番外・アミとクルールの少し変わった関係(クルール視点)
俺にとってアミ伯爵令嬢はリーベ嬢の親友、ただそれだけの立ち位置だった。
リーベ嬢が公爵令嬢から王族になって、アミ伯爵令嬢と一週間に一度のお茶会をするようになってからは、たまに王宮ですれ違う程度、そのくらいの関係が続いていた。
向こうも俺に興味はなかっただろうし、俺もさしてアミ伯爵令嬢に興味はなかった。
なのに、なの、に。
噂好きの貴婦人から倒れたのだと聞いて、俺は全身の血の気が引いていく感覚を味わった。
この感覚は二度目だ。
一度は恋仲だったあの子が俺を振ったとき。そして、二度目は今。
噂好きの貴婦人はさらに「アミ様はリーベ様への贈り物を託されていたそうなのだけれど、倒れてしまっては渡せないわね」なんて楽しそうに笑っていて、俺は震える拳を抑えるのに必死だった。
嫌な予感がした。とてつもなく、嫌な予感が。
血の気が引いた頭で、それでも俺は「リーベ様に報告を」と考えた。
リーベ様に報告すれば、事態が好転すると思ったわけではない。
ただ、本当にあの二人が仲がいいことを俺は知っていたから、ならばせめて、耳に入れなければ、と思ったのだ。
適当な理由をつけてその場を辞した俺は、幸いすぐにリーベ様を見つけることができた。
アミ伯爵令嬢のことを話し、そちらへ元へ向かうリーベ様のために侍従長に話を通して、俺も馬でフィリア家に向かった。
どうしてここまでしているのか、自分でも謎だった。
最終的に、アミ伯爵令嬢は救われて、全ての決着もついた。
ベーゼ公爵令嬢の前で俺がエスコートを名乗り出たのは、いざという時事情を知っていて武力で制圧できる人間がいたほうがいいと思ったからだ。
それ以上でも、それ以下でもない。そう、自分に言い聞かせていた。
「クルール様、先日はありがとうございました」
「やるべきことをやっただけですよ」
今日はアミ伯爵令嬢に招かれて、フィリア家でお茶会をしていた。
女の子と遊ぶことは度々あったが、家に招かれてのお茶会はあまりしたことがない。
あの子以来かもしれないと思えば、少しばかりの緊張があった。
らしくない。自分で自分にそう思う。
緊張を押し隠して紅茶を口にする俺の前で、アミ伯爵令嬢はふわふわと笑っている。リーベ様とはまた違う、穏やかな笑みだ。
「とても助かりました。リーベもクルール様の情報があったからこそ、解決が早かったといっていましたし」
確かに俺が渡した『アミ伯爵令嬢がプレゼントを贈られた。それはリーベ様宛てのものだった』という情報は有益だっただろうが、ここまで感謝されることではない気もしている。
なんとなく、普段の調子が出ない。
それはきっと、アミ伯爵令嬢が俺の『第一騎士団副団長』の地位に目が眩むわけでもなく、真っ直ぐに『俺個人』を見て礼を口にするからだろう。
「クルール様は婚約者などいらっしゃるのですか?」
「もし俺に婚約者がいたら、貴女と二人きりのお茶会などしませんよ」
「それもそうね」
くすくすと笑う姿は可憐だと思う。
成人している十六歳という年齢で婚約者がいないのが不自然に感じる程度には。
だから、俺は一つのカマをかけてみることにした。
「貴女こそ、よかったんですか? 俺と二人きりなどと噂が立てば、婚期が遠のきますよ」
自分が遊び人である自覚はある。貴族社会で面白おかしく噂されていることも知っている。
俺の指摘にぱちりと桃色の瞳を瞬いて、可笑しげに笑った。
「ふふ、大丈夫よ。私ね、結婚なんてしたくないんです」
「ふぅん」
声を潜めて密やかに伝えられた言葉に、軽く頷いた。
フィリア家は祖父の代で色々あって財政状況が火の車だともっぱらの噂だ。
アミ伯爵令嬢の婚約をもって家を建て直そうとしていることは、一年ほど前に本人からも聞いている。
あの頃は、諦めきった顔をして、作り笑顔を浮かべてにこにこと笑っていたのに、一体どういう心境の変化だろう。
少しの好奇心があった。だから、俺はずばりと切り込んだ。
「なにかやりたいことでもできたんですか?」
「私ね、リーベ付きの侍女になりたいの」
にこりと微笑んで告げられた言葉に、ぱちりと瞬きをする。
リーベ様付きの侍女。
それは王宮に仕えるメイドになりたい、という意味だ。
「中々大変だと思いますがね。王女付きですよ」
「わかっています。でも、わたし頑張ってみたくて」
にこにこと微笑むアミ伯爵令嬢からは強い決意が伺えた。
だから俺はそれ以上の余計な茶々を入れることなく、手にしていたティーカップをソーサーに戻す。
「応援します。夢を追いかける人は好きですから」
「ありがとうございます、クルール様」
アミ伯爵令嬢の父が、夜会で婚約者を必死になって探しているのは周知の事実だ。
口にする気は欠片もないが、俺の所にも見合いの話がきたことがある。
俺は伯爵家の三男だが、第一騎士団の副団長だ。下手な貴族より収入が多くて、そこに目を付けたのだろうとすぐに分かった。
あの時一蹴した見合いが、なんとなく。本当になんとなく。
(もったいなかったかもしれねぇな)
そう思う程度には、今のアミ伯爵令嬢の姿は、俺の目には好ましく映った。




