカルマンは得意そうに鼻をならす。そろそろはっきりと天車が見えてくる。カルマンによると、彼の追跡装置『宙の轍』は天車を追跡すると同時に、こちらの存在を完全にブロックできるらしい。なので、向こうからは阿修羅達が近づいていることに目視以外はわからない。内部を知り尽くしているからこそなせる業といえるだろう。
四人と一頭、(一頭はリュージュの馬)は、ぎりぎりまで近づくと、『隠れ蓑』を装着する。カルマンの『月夜の提灯』を作動させてバリアを無効にすると、あっさり天車の玄関前に到達した。
「ここからは、インカム使えまへんで」
「阿修羅、俺はカルマンと一緒に機関室に行く。阿修羅達は師を探しに行ってくれ」
珍しくリュージュが提言した。阿修羅は少し引っかかったが、彼女もそうするつもりだったので異論はなかった。何よりも少しでも早く仏陀を救助したかったので、何も言わず頷いた。
玄関にいた見張りを音もたてずに倒すと、四人は建物の中へと侵入した。彼らの姿はお互いも見えない。通信機が使えなくなったので、声だけは聞こえるようにした。
「リュージュ、機関室を乗っ取れたら連絡してくれ。気をつけて行け」
「わかった。白龍、阿修羅を頼むぞ」
「わかっています。あなた方も気を付けてください」
リュージュは頷き軽く右手をあげた。だが、その様子も彼の複雑な表情も、誰にも見えていなかった。
「白龍、やはりわからない」
白龍の気配の方に向かって阿修羅が声をかけた。彼女は天車に乗り込んですぐ、仏陀の気を探した。だが、それは全く感じられなかった。本当にここにいるのかと疑うくらいだ。
「おそらく、気を断じることのできる牢のようなところに閉じ込められているのでしょう」
「そうだな。とにかく探そう。ここの様子も知りたいし。リュージュ達が機関室を乗っ取ってくれれば、それも解除されるだろう」
二人はそう言うと、一階から順に探ることにした。カルマンによると、天車の内部は城と同じ。いくつもの部屋が階段を中心として、回廊式に配置されているという。一番外側の部屋の周りには、攻撃するための砲台もある。天車といいながら、車輪にあたいする物はなかった。人を閉じ込める場所はどの部屋でも可能だとのことだが、クベーラ王の部屋は最上階のはずだと教えられていた。
一方、機関室を目指すリュージュとカルマン。当然、カルマンは機関室の場所を知っている。姿が見えないのをいいことに、二人は悠々とその場所を目指す。
「しかし、すごいな。これはまるで城か宮殿だ。外から見ても凄いと思ったが……」
「城そのものは誰でも造れますわ。これを宙に飛ばしてることに感動してほしなあ」
「わかってるよ。一体動力源はなんなんだよ?」
小声で話す二人だが、ついついボリュームが上がってしまう。クベーラ王軍の兵士たちが
怪訝そうな顔で首を左右に振っている。
「しっ! ほら、あの扉の向こうが機関室や」
二間の大きな扉の前には、機関室と堂々とした看板が立てられていた。扉を開けるには認証が必要なようだ。リュージュがその前で佇んでいると、少しだけ扉が開いた。カルマンだった。カルマンが認証に何やら細工して、扉を開けたのだ。
二人はそっと中に忍び込む。大会議室くらいの広さがあり、そこには何十人もの兵士が何やら機械の前で作業し、奥ではいくつものモニターの前に座って画面を眺めている。
「あ……」
リュージュは小さな声を漏らす。モニターの一つに仏陀が映っていたのだ。彼は格子状の牢の中で一人座禅を組んで瞑想していた。
――――良かった。ご無事だった。
リュージュは安堵で胸を撫でおろした。
「おい! なんだ、一体?!」
モニターを眺めていると、誰かが肩にぶつかって来た。そいつはリュージュの方を見ている。いや、見ているはずはない。
「どうしたー?」
仲間が間の抜けた声をだして聞いている。確かにその兵士は何もない空間に向けて叫んでいるのだ。間の抜けた声も出るだろう。
「いや、何かにぶつかった!」
そいつはリュージュに向かってシャドーボクシングよろしく拳を振ってくる。リュージュはそれをスウェイバックでかわした。
「なあにやってんだよ!」
見ていた同僚が大笑いするなか、今度は別の方で悲鳴があがる。
「きゃあ! 急にプログラムが書き換えられた!」
カルマンがキーボードを打ち始めたようだ。何やら画面に見たこともない文字が羅列している。
「警報を鳴らせ! 侵入しゃ……」
一人の兵士が叫ぶ前にリュージュが黙らせた。カルマンに仕事をさせるためには、ここにいる連中を大人しくさせる必要がある。ここにいるのは技術兵がほとんどのようだ。リュージュは片端から制圧にかかる。
「警報、なりません~!」
涙声が聞こえる。その辺りのことは既にカルマンが無効にしているのだろう。
「ぎゃっ!」「うわあ!」
見えない相手に翻弄され、彼らは抵抗もできずに次々とリュージュに倒されていく。機関室はものの数分で制圧されてしまった。
「もう『隠れ蓑』とってもいいだろ」
リュージュはそう言うと、リングを外し、カルマンがいると思われるところに行く。危うくぶつかりそうになったようで、慌ててカルマンもリングを外した。
「おっと、そこにいたのか。どうだ? 乗っ取れたか?」
「もう少しや。あの映像のお方は『阿修羅王の大切な人』やな。あそこに張ってある結界を今取ったで。それと、あの扉の認証を変えて……」
そうカルマンが口にしたと同時に、屈強な兵士、技術兵ではない戦闘兵が扉を乱暴に開けた。
「しもた! 間に合わんかった!」
「こっちは俺に任せろ! おまえは続けてろ!」
リュージュはなだれこんできた兵士の頭上を越え、後ろ手に扉を閉める。そして間髪入れず、連中に斬りかかった。
「何者だ! いつの間にここに!?」
廊下でうろうろしていた兵士達だ。まだ数人。やれる! リュージュは矛や剣を持った兵士達に斬り込んでいった。




