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虐げられた男装令嬢、聖女だとわかって一発逆転!~身分を捨てて氷の騎士団長に溺愛される~  作者: 久遠れん
第一章

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第九話・副団長クルールの過去

 本日も本日とて元気に労働である。


 騎士団はシフト制で週休二日だが、公爵家にいても鬱々とするだけなので日中はなるべく騎士団に顔を出している。


 今日は馬小屋で馬たちのブラッシングだ。仕事は勝ち取るものである。一頭一頭丁寧にブラッシングをしていると、ひょいと顔を覗かせたのは副団長のクルール様だった。


「おー、やってるな」


 馬小屋に入ってきたクルール様は自身の愛馬に近づいてたてがみを撫でた。艶やかな鬣が特徴の黒い馬がクルール様の相棒である。


 クルール様によくなついている黒馬は、ヒィンと嬉しそうに鳴き声を上げて首を少し下げてクルール様から撫でられている。


「副団長はどうされたんですか?」

「サボり」

「また団長に怒られますよ」


 思わず呆れた声がでた。


 何かにつけてサボっているのをよく見かけるけれど、それで騎士団が回っているのはひとえに真面目なお義兄様の手腕と、付け足すならばクルール様のサボり方が上手いからだろう。


「そういや、お前、パシェンのことどう思う?」


 突然のふり。どう思う、とは、どういう意味だろう。

 ブラッシングの手を止めてクルール様を見上げる。


 クルール様は愛馬を撫でる手をとめることなく、こちらを見ることもない。

 私もまた、視線を戻して次の馬のブラッシングに移る。


「尊敬していますよ。自分の所属する騎士団の団長ですから」

「そういう額面通りの言葉じゃなくてさ~。あー、そうだな。男としてどう思うか、とかどうよ?」

「? 尊敬していますよ」


 なにを尋ねられているのかよくわからない。

 ブラシに絡まった馬の毛を取りながら同じ返答をすると、視線を感じた。


 クルール様だ。ちらっと見ると、じいっとこちらを見ている。

 少し居心地が悪くなるような、そういう視線だ。


「もしパシェンに恋人ができたらどうする?」

「応援します」

「どうしてだ?」

「どうしてもなにも、僕には団長の私生活に立ち入る資格もないし、応援以外の何ができるんですか?」


 つきん、と。本当に少しだけ心臓が痛んだ。

 だけど、どうして心臓が痛むのだろう。


 ぱち、と痛みを誤魔化すように瞬きをすると、すぐに痛みは遠のいた。

 はあ、とため息を吐いて頭を左右に振る。クルール様に意趣返しの意味で問いかけた。


「そういう副団長はどうなんですか?」

「ん? 俺か?」


 クルール様が首を傾げる。そういう何気ない仕草ですら様になるから、色男は怖い。


「そうです。女性をとっかえひっかえしていると先輩から聞きました」

「誰だそいつ。名前を教えろ」

「嫌です。騎士団に居場所がなくなります」

「お前本当に面白いやつだなぁ!」


 ばっさりと断った私に、クルール様がけらけらと笑いだす。

 なんとなくこの人との接し方が分かったかもしれない。遠慮しなくていいタイプだ。

 遠慮する気は元々あまりなかったけれど。


「そうだなぁ。お前ならいいか。少し昔話をしてやろう」

「短くお願いします。この後も仕事があるので」

「は~、ほんとにクソガキだな。俺の過去話なんて貴重だぞ~?」

「興味はありますが仕事優先なので」

「堅物め」


 ぽんぽんと小気味よく会話が進むのは少し心地いいかもしれない。

 魔力適性と魔力量のなさと体格のせいで雑用ばかり任されているから、同期の騎士団の新米仲間たちともここまで気安い会話はあまりしていないし。


「俺もな、婚約者がいるんだわ」

「えっ?! じゃあなんで女性をとっかえひっかえして……?」


 そもそも、お義兄様とそういう関係なのでは?

 それをカモフラージュするための女遊びかと思っていたんですが!


 そんな思いもあり、思わず驚きでクルール様へと視線を上げた。

 クルール様が愛馬を撫でる手が止まっている。

 ぐいぐいと愛馬が頭を手のひらに押し付けても反応することなく、クルール様は遠い目をしていた。


「貴族にしては珍しい大恋愛をしたんだが、魔力適性と魔力量が少ない子でな、俺とは釣りあわねーっていって、他の奴のとこに嫁にいっちまった。でも、いまでも俺の婚約者はあいつだけなんだ」

「っ」


 息をのむ。


 貴族の間にある話として、友人から噂に聞いたことはあったけれど、現実で間近な例は見たことがなかった。

 あまりに、心を抉る。クルール様は当然ながら、お相手の女性の心の痛みはどれほどだろうか。


 絶句した私の前で、ぱっとクルール様が笑った。一見、自然な笑みだ。

 でも、この話の流れでは不自然な笑みでもあった。


「だーかーら!」

「わっ」


 突然の伸びてきた手がぽんぽんと頭を撫でる。

 ウィッグがずれないか気になるけれど、今のクルール様の手は振り払えなかった。


「お前も頑張れよ! 魔力適正と魔力ゼロでも諦めるのが一番かっこわりぃからな!」

「……はい」

「んじゃ、俺はこの辺で。仕事頑張れよ」


 最後に私の肩をぽんぽんと叩いてクルール様は颯爽と去っていた。

 その後ろ姿をぼんやりと眺めながら、私はクルール様への評価を心の中で修正する。

 実力はあるけれど女好きで軽薄、そんな評価から、一途で痛々しい人、という評価に。


「あ~!! もう!!」


 誰もいない馬小屋で大声を出す。

 驚いた馬たちの視線が集まったけれど、気にすることなく、ガシガシと頭を掻きたのをぐっとこらえる。


「世の中本当にクソったれ!」


 魔力適正と魔力量が人生を左右するこの国の在り方が、あまりに歪に思えて、私は癇癪を起した子供のように、暫く誰もいない馬小屋で騒ぎ続けた。


「元気だな~。忘れてたんだけど、パシェンからの伝言だ」

「戻ってこないでください!!」


 これまたひょいと姿を現したクルール様にぎょっとして、私はばつの悪い心地で悪態を吐く。

 クルール様は肩をすくめて「ありがとな」とだけ口にした。


 別に貴方の為に憤っているわけではありませんが?!


 うそ、ちょっとだけ。

 自分に重ねたかもしれない。


「パシェンがすぐに来いっていってたぜ」

「そういうことは早めに言ってください!!」

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