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虐げられた男装令嬢、聖女だとわかって一発逆転!~身分を捨てて氷の騎士団長に溺愛される~  作者: 久遠れん
第二章

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番外・デュールとエクセンの昔の話(エクセン視点)

『貴方は王太子になるのですから、もっと勉学に励みなさい!!』


 それが、母上の口癖だった。


 我が王国の第二王妃たる母は、私がものごころつくまえからずっと、私が王太子になると疑っていない様子だった。


 幼心に不思議だった。


 母は第二王妃で、私は第二王子だ。


 私には文武両道に優れた三歳も年上の兄上がいるのだから、私が王太子になる可能性なんてゼロだと幼くともわかっていたから、どうして母が私が王太子になると確信しているのか、ずっとずっと、不思議に思っていた。


「エクセン!」


 王太子教育――帝王学の勉強で忙しい合間を縫って、兄上が私に構ってくれるのが、私にとっての幸福だった。


 いつもにこにこと笑っている私の兄上。


 いつもヒステリックに勉強ばかりさせようとしてくる母上とは大違いの、優しい兄上。


 兄上と遊ぶのが好きだった。兄上と話すのが好きだった。兄上と摂る食事が、一番おいしかった。


 なのに、全ては崩れてしまった。砂上の楼閣のように、あっさりと。


 兄上が十歳の魔力検査を受けた直後から、頻繁に寝込むようになった。


 何度かお見舞いに行こうとしたけれど「移っては困るから」と面会は叶わなかった。


 兄上を蝕んだのは、王宮勤めの医者ですら原因がわからない難病で、王国中の名医が集められたけれど、原因がわからなかった。


 誰もが兄上のことを心配していた。けれど、私は知っている。


 私の母だけが、兄上が病床に伏せたことを喜んでいたことを。


 表では心配そうな顔をしながらも、私の前では本性をみせる母が「これで貴方が王太子です」と上機嫌に笑っていることを、私だけが知っていた。


 兄上の病名が分からないまま、三年の歳月が過ぎた。


 兄上はベッドの中で十三歳にり、私は十歳になって魔力検査を受けた。


 私の魔力適性は三属性、魔力量もそれなりに多かった。


 兄上の魔力適性は二属性で、魔力量は平均より少し多い程度だったから。


 そこから、全てが可笑しくなり始めた。


 王太子を私に、という声が王宮で囁かれ始めた。


 病床の兄上より、健康な私に。


 魔力適性が二属性の兄上より、魔力属性が三属性の私に。


 魔力量が平均より少し上の兄上より、魔力量が多い私に。


 そんな声がどんどん大きくなって、私が十一歳の誕生日を迎える前に、私は王太子になった。


 父たる陛下にとって、苦渋の決断であっただろう。私だって全然嬉しくなかった。


 諸手を挙げて喜んだのは――母、くらいで。


「ああ、これで、貴方がやっと名実ともに王太子になった」


 そう口にして私を抱きしめた母の、あの嫌な体温を忘れる日は、きっと来ない。


 今までも勉強は真面目にしていたけれど、今まで以上の勉学が私にのしかかった。


 いざ帝王学を勉強し始めて、私は兄上のすごさを知った。


 こんな量の勉強を、弱音一つ吐かずにこなしていたのだと、尊敬の気持ちがますます大きくなった。


 私は子供だった。幼く無智で愚かで馬鹿だった。


 私は気づかなかった。気づけなかった。気づこうとさえしなかった。


 ――母が、兄上を呪っていたのだ、と。


 それを知ったのは、リーベが親友の伯爵令嬢を聖女の力で助けた後だった。


 母が寝込んだ。兄上に出た症状より、よほどひどいと昔から王宮に勤める医者が告げた。


 嫌な、予感がしたのだ。そして、こういう時の予感は外れないと、私は知っていた。


 恥を忍んで、兄上を始めとする皆に全てを打ち明けた。


 母とあまり面識のないリーベの力を借りて、母を蝕んだ呪い返しを解呪して。


 真実が白日の下にさらされた。


 人を贄にして兄上を呪っていた母。その事実を知らず、のうのうと王太子として過ごしてきた自分に反吐がでた。


 罪人の母がいる身で、王太子など務まらない。


 いや、それ以前に。


 私は、兄上が治める国が見たかった。


 私の統治ではなく、兄上の統治によって人々が穏やかに暮らす国が欲しかった。


 だから、私はすぐに王太子の座の返上を申し出た。


 陛下は少し迷っていたようだったが、私の強い希望を聞いてくださった。


 この国では魔力適正と魔力量が全てではあるけれど、それ以上に母が人を何人も贄にして兄上を呪っていた罪は重い。


 私の意見は聞き入れられ、王太子の座は兄上に戻った。


 私は、長年の重荷が一つとれて、ようやくほっと息を吐き出せた。清々しい気持ちだった。同時に、心が酷く穏やかだった。


 兄上から奪ったものを、少しでも返せたことが嬉しかった。


「エクセン、あのな」


 そういって、王宮の庭園で遊んだ日のことを、いまでも鮮明に思い出せる。


「俺は将来、父上みたいな偉大な王になって、みんなを幸せにするんだ!」


 にこにこと笑っていた、幼い頃の兄上。まだ七つ程度の兄上に、四歳だった私は問いかけた。


「そのくにでは、ぼくもしあわせにくらせますか?」


 そう、問いかけた。第二王妃の息子で第二王子だった私は、生活に息苦しさを感じていたから。


 縋るものが欲しくて問いかけた。


 私の問いかけに、王族特有の金の瞳をぱちりと瞬かせて、兄上は満面の笑みで笑った。


「あたりまえだ! エクセンはおれの弟なのだから、せかいでいちばん幸せにくらせる国にする!」


 どこにも根拠などない言葉だった。


 けれどあのとき、私を苛んでいた不安はたしかになくなって。


 ――私は、救われたと思ったのだ。


「それなら、ぼくはにばんめにえらくなって! あにうえをささえます!!」


 意気込んで告げた私に、兄上は満面の笑みで笑って。


「そうか! ふたりでいい国にしよう! エクセン!」


 そういって、手を伸ばしてくださったから。


 あの日から、私の神様は女神デーアではなく、兄上であったから。


(兄上)


 貴方に頂いた全て、兄上から奪った全て、必ずお返しします。


 だから、どうか。


(兄上、私を)


 見捨てないでください。

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