番外・リーベとパシェンの穏やかな日々(パシェン視点)
久々の休日に、私は宝石商を公爵家に招いていた。
リーベに贈り物がしたい、できれば食べ物などの消えものではなく、形に残るものを。
バレッタの一件があってからずっと心の片隅で考えていたことを、ようやく実行に移そうとしていた。
公爵家の財政は厳しいが、リーベに贈り物をする程度の金銭ならば、第一騎士団騎士団長としての給料で十分に足りる。
私は王宮にも通う宝石商に声をかけ、休みを調整した。
いつもならリーベへの贈り物は母の意見を仰ぐが、今回ばかりは自分で決めねば意味がないと思って、声はかけなかった。
応接室のテーブルの上に宝石商がずらりと並べた女性用のアクセサリーを鋭い眼差しで眺めながら、私は唸り続けていた。
「リーベ王女は美しい金の髪をされています。花の形の銀の髪飾りなどいかがでしょうか? こちらは中心に青い宝石が嵌められており、パシェン様の瞳の色でございます!」
「……」
じいっと宝石商が持ち出した品を眺める。確かに悪くない品だと私も思う。だが、何かが違う。
私の反応を見て、宝石商は次の商品を手にした。
「ではこちらはどうでしょうか? 美しいブローチです! きっとリーベ様の胸元を華やかに彩るでしょう。金の細工のブローチの中心には赤い宝石を埋め込みました!」
「……」
赤で脳裏によぎるのは私の右腕の悪友の姿だ。これは却下だな。
頭を一つ横に振った私に、さらに差し出せたのは。
「ではでは、こちらなど! 大粒の宝石をたくさんあしらったネックレスです! 大小さまざまな宝石は元は一つの透明な宝石だったものを砕いたもので、縁起もよいのです!」
ネックレス。リーベの華奢な胸元にはいささかならず派手すぎる。これも却下だ。
再び首を横にふった私に、宝石商はめげることなく次の品を差し出した。
「では、こちらは」
「これは……?」
宝石商が手にした小箱から現れた『それ』に私の目は釘付けになった。
宝石商がやっと私が興味を示したことに、笑みを深める。
「こちらの品を男性から女性に贈る際には意味がありまして」
「意味?」
「はい。それは――」
その言葉を聞いて、私は即決でその品を買い上げた。
* * *
リーベとの三日に一度の茶会の日、私はいつになく落ち着かない気持ちで庭園のガゼボでリーベを待っていた。
「お待たせしました、パシェン様」
足音がしていたので気づいていたが、あまりじっと見つめては困る。
そう思っていたから、あえて庭園の景色を眺めるようにずらしていた視線をリーベへ向ける。
今日もまた愛らしい。最近よく似見かけるオレンジ色のドレスを身にまとっていた。
正妃様がリーベにはオレンジがよく似合う、と母上に仰っていたそうだから、その関係でオレンジのドレスが増えているのかもしれない。
「私も今来たところだ。気にしないでくれ」
少し早めについていて、適当に時間を潰してから庭園に足を運んだことは隠して微笑むと、リーベは愛らしい頬に朱色を乗せた。
「失礼します」
小さな唇でそう告げて、メイドがイスを引いて私の正面に座る。
私たちの前に紅茶を注いだメイドたちが声が聞こえない位置まで下がったのを確認して、私は先日購入したばかりの品をいつ渡そうかと、そればかり考えていた。
他愛のない雑談を暫く楽しんで、リーベの意識が紅茶に逸れた瞬間、私は隠していたプレゼントの入った小箱をテーブルに置いた。
「リーベ」
「はい、パシェン様」
「これを」
そういってリーベの前に小箱をスライドさせると、綺麗なアメジストの瞳を真ん丸に見開いた。
驚きを伝えてくるその表情も愛おしくてたまらない。
「これ、は」
「私からの贈り物だ。……母上の意見を聞いていないから、趣味ではなかったら、すまない」
後半の声は少しだけ自信が消えたような声になった。
リーベへの普段の手土産などは、いつも母に頼っている自覚があるからだ。
そっと表情を伺うと、先ほど以上に頬を赤く染めて、そうっと宝物に触れるようにプレゼントの小箱を手に取った。
綺麗にリボンが巻かれた小箱を心底嬉しそうに手にしている。
「開けてもよろしいですか?」
「もちろんだ」
私が一つ頷くと、恐る恐るといった様子でリボンを解いていく。
紺色の小箱を開けると、中には私とリーベの瞳の色――つまり、空色と紫色の宝石で彩られたブレスレットが鎮座している。
「綺麗です!」
「ぜひ、私につけさせてもらえないか」
「はい」
イスから立ち上がって、傍による。
私の方を向いてくれたので、膝を折ってリーベの前に跪き、私は恭しく左手を取った。
ブレスレットを小箱から取り出して、左手首に巻く。
かちん、と金具を止めるとリーベはきらきらとした眼差しで手首をじっと見ている。
「ブレスレットを贈るのには、意味があるらしい」
「意味ですか?」
「ああ。『いつも身近に私を感じてほしい』だそうだ」
私がリーベを見上げて微笑むと、ますます顔を赤くした。
それ以上顔を赤くすれば、倒れてしまうのではないかと少しだけ心配になる。
様子を伺う私の前で、朱色に染めた頬と、頬以上に赤い愛らしい小さな唇を開いた。
「嬉しいです。ありがとうございます……!」
感極まった様子があまりにも愛らしくて、抱きしめたい衝動と戦うのがやっとだ。
そして、この様子ではリーベは知らないのだろう。
ブレスレットを贈る、もう一つの意味を。
それは『束縛』――『二度と貴方を離さない』だ。
ブレスレットを男が女性に贈る意味を隠して、私は穏やかに見えるであろう笑みを浮かべる。
私の愛が重い自覚がある。だが、その愛でリーベを潰したいとは思わない。
だから、内心を渦巻く独占欲に蓋をして、私は騎士然として微笑み続けるのだ。
これにて『虐げられた男装令嬢、聖女だとわかって一発逆転!~身分を捨てて氷の騎士団長に溺愛される~』は番外も含め、完結となります!!
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また長編を書きたいと思っていますので、その際にはぜひ読んでいただければ嬉しいです!
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